終話 最後の逃走劇へ
『―トッタラ――メダ!』
『――良いんですか?――王子が貴方を見―――消されますよ?』
『ダガ、――――マモル――――シカタ、ナイ』
途切れ途切れに交わされる会話が聞こえる。
ぼんやりと目を瞬くと、視界が徐々に鮮明になり、会話をしていた人物が見えてくる。
ひとりは、モルディーヌの目の前におり、どこか見覚えがある黒い小さな背中。もうひとりからモルディーヌが見えにくい位置に立って、まるで庇ってくれている様だ。
もうひとりは見なくてもわかる。この不快な声は首なし紳士だ。そっと小さな背中越しに覗くと、どうやって大樹の牢屋から出たのか、首なし紳士がいるのがチラリと見える。さらに、会話に加わっていなかったからわからなかったがもうひとり。いや、ひとりと表現していいのか悩むものがいた。
首なし紳士は首から上を見なければ普通の人っぽい姿だが、その横にいるのは明らかに危険だと解る姿の妖精だった。
顔はブタ鼻に長く裂けた口からは何故か蒸気が吹き、赤い大きなひとつ目は燃え盛る石炭のように真っ赤でギラギラしている。巨大な頭部を重そうに揺らしながら支える上半身は人の様だが腕が異様に長く、下半身は馬の身体をしている。皮膚がないのか剥き出しの黄色い血管を通る黒い血や筋肉の脈打つ白い筋がぴくぴく動くのが見えていて、正直気持ち悪い。
馬の脚にぴらぴらした肉ひれがついているので水系統の妖精に見える。まさか、前回川を渡って逃げたから水対策だろうか。
先程の首なし紳士の発言と気持ち悪い妖精に身体が強張り、モルディーヌは無意識に身動ぎしてしまった。
3種類の妖精が直ぐ様気付き、一斉に此方を見てきた。
そのうち、目の前に立つ黒い小さな妖精が声をかけてきた。
『・・・カゾク。ダイジョ、ブ?』
「え?」
『ヤクソク、マモレ。デュラハンニ、トラレタラ、ワレラ、ウメナイ』
実際の記憶はモルディーヌに無いが、先程妖精女王が見せてくれた悪霊達の記憶。
どこか見覚えがある筈だ。
寝かされていた身体を起こし、黒い小さな妖精をまじまじと見詰める。
黒い靄が集まった人形の物体に口だけがついており、喋る時だけ赤い口と鋭く白い歯が見える。
「ま、まさか、あの黒い悪霊!?なんで、え?私の中から出たの!?」
『デュラハン、ニ、チカラ、トラレ、タラダメ』
「・・・守ってくれてたの?」
『カゾク、ワレラ、ナル』
黒い靄の様な顔の為表情は解らないが、モルディーヌと会話をしながらも首なし紳士達を警戒しているからか過去の記憶よりも声が固い。
ふと、影がかかり上を見上げると、威圧する様に首なし紳士が近くに立っていた。
『どいて下さい。わたし達の様に単独で動く黒い小人が何故群れて力を合わせてまでメリュジーヌを庇うんですか?力が欲しいなら未だしも、貴方にとって守ってまで食べる価値が?』
『カゾク、ナル、イッタ。タベナイ』
『家族?メリュジーヌの?何を馬鹿な事を、わたし達悪霊と呼ばれる妖精が人間に受け入れられる訳がない!!』
急に首なし紳士の声が苛立ったものに変わった。
見えない視線が鋭くなった気がする。
首なし紳士の勢いに圧されたのかドゥアガーと呼ばれた黒い小人がじりじりと下がる。
『カゾク、ナル、ヤクソク』
『人間は嘘を吐く生き物。メリュジーヌの血を受け継ごうともその器は人間ですよ。何を言おうと、此方が想っても報われません』
『―――ッヤダ。ヤクソク。―――マタ、ウエルノ、ヤダ!』
黒い小人が叫ぶと、パチパチと毛先が鳴り、皮膚を焦がすような靄が辺りに漂う。
首なし紳士が小さく舌打ちして後ろに下がり、あの気持ち悪い水系の妖精の剥き出しの身体から焦げた臭いがする。
どうやら黒い小人とあの2種類の妖精は相性が悪いらしい。
小さな体でモルディーヌを庇ってくれる事ができたのはこの力があったからかもしれない。
