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 愛弟子の婚約後  ゲオルグside

本編後のゲオルグ先生です。


 

「もう一杯くれ」


 ゲオルグが空のジョッキをカウンターに置くと、入れ替わりに並々と琥珀色の液体が注がれたジョッキが渡される。

 いつもの酒場。いつもの酒なのに酔いがまわるのが早い。

 いつもならば、まだまだ呑み足りない量だ。


 ぼんやりと琥珀色の液体を眺めながら、この1週間であった事を思い出しては顔を顰めて落ち込むという良くない呑み方を繰り返す。


「・・・こんなに、急とはなぁ」


 この1週間の目まぐるしい変化。


 始まりは愛弟子モルディーヌが連続殺人鬼首なし紳士(デュラハン)と思わしき殺人鬼の殺害現場に居合わせた事からだ。


 実際は、10年前あったマクビウェル一家暗殺事件の黒幕ブロメル伯爵家に関わる連続殺人事件を止める為に軍務大臣ブラットフォード公爵(10年前に死んだ筈の一家の息子レフィハルト・マクビウェル)が囮となり返り討ちにしたところだったのだが。

 ゲオルグの親友であった亡きグレアムが冤罪をかけられた10年前の事件の関わりもあり、協力していたゲオルグはモルディーヌが関わった事で混乱した。


 相手が悪すぎる。

 ただでさえゲオルグは証拠となる契約書の件でブロメル伯爵に怪しまれた過去があった。その弟子であるモルディーヌが関わったと知れたら余計に狙われると、目撃したのは勘違いだったと見なかったフリをさせる事しか思い浮かばなかった。

 しかし事は簡単ではなく、黒幕ブロメル伯爵に目を付けられたモルディーヌが命を狙われてしまう。しかも、グレアムの息子と娘がブロメル伯爵の手足がわりに使われていたというあり得ない事実を後になって知らされた。ブロメル伯爵を頭の中で何度殺したかわからない。


 そんなこんなでモルディーヌをレフィハルトが助けたりとゲオルグの知らないところで色々とあったらしく、気が付いたらふたりは恋仲になってしまっていた。


 あっという間だ。1週間で婚約までしてしまった。


「・・・あぁ、寂しくなるな」


 モルディーヌとは3年と短い付き合いだが、不思議と親しみやすい愛嬌のせいかもっと長く一緒にいた気がする。

 しかし、結婚してしまえば離れていってしまう。

 所詮血の繋がりもない、短い付き合いの師匠の事など直ぐに忘れ去られるのだろう。


 3年前にモルディーヌと出会った頃を思い出す。





「すみません!!先生いらっしゃいますか!!」

「・・・うるさいなぁ。朝っぱらからなんだい?」


 ここのところ春にも関わらず寒い日が多く、例年にないほど風邪が流行り急患続きだった。ひとりで営む治療院は常に忙しく、疲労困憊。夜間も呼び出される事が多く、昨夜も然りでゲオルグは寝不足であった。

 この日も夜明けの空がやっと白み始めた朝早くから治療院の戸を叩かれうんざりしていた。これで大した用でなかったら激怒する自信がある。そう思いながらボサボサの頭に無精髭を生やしたまま扉を開けた。


「あ、おはようございます!朝早くからすみませんが、私の従姉を診てください!昨夜からどんどん悪くなっているんです。お願いします!」


 そこにはえらく可愛らしい少女がいた。


 まだ幼さを残した真ん丸の瞳と眉、小さな唇は困りきったように下がっている。金茶色の髪のおさげはほつれ、目の下の隈を見るに少女はあまり寝られていない様だった。看病でもしていたのだろうか。


