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 黒い小人と恋人

その後の主人公達です。

 

 イノンド王都市街の中区画の南端。貴族街のある通りのすぐ隣通り。

 今年の秋口頃、中流階級の屋敷や独身者向けアパートメントが多い場所に軍務大臣ブラットフォード公爵が家を買った噂は有名だ。


 噂はふたつあり、ひとつは「連続殺人鬼首なし紳士(デュラハン)を捕らえる為の潜入捜査用」、もうひとつは「恋人と片時も離れたくないから近くに引っ越した」と言われている。


「あの時点で恋人でも何でもなかったわよね」


 モルディーヌはボソッと呟き、噂のブラットフォード公爵であるレフィハルトの家の応接室で紅茶で喉を潤しながら染々と秋口の1週間を思い返していた。


 もう冬が近付き今シーズンも終わる。

 社交に忙しくしていた貴族達も領地に帰り始めている。北の領地では早くも雪が降り始めているらしく、雪に閉ざされる前に帰らねばならない領主は大慌てで帰路に着く。

 亡き父の代わりにイシュタトン伯爵家の管理を叔母に手伝ってもらいながら多少なりともしているモルディーヌとて領地に帰る準備に忙しくしていた。今日は婚約者であるレフィハルトの仕事が休みだから予定を空けたのだ。


 向かいのソファで優雅に紅茶を飲んでいたレフィハルトが顔をあげて此方を見た。


「ああ。正解は、殺人現場を見たモルディーヌに一目惚れしたから守る為に引っ越した。だな」

「うーん、それもどうかしら。貴方と黒幕ブロメル伯爵のせいでややこし過ぎるのよ。あの時は、私を殺すために追ってきたと思ったもの」

「本人である俺が言うのだから正解でいいだろ。具体的過ぎるとさらにややこしくなるぞ?後半は真実を知らなかったから仕方ない」

「まぁ、真相が何であれ噂は噂でしかないのだし、そのうち消えるでしょうね」

「ああ。来春俺とモルディーヌが結婚したら直ぐに上塗りされて元の噂など誰も気にしないだろうな」


 言葉を一度切ったレフィハルトが、いつもの如く無表情ながら瞳に寂しげな色を浮かべる。チラッとモルディーヌを見た後にため息まで吐いた。


「・・・春か。永いな」

「・・・」


 肩を落とす麗しの婚約者に冷めた目を向けるモルディーヌ。

 レフィハルトの次に言いたい事は解っている。何度も話し合い決めたのだからそろそろ諦めてほしい。


「冬の間はやっぱり領地に、」

「帰るわよ。結婚の準備もあるし、貴方と一緒に住めるようにしなきゃならないもの。例えレフィハルトが仕事で王都を離れられなくてもね?」


 にっこり笑顔で告げると、レフィハルトが複雑そうにモルディーヌをジッと見てきた。婚約したてで冷たいかもしれないが、自分は間違っていないと言い聞かせる。


 モルディーヌとてレフィハルトと離れるのは寂しい。しかし、来春から一緒に暮らすためには準備が必要だ。

 そもそも、社交デビューしていなかったモルディーヌは婚約する予定などなかった。況してや婚約期間が半年しかないなど思ってもみなかった。


 当然、領地なども例年通りの予定で管理を頼んでいたのだから、このままにしておく訳にはいかない。

 自分とレフィハルトの間に男子が生まれたらイシュタトン伯爵位を引き継ぐ事になる。その時に杜撰な管理でボロボロの領地になっていたら目も当てられない。

 さらに、引き継ぐまで伯爵位を預かる身であるモルディーヌには領民の生活を守る義務がある。正確にはモルディーヌが20歳になり父からの遺産を受け取ってからが義務だが、その間全てを管理人任せにしてもいい訳ではない。


「それとも、結婚式を1年後に延ばしてくれるの?それなら、簡単な手続きだけ済ませたら王都に戻ってこられるかもしれないけど?」

「・・・早く結婚したい」

「それなら、少しぐらい会えなくても我慢しなきゃいけないわよ」

「頭では解っている。解っているが、モルディーヌに会えないとか、モルディーヌが足りなくなる気しかしない」

「また訳のわからない事を」

「モルディーヌ。食事は大事だろう?」

「へ?」

「人は栄養を摂取しないと衰弱してしまう。睡眠も大事とされているが俺は例外とする。その代わり、俺にはモルディーヌが必要だ」


 安定の意味わからないレフィハルトの言葉に呆れるしかない。好かれているし、必要とされているのは嬉しいが、真面目な顔で子供が駄々をこねるような事を言うのは困りものだ。

 しかも、実際にモルディーヌ不足状態(?)とやらになると不機嫌で殺気駄々漏れになり、執務室に失神した部下達の山ができるので質が悪い。


『カゾク、エイヨウ?セッシュハ、タベル?』


 突然、モルディーヌの腹部から膝に乗るように黒い小人(ドゥアルガー)が顔を出した。


 妖精女王の話では、この黒い小人はモルディーヌとレフィハルトの8番目の子供として生まれるらしい。元は10年前に死にかけたレフィハルトの身体に巣喰っていた悪霊である。

 幼いモルディーヌとの勝負や約束により、黒い小人はモルディーヌの家族になる条件でレフィハルトを食べなかった。その代わり、モルディーヌが約束を破らないように秋口までレフィハルトの身体に居座っていたのだ。

