6 襲撃共犯者は誰
更新時間がバラバラですみません。
「・・・え?」
モルディーヌが悲鳴をあげる間もなく、白いものが今度は正面から胸元に突っ込んで来た。屈んだ体勢だった為、そのまま尻餅をつきながら受け止める。
すると、鼻先すれすれに2本目が飛んできた。
明らかにモルディーヌを害するつもりの軌道で飛んでくるナイフによる襲撃。喉がカラカラになり背筋に嫌な汗が流れる。
まさか、首なし紳士!?
証拠を探しに来た私を殺そうと?
続いて3本目が転んだモルディーヌの後頭部と、その後ろに立っていたキースの間を掠めた。
「っ逃げましょう!!」
キースに向かって叫びながら立ち上がったモルディーヌは、来た道に向かって走り出す。先程まで転んでいた場所に4本目が刺さったのを端に捉えつつ急いで角を曲がり、大きい通りを目指した。後ろからキースが付いてきているのを足音で判断し、さらに加速する。
やっと開けた通りに出た瞬間、丁度通りを歩いていた人の胸板へ、走り込んだ勢いのまま盛大にぶつかってしまった。
「わわっ!ご、ごめんなさい!?」
モルディーヌの不可抗力なタックルを食らった相手は体勢を崩すことなく、すっぽりとモルディーヌを抱き留めてくれた。じわじわ人の体温を感じ、ナイフに狙われた恐怖から今更ながら安堵に震えしまう。震える背中を優しく撫でられ、大きく息を吐いて吸い込むと爽やかなシダーウッドの香りがした。
その香りに、ピタッと固まる。
つい最近―――むしろ昨夜。嗅いだことのある香り。
油の切れたゼンマイのようにギシギシと音が鳴りそうな首を使って顔を上げると、此方を窺う銀糸が絡む紫の瞳とかち合った。瞳に映り込んだ自分の目が、これ以上ないくらい驚きに見開かれている。
彼は、そんなモルディーヌに薄く笑みを向け呟く。
「怪我はないな」
「貴方は・・・な、何故ここに!?」
向かいに引っ越して来たばかりの青年(首なし紳士ほぼ確定?)に抱き留められていたのだ。
絶句するモルディーヌに、横からひょいと顔を出したオッカムがニヤニヤしながら説明する。
「やぁ、モルディーヌ嬢!それは、俺らふたり揃って南区画駐屯所に仕事の用があるからだよ。しかし役得ですね、レフ殿。羨ましい限りですが、モルディーヌ嬢を抱き締めてるところをゲオルグ先生のとこの患者達に見られたら大変ですよ」
「では、避ければ良かったか?」
「ははっ!そしたら、俺が抱き留めてましたけどね!役得ですから♪」
両腕を広げ、俺の胸に飛び込んでこいと言わんばかりのオッカムに、若干引きぎみの笑顔を返しておく。
まさか、首なし紳士とオッカムが知り合いとは。
「・・・あははっ」
レフと呼ばれた青年は、話している間も腕をモルディーヌに回したままである。見上げると、苦々しい視線をオッカムに注いでいた。
「オッカムさんは、ずっとこの方といたんですか?」
「ん?まぁ、彼の家からはずっと一緒に来たよ」
どういうこと?
先程の襲撃は彼ではない?
それなら、何故。
誰が、私を?・・・いや。彼に仲間がいる可能性もある。
「ところで、離してやるといい」
「え?」
「そろそろ苦しそうだ」
淡々と告げられた言葉に、抱き締めている人が何言ってるの?と、怪訝な顔を向けると腕を少し弛めてくれたが、完全には離してくれない。逃がさないように捕獲されている獲物の気分だ。一体何なんだと視線を辿ると、モルディーヌが胸元に抱えているものを見ているようだった。
襲撃に遭った時、突っ込んできたから咄嗟に抱えてそのままだった白いもの。
モゾモゾと動くそれを、モルディーヌが持ち上げて手から放すと飛び立ってしまった。
「白い・・・鳩?」
「そのようですね。あの鳩がいなければ、お嬢さんは穴だらけになっていたでしょう。一体どこから来たのか」
ぽつりと呟くと。背後から、すっかり存在を忘れていたキースが同意し、胡乱な目で飛んで行く鳩を追っていた。
「穴だらけ?そういえば、凄い勢いでレフ殿にぶつかってたね。何かあったの?」
「あ。私にもよくわからないんですけど、この先でいきなりナイフが何本も私に飛んできたんです!!今の鳩が助けてくれなければどうなってたか・・・」
表情を険しくしたオッカムは問いながら、モルディーヌ達の走って来た路地へ目を向ける。
先程の事を思い出しぶるりと身震いすると、腰に回っていた手が宥めるように背中を軽く叩いた。
いや、正直この手が一番恐いから!
