55 首なし紳士の頭
素で忘れかけていたデュラハンです。
「何かもう、それどころじゃなく忘れてたわ」
そもそもの今回の騒動の原因だ。
『レフルトが急に送ってきたからのう。こ奴もモディが欲しいらしい。追いかけられる人気者は大変だの?』
妖精女王が愉しそうに笑っているが全然嬉しくない。
あんな恐い追いかけっこ何度もあって堪るか。しかも『妾とも追いかけっこするか?』とか冗談でも言うの止めてほしい。
「欲しいのは私じゃなくてメリュジーヌの力とか言ってなかった?」
「どっちにしろ首なし紳士ごときに俺のモルディーヌはやらんぞ」
「・・・レフィハルトが喋ると話が進まないから、ちょっとだけ黙っててくれない?・・・で?首なし紳士はメリュジーヌの力で何がしたかったの?」
レフが渋々頷いたので首なし紳士に話を向けると、大樹の牢の中で大人しく座り込んでいた身体が少し傾いだ。
顔がないから表情が解らないが、さっきからジッとモルディーヌを見ている視線を感じるのだ。目玉無いのに恐すぎる。
ホラー小説みたいでゾッとするのでレフを盾にして顔だけ覗いて首なし紳士を観察する。
傾いだまま固まる姿は死体の様だ。
あの時は逃げることに精一杯で姿など碌に見てなかったが、小綺麗な紳士服に身を包んだ立派な体躯である。鞭は取り上げられたのか持ってないから恐さは少し減った。
首の切断面は、まぁ、予想通りのエグい感じだったがキレイな断面で血が流れてないのがせめてもの救いだ。
『――――メリュジーヌ』
首なし紳士の耳障りで不快な声が響く。
口がないのにどこから出しているのか謎だ。
よく見ると切断面の気道辺りが動いていて気持ち悪い。見るんじゃなかった。
「私、メリュジーヌじゃありせんけど?」
『メリュジーヌ、お願いがあります』
「私はモルディーヌです」
『メリュジーヌの力が必要なんです』
「・・・人の話聞く気ある?」
『メリュジーヌしかできないのです』
「ないのね。何をさせたいのよ」
妖精は勝手なものが多すぎやしないかと、名前の訂正を諦めた。
盾に使ってるレフの目がどんどん冷気を帯びてきている。モルディーヌに言われて黙ってくれてるがそろそろ喋りだすかもしれない。
『わたしの頭を再生する為に力をくれませんか?』
不気味な声が響き、ちょっと首を傾げてしまう。
「はい?首なし紳士の頭?」
『ええ、わたしの頭です。ないでしょう?』
「確かにないけど、元々ないでしょ?」
『いえ、着けてはないですが、本来なら手で持ち歩いています』
「頭はどこにやったの?」
あるなら着けて欲しいが、どうして頭がないかはモルディーヌも少し気になっていた。
レフが伝承を話してくれた時には確かに手に持っているとか言っていた気がする。なのに、誘拐されて妖精界の川まで追いかけられた時も頭を見た記憶がないのだ。
『消えてしまいました』
「消えた?」
『正確には勝負に負けて消滅しました』
「しょ、消滅って、どんな勝負したのよ・・・しかも、頭なくても大丈夫なの?」
『想い人を賭けたので仕方ありません。頭は元々意志疎通の手段なので、喋るのに不便ですが何とかなります』
賭けたものは聞いてなかったが、想われてた人は大変そうだ。そして、頭消滅させるとか相手容赦なくて恐すぎる。
レフが軽い調子で「モルディーヌに手を出した罰で、俺が首から下を消滅させるか?」とか聞いてきたのは無視しよう。容赦ない人はここにもいました。
「何故私に言うの?ブロメル伯爵と組んで私を贄にして殺すつもりだったんでしょ?」
『ええ、狙われているのが貴女だと知るまでは』
「メリュジーヌの力があるから生かす気になったの?」
『そうです。代わりの他人の頭を獲るより自分の頭の方が都合が良いですから』
今、聞いちゃいけない事を聞いた気がする。
アルマン・ブロメルが贄を集めている時、殺害された被害者の遺体から嫌な想像をしてしまう。
レフの目も鋭くなり、チラッとモルディーヌに視線を向けて首なし紳士と喋っていいか確認してから口を開いた。
「そう言えばお前、アルマン・ブロメルを唆して悪魔の儀式を行わせようとしていたらしいな。アルマン・ブロメルが俺に始末された後は父ブロメル伯爵まで唆して。どうせ馬鹿息子アルマン・ブロメルの復活などさせる気なかったんだろ?」
『くくくっ、ええ。愚かで強欲な人間は動かすのが楽ですから』
やはり悪霊首なし紳士。
言葉は通じやすい方かも知れないが、人間を玩具か何かの様に笑っている。
「何でたくさんの人を殺させてまで儀式をさせようとしたの!?人を唆して殺人までさせて何をしようとしたの!?」
モルディーヌが当然の疑問を投げたが、不思議そうな耳障りな声が響く。
『理由は簡単です。アルマンはそこのブラットフォード公爵、いえ、妖精界の王子殿下を愚かにも殺したかった。わたしは賭けで想い人を奪った男を殺し復讐したい。だからアルマンに儀式を整えさせて、直前で対象者をすり替えようとしました。まぁ、アルマンが死んだのでご存知の通り、ブロメル伯爵に続きをさせようとしました。アルマンを再生させると言い、わたしがアルマンの頭付きの身体へ憑き器を移し代えようとしました。ところが、最後の贄としてメリュジーヌが見つかり、やめました』
