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7 ディナーダンス  暗い一室

今さらながらデュラハンとは?の回です。

 

「さぁ頑張って!!」

「ぐえぇっ!」

「気合いを入れるわよ!!」

「やめっうぐぅっ!」

「喚いてないで息吸いなさいっ!!」

「だずげぇ、ぐふぅっ!」


 コルセットをギチギチに絞られてモルディーヌは乙女にあるまじき奇声を吐いた。



 ――――すっかり忘れていたのだ。



 首なし紳士(デュラハン)(レフ=ルト・マクビウェル卿という名前だと自己紹介されたが呼ばないのでどうでもいい)に送ってもらった事に疲労困憊していたモルディーヌは、今日はもう日も暮れたし帰って寝る気満々であった。モルディーヌの帰宅を玄関で待ち構えていたタニミアに見つかるまでは。


 そうだった!ディナーがあった!!


「あら?ごきげんようマクビウェル卿!ディナーのお時間にはまだ早い・・・・モル?」


 歩く為に抱擁という名の拘束から解放されたモルディーヌは、今度はエスコートという名の手錠を掛けられた。差し出された腕に手を掛けさせられ、その手を上から添える様に抑えられられていたのだ。歩く距離もとても近い。そんな逃亡予防措置がばっちり周りに勘違いを起こさせた。


「モルとマクビウェル卿はいつの間に紹介を済ませたの?ちょこ~っと距離が適切ではないのではなくて?」


 蒼い瞳を眇めたタニミアが、がっちりホールドされている手元を見て口を開く。


 そりゃそうよね!

 こんな距離普通バカップルぐらいだもの

 でも違うから!私に拒否権はなかった!


 慌ててモルディーヌが口を開こうとすると、横からレフの淡々とした声が割り込んできた。


「申し訳ありません、タニミア嬢。少々物騒な目に遭われたモルディーヌ嬢の護衛をオッカムに任されまして。慌ただしかった為、まだ正式に紹介を受けていないままですがエスコートさせて頂きました」

「え?物騒な目に?」

「ええ。通りを少し入った所で鋭利な物が故意に投げられたそうです。幸い怪我はなく。連れの方と無事逃げて来られたところに、偶然オッカムと居合わせました。犯人がわからないので手分けして送り届ける事に。タニミア嬢達ご家族も今後外出時には気を付けて下さい」


 無表情で説明するレフに、モルディーヌは胡乱な目を向けてしまう。間違った事は言ってないが、誰のせいだと思っているのか。

 しかも、先程までタメ口だったのに敬語喋っている。対令嬢等の余所行き用だろうか。


 あれ?私にはタメ口だったよ。令嬢扱いされてない!?


「そうだったのね。今夜のディナーはダンスホール付のホテルレストランの予定だったのだけど、中止した方がいいかしら?」


 やった!中止!と喜びかけると、またしても横槍。


「いえ。俺が付き添いますので問題ありません。宜しければ、オッカム達も呼んで護衛を増やしましょう」

「まあ!オッカムさんなら大歓迎よ!イケメンはいくら増えてもかまいません!!」


 と言うわけで、きらきら蒼い瞳を瞬かせたタニミアと無表情なレフが話を進め、ドレスアップする為にコルセットをギチギチに絞められたモルディーヌはげっそり窶れてディナーに向かったのだった。





 最新式のホテルレストランの社交用ダンスホールは青、白、銀等を基調とした華美過ぎない上品な様式であった。

 そんなダンスホールが自分の為に誂えたように似合う美しい紳士が、完璧なリードで周りの注目を集めながら華麗に舞う。

 お年頃の令嬢のみならず、奥様方や未亡人からも感嘆の息がもれる。年若い紳士達から羨望の眼差しで見られているのは、ペアを組んでいる澄んだ海色の瞳と同色のドレスが似合う可憐な令嬢のおかげだろう。

 注目を集めるふたり。レフ=ルト・マクビウェルとモルディーヌ・イシュタトンはダンスホールの視線など気にもとめずに踊り続けていた。


 食後マクビウェル卿達イケメンと踊りたいと主張するタニミア主導で、ダンスホールに訪れた一行。マナーとして従姉妹達と踊った彼は、ご丁寧にモルディーヌにも手を差しのべダンスホールへ連れ出したのだ。

 このダンスの為にコルセットギチギチドレスを着せられたのか!と、モルディーヌは淑女の仮面の下で内心ぐったりしていた。タニミアがにこやかにオッカムと踊っているのが視界の端に見える。イケメン大好きさんめ!


