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陽介とバレーボール 1

 監督初日、弱小ママさんバレーチームとうものを、痛感した陽介であったが、思えば陽介も高校生の時、初めてバレーボールに携わり、今の永竹クラブのメンバー以上に何も出来なかった上に、動けなかった。先輩や同僚に指導を受けたが、『何が分からないか、分からない』状態で、普段の練習すらさせてもらえず、ほぼ2ヶ月間ボール拾いだけ、いや人としてすら扱ってもらえなかった。高校のクラブ活動で、勝負にこだわっていたので、仕方ないことではあったが、来る日も来る日もウォーミングアップだけさせてもらい、後はボール拾いであった。

 

 陽介は中高一貫の学校へ通っていたので、高校進学テストに合格した後バレーボール部に入った。したがって3月上旬にバレーボール部に入ったため、4月の新入学生の同僚が入部するまで新1年生は、陽介と中学生時代からバレーボール部に入っていてプレーも上手かった親友と2人だけだった。


 もっとも中学の体育の授業でバレーボールをした時、その体育教員が、他のクラスメイトより多少目立った陽介を、バレーボール部に進めたという事情があったので入部を決めたのだが、今思えば、授業レベルでよく体育会のクラブに入ったなと、当時の若さと考えの甘さに、笑いさえ出てくる。


 ただ、決定的にバレーボール部に入ろうと決意したのは、親友がいたことかもしれない。今はその親友に心から感謝しているが、最近はあまり会う機会がない。あまり酒癖が良くないので、夜は会わないようにしているからだ。


 陽介の母校のバレーボール部は、決して強豪ではなかったが伝統があり、その創部期には元全日本男子バレーボールチーム監督が指導に来て、その指導を受けた先輩が、母校から大学に進み、その後実業団で活躍たのち全日本男子バレーボールチームの一員になった。おそらくは陽介の母校の所在県としては、第一号の全日本男子選手で、その先輩はプレーヤーとしても活躍をなさり、引退後はアジア某国のナショナルチームの監督として、日本バレーボール協会から派遣された。

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