 確か昨日の昼の急患の忙しい時に隣の仮屋敷に人が入ったと患者達が騒ぎ、チラッと窓を見た時にいた家族の中に姿を見た気がする。

 隣に入ったのは若い娘さんが多く、丁度治療していた青年が可愛いと騒ぎ煩かった。貴族令嬢に平民青年なんぞお呼びでないだろうが。

 何情報か知らんが青年が下の娘さんはまだ14歳だとか言っていた。この子の事だろうか。


 少女が掌を胸の前で組み、ゲオルグへ祈るように懇願する姿は必死であった。


「なんだ。昨日隣の屋敷に入ったお嬢さんじゃないか」

「はい、モルディーヌ・イシュタトンと申します。お願いです!セリ姉様を診てください!」


 セリ姉様とは少女モルディーヌの従姉らしい。

 患者がいるなら直ぐに向かうと頷き返す。病状を解りやすく説明するモルディーヌに感心しながら診察カバンを掴んで隣の屋敷に向かった。

 モルディーヌの従姉は元々病弱らしく、領地から王都までの移動でまいったところに流行り風邪をもらったらしい。

 ゲオルグのお手製特効薬で落ち着いたので、暫く経過を診るが直ぐに良くなるだろう。


「先生!ありがとうございました!」

「あぁ」


 治療を終えて帰ろうとしたゲオルグはモルディーヌに引き留められた。早く帰って寝たいのだが。


「朝からすみませんでした。先生の腕は素晴らしいと聞き、王都にいる間はセリ姉様の為にお隣に屋敷を借りたんです。今後とも宜しくお願いします!あの、・・・もし良ければ、お礼にお手伝いさせて下さい」


 貴族のお嬢さんが何か言い出した。

 最近は普通の貴族令嬢が社交辞令でそんな事をいうのだろうか。それとも眠たすぎて幻聴が聞こえたのか?


「仕事だからお嬢さんが気にすんな」

「・・・私、暇なんです」


 訂正する。

 このお嬢さんは普通の貴族令嬢じゃないようだ。


 モルディーヌ曰く社交界デビューする従姉に付き合って王都入りしただけでする事がないらしい。何をしようかと考えていたら、昨日治療院が忙しそうなのを見てこれだと思ったそうだ。


「いや、普通の貴族のお嬢さんは思わないぞ!?」

「そうですか?受付とか補助がいると治療に専念できますよ」

「そもそもお嬢さんにできんのか?」

「はい。領地でも仲の良いお店の手伝いをした事があるから、ある程度ならできます!」

「・・・足手まといなら追い出すからな」


 早く寝たい気持ちが勝ってしまった。

 すぐ使えないと断ればいいかと。取り敢えず早く帰って寝たいから渋々頷くと、モルディーヌが満面の笑みで返事をした。


「はい!!」


 その日から、モルディーヌが暇な時に手伝いに来るようになった。


 結論。

 モルディーヌはメチャクチャ使える子だった。


 本当に貴族令嬢かと疑問を懐くほど飲み込みが早く手慣れていたのだ。

 領地で店を手伝った事があるだけはあってか受付がスムーズで、ゲオルグは患者を診て治療や処方するだけで済んだので回転率が良くなった。


 おかしい。

 予定では使えないとすぐに追い出すつもりだったのだが、むしろ大助かりだった。

 血を見ても、そこそこ酷い傷口を見てもケロッとして補助してくれる。何回か見た後に止血や簡単な手当てを頼めば手際よくこなす。荒っぽい患者や我が儘小僧どもをあっさり手懐けて治療が捗る。なんだか解らないが患者達の怪我の治りが早くなった。

 しかも看板娘的なモルディーヌ目当ての患者も増えた。これに関しては喜ばしくない。

 だが、患者達から好かれてるモルディーヌは、朗らかな笑顔でゲオルグも癒してくれた。


 そして、気が付いたら治療院の立派な弟子になっていた。

 今まで弟子をとったことなどないからよくわからないが、ゲオルグにチョロチョロ付いて回る姿は、可愛い娘ができた気分にさせた。

 いつしか患者達から『ゲオルグ治療院の可憐な天使』とモルディーヌが呼ばれ始め、ゲオルグもそれに同意だった。

 モルディーヌの手当てした患者達の治りが早く、雨の日などにモルディーヌが壁際や窓際にいる姿を見ると、天使の羽が影になっている錯覚を見る時が多々。傷口を洗う用の水を張った桶の中からモルディーヌを見ると、キラキラしたものが映る事もあった。