「君は妖精を見る事ができるのか?」

「妖精?」

首なし紳士(デュラハン)を見たのだろ?」


 レフがいきなり口を開いたと思えば。意外な話題を振ってきた事にモルディーヌは目を見開く。


「・・・ええ」

「では、首なし紳士(デュラハン)と言う妖精は知ってる?」

「何を仰りたいのでしょう?」

「首のない男の姿をした妖精。コシュタ・バワー(首無し馬が引く馬車)に乗って、片手で手綱もう一方の手には自分の首を持っている。 嘆きの妖精(バンシー)と同様『死を予言する存在』であり、近いうちに死人の出る家に現れる。 そして、戸口の前に停まり家人が戸を開けるとタライにいっぱいの血を顔に浴びせかける。奴は姿を見られる事を嫌っており、姿を見た者は鞭で目を潰される。だが、コシュタ・バワーは水の上を渡る事が出来ないので、川を渡れば逃げきれる」


 淡々とした声で知識を披露したレフは、ニヤリと口角を歪める。初めて悪霊と言われる妖精首なし紳士(デュラハン)の伝承を聞いたモルディーヌは訝しげな表情を返すしかない。殺人鬼の通り名と本物の妖精に何の関係が?と眉をひそめる。


「私が見た姿と随分違います。馬車に乗らず、首も付いているようでした。それに・・・姿を見た私の目も無事です」

「そのようだ。では、君は殺人鬼首なし紳士(デュラハン)を見たのだろうか?」


 本人を目の前にしてモルディーヌは唖然とする。


「おかしいと思わなかったか?今までの目撃者は被害者と一緒に仲良く、人の技とは思えない程の手際の良さで切り口もキレイに一刀両断され首を奪われていたらしい。後にはキレイな首なし死体だけが残されていたそうだ。では、君が見た死体は?」

「・・・消えたわ」

「そう。よく思い出せ。()()はどうなっていた?」

「―――っ、待って!?」


 レフの言葉に昨夜の事を思い出す。


 けして、浅くない無数の傷。

 恐らくとどめになっただろう、左肩から腹まで続く深い傷。

 雨に流され分かりにくいが、酷い出血。

 倒れていたのは、まだ30前後の男で、服装は上質な貴族紳士の外套を羽織った服装。


 顔は――――――、


 顔は驚愕に見開かれたような濁った瞳に血走った白目、口は最期に絶叫したままかたまり、雨水を取り込んでいた!!


「どういう事!?」


 ダンスの曲が終わり、叔母や従姉妹の元へエスコートされながら声を潜めて問う。レフは何の感情もない顔をモルディーヌの耳元へ寄せて囁く。


「俺は首なし紳士(デュラハン)()()無い」


 ハッと顔を上げると紫の瞳を一瞬煌めかせ、すぐに顔を反らされた。

 モルディーヌが口を開く前に叔母に引き渡されてしまい、これ以上何も聞けず帰路につくはめになったのだった。







 暗い一室。

 執務机に座った男に、その前に立つ若い男が頭を下げていた。


「例の件は順調か?」

「はい。早速動き出しました」


 淡々とした声で答え、端整な面を上げた若い男レフ=ルト・マクビウェルは白っぽい銀髪と同じ色の長い睫毛が縁取る紫の瞳を細め、暗闇に溶け込むように座る男を見る。


「そうか、ブロメル伯爵家の者か?」

「恐らくは。ですが町方の者達を上手く使っているらしく、ブロメル伯を引きずり出すにはまだ足りないかと」

「ふむ。後始末には時間がかかりそうだな。餌は無事か?」


『餌』という言葉にレフは僅かに眉を動かすが、すぐに何の感情も浮かばない顔に戻る。


「怪我はありません。使い魔に警護させています」

「珍しいな。いつもなら餌など使い捨てにするだろう?」

「・・・今回は獲物が大きいので」


 嫌な予感がし、返事をするまでに間があったのが不味かった。この男がレフの心の隙を逃す筈がない。突然腹を抱えて笑い出した。


「くははははっ!成る程。獲物が大きいと重い腰を上げて自ら餌になるか!何事にも興味なく面倒くさがりのお前が!!」

「既にご存知でしたか」

「一晩で態々目と鼻の先の家を買い、半日で当座の引っ越しをしておいてバレぬと思ったか?」

「貴方様がそれほど関心がおありとは思いませんでした」


 面白そうにニヤニヤ笑う男は、執務机に身を乗り出してレフを見る。


「なぁ?美人かどうかは大事であったろう?」

「彼女は美人ではありません」

「くっくっくっ、そう怒るな。華奢で可愛いんだったか?」

「からかうのはお止め下さい」

「聞いたぞ。腕に囲って離さなかったそうじゃないか!」

「もう宜しいですか?」


 眉をひそめて硬い声色で返すと、男は睨まれている筈なのに心底嬉しそうに笑った。


「お前が人間らしいのがこんなに嬉しいとはな!」

「・・・報告は以上です。御前失礼しました」


 礼をして出ていこうとドアノブを回したとき、男はレフの背中に向かってぽつりと呟く。それは、小さな掠れ声で聞き取りづらいものだった。


「なぁ、レフ。今は亡き親友の子であるお前を我が子のように思っているのだ。件の娘がお前をこの世界に繋ぎ止めてくれる事を祈るよ」





だいぶ伏線撒き散らした(つもり)ので、そろそろ回収し始めます

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