だが、首なし紳士の言葉に動揺しているのか、泣きそうな声で『ヤダ!ダメ!』と身体を張っている姿を何とかしてあげたくて、後ろから小さな背中を抱き締めて膝に乗せる。治療院に来た幼い子供をあやすように優しく囁く。
「大丈夫よ。私とレフィハルトの8番目の息子になるって妖精女王も言ってたじゃない。約束は守るわ」
『ウッ、ヤクソク、ヤブラナイ?』
「ええ。破らない」
ホッとしたのか、モルディーヌにくっつく姿は本当に子供の様だった。
感情が僅かだがある妖精。
愛情をたっぷり注いだら悪意の塊にはならない気がしてきた。
モルディーヌは段々と未来の我が子が虐められた気分になってしまい、首なし紳士に腹が立ってきた。
「ちょっと。今の言い方だと貴方が人間に拒絶されたみたいよ?まさか、賭けた想い人が人間だったとかで、自分だけが拒絶されたのが赦せないから、この子も拒絶されればいいと思って八つ当たりしてるんじゃないでしょうね!?」
『・・・』
沈黙がおりた。まさか図星だったのだろうか。
嘘が吐けない妖精達は、レフの様に本当だけど肯定したくない場合は沈黙するのがお決まりのパターンなのかもしれない。
本当に自分勝手な妖精達、自分の欲求に忠実過ぎて人間や他がどうなろうと構わないのだろう。
モルディーヌがずっと睨み付けていたからか、首なし紳士が耳障りな声でボソッと呟く。
『・・・では、貴女は彼らを本気で?』
「この子は私の子になるの。だから、私の力もあげない。帰してよ」
『それは無理ですね。器からメリュジーヌの力を取り出す為に半人海馬にも協力してもらい、女王陛下や王子殿下から逃れたのですから、ここで貴女を逃がしても何の得もない』
どうやらあの気持ち悪い水系の妖精は半人海馬と言うらしい。早く走れそうには見えないがどんな力を使うか解らない。手足も縛られていないから自力で逃げ切れるだろうか?前回の様にニーアの足止めはないから判断しづらい。
「本当に勝手な妖精ばかりね」
『欲しいものがあるならば、手を伸ばさねば手に入りませんから』
全然話が通じる気がしない。
どうしたらと考えるが、中々良い案は浮かばない。
しかし、妖精女王が首なし紳士は処罰の対象だと言っていた。何とか説得できないだろうか、いや、せめて時間を稼げば・・・
「・・・では、対価は?」
『は?』
「自分の力では手に入らない過ぎたものを手に入れる為には、世界の理を曲げると妖精女王が言っていたわ。首なし紳士、貴方はそれにみあった対価を支払えるのかしら?」
『人間ごときが何を、』
「その人間ごときを納得させられないから理を曲げるのでしょう?妖精女王からの処罰は免れないわよ!」
『頭を取り戻したら逃げますのでご心配なく』
「心配なんかしないわよ!今も貴方は探されているのではない?今から私の力を奪っても、妖精女王やレフィハルトから逃げ切れるの?」
『・・・王子殿下は器をとても気に入っている様でしたね』
ふと、考える様な間が有ってからボソッと呟かれた。嫌な予感しかしない。
「な、何をする気?」
『カゾク、トッタラ、ダメ!』
先程より少し距離を詰めて来たのがより恐怖を煽る。
『使用済みの脱け殻状態が気に食わないようでしたから、皮を剥いで半人海馬の様な姿の妖精にしてしまえば諦めるのでは?貴女を無かった事にしましょう』
何だか、何が解決するのか解らない提案というより決定をされた。頭が完全にイカれている。頭ないけど。むしろ無いからイカれているのだろうか。
『半人海馬の吐く毒で皮を溶かして皮膚を剥ぎましょう』
『ぐっがあ゛っあ゛』
さっきから喋らなかったのは喋れないからだったのか。半人海馬が呻きながら巨大な顔いっぱい大きな口を開くと、蒸気が出ているとは思っていたが、煮立った毒が歯の隙間から流れた。地面に落ちると音をたてて焦がし、草花は焼けた様に萎れていく。
あんなのが当たったら皮膚が少し溶けるだけでは済まない。
―――――よしっ、逃げよう!!
