初参加の『結団式』、「五十公野毛」って誰? 1
都大会1週間前、A区の区役所大会議室で都大会に向けて『結団式』が行われた。
永竹クラブは、当然ながら初参加である。
団結式に参加出来ることが分かって以来、練習後の『これからの時間』では毎回服装談義の花が咲いていた。
陽介は、いくつになってもやはり女性は『美』に対して貪欲であると、感心していた。
永竹クラブが出場を決めた9人制女子バレーボールは、当然ながら一般の部(上限の年齢制限がない)。仕事を持っている者が多い。
そういった事情もあってか、結団式は18:00開始・19:00より懇親会。という予定となっている。
永竹クラブでも、キャプテンヨシちゃんをはじめ数人が結団式開始時刻には間に合わないと連絡が入っている。
がしかし、当然ながら19:00からの懇親会には何があっても参加するとの連絡も併せて入っていた。
陽介は、A区の連盟役員でもあるヤマちゃんと区役所の入り口で待ち合わせをして、17:45頃に会場に入った。
受付をしていると、大御所の三輪さんや川さんがやって来た。
ヤマちゃんは仕事帰りということもあり、普段会社に通勤している服装だったが、大御所2人は新しく買った服での参加だった。勿論お化粧もバッチリである。
会場には他競技の参加者達が既に大勢集まっていた。バスケットボール・卓球・柔道・etc.
受付の名簿を見ると、永竹クラブも何人か来ているようだった。
陽介が受付を済ませると、見覚えのない女性が陽介に挨拶に来た。
ヤマちゃんは、笑顔で「お疲れ様。今日は子供達を旦那に預けたの?」と言った。
陽介は、「今の誰?」とヤマちゃんに聞いた。
ヤマちゃんは「何言ってるのよ、青ちゃんと丘ちゃんでしょうよ!」と言ったが、あまりの変わりように、にわかには信じられなかった。
さもあらん。
普段はジャージで子連れ。以前青ちゃんと丘ちゃんを勧誘するために、ファミレスで旦那さんや子供達と一緒に過ごした時ですらジーパンだった。それに2人が化粧をしているのもこの時陽介は初めて見たのだから…。
陽介は、初めて永竹クラブに来た時の彩姉さんをはじめとする隈取り化粧に、戸惑ったことを思い出したが、それとは違い遥かに美しさを感じた。
よく見れば、何となく見覚えのある面々が陽介の側にいた。皆な永竹クラブのメンバーだ。
服装もバッチリと決め、お化粧もまるでメイクのプロにやってもらったかと思えるくらい良くマッチしていて、見違えるような様相だった。
ただ、どんな格好をしても、彩姉さんと和気ちゃんの猛獣コンビは直ぐに分かった。
誤解のないように言っておくが、決して本人達を否定する訳ではなく、どうゆう訳か陽介には直ぐに分かったということだ。文字でこの状況を表現するとどうしても説明不足になってしまうが、間違ってもハラスメントではないことを、ここに明言をしておく。
したがって、『これからの時間』で行われた服装談義は、無駄ではなかったと言えよう。
18:10司会者が、「定刻を10分ほど過ぎましたが、『結団式』を行います。各競技別のプラカードの前に整列して下さい。」とアナウンスが入った。
各競技(十数種類だったように記憶している)の参加者がプラカードの前に並んだ。
この時点で結構な人数が参加している。
陽介は、永竹クラブの列の最後尾に並んだ。
周りを見わたすと、女性が参加している競技では、永竹クラブ同様に初参加の選手は見るからにオシャレをして参加しているように見え、逆に常連の参加者は特に目立つ様子もなく、いかにも「私、慣れてます」という清潔な様相で参加しているように見えた。
司会者が、「それでは、結団式を始めます。最初に区長より激励の言葉があります。」と言い、A区の区長が「日頃の成果を思う存分発揮し、頑張って下さい!」という内容を、延々と7分話した。
そして「続いて、区の体育協会会長から激励の言葉があります。」と言ったところで、陽介の前に並んでいた和気ちゃんが「まだあるのかよ?、陽ちゃんより話が長い上に、いったい何人がしゃべるだろう?」と陽介に小声で苦情を言って来た。
陽介は、「初めてだから分からないけど、檀上に並んでいるお偉方さんの数を見ると、まだまだ続くんじゃない?」と、苦笑いをしながら答えた。
しかし予想に反して、お偉方さん達の長い話しはここまでだった。
和気ちゃんが陽介の方を向いて、「良かったよ!、懇親会まで話が続くのかと思った。」と笑顔で言った。
司会者が、「続きまして選手宣誓を行いますので、各競技の代表者は名前を呼ばれたら大きな声で返事をして、プラカードの前に出て下さい。」と言った。
