5 諜報活動の協力
「お嬢さんは《秘密の影》をご存知ですか?」
秘密の影とは、嘘か誠か民の間で囁かれている、王国軍の諜報組織のことである。ただし、一部の諜報員と兵士達が賄賂による不正、情報漏洩などで問題を多々起こした為、五年前に軍務大臣がブラットフォード公爵に代わってから廃止解散されたと言われている。
何故いきなりその名を出したのか。と、訝しげな顔をモルディーヌがすると、キースは笑みを深めた。
「ご存知のようですね。話が早くて助かります」
「噂程度ですが。先程の話と関係あります?」
「はい。実は、わたしは元々秘密の影の諜報員でした。あ、一部の輩と違い汚職には関与してませんでしたよ。五年前にブラットフォード公爵閣下によって組織は廃止解散されましたが、わたしの様に無実の諜報員は密かに集められ、新たな諜報組織が再度設立されました」
「そうなんですね」
おそらく機密事項であろうことを、あっさり話すキースに疑問を持ったが、モルディーヌから情報を引き出す為に信用を得ようと必死なのだろう。
ついつい、値踏みするようにキースを見てしまう。イノンド王国では多い平凡な茶色の瞳に、少し癖のある髪。少し着古されているが清潔感のある服装、人好きのする甘い顔立ち。30歳手前ぐらいだろうか、上背はそこそこあるが少々頼りない体格の優男なので、諜報活動において相手に警戒心を懐かせにくいだろう。
「此度の首なし紳士の事件が中々解決しないせいで、国民からのブラットフォード公爵閣下や軍の評判が下がってましてね。わたし達諜報員は、少しでも解決の糸口を見つけるべく情報を集めているんです。もしよろしければ、昨夜の現場まで案内して頂けませんか?昼間の陽の光の下なら、昨夜見えなかったものが見つかるかもしれませんし、わたしは諜報員としての視点でお助けできるかと」
「先程の話を聞かれたなら解ると思いますが、駐屯兵の方でも気にかけてくれる様なので、私達が行かずとも情報は集まるのでは?」
ふと、オッカムとの会話を思い出し口を開くと、キースはゆるゆると首を降った。
「いいえ。正直なところ、先程の兵士を疑う訳ではないですが、兵士達をあまり信用しない方がいい。お嬢さんも噂等でご存知かと思いますが、軍内部は少々揉めてます。汚職に少なからず関わっていた輩は処罰を受けてなくとも、仕事や収入源が減り肩身の狭い環境になりました。ブラットフォード公爵閣下を逆恨みし、失脚を狙っている輩は事件が解決してほしくないでしょう」
「証拠を見つけても、揉み消されると?」
「残念ながら。その為に我々がこうして、町方駐屯兵とは別に動いています」
キースは白状するように言い肩を竦めた。
確かに、昨夜のイーサンのように非協力的な兵士もいるだろう。
むしろ、あいつが揉み消し要員では?
そう考えると、あれだけ文句や嫌味を言われたのも納得だわ。
成る程ね。事件解決してほしくないなら、私の首なし紳士目撃情報なんかいらないどろか、迷惑でしかないわね。
首なし紳士もおかしいけど、捕らえる側も一筋縄ではいかないとか。
私って悪運強いのかしら。
何で私がこんなに悩まなきゃいけないのよ!!
もう、本気でイーサンハゲろ!
自分たちの欲に忠実な奴多すぎるのよ!
汚職関係者全員ハゲてしまえ!!
――――あら。そうなると、軍の大半がハゲるのかしら?まぁ、将来ハゲるのがちょっと早くなるだけだしいいわよね。うん。
「我々に協力してもらえますか、お嬢さん?」
じゃなくて、考えなきゃ。
ゲオルグ先生やオッカムさんに、見間違いだった事にした方が良いって言われたけど、その会話を聞かれた上で信じてくれてるっぽい人はどうしたら良い?初対面だけど、軍の為に働く真面目な人みたいだからなぁ。
正直なところ、私も明るい状態であの場所見てみたいのよね。
夜の暗い中で見た記憶に囚われてあの場面を思い出すから、危機的恐怖と焦燥感でもやもやするのかもしれないわ!
うん。行って考えよう!
