53 妖精女王回顧会
モルディーヌの返事に妖精女王は満足気に頷いた。ゆったりとした口調で歌うように語る。
『では話してやろうかの、――――』
始まりは、モルディーヌが産まれる前。
やはりレフが予想した様に、母の胎内で妖精の血が色濃く誕生したモルディーヌは卵の殻の様なものに包まれていた。本来であれば産み落とされてから殻が固くなり、モルディーヌが殻を破って生まれる筈だった。
しかし、生粋の人間であり、妖精や精霊を見たり感じる事のできない母は、その出産に適応しきれなかった。母の胎内で殻が固く変化し始め、元々身体が丈夫ではなかったのも災いし、出産前に母子共に亡くなりかけた。
それを防ぐ為に父イシュタトン伯爵が、少しばかりではあるが引き継いだメリュジーヌの血の力にすがり、妖精女王と取り引きをした。
妻の延命と娘の誕生、その対価に支払ったのが寿命であった。
イシュタトン伯爵とて限りある命。妻と娘の成長を少しでも見られる様にと、ギリギリを支払った。
それにより、妻がモルディーヌが7歳になる10年前まで生きていられた。イシュタトン伯爵自身その対価の支払いがなければ、今も生きていたかもしれない。
『――――と、これが1つ目。これらに関しては、モディを産みたい両親の愛による自己主義の結果だの。其ほどまでに望まれたのだ、悲しみ嘆くなどせずに喜べ。彼らは結果に満足しておった』
懐かしそうに目を細める妖精女王は、モルディーヌに微笑みかけながら傍に漂って来た。
「・・・それで、お父様は妖精嫌いに?」
『あい。正確にはメリュジーヌの血を、かの?まぁ、妾は無情に取り引きをせねばならぬから人間からは好かれぬ。妾とて人間の生死などどうでもよいから構わぬがな』
ころころと笑う姿はゾッとするほど美しい。
レフとは違い、感情を殺している訳ではない。そもそも妖精と人間では感覚が違う。人間の感情理論は通用しないだろう。
「対価は寿命とか、大きなものでなければいけないのですか?」
『ない。必ずも寿命ではないが、妾とて万能ではない。理を曲げるには、世界と取り引きをせねば人間の願いを叶えてやれぬ。人間の欲には際限がないからのう。大事なものを引き出さねばならぬ』
モルディーヌの疑問に不思議そうに首を傾げ『望みに見合う対価、当然であろう?』と微笑まれた。
『だから、2つ目にイシュタトンの力、さらにモディの記憶を消したのだ。対価としてな。―――』
幼少の頃から妖精界によく消えていたモルディーヌは妖精女王とも遊び友達だった。人間にも関わらず妖精女王に臆せず欲なく接せられる不思議な子供だと妖精女王は気に入り、成長をしていく様を愛でていた。
妖精界には時間の概念が殆んどない為、通常生まれた姿から成長をしない妖精が多い。人間とのハーフである孫達より、高頻度で出現するモルディーヌの変化が珍しく面白かったのだ。
モルディーヌは両親の目があろうとなかろうと消えてしまうお転婆で、よく周囲を騒がせていたそうだ。
しかし、明るくにこにこしている事の多いモルディーヌが、ある日を境にパタリと来なくなった。妖精女王は後から知ったが、この頃母が亡くなり、悲しみに涙を堪えて日々を過ごしていたからだった。
そもそも、時間の概念が殆んどない妖精女王は100年であろうが、1000年であろうがあまり気にしない。時空の歪みにより、妖精界での1分の間に人間の世は100年経過していて、脆弱な人間は気付いたら死んでいる場合が多いものだ。
だが、モルディーヌの同時期に娘や孫達がいることにより、多少は人間の世での時間の把握をしていた。それに、彼女達は自由に時と場所を選んで訪れる事ができた。
モルディーヌが来なくなって時が1年と経たないある日、妖精女王の娘が消えた。
脆弱な人間と結ばれた妖精の王女。
愛した人間の男の為に妖精である事を捨てて、人間として全てを捧げた娘。
あの馬車が襲われた時、妖精に戻れば助かった。
しかし、愛する夫と最期まで一緒にいる為、人間である事を選んだ愚かな娘。
妖精界を統べる妖精女王は娘の最期が解っていたが、荒立つ感情もなく受け入れた。
個人の情で理を曲げる事はできないから、妖精界に影響を与える事もなかった。
『――――なかった筈だったのだ。レフルトが妾の力を色濃く継いでいなければのう』
少し思案する様子を見せた妖精女王が、諦めた様に首からふるい、さらさらと煌めく星を振り撒く。
レフが無表情でその様子を見て首を捻った。
「俺の暴走は、未熟な俺と馬鹿な人間のせいです」
『ない。妾にも娘に対する情があったようだ。まだ育ちきらぬレフルトごときではあれほどの闇の同胞は集められぬ。妾の情がレフルトに伝わり影響を増した。間違いなく妾の不徳の致すと事よ』
そう言った妖精女王はレフとよく似た無表情であった。
ひとり感情が顔に浮かぶモルディーヌはふと疑問に思った事を聞く。
「あの、それなら、10年前に貴女がレフィハルトを助けられなかったんですか?」
モルディーヌを見た妖精女王の瞳には何色も映らない。ただ事実を告げる口は妖精の世界を統べる者の声。
『ない。妖精の世界を統べる妖精女王である妾の為には世界と取り引きはできぬ。だから、妾やレフルトと関わりがあったイシュタトンとモディが必要となった』
「お父様の妖精の力と、私の記憶が?」
また、思い出すように妖精女王の視線が遠くへ向く。