靄の為か重さのない黒い小人を抱き抱え、立ち上がれる準備をする。
首なし紳士は大丈夫だろうが、メリュジーヌと同じ水系の妖精相手でもいけるだろうか。
目に力を込めて睨み、視界を少し潤ませる。首なし紳士がピクッと反応した瞬間、さらに力を込めて叫ぶ。
「お願い、逃がしてっ!」
言うなり脱兎の如く走り出した。
モルディーヌより図体の大きいふたりから逃れる為に、細い小道や木々の間を抜けて走る。
前回と違いドレスの裾が邪魔だがたくしあげればいいし、靴を履いているので足の裏の怪我を気にしなくてすむ。
後ろから、やはり半人海馬には微かな涙では効かなかったのか、ドタドタと馬が走るには重い音が響きながら追いかけてくる。
『カゾク、ニゲ、レタラ、タスカル?』
「ええ、あんなの浴びたらっ、死んじゃうわよっ!」
黒い小人に頷くとモルディーヌの肩から後ろを見て、小さな手を可愛らしく振っていた。
モルディーヌの首筋辺りでパチパチと空気がはぜる音が鳴る。
『―――っぎぐあ゛っが!』
後ろから聞こえた呻き声が気になるが、多少乱れても追いかけてくる足音は止まないので振り返る余裕はない。
『アマリ、ダスト、イタイ?ニンゲン、シンジャ、ウ?』
「えっ、そ、そうね。ねぇ、それっ、空に打てる?」
走りながら会話するのがしんどい。
腐っても令嬢である。今週やたら走っているが、普段こんなに走らないモルディーヌに悠長に会話をする余裕はなく、息は切れ切れだ。
『アイ』
黒い小人が空に手を振って、細く長い雷の光の筋が空と繋がる。さらっとできる辺り将来有望そうだ。
これでレフや妖精女王が気付いてくれないかと少し望みをかけて走り続ける。
自力で逃げ切れるに越した事はないが、如何せん記憶がないせいで妖精界に不慣れなモルディーヌには的確に逃げ切れる保障はない。
―――――と、急に横から腕が伸びてきた。
「っ、うぐっ!?」
走っていた勢いで腹に腕が食い込みかなり痛い。
思いっきり咳き込み身体を折ってしまう。
その間も腕が離してくれることはなく、身体が強張り腕の先を見ることができない。
早く振り切って逃げないといけないと嫌な心臓の圧迫感と冷や汗が流れる。
『捕まえましたよ』
ゾッとする不快な声が耳元で響く。
首筋の皮膚が粟立ち、喉の奥から短い悲鳴が出てしまう。
『流石に妖精の横道は自由に抜けられないようですね』
「・・・ぐっ、」
息切れしながら顔を俯けていたら無理矢理上を向かされた。
上を向いたところでどうせ顔など無いくせにと、首なし紳士の首の切断面を睨み付ける。
苦し紛れに全力で首なし紳士の腹を膝蹴りしてやり、腕が離れた反動で後ろに転ぶ。
地面に尻を突き痛かったが、直ぐに地面が揺れている事に気付いた。
ハッとして空を見たら首なし紳士の首越しに空が曇り翳っているのが見え、そのまま地面が割れる程の揺れが起きて崩れた。
空を見たまま背後から浮遊感に襲われたと思った瞬間、
―――――背中から抱き止められた。
優しく包まれ、周りの崩れ行く瓦礫や土片がきれいにモルディーヌを避けていく。
否、何かに弾かれている。
「―――っ遅いわよ、ばかぁ!」
「ごめん」
文句を言って振り向くと、レフの申し訳なさそうな、だけど安堵した瞳がモルディーヌを見ていた。
『カゾク、ツガイ、オソイ!』
いつの間にかモルディーヌの肩に掴まっていた黒い小人が一緒に文句を言ってくれた。モルディーヌが笑ってしまうとレフの表情が強張った。
「おい、お前は・・・」
「待って!レフィハルト、この子が私を守ってくれたから無事だったのよ!!」
レフの腕が黒い小人に向きそうだったので慌てて庇う。
確かに、10年苦しめられた原因が実体化しているのだから始末したくなるだろう。だが、約束は約束だ。
「は?コイツは悪霊だぞ!?」
「私と、レフィハルトの8番目の子供になるのよ?」
「・・・」
「消さないで、お願い」
「・・・今、俺との子供って、」