何の問題があるかとばかりにあっさりと話すが、どう考えても人間側からしたら問題しかない。
「それで私に自分の頭を再生させようと思ったのね?でも、私にはそんな事できないわよ?」
『ええ、違います。いくらメリュジーヌとて何もないところから復元再生は無理でしょう。わたしがメリュジーヌの力を得るために貴女の器ごと欲しい。貴女だって自分の頭が良いでしょう?それとも、わたしに貴女の頭をくれますか?』
かなりヤバい事言い出した。脳内どうなっているんだ。頭ないけど。
それで、はい分かりましたと自分を差し出す人がいたらどうかしてるとしか思えない。
しかも、モルディーヌが器で中身がメリュジーヌの力しかないとでも思っているのか、モルディーヌの気持ちは無いものとされている気がする。
いや、欲求のみで感情が無いから考慮すべきとすら思わないのかもしれない。
ジッと見られているのが恐いし気持ち悪い。
レフを盾にして顔だけ出していたが、それすらも不快だし嫌でレフの背中に隠れる。
レフもモルディーヌを庇うようにしてくれているが、レフ越しに突き刺さる視線が止むことはない。
しつこい視線にレフの目の鋭さが増したのか辺りに冷気が漂い出し寒い。
すっかり忘れかけていたが、レフが怒ったりしたら妖精界では影響力大だった。不味い。
でも首なし紳士の前に立つのは不快過ぎて吐き気がしそうだ。いっそ吐きかけ、こほんっ。
「お前、モルディーヌに指1本でも触れたら消滅させる」
『王子殿下程の力をお持ちならメリュジーヌの力は必要ないでしょう。メリュジーヌを譲って頂けませんか?わたしはメリュジーヌの力が欲しい。器だけでしたら使用後にお返しします』
そうだった、レフィハルト一応王子だった。
って違う!そんな場合じゃない!!
私は器扱い!?使用後って何!?
絶対に無事じゃないやつだわ!!
「・・・今すぐ跡形もなく消滅したかったか」
あ。ヤバいわ。
レフィハルトがスッゴく怒ってる。
地響きが鳴り、冷たい風が吹き荒れる。
何とかレフの怒りを抑えたいがモルディーヌ自身も困惑と恐怖、怒りでどうしていいかわからない。
しかも、耳障りな声は止まる事がない。
『何故?器が気に入っているのでしょう?わたしの使用後ではお気に召しませんか?なるべく破損しないようにしますから』
「使用後って・・・破損とか、わ、私に何する気なのよ!?」
何か更に空気読まない事を言い出した。
メリュジーヌの力をモルディーヌから取り出すのにモルディーヌが破損とか何する気だ。
相手は牢に入っているのにも関わらず恐すぎてガクガク震えてしまい、レフの背中にすがり付いてしまう。
レフの腕が背中のモルディーヌに回され、安心する様に腰を撫でられた。
「大丈夫だ。俺はモルディーヌの全てを愛している。身体だけじゃ満足できないから奴にはやらんし、触れさせない」
「ひぇ!?ほ、本当に何を、――――や、やっぱり聞きたくない!!」
レフは首なし紳士が何をする気か解っているらしい。モルディーヌにかける声は優しいが、首なし紳士に向ける殺気が庇われているモルディーヌですら恐い。
今にも首なし紳士を消滅させ、妖精界に善くない影響を与えそうなレフ。
今まで静観していた妖精女王が、急にふよふよと漂いながら間に入ってきた。
『ないないない。そろそろ妾が口を出しても良いかの?妾の可愛いモディが怯えておるだろう。レフルトもそう簡単に消そうと怒るでない。世界への影響を考えよ』
呆れたよう孫を諫める妖精女王は、善くも悪くも大した感情を持たずに両者を見比べている。
妖精女王が本気で感情を爆発させたら妖精界が崩壊するのだろうか。
レフが不服そうに妖精女王を睨むが、先程より少し落ち着いたのか地響きが止む。
「しかし、お祖母様。奴はモルディーヌを、」
『黙れ。こ奴の言った内容は、こちらの世界を統べる女王として容認できぬものがあった。まだ実害のないモディの事でレフルトが独断処罰する事は許さぬ』
「・・・俺やモルディーヌが納得する処罰をして下さるなら」
祖母とはいえ、この妖精界の女王だ。引き下がらざるをえなかったレフはまだ不服なのだろう。冷たい風が止まない。
『あい。愉しみだのう?人間への過度の干渉で理を乱すとは、あちらの闇の同胞に属するとはいえ、まだ妾が統べる世界故に許されぬぞ?』
『女王陛下、お待ち下さい!わ、わたしは直接手を下していません!!過干渉はしてませんよ!?』
レフのみならず妖精女王にも責められ、首なし紳士が焦った様に牢の柵に手をかける。
『ぬかすな、妾が気付かぬと思うたか。直接人は殺さずとも魔法陣の名を書き換えたのであろう?多量の贄に関わる術への関与は、人間の世界の理を曲げる故に許されておらぬぞ。賭けで負けたからと何と勝手な』
『・・・くっ』
がくりと肩を落とす首なし紳士には全く同情できない。
その様子に、少しホッとしてレフの背中から顔を覗かせたのが不味かったのかもしれない。
たぶん首なし紳士の視線がモルディーヌに向いた。
「―――っひゃあっ!?」
「『!?』」
驚いて振り返るレフと妖精女王が見えた瞬間、
――――黒い世界に呑み込まれた。