 本当に神が遣わした天使かと思った。


 可愛い可愛い愛弟子が天使だったら、いつしか天に帰ってしまうのだろうか。そういった存在は、童話などでは正体が知れるといなくなってしまう事が多い。

 だから見てみぬフリをして、今までと何らかわりなく接した。

 まぁ、意識などしなくともモルディーヌ自体それ以外は普通・・・より、ちょっと奇抜な考え方をする少女だったから実にしれっと過ごせた。


 モルディーヌという愛しい癒しが、ゲオルグから離れていくのはもう少し、できるなら遥か先であってほしい。

 少なくとも従姉達が結婚してモルディーヌが社交界デビューするまではいてくれるだろう。それならまだ数年はあると油断していた。

 まさか、こんなに早く横からかっ浚われるとは。






 肩が揺すぶられ、遠くから声が聞こえる。


「――――い?」


 聞きなれた声に徐々に意識を取り戻す。

 どうやら酒に酔って寝ていたらしい。らしくないな。


 ぼんやりした頭で目を瞬く。

 金茶色に縁取られた澄んだ海が見える。

 いなくなるのが寂しすぎて、可愛い天使の幻覚が見えているのかもしれない。


「・・・モル?」

「はい、ゲオルグ先生。大丈夫ですか?」


 夜の、こんな酒場にいる筈のない天使の声が聞こえる。

 ひんやりとした手が額に当てられ、段々と目が冴えてきた。


「――――っは!?何でモルが、」

「先生が帰ってないみたいだから探しましたよ」


 目を擦って見るが、やはり愛弟子モルディーヌがいた。

 ゲオルグを心配してか、ぷりぷり怒る姿は大変可愛い。しかし、こんな酒場にいてはいけない可愛さだ。周りの野郎共がチラチラ見ている。何見てやがる!


「お前、今日は若造の祖父と食事会だったんじゃ・・・おい、若造はどうした?」


 あの若造の見てくれは群を抜いて良いから野郎避けに最適だからなと、店内を見回すが見当たらない。モルディーヌを溺愛するレフィハルトが側にいないとは何事だろう。


「食事会はとっくに終わりましたよ?先生を一緒に探してくれてたレフィハルトなら、今は外で待ってくれてます。先生に大事なお話があるから入って来ないでって言ったので」


 ・・・大事なお話。いよいよなのか。


「・・・何か用だったか?」


 自然と渋い顔になってしまうのが自分でもわかる。

 モルディーヌが頬を赤らめ言いづらそうにもじもじする姿は可愛いが、残念ながら今は癒されそうにない。


「えっと・・・実は、先生にお願いし忘れてる事がありまして」

「あぁ、」


 やはり、治療院を辞める話だろうな。

 レフィハルトと結婚すれば公爵夫人になるし、これから結婚式の準備で忙しくなるだろう。今期の社交シーズンも後少しだから、これでモルディーヌとは会えなくなるのか。

 ゲオルグの表情が曇ったのを見てモルディーヌが悲しそうな顔になった。断られるか怒られるとでも思ったのだろうか。


 大丈夫だ。悲しいし寂しいが辞めるのを反対したりしない。

 若造はムカつくが、モルが幸せなら涙をのもう。


 若造ことレフィハルトが嫌いな訳ではない。

 10年前の件で関わる様になってからある程度知っているが、他人に無頓着無愛想なだけで悪い奴ではない。モルディーヌを溺愛してる姿は別人かと思ったが、それほど好きならば興味を無くしたり浮気する事もなさそうだ。面倒くさがりだが仕事はできるし、地位や財力面でもモルディーヌを守る力はあるだろう。

 さらに、お互い好きあっているのに他人であるゲオルグに口を出す権利はあるまい。

 ただ、ゲオルグが勝手に寂しがっているだけ。

 愛弟子(まなむすめ)をとられた師匠(ちち)の気持ちなだけだ。


「その、結婚式の事なんですけど」

「何だ?言ってみろ」


 覚悟はできた。

 笑って大丈夫だと言ってやろう。

 寂しいがモルの幸せの為だ。


「私、お父様がもういないじゃないですか」

「そうだな」


 ・・・ん?

 治療院辞めるのに関係あるか?