『あい。あの時、レフルトの正気が失せた時、――――』
アルマンに受けた致命傷と、両親の死、妹の拒絶による絶望。さらには妖精女王による影響を受けて暴走したレフ。
情により自身が影響を与えたのに気付かなかった妖精女王は、すぐには妖精界の一部が暴走したレフによって穢れたのにも気付かなかった。
先に気付いたのはイシュタトン伯爵・・・でもなく。
それは、母が亡くなり少し落ち着いた久しぶりの外出に、妖精界を進むか迷い彷徨くモルディーヌだった。
元々、マクビウェル家、イシュタトン家、王家で休暇を楽しむ計画だった親達。
母が亡くなり、悲しみを忙しさで誤魔化す父との久しぶりの旅行。父の為にも楽しまねばと分かっていても、まだ7歳のモルディーヌは母が恋しくない訳ではない。
父を含めた人前で泣けないモルディーヌは、他家より早くに到着したのもあり、妖精女王に母の事を聞いてもらおうと妖精界に渡った。だが、父に何も言わずに来た為、やはり戻ろうか迷って妖精界を暫く彷徨いていた。
気付くと、黒ずんだ靄が漂ってきた。それを訝しく思い足を進めると、暴走して周囲に影響を及ぼし悪霊の沼に沈みかけ瀕死のレフを見つけた。
そして、群がる悪霊と賭けをした。
妖精との取り引きは嘘が通用しない。だから普通は勝算がなければ、人に害をなす事にしか興味のない悪霊と態々賭けなどしない。
なのに、何を思ったのか、幼いモルディーヌは賭けをした。
しかも、一瞬で勝負が着く単純な力比べで、何故か勝った。
父イシュタトン伯爵が駆け付けた時には勝負が着いており、辺りに悪霊の姿はなく、モルディーヌは疲れて寝ていたらしい。イシュタトン伯爵には訳が解らず、友人の子供であるレフが瀕死、その妹は気絶、自分の娘は熟睡という謎の状態に混乱したそうだ。
気を取り直したイシュタトン伯爵は、すぐにレフを慌てて救おうとしたが、かすり傷を治す程度の治癒力しかないイシュタトン伯爵ではどうにもできず、妖精女王と取り引きをし対価として妖精の力を支払った。
妖精嫌いだが、愛娘モルディーヌを探す為には妖精界に入れなければいけない。
だから、イシュタトン伯爵にはなくてはならない力だった。故に対価となったのだ。
『――――だが、それではイシュタトンがモディが消えたら心配だと煩くてな。妾とて孫ふたりの祖母。暫く両親を失ったレフルトやレーラを、妖精界を統べる者として自由に動けぬ妾の代わりに支える者が欲しい。できれば妖精の知識を備えた者でな。そこでモディには勝手で悪いが、イシュタトンに寿命を少し返す代わりにモディの妖精に関わる記憶を頂く事になった』
しれっと、勝手な取り引きをした事を話す妖精女王。本当に対価に関して容赦ない。
しかし、記憶がないのはレフの為みたいな事を最初に言っていたが、誰の責任かよく解らない話になってきた。回り回ったらレフの為になるのだろうが、本人は選択したり頼んでいない。
だが、それでレフが助かり、父の寿命が予定より延びたなら構わないとも思った。しかも、どんな記憶なのか解らないので後悔のしようもない。
「えーっと、まずレーラって妹さん?」
「・・・普通先にそっちを聞くか?」
「ちょっとは考える時間を頂戴よ」
「・・・そうだな、フェレイラの事だ。お祖母様は拙く喋る幼子を見るのが楽しかったらしく、フェレイラが上手く名前を言えず俺や自分の名を言ったままで呼ぶ事にしたんだ」
「だから貴方もレフルトなのね」
「ああ。だから君も今後ずっとモディのままだ」
レフは「俺も愛称で呼ぼうか。でも、やっとお互い名前で呼んでるしな」とかぶつぶつとため息を吐く。が、モルディーヌは聞いてなかった。
過去の失った記憶に関して頭を使っていたモルディーヌは、まじまじとレフの顔を見て眉をひそめる。
「・・・私、昔の貴方に会ったことがあったのね。しかも妖精の記憶が一切ない訳だわ」
「俺が正気で無いときなら会ったとは言わないだろ。・・・昔も可愛い天使だったろう君を見たかった。絶対に一目で惚れる自信がある。くそっ、イシュタトン伯爵が俺に会わせなかった筈だ。溺愛する娘取られたくないだけだろ」
本気でレフが悔しがる様子に顔の熱が上がる。
もっと早くに会っていたらどうなっていたのだろう。今となっては想像するしかない。幼いレフは感情がもっと顔に出て、さぞや麗しい子供だったのだろう。
「そ、そうね・・・私にも記憶がないし、会ったとは言わないかも。でも、貴方に意識があったらもっと早くに、私は恐くないから大丈夫って言ってあげられたと思うと悔しいわね」
「――――っモルディーヌ。俺は今でも充分幸せだ」
呻くレフに腰がきつく抱き寄せられて、首筋に熱い息がかかる。掠れた優しい声が嬉しく、ちょっと照れ臭くてレフの肩に額を寄せる。
先程は何処かにレフが連れていかれなくて本当に良かった。やっぱり好きだなぁ。とレフの背中に手を回してさらに密着する。
その様子を気にもしない妖精女王は首を傾げた。
『しかし、そのせいでモディが闇の同胞と何を賭けて勝負をしたのかわからなくなってしまってなぁ。まさか、こうなるとは思わぬ』
「どういう事ですか?」
スッと美しい人指し指がモルディーヌの腹部に向けられたので、レフとの抱擁を弛める。
意味が解らず、きょとんとするモルディーヌとレフに妖精女王が愉しそうに笑う。ちょっと嫌な予感。
『悪霊達がモディの子供になるようだの』
「「は?」」