「わかりました!行きましょう!!」
乙女にあるまじく鼻息荒く決意をし、キースに了承の意を伝えると、この後治療院が落ち着くであろう時間を狙い、夕刻前に現場へ行くことになった。
ゆったりと微笑んでキースが去ると、入れ違いでタニミアが戻ってきた。
「今のは誰?なかなか良さそうな殿方じゃない!今日はイケメン日和ね♪」
「――あははっ」
「何よ、その乾いた笑いは!モルの周りって何気にイケメン多いわよね。ああ、私もイケメンに囲まれて生活したい!!」
悲しいかな、全員首なし紳士関連です。
陽が傾き、夕闇にのまれる前にと、早めに店仕舞いを始めるところがちらほら見える。
連続殺人鬼首なし紳士が野放しだという不安から、最近はそういったお店が増えたようだ。
モルディーヌは治療院を早めに抜けさせてもらい、昨夜と同じ通りを早歩きに進む。暗く雨の降っていた時とは違い、濡れたドレスが足にまとわりつく事はない。
「できるだけ、急がないと」
ディナーの時間までにまだ余裕はあるが、身支度に時間がかけられるよう、タニミアに早く帰ってくるようせっつかれてしまったのだ。
着飾ったって、見るのは首なし紳士なのに。
無駄だとしか思えない。
あの人、引っ越し整理をしてたわね・・・
治療院を出る時に向かいの家を見たら、通りに面した書斎らしき部屋のカーテンが開いていた為、室内が見えたのだ。
デスクの上には、大量の本や書類らしきものが積み上げられていた。その前で、中身の分類やら整理をしているのだろう白っぽい髪が揺れ動いていた。
まさか証拠を探しにいくとは思われないだろうが、モルディーヌは内心見咎めかれないかドキドキしながら家の前を通過したのだった。
キースと待ち合わせした現場手前の通りに向かう途中、ふと足を止めた。何かあった訳ではないが、視線を感じた気がしたのだ。
辺りを見回すが、遠くの路地に歩いて行く平民らしき男女が一組ぐらいしか人影はなく。店も、大半が閉まっているようだ。まだ明かりの灯らない街灯の上で白い鳩が鳴いている。
昨夜からの事で神経質になってるだけだと思うが、何だか嫌な予感がしてしまい、先を急ぐように歩を進める。
また、後ろから尾けられているような視線を感じた。
咄嗟に後ろを振り向かず走り出す。一気に通りを走り抜けると、早めに来て待っていたのであろうキースを見つけ、安堵の息が洩れる。
令嬢らしからぬ勢いで走ってきたモルディーヌをみて、キースが目を丸くして驚いたようだ。
「どうしたんですか、お嬢さん」
「っはぁ。し、視線を、感じて・・・」
息を切らし、何とか呼吸を整える間に、キースが辺りを見回す。
「特に怪しい人影は無いようですね。姿は見ましたか?」
「い、いえ。・・・自意識過剰かもしれませんが、さっきまでは視線が」
「そうですか。案外、お嬢さんに惚れた誰かが見てただけかもしれませんね」
「・・・あははっ」
キースは冗談で気を和ませようとしてくれたのだろうが、そのセリフが昼間のオッカムのセリフを思い起こし、引きつった笑みしか返せなかった。
『案外、首なし紳士はモルディーヌ嬢に惚れちゃって、殺さない為に無かった事にしたかもしれないしね!』
でも、あの人はまだ家に居たはず。
誰が見ていたの?
それとも、本当に私の勘違い?
「とりあえず、現場を見てみましょう。もし何かあっても、わたしが守りますよ。諜報活動で多少は鍛えられてますから」
「そうですね。ありがとうございます」
キースに促され、通りを曲がった先にある現場の捜索を始めた。
「雨で流されたのか駄目ですね。キースさんの方は何かありましたか?」
「いえ。残念ながら血や足跡の痕跡はないですね」
「そうですか」
ため息を吐き出し、モルディーヌは肩を落として項垂れる。キースが慰めるように肩を叩いてきた。
「もう、駐屯兵によって隠蔽された可能性もありますが・・・・お嬢さん、この痕は?」
「どこですか?」
キースに肩を掴まれ顔を上げる。
――――と、いきなり白いものが視界に飛び込んで来た。
咄嗟にモルディーヌは顔を背けながら屈みこむ。白いものにぶつかった硬質な光が頭上を通過し、向かいの壁に突き刺さった。
夕日を浴びて妖しく光るのは、掌ほどの鋭く尖ったナイフだった。
令嬢らしからぬところしか書かれない可哀想なモルさん
白いものとは何でしょう?