2回目の遠征 親睦大会 5
バスが大会会場の体育館に着いた。
担当者はいち早くバスから降り、バスの乗降口から離れ「皆さ~ん、今から20分後に開会式を行います。体育館に入りましたら、ユニフォームに着替えてコートで待っていて下さ~い!」と、全員がバスから降りるまで叫び続けた。
陽介は、大会役員との打ち合わせを担当者の代弁者として立ち会わなければならない事情があるので、叫び続けている担当書の側に寄り添っていたが、大御所と猛獣コンビは「陽ちゃん、後は宜しくネ!」と言い置き、そそくさと体育館に入って行った。
さすがに大御所は陽介に『申し訳ない』という姿勢で頭を下げていたが、猛獣コンビは笑顔で陽介にその言葉を言ったので、さすがにの陽介も「彩姉さん達、もう少し申し訳なさそうに言って下さい!」と大きな声で言った。
側にいた企業の担当者が、「申し訳ありません」と陽介の言葉に、思わず反応した。
「いいんですよ、貴女は。うちのメンバーが陥れてしまったんですから。バレー以外は関係ないとはいえ、チームの監督責任という意味では、僕にも多少の責任があると思っていますので…。」と陽介は言ったが、地元に帰ったら、猛獣コンビにはしっかりと意見をしようと心に決めた。
全チームが体育館に入るのを見届けた担当者は、「それでは打合せに向かいますので、本当に申し訳ないのですが、宜しくお願い致します。」と陽介にあらためて頭を下げ、体育館の大会役員控室に向かった。
担当者は、「おはようございます。昨日喉を傷めてしまい声が出しにくいので、本日の打ち合わせはA区の代表チーム永竹クラブの監督に私の代弁をして頂きますので、ご了承下さい。」と、開口一番小さな声で挨拶を兼ねて言った。
開催某県の役員達は、「大丈夫?、無理しないでね。私達が大会を進行するから、ゆっくり休んでいてね。」と担当者を気遣った。
担当者は、「ありがとうございます。声が出ないので、甘えさせて頂きます。後10分位で開会式を始めますが、お手数ですが司会進行をお願い致します。また昼のお弁当は手配してありますので、各コート2試合目が終了した時点から順次食べるようにアナウンスをお願い致します。昼食時間は30分程度となりますので合わせてお伝えください。宜しくお願い致します。」というメモを陽介に渡し、代読させた。
おそらく、バスの中でメモをしていたのだろう。手際のよいタイミングであった。
大会役員との打ち合わせはこの程度の極めて短い時間で終わった。
担当者と陽介、大会役員が体育館に移動し開会式が始まり、開催県のお偉方さんの挨拶が終わり試合のルールの確認がアナウンスされた。本来であれば担当者の仕事だが大会役員がつつがなく司会進行をしてくれていた。
そして、昼食の件と10分後に各コートの第一試合のプロトコールを行う旨のアナウンスがあり、開会式は無事終了した。
永竹クラブは、Bコートの第一試合と第三試合。
陽介は担当者に、「それじゃぁ試合がありますので、一旦そばを離れますね。」と言い、コートに向かったが、担当者が「本当に申し訳ありません。」と恐縮しながら頭を下げたので、「心配ご無用!」と言った。
陽介がBコートに行くと、永竹クラブのレギュラーは既にウォーミングアップを済ませ、一汗かいていた。
キャプテンの#1ヨシちゃんが、「今日は親睦が優先だから、陽ちゃんあまり怒らないでネ!」と言って来たので、「でも、失礼のないプレーをする!、っていうのが約束だから、いい加減なプレーをしたら当然言うよ!」と陽介は言った。
さらに「あれっ!?、三輪さんと川さんは?、マネージャーとしてベンチに入るんじゃないの?」と聞いた。
するとヨシちゃんは2階のギャラリーを指さして、「あ・そ・こ」と言った。
陽介が2階のギャラリー席を見上げると、A区の役員と大御所の2人、さらには猛獣コンビが陽介の方に手を振っていた。