「それでは…」と司会者が、「〇〇(競技名、例えばサーッカー)代表△△クラブ。東京太郎(氏名)以下20名。代表東京太郎前へ!」と言った。
永竹クラブは、突然ざわめいた。
初参加だったが故に仕方がないことだが、このような儀式があることを知らなかったのである。ましてや永竹クラブの代表者が誰で、まさかとは思うが選手宣誓をするようなことになりはしないか?という不安にかられたからだった。
A区の連盟役員であるヤマちゃんですら知らなかった。したがってヤマちゃんも動揺していた。自身が連盟役員でもあるので、自分が代表者になるのではないかと思ったらしい。
そして、「9人制バレーボール女子、代表永竹クラブ。えーと、これ何て読むんですか?」と司会者が係の人に聞いたところで、陽介が青ざめた。
実は陽介の名字、極めて珍しい名字。一般的にはまず読めない。
司会者が係に尋ねるも名字の読み方が分からず、「大変に申し訳ありません。失礼ながら永竹クラブの代表の方、名字を教えて下さい!」と言い出した。
すると大御所の三輪さんが、「いずみのけ、と読みます!」と答えた。
さらにざわつく永竹クラブ。
「いずみのけって誰?、そんな人いたっけ?」と。
司会者が、「大変に失礼致しました。あらためまして9人制バレーボール女子、代表永竹クラブ。五十公野毛陽介以下18名、代表五十公野毛陽介前へ!」と言った。
陽介は、「何で僕が代表なの?」と、ヤマちゃんの方を見た。ヤマちゃんも陽介の顔色が青ざめているのに気が付いていたが、首を大きく左右に振って「私は、知らない!」という素振りをした。
「それに、A区の大会で登録メンバーを提出するに当たり、監督として陽介の名字を記載しているだろうに、何でだれも僕の名字を知らないの?」と不思議に思った。
確かに永竹クラブの関係では、陽介監督・陽ちゃんなどの呼び名で通っていたが、誰も陽介の名字について読み方を聞きに来た者はいない。
やむを得ず陽介はプラカードの前に出た。
全参加者の代表が各競技のプラカードの前に出揃い、司会者が「それでは、選手宣誓を行います。」と言い、サッカーの代表者が全代表として呼ばれた。
陽介は、胸を撫で下ろした。
後で聞いたのだが、チームの代表者は、通常そのチームのキャプテンだとのこと。永竹クラブはキャプテンのヨシちゃんが遅参することが分かっていたので、三輪さんが代表者を陽介にしたとのことだった。
三輪さんが決めたことだから仕方ないこととは言え、せめて事前に教えてもらいたかったと陽介は思った。
全代表者が右手を上げ選手宣誓が終わると、檀上のお偉方さんから拍手が起こりあらためて区長が「皆さん、頑張って下さい!」と笑顔で言った。
続いて司会者から、「それでは、これからA区のワッペンを配ります。試合中はユニフォームの左腕や胸などの必ず見えるところに貼付け、A区の代表として誇りを持って試合に臨んで下さい!」と説明があり各競技の登録者全員分のワッペンが配られた。
永竹クラブにもワッペンが配られ、大きく「A区」と書かれているのを見て、皆な気の引き締まる思いだった。
そして司会者が、「これでA区の都大会結団式を終了致します。引き続き懇親会に移ります。皆さん各々飲み物を手に持ち、あらためて今と同じ場所に並んで下さい。」とアナウンスがあった。
皆が並び終わると、「それでは、来賓の〇〇様よりカンパイの音頭をお願いします。」と司会者が言った。
来賓の方が、皆さん一生懸命頑張って下さいという内容の話を短くして、カンパイの音頭をとり、参加者全員がグラスを合わせ、健闘を誓った。
カンパイの後、大会議室の窓側2ヵ所に用意された、それなりに豪華な食べ物を取りに行くため、一斉に人が動いた。
陽介は、まだ檀上にいる区長をはじめお偉方さんに挨拶に行った。
区長は当然ながら地元の人。誰もが面識はあったが、陽介は小さい頃からよく知っている人だった。
陽介は区長に、「一通り挨拶を済ませた後、まさかと思いますけど区長も僕の名字を知らなかったのですか?」と尋ねてみた。
区長は、「知ってるに決まってるじゃない!、ただ陽ちゃんの名字が珍しいから、皆なにも陽ちゃんを知ってもらおうと黙ってたんだよ。それに司会者は私に聞きに来なかったしね。区の職員にもせめて区内の珍しい名字は読めるように指導しないといけないね。」と、笑いながら陽介と会話をした。
挨拶が終わり、永竹クラブの皆なの所に戻ろうと後ろを振り返ると、ヨシちゃんをはじめ遅参予定だったメンバーも揃ってグラスを持ち、「陽ちゃん、いずみのけ~、早く戻って来てぇ~!」と言いながら、陽介を手招きしていた。
永竹クラブが初めて参加する結団式の懇親会が、今始まった。