 今はモルディーヌの体内に移り住み着き、自分が生まれるのを大人しく待っている。こうしてたまにモルディーヌの中から出てくる事もあり、既に子持ちの気分になってしまう。


「家族は食べないわよ。うーん。レフィハルトが言いたいのは、家族に会えると元気になれるから栄養って例えただけで、食べるって意味じゃないのよ」

『ゲンキ、ナル?』

「そうよ。私は今日貴方とレフィハルトに会えて元気になったわ」

『ゲンキ、ナッタ?―――エヘヘッ!』


 黒い小人の丸い頭を撫でてあげると、モルディーヌの膝の上で嬉しそうに笑った。目がなく真っ黒な顔に口だけ付いていて鋭い歯が赤い歯茎から生えているのが見える。不気味だが見慣れると可愛い。

 妖精女王には8番目の子供はどうしようもない悪意の塊となって生まれると言われたが、そんな気配は微塵もない。悪霊の姿で接する分には幼く素直な性格のようだ。


「・・・また、出てきたのか」


 レフィハルトが何とも言えない複雑そうな色を瞳に浮かべて呟いた。

 自分の中に居るとき散々苦しめられたので、どう接したものか図りかねる様だ。

 永い事苦しめられたが、10年前アルマン・ブロメルによって傷付けられたレフィハルトの心臓が回復するまで繋いでくれていたのも黒い小人だ。それがいつか我が子として生まれると言われても、まだ素直に受け止められないのだろう。


「うん。ニーアや家妖精(ブラウニー)と遊んでもらうのが楽しいみたい」

「・・・そうか」

「複雑かもしれないけど、徐々に仲良くしてあげてね」

「・・・ああ」

「8番目って事は、生まれるまでは今みたいに出てくるのかしら?」

「かもな」

「じゃあ、先に生まれる子達と生まれる前から遊べるのね。何だか不思議だわ」

「そうだな」


 モルディーヌの話に淡々と返してくるが、やはり瞳に浮かぶのは戸惑い、困惑、不安。嫌悪感などはないから何か切っ掛けや取っ掛かりがあれば馴れるだろう。

 膝の上で転がって遊んでいる黒い小人をジッと見るレフィハルトの困った様にやや眉が下がった表情が可愛く見えてきた。


「ねぇ、この子に名前を付けない?」

「は?」

「こうして生まれるまで出てくるなら、呼ぶとき困るでしょ?」

「・・・そうだな」


 レフィハルトが少し考える様に目をふせた。

 転がっていた黒い小人がキョロキョロとレフィハルトやモルディーヌを見て首を傾げる。


『ワレノ、ナマエ?ドゥアルガー、ジャ、ナイ?』

「そうね。貴方達は黒い小人(ドゥアルガー)と呼ばれているけど、家族の名前があったら素敵だと思わない?」

『ッ!―――オモウ、カゾク、ナマエ!』


 黒い小人がはしゃいだ様子で手足をパタパタ遊ばせる。

 可愛い仕草にほんわかしながら頭を撫でてハッとした。気にもしてなかったから、すっかり忘れていたのだ。


「そういえば、この子の性別が解らなかったわ。どっちなのかしら?」

『・・・セイベツ?』


 きょとんとモルディーヌを見上げる影のように黒い姿からは性別が判断できない。本人も知らないようだ。

 レフィハルトがふせていた目を此方に向けて首を傾げた。


「メリュジーヌとどこまで一緒か知らないが、性別も一緒だったら全員男だな」

「・・・10人も男の子。貴族の家だから男の子はいた方が良いけど、男の子で私に似たらわんぱくで大変そうね」

『ワレ、ワンパク、ナル?』

「どうかしら?」

「モルディーヌに似た可愛い女の子がひとりぐらいいると良いな」

「この子がなるかもしれないわよ?」

「・・・」


 モルディーヌが黒い小人を掲げて見せるとレフィハルトは反応にすっごく困っているのか目を泳がせた。珍しい。


『ワレ、ノ、ナマエ!』

「何が良いかしら。お父様に決めてもらいましょうね!」

『オトーサマ?』

「そうよ。家族になるのだから、私がお母様でレフィハルトがお父様になるのよ」

『オカーサマ、ト、オトーサマ!ワレ、ノ、ナマエ!』


 黒い小人がキラキラと期待する様にレフィハルトを見ている。目がないけどたぶん見ている。

 声からワクワクしているのが伝わってくるもの。

 モルディーヌも、ちょっとワクワクしながらレフィハルトの反応を窺う。珍しく狼狽える姿が可愛い。

 レフィハルトは両膝に肘をつき、組んだ手の甲に額を付けている。随分悩んだ末にボソッと呟いた。


「・・・オリヴィル」


 少し顔を上げてから続ける。


「女の子だったらオリヴィア。今はヴィーと呼ぶのはどうだ?」


 たぶん男の子で生まれると思っているのだろう。モルディーヌもちょっとそんな気がしてきた。勘でしかないが。

 問題は名前が気に入ってもらえるか。レフィハルトが少し自信なさげに此方を見ている。


「良い名前ね。どうかしら、ヴィー?」

『ヴィー!ワレ、ヴィー!!』


 黒い小人ヴィーが嬉しそうに小さな手でキュッとモルディーヌに抱きついてきた。名前を気に入った様子にレフィハルトがホッとしたのが解る。

 モルディーヌもつられて頬が緩んでしまうのを感じた。

 ヴィーを抱き締めてレフィハルトの横に座って寄り掛かる。すると直ぐにレフィハルトがモルディーヌをヴィーごと包み込む様に抱き締めてくれた。


「永く苦しんだ分以上に、楽しくて嬉しい事を増やしましょ」

「ああ、そうだな」


 こうしてモルディーヌが領地に旅立つまで時間の許す限り寄り添って過ごしたのだった。





メリュジーヌの8番目の子供はオリブル。

レフィハルトもモルディーヌもィが入るので入れてみました的なノリです。

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