 視線をさ迷わせながらも、チラッと此方を見るモルディーヌは顔が真っ赤である。「式の時に、」ともごもご言っている気がする。


「新郎に引き渡すお父様役を先生にお願いしたいんです!!」

「・・・は?」


 間抜けなアホ面になってしまった自覚はある。


「だ、だって、先生の事をもうひとりのお父様みたいに勝手に思ってたから、当然先生にやってもらうものと思ってて。食事会でレフィハルトのお祖父様にやろうか?って聞かれて、先生に確認してなかったなって気付いたんです。勝手なお願いしてごめんなさい!」

「・・・」


 まさかの予想と違い過ぎるお願い。

 モルディーヌの言葉に目が熱くなる。


 もうひとりのお父様


 この言葉が頭に繰り返し響く。

 嬉し泣きしても良いだろうか。


「図々しいです、か?私は先生の娘じゃないですもんね・・・やっぱりやめ、」

「やる!」


 咄嗟に声を張り上げてしまった。


「へ?」

「やるに決まっとるだろ!・・・なんだ。そうか、くくっ」


 嬉しすぎてどうかなりそうだ。

 ゲオルグの独りよがりではなかった。血の繋がりもなく付き合いも短いが、そう想い合えて幸せだ。


 食いぎみで返事をするゲオルグにモルディーヌが一瞬固まるが、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。


「あ、ありがとうございます!・・・でも、何で笑うんですか?」

「くくっ。いや、な、何でもない」


「モルディーヌ、まだか?」


 良いところで若造レフィハルトが乱入してきた。

 コイツ、見張っていたのか?もう少し気を使え!


「レフィハルト!先生やってくれるって!!」

「当たり前だ。君の事を愛弟子(まなむすめ)だと思って俺を威嚇する男だぞ」


 はしゃぐモルディーヌが可愛い。儂の娘は可愛いなぁと頬が緩むが、レフィハルトのせいですぐにひくっと硬くなる。


「ふんっ、モルが選ばなきゃお前みたいな無愛想な若造なんかと結婚させるか」

「光栄な事に選んでもらえたので結婚させて頂きます」

「精々モルに捨てられない様に頑張る事だな。応援などせんからな!」

「はい。ゲオルグ医師(お義父様)など入る隙がないほど頑張りますので後で泣かないで下さいよ」

「なっ!?」


 くそ憎らしいレフィハルトに歯噛みしていると、モルディーヌが楽しそうに怒るという器用な事をしだす。


「もうっ!ふたりとも仲良くして!!レフィハルトは何でそんなに楽しそうに先生をからかってるの?」

「・・・若造が楽しそうだと?」


 この無表情のどこがだ!?とまじまじ見るが、ピクリとも変わらない無表情があるだけだ。憎らしさしかない。


「ああ。やっぱりモルディーヌには隠せないな」

「レフィハルト何気に先生からかうの好きでしょ?」

「何だと!?」

「まぁ、否定はしない。後はモルディーヌに好かれてるのに対する僻みと事実だ」

「・・・」


 僻みって、心狭くないか。

 モルが可愛くてしょうがないのは同意だが、師匠までライバル視するとは。父が娘とられて僻むならわかるが、婿が僻むものだったか?


 呆れてレフィハルトを見ていたら、紫の瞳が和らいだ気がした。


「結婚しても、モルディーヌがシーズン中治療院の手伝いをしたいならやらせる予定なので、今後とも宜しくお願いします」

「勝手に続行するつもりだったけど、いいの!?」

「領地にいる間は会えないんだ。俺の仕事中に予定がなければゲオルグ医師(お義父様)に自由に会ったらいい」

「本当に?先生も良いんですか!?」


 期待する様にゲオルグを見るモルディーヌ。

 レフィハルトはモルディーヌには甘いらしい。入る隙はないとか言っていたが、何だかんだゲオルグとの交流を続けても構わないのかモルディーヌを優しい眼で見ている。

 さっきまでの鬱々した寂しさが嘘の様になくなった。

 レフィハルトに娘をとられた感はなくならないが、この結果は悪くないのかもしれない。


「ふんっ、愛弟子(まなむすめ)師匠(ちち)に会うのに許可などいるか!来て良いに決まってる。当たり前だろ!!」


 結婚式が少し楽しみになった。




その後番外編。

あと少しだけお付きあい下さい!

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