陽介とバレーボール 4
親友が陽介の練習を付き合ってくれていたおかげで、多少レシーブが出来たが、恩師がボールを打ってくれたのは、わずか2分程度のことだった。
しかし陽介は、コートの中で練習が出来たことが嬉しくて嬉しくて、またコートの中で練習をしたいと以後努力を重ねて行き、その後それを認められ皆と一緒にコートの中で練習することを許された。
コートの中で練習をすることを許された陽介であったが、アタックの練習の時などは、ジャンプをするまでの基本的なステップや空中姿勢等は口頭で指導され、それを実行しようと努力したが、陽介にとっては初めての経験であり簡単なことではなかった。陽介の順番になると陽介が打つアタックは、ネットに引っ掛けたり、体育館の時計(体育館の壁遥か上方に位置し、普通の人であればアタックを打った時、その時計にぶつけることは、皆無な位置にある。その意味では、陽介には人並みはずれた力があったかもしれない)にぶつけたりを繰り返していた。来る日も来る日も。先輩をはじめチームメイトには、よく叱られ嫌味さえ言われていたのを思い出す。
しかし、恩師は一度も練習中の陽介を叱らなかった。恩師曰く「常に思いっきり打て!、空振りでも時計に当ててもいいから、正しいステップでジャンプして思いっきり打て!」と。下手な陽介に自分自身で理解をさせようとしていたらしい。常に思いっきり打っていなければ、思いっきり打って決まるポイント(ボールをとらえる位置)が身に付かないと考えたようだ。上手いプレーヤーはそうせずとも打てるのであろうが、陽介のような下手なプレーヤーに対する指導だった。
そしてある日のアタック練習の時、陽介は目の覚めるようなアタックを打った。チームメイトはそのアタックを見てどよめいき、言った。「凄いじゃん!」おそらく陽介に次の順番がきた時は、同じようには打てまい、マグレの一打だったの思いで、冷やかしたのであろう。しかし、陽介の番がきた時、同じようなアタックを打った。次もまた次も…。
その日の練習終了後、先輩をはじめ皆がほめてくれた。先輩は学校からの帰りにジュースをご馳走してくれた。とても嬉しかったのを覚えている。
しかし恩師は、どんなに良いアタックを打っても、一回もほめてくれなかった。チームには陽介以上に凄いアタックを打つ者もいたし、技術的にも上手い者がいたからだと思う。陽介は壁パスや親友との練習で培ったオバーパスのハンドリングを認められ、その後セッターに抜擢され、大したプレーヤーにはなれなかったが、レギュラーとしてコートに入ることが出来た。
故に陽介には、下手な人の気持ちがよく分かる。陽介は永竹クラブの面々も、現段階では「何が分からないか、分からない」状態で、つまらない基礎練習で困惑しているのだろうと思った。しかし陽介は、ママさんという年齢からくる伸びシロはともかく、いつの日か練習の成果が出て、勝つことによってのみ味わえる楽しさを、永竹クラブのメンバーにも伝えたいと思った。