早く離してほしい。切実に。
心臓に悪すぎる。
ドキドキし過ぎて、呼吸が苦しくて死ぬ!
はっ!まさか、ドキドキで殺す気か!?
ってか、何で誰も突っ込まないの?
誰か助けて!
冷や汗をだらだら流し、助けを求めて視線をさ迷わせる。
オッカムと丁度目が合ったのでヘルプの念を送ると、頷いてくれた。
「まず、君は誰かな?モルディーヌ嬢とふたり路地裏で何をしていたんだい?」
何故かキースに鋭い視線を向けた。
違う!そっちじゃないよオッカムさん!
キースさんと襲われた件も助けて欲しいけど
今は先にこっちの主犯っぽい人何とかして!
しかも、事情聞きたいのはわかるけど。セリフだけ聞くと不貞を疑う恋人みたいなんで止めてください。
そして、私が誰か気になるのはキースさんじゃなくて、この男の方です!
「失礼しました。わたしはキース・ライアー。記者をやってます。連続殺人鬼首なし紳士のネタを追っていたところ、そちらの可憐なお嬢さんと偶然知り合いになれまして、無理を言って案内して頂きました。いくら親しくなりたくとも、ふたりきりで向かった為に襲撃されるとは・・・残念な結果です」
張り付けたような笑顔で自己紹介をした後、キースは眉をひそめてモルディーヌをちらりと見た。
うん、何でかな!?
駐屯兵長のオッカムさんに諜報員だって知られたく無いからかもしれないけど、故意にふたりだった事強調する必要ないよね?
あ、しかもオッカムさん、こっちを責めるような目でみるの止めて。本当に浮気現場押さえた恋人みたいだから!
首なし紳士の殺害現場を見たのを勘違いだった事にした方が良いって、昼間に言われて数時間で破ってごめんなさい!
客観的に見ると変な構図が出来上がってるから!!
タニミアが言ってたイケメン日和の面子揃ってるけど、全然嬉しくない!
むしろ、変わってくれ!
「犯人を見たか?」
この場にそぐわない淡々とした声に顔を上へ向けると、剣呑な眼差しに喉が鳴る。心なし、腰に回された腕の力が増した。
「いいえ!いきなりの事に驚いて、逃げるので精一杯でした」
「申し訳ありません。わたしも咄嗟の事でお嬢さんを庇う事もできず、不甲斐ないです」
「・・・そうか」
モルディーヌとキースの返答に素っ気なく呟きが返ってきた。
もしや、共犯者も目撃されてないかの確認か?と、どぎまぎしていると軽く息を吐かれた。バレなかった事への安堵だろう。貴方が主犯なのはわかってますよと内心に留めておく。
まさか、本人を前に知り合いらしきオッカムやキースに訴え、皆殺しにあっては堪らない。
いきなり、仕切り直すようにオッカムが手をパーーンッと鳴らした。
「さて!この件は十中八九首なし紳士関係でしょう。帰りも狙われる可能性があります。レフ殿はモルディーヌ嬢を家まで送って頂けますか?仕事の件は、夜にでも南区画のサムを向かわせます。俺はこっちのライアー氏を送って来ます」
「ああ。例の件でサムに心当たりがあるらしいな。では、送ろう」
「えっ。いえ、私ひとりで、」
「レフ殿は頼りになるから大丈夫だよ。モルディーヌ嬢またね!」
何だか勝手に決められ、一先ず解散する事になった。
幸いにも、まだ閉店前の人気がある帰路だったので再度襲撃に遭う事も、連れに切られる事も無かった。
まさかの犯人に送られて全然安心できず、心臓が必要以上に酷使されへとへとになりながら帰宅するはめにはなったが。
次にオッカムと会ったら、首なし紳士の正体を告げねば!と決意して気付く。
オッカムも共犯者、もしくは軍の裏切り者である可能性はないか?と。以前からの顔見知りであるオッカムを疑いたくはないが、キースに言われた事が引っ掛かった。では、キースに相談してみようかと思い、今日会ったばかりのキースも信用できるのかと疑心暗鬼になってしまう。
もう!!
全部、首なし紳士のせいだ!
正解は白い鳩でした!
街灯の上から見てたんです。
正体はそのうち・・・