黙ってしまったから反対されるのかと思ったら違った。
微かに目元を赤らめたレフが嬉しそうに目を煌めかせた。その事にホッとするが、今はこんなやり取りを長々している場合ではない。
地下の陥没空間にいるのを確認しながら頭上の穴から見える空を指す。
「い、いいから!!先に首なし紳士と半人海馬を何とかしないとっ!?」
「ああ。後でじっくりプロポーズして返事をもらう事にしよう」
レフが頷くと何の魔法なのか宙に浮き、穴から地上に上がった。
そして、地上の光景に呆気に取られた。
『遅くなって済まなかったのう、モディ』
ころころと笑いながら腰かけた美しい妖精女王がいた。
いや、いるだけならレフも来たから驚かなかったのだが、穴の周りをズラリと屈強な妖精兵士が囲んでいた。様々な種類の妖精達だったが、どの妖精も無表情の厳めしい様子で緊張感が凄い。
更に、首なし紳士と半人海馬が巨大な瓶の中に入れられていた。
『これなら逃げられまい?今度は直ぐにでも処罰を与える事にしようと思うてな』
「そうですね。結婚式はおって連絡しますので、そいつらが2度とモルディーヌに手出し出来ないようにして下さい」
『あいあい。愉しみだのう』
「処罰って、」
妖精女王が例のゾッとする美貌で愉快そうに処罰について語りたそうだったので顔を引き攣らせながら聞こうとすると、レフが口を手で塞いできた。
「聞かない事をオススメしよう」
「・・・」
『おや、モディは何ぞ聞きたいか?』
レフの手が離れてから丁重にお断りして、これ以上何かあったら身が持たないので妖精界を失礼することにした。
妖精女王がひらひらと手を振ってくる中、いつまでもレフやモルディーヌがいては妖精兵士達がキレイに揃った礼を崩せないので早々に人間界に戻らせてもらう。
勿論、黒い小人も連れて。
人間界のレフの家の台所では、家妖精達とニーアが心配顔で待っていたので、黒い小人を見せて事情を説明した。
『無事で良かったのん。とっても心配だったのん』
『主~、お嬢さんも、無事で良かったっす!コイツらにお嬢さんが黒いの呑み込んだって聞いた時はびびったっすよ!!オイラも妖精界に付いていけば良かったっすね』
『本当だのん。ニーア殿役立たずだのん!』
『ハト、ヤクタタズ?タベテ、イイ?』
「駄目よ。私の家族になるならお友達は食べたら駄目だからね」
『ダメ?トモダチ、モ、タベナイ?』
「そうよ。お利口さんね!」
『ワカッタ、カゾク、ナル』
『マジっすか・・・お嬢さんが悪霊手懐けてる・・・しかも、役立たずは誰も否定してくれないっすか・・・』
『流石は主の奥方だのん!』
ガヤガヤと騒がれた後、エイルズベリー辺境伯とのディナーに慌ただしく向かうはめになったが仕方ない。
結局デートどころではなくなったが、厳格な渋い顔付きのエイルズベリー辺境伯にはレフが言った通り「可愛くて強い」にヒットしたのか、何故かメチャクチャ気に入られた。
しかも、有言実行男で公開羞恥プレイしてても自覚のないレフにその場で盛大にプロポーズされたのだった。
後回しにしてくれとは言ったが、まさかその日にやるとは。
じっくりがっつり愛を囁かれてのプロポーズはベタ甘過ぎて恥ずかしいが、自分で頑張ってプロポーズしてくれないと許さないと言った手前、羞恥を押して何とか頷く。
「ねぇ、笑って。レフィハルトの笑顔が大好きよ」
「俺はモルディーヌの全てが、――――――」
恥ずかし過ぎるので、従姉妹達にプロポーズ話を根掘り葉掘り聞かれようとも、これ以上は教えられそうになかった。
――――――――終。
連載はこれにて1度終了とさせて頂きます!
長々と拙い文章を読んで頂きありがとうございました(≧▽≦)
1週間ぐらいかけて誤字脱字や
おかしな文章を直す作業に入らせて頂きたいと思います。
そのあとに、本編外の小噺でも書けたら良いなと思ってますので、機会がありましたらよろしくお願いいたします!




