夢破れた11月の一般大会 『これからの時間』 2
三輪さんが、「それでは、監督から一言もらって、引き続きカンパイの音頭をとってもらいます。それでは陽介監督、お願いします!」と発し、続けて陽介が片手にジョッキを持ちながら立ち上がった。
陽介は、皆なを待っている間に、結構な量の生ビールを飲んでいたので(いつものことだが…)、既にご機嫌さん状態だった。
「今日は、残念ながら優勝は出来ませんでしたし、ケガ人も出てしまいました。皆さんが疲労困憊の状態だったこともあり、棄権まで考えましたし、いや本来であれば棄権をしなくてはいけない状況であったかもしれません。しかしながら、そうした状況の中においても、全員が力を合わせて試合を終えることが出来ました。これも日頃の練習の賜物だったと思います。優勝して都大会に行く夢は、残念ながら破れてしまいましたが………」と言ったところで、キーちゃんから「長い!」と突っ込みが入った。
陽介は、「了解!」と言って、
「今日は、残念会ですが、適度に飲みましょう!、皆な疲れているから気を付けて!、そして都大会を目指しあらためて一緒に練習しましょう!、それではカンパ~イ!」と音頭をとった。
各々がグラスを重ね、「今日はしょうがないよ!、よく最後までもったよ!、また頑張ればいいじゃん!」等と言いながら、『これからの時間』が始まった。
しかし、一人静かに下を向いている者がいる。
戦意喪失で、そうそうにベンチに引っ込んでしまった、川さんだ。
三輪さんが、「川さん、元気出して!、もう今日の試合は終わったんだから!」と言うと、和気ちゃんも「川さん、飲もうよ!、私だって大して役に立たなかったんだから!」と言って肩を軽く叩いた。
陽介が、「そうそう、本当に和気ちゃんは大して役に立たなかった!」と笑いながら言うと、和気ちゃんは、「陽ちゃん、あんた最近本当に言いたいこと言うね!、謙遜だよ謙遜。小学校5・6年で習うだろ!、だからそういう時は、「和気ちゃん、そんなことないよ!、十分に役に立ったよ!」って言うんだよ!、全く世話が焼けるネ!」と返して来た。
陽介は、「ヤバイやばい、さっき永竹クラブで物言いを学んだって思ったばかりなのに、また余計なこと言っちゃった!」と思いはしたものの、和気ちゃんの突っ込みどころ満載のボケに、「そうそう!、本当に役に立った!、沈んでるチームの雰囲気を明るくする不動のプレーは、誰にもまねできないよ!、コートにいるだけで笑わしてくれるキャラは、永竹クラブでは和気ちゃんだけだよ!オットよっちゃんも双璧かな?、でもよっちゃんはオトボケだけど、一応動くからネ!」とほくそ笑みながら言ったが、よほど、よっちゃんと比べられたのが気に障ったのか、「陽ちゃん、ほらネギチャーシュー皿に取ってやったよ!」と差し出した皿には、カラシが山のように盛ってあった。
陽介は、これ以上かかわらるとヤバイと思い、「イケさ~ん、大丈夫ですか~?」と、看護師同伴でトイレに一番近い席で飲んでいるイケさんに、気を遣ったフリをした。
ヨシちゃんが(ゾウアザラシ)、そのたくましい左腕を高々と上げ、「生ビール、おかわりの人~!」と吠えると、疲労困憊の様子は何処へやら、ほぼ全員が「ハイ!」と大きな声で反応した。トイレ前の席にいるイケさんも「私も!」と言って手を上げる始末である。
おかわり生ビールを、グイグイと飲みながら、ヤマちゃんが「仕方ないことだけど、マメちゃんが離脱したのは大きかったネ!、ヤッパリあれで大分リズムが狂ったもんネ!」と言うと、「そうそう、あれで川さんがコートに入って狙われちゃったからネ!」とよっちゃんが応じた。
すると慌ててその席にいた連中が、よっちゃんに「今日は、その話しちゃダメ!」と言って、よっちゃんが手に持っていたジョッキを、無理矢理口元に押し付けた。
しかし、時すでに遅し。
川さんには、しっかりと聞こえていた。
後で陽介は聞いたのだが、体育館から中華料理屋に来るまでの道中で、今日の『これからの時間』では川さんのことは触れないと申し合わせていたそうだ。
だが、よっちゃんは3歩あるけば忘れてしまう、酉年生まれ。
申し合わせなど、全く意味をなさなかった様子であった。
川さんは、再び下を向いて寡黙になってしまったが、三輪さんは「今日は仕方ないよ。こういう日もあるよ。元気出して!、皆なに気を遣わせちゃいけないよ!」と笑顔でホローした。
川さんも、引きつった笑顔で応対したが、内心は相当に辛い様子だった。
いつものように、いつオーダーしたのかわからない、たくさんの料理がテーブルを埋め始めた。
彩姉さんが、「ママぁ~、取り皿少し頂戴!」と吠えて、数枚の取り皿に数種類ずつ取り分け始めた。
陽介は、「これ、どうするんですか?、まさか持ち帰り?、絶対太りますよ!」と言うと、「陽ちゃん、和気ちゃんも言ってたけど、最近本当に遠慮なく言うわネ!、覚悟しておきなさいよ!、これはね後から来るマメちゃんの分。せっかく来るのに食べる物が無くなっていたら、可哀そうでしょ?」と彩姉さんは言った。
「ウソつけ!、いつも料理が無くなったら、「また頼めばいいじゃん!、イッパイ食べてイッパイ飲もう!」って言ってるくせに!」と思ったが、物言いに気を付け「彩姉さんの愛情ですね。さすがです!」と陽介は気を遣って言った。
彩姉さんは、「陽ちゃん、たまには良いこと言うじゃない!」とご機嫌で、「ママぁ~、陽ちゃんに生ビールのおかわり出して~!」と大声で吠えた。
陽介の手元には、さっきおかわりした生ビールが、ジョッキにナミナミと残っている。
間違えなく、「新手の嫌がらせだ!」と陽介は思った。
奥でざわつき始めた。
何事かと思い、そちらを見ると、イケさんのトイレタイムに看護師を含め3人がかりで付き合っていた。
「そこまでして『これからの時間』に付き合わなくてもいいだろうに!、それともこの飲み会に欠席する恐怖の方がケガの痛みより、ツライのかもしれない。全くいつもいつも懲りない面々だ!」と陽介が思っていると、
「遅くなりました~!」と、子供の病気で途中離脱したマメちゃんが来た。