陽介は、致し方なし。と思い、試合に臨んだ。
第一試合の相手は、昨年対戦した『八葉クラブ』。昨年の全国大会3位のチームだ。
前回の対戦では、前日に泥酔させようとして返り討ちにあい、物凄い酒臭い状況で試合に臨んだ。
しかし二日酔いの勢いというのは恐ろしいもので、相手チームの事情(全国大会3位)も知らず善戦をし、優勝した八葉クラブが対戦したチームの中では、唯一永竹クラブがあわや勝つかも知れないという試合をした。
だが今回は八葉クラブの事情も熟知している上に、親睦を前提に試合に臨んでいるので永竹クラブの面々には、笑顔はあるものの緊張感は全く無い。
陽介は、「ボコボコにされるな!これは…」と思った。
ところが、意外にも永竹クラブは頑張り、試合終了後に八葉クラブの監督さんに、「永竹クラブさんは強くなったわねぇ~!、負けるかと思った!」と言わせるほどだった。
皆な、負けはしたものの楽しかった様子で、「陽ちゃんも怒らなかったし、楽しい試合ができたわ!」と口々に言っていた。
陽介は、これが『成長』ということなのだろうか?と、永竹クラブを自慢に思ったが、2階のギャラリー席で、腕を組んで上を向き、口を開け寝ている猛獣コンビを見ていると、「この2人には、『成長』という言葉は辞書に無い!」と、寒気がした。
Bコートでは2試合が終わり、昼食となった。
昼食のお弁当は、地元の料理がたくさん入った豪華な内容だった。皆な美味しく頂いたが、陽介は担当者の側に行き一緒にお弁当を食べた。
担当者は、「だいぶお酒が抜けて来ました。各コートの第三試合が終わったら、チョッとシャワーを浴びてサッパリしてきます。」と言いながら、「今日は本当にありがとうございました。今の所朝まで飲んでいたことはバレていないようです!」と、引きつり笑いをしながら頭を下げた。
昼食が終わり、永竹クラブは第三試合に臨んだが、第一試合で八葉クラブと楽しく試合を終えたので、既に集中力は切れ、失礼は無かったものの不甲斐ない試合内容で惨敗した。
結果、永竹クラブの決勝リーグ進出は無くなり、Bコートの予選リーグが他のコートより早く終わったので、昨年の経験を活かしバス出発時刻に慌てないよう、シャワーを浴びて決勝リーグ観戦を決め込んだ。
皆な2試合共負けたわりには満足げで、笑顔でイッパイだったが、大御所と猛獣コンビは座席で爆睡していた。
永竹クラブの面々がシャワーを済ませ2階のギャラリーに戻って来た頃、Aコートでは決勝リーグが始まった。
さすがに決勝リーグともなると、昨年同様白熱した試合展開となり、3試合中2試合がフルセットの戦いとなった。
永竹クラブの面々も、「オォ~!、スゲー!」と言いながら、予選リーグで対戦した八葉クラブを応援していた。
勿論、大御所と猛獣コンビは、未だ爆睡中だ。
決勝リーグの試合は、バス出発時刻の30分前に終了し、いずれもストレートで勝った八葉クラブが2年連続で優勝した。
閉会式が始まる寸前に、A区の役員から起こされた猛獣コンビ。大御所はさすがにとくっに目を覚まし、コートに降りて永竹クラブのメンバーと一緒に整列していた。
閉会式が終わると、開催某県のチームがズラリとバスの脇に並び、遠征して来たチームを手を振って見送った。
陽介は、見送ってくれている開催某県のチームのメンバーに手を振り返しながら頭を下げ、お礼を言いながらバスに乗りそこなった永竹クラブのメンバーがいないか確認した。
さすがに乗りそこなったメンバーはいなかったが、リクライニングシートを倒し、早速寝に入っているのを見て、「親睦会といえ、1年に一回家庭を離れ、羽を伸ばしたんだから疲れたんだろう!、きっと伸ばした羽はたためないな!、決して若くないし…。」と思った。
大御所は、還暦を遥かに超えているし、猛獣コンビも間もなく還暦。
冗談でも、地元に帰ってからの『これからの時間』は今日はあるまいと、陽介も安心して寝に入った。