新年最初の練習
さて新しい年を迎え、公式飲み会の『新年会』を無事終えた永竹クラブの最初の練習日、意外にも定刻に多くのメンバーが揃った。
仕事を持っている者が、比較的早く集まれたのが理由のようだ。
いつものように、ウォーミングアップを終えパス練習に入ったのだが、12月の最後の練習からそれほど間が空いていないのに(一部メンバーと陽介は、練習こそなかったが、飲み会は全く普段と変わらないスケジュールで行われていた。いやむしろいつもよりハードなスケジュールだった。)、体力はガタ落ちしていて呼吸も荒く、パスの技術もかなり酷い状態だった。
陽介は練習を一旦止め、「皆さん、年末年始でご家族や友人、会社の同僚に大分気を遣って来たと見えて、お疲れの様子ですネ!、今日は体を慣らす程度の練習にしますので、もう一度ウォーミングアップからやりましょう!」と指示した。
しかし、ヨシちゃんと和気ちゃんは、ネットの前に張り付いて、一生懸命ネットプレーの練習らしきものをしていた。
陽介は、「所詮ネットプレーは出来ないんだから、正確なパスが出来るように基本の練習をしましょう!」と言ったが、どうしてもネットプレーの練習をやりたいようで、不服そうな顔をしてネットのそばを離れない。
「そこの2人、ネットに張り付いてると邪魔だから、サッサとどいてウォーミングアップを始めて!」と陽介は指示したが、やはり不服そうな顔で渋々ウォーミングアップを始めた。
再びパスの練習が始まったが、中々調子が戻らないメンバーに、「パスの体重の移動は前です!、上ではありません。相手にパスを出したらそのまま1歩前に歩くようなつもりで体重を移動して下さい!」と陽介は指導した。
パスの練習が終わると、サーブの練習になったが、ここでもいつものようなサーブが打つことが出来ない。中にはネットを越えるのが精一杯という者もいた。
陽介は再度練習を止め、「最初からサービスエースをとれるようなサーブを打たなければ、練習をしている意味がありません。思い出して下さい。今までどのような心構えで練習をしてきたかを!」とやや強い口調で言い、「もう一度、ウォーミングアップから始めます!」と指示した。
これにはさすがにメンバーから、「えーっ、今日は体を慣らす程度の練習って言ったじゃない!?、これじゃぁ疲れるだけで、意味がないよぉ~!」と苦情が出た。
しかし陽介は全員を集め、「いいですか。小学生や中学生は、バレーボールなど新しいことを教わると、教えられたことを素直に一生懸命やろうとします。そして上達も早い。それは何も知らない何も分からない白紙の状態で真正面から指導されたことを一生懸命やろうとするからです。つまり文句を言う雑念すらないのです。だから上達も早い。しかし我々歳を重ねたいい大人は、バレーボール以外の色々な経験を含め、脳と体が楽なことを覚えてしまっているのです。だから、練習を少ししないだけで脳や体が楽な状況を勝手に思い出し、せっかく頑張って練習で身に着けたはずの技術や心構えを忘れてしまうのです。だからそれを早く思い出させてあげないといけないのです。勿論プロやプロレベルあるいは上手い人達は違います。なぜならば長年培って来た経験がむしろ普通の状態だと脳や体が認識しているので、しばらく練習をしなくても少しの練習で思い出すことが出来るからです。したがって、もう一度ウォーミングアップから始めます。」と指示した。
皆な不満げな顔をしていたが、陽介の一見根拠のありそうな理屈に多少は理解を示したのか、ウォーミングアップから練習を再開し、サーブ練習も現状の体力で出来ることは何とかこなした。
陽介はあらためて全員を集め、「今日の練習はここまでにしましょう!、次回からは最初から集中した練習が出来るように、頑張りましょう!」と言って、新年最初の練習を終えることにした。
しかしヨシちゃんと和気ちゃんは納得いかず、『これからの時間』で「何でネットプレーの練習をしてくれないの?、これだけやりたいって意思表示したのに!」と言って陽介にかみついた。
陽介は、「ネットプレーの練習をしない理由は、すでに話したので言いません。しかしもし今日ヨシちゃんや和気ちゃんにネットプレーの練習をさせれば、それが出来ない事を皆なの前で証明してしまい恥をかかせてしまうとも思ったからです。」と諭した。
ヨシちゃんは、「やりもしないのに、出来ないなんて言わないで!、次の練習で必ずネットプレーの練習をメニューに入れて!」と、お得意の平家蟹を潰したような顔で陽介に迫った。
「では、次の練習で、「僕は出来ない事を練習するよりは、出来ることを正確に出来るように練習する方が今の永竹クラブには必要だと思うので、ネットプレーの練習はしないようにしてきましたが、どうしてもヨシちゃんと和気ちゃんがやりたいと言うので、少しやります」と前置きますが、それでもやりますか?」と逆に2人に迫ったが、
ヨシちゃんは、「絶対にやる!」と、懲りない返事をした。
「和気ちゃんは?」と聞くと、「私は陽ちゃんがそう言うなら、ネットプレーの練習はしなくてもいいと思う。だって今日お遊び程度でネットプレーの練習を自分なりにしたけど、全く出来ないんだもん。私普段の陽ちゃんがやる練習でいいや。」と言った。
あらためて、「ヨシちゃんは、どうする?」と聞いたが、相変わらずあげた拳を降ろせず、「何があってもヤル!」と言うので、次の練習日に、ヨシちゃんだけネットプレーの練習を少しすることになったのだが、陽介はこの時の事を未だに凄く後悔している。
指導者としては、例え相手が分からず屋であっても、自尊心を多くの人の前で傷付けるべきではなかったと…。