52 妖精女王の旧友
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驚く事に、調理場の食糧保存室の扉が妖精界に繋がっていた。
食べ物を取り出そうとしてうっかり妖精界に入ったらどうするんだ。火を使う調理中に気軽に入ってしまい暫く戻れなくなったら火事の危険もある。
モルディーヌがそんな事を考えながらじっと扉を見ていたからか、レフが別の心配をしていた。
「本当に体調は大丈夫か?」
「ええ。不思議なくらい大丈夫よ」
本当に何故だか解らないが、あれだけの悪霊達を呑み込んだのに不思議だ。
妖精界に入りながら後ろを見ると、見送る家妖精がしわくちゃの顔の半分は占めるモジャモジャした眉を下げてつぶらな瞳で見てきた。ぶさいくだけど可愛い。
『気分悪くないのん?』
『痛くないのん?』
『奥方が心配なんだのん』
『早く戻って来てほしいのん』
『気を付けて行って来てのん』
「うっ~、やっぱり可愛い。行ってきます」
思わずまとめてぎゅっと抱き締めてしまう。ぴょんぴょん跳ねる小人に癒される。
『ぴゃっ!?奥方が我らにハグしたのん』
『嬉しいのん!もっとぎゅってしてのん!』
『良い匂いするけど主が恐いのん』
『主は心狭いのん!』
先程と違い、レフが危険でない今なら彼らを和んで愛でられる。
しかし、ムスッとしたレフに引き剥がされて、さっさと妖精界を進むことになった。
人間界のそれと似て非なる木々に囲まれた場所。
前回来た時は逃げる事に夢中だったのと、疲労困憊の中でのレフによる情報公開で落ち着いて見る暇もなかった。今回もけして遊びに来たわけではないが、多少周りを見る余裕はあった。
ただ心臓が落ち着かない。
さっきから足場が悪いので助かってはいるが、レフが腰を引き寄せたまま離してくれないのだ。怪我してる訳でもないのに距離が近すぎる。そもそもレフとは適切な距離の認識が違いそうだ。
「浮気するな」
いきなり謎な事を呟かれた。
そんな事した覚えがない。浮気してないのにどうした事か、レフが不機嫌である。さっきからムスッとしてると思ったら家妖精達にハグしたのがお気に召さなかったのだろうか?
「もしかして、家妖精達の事?」
「そうだ。他にいるのか?」
「他にって、別に彼らにだって浮気してないもの」
「・・・」
「何でそんなに呆れた目で見るのよ!?」
「ベン・ニーアの時もそうだが、君は妖精相手だと特にガードが緩すぎる」
「・・・それは少し反省してるわ」
ニーアが鳩の姿の時は言い訳できない。人の姿の時は自分のせいではないと主張したいが失言により保留した事を追求されたら困る。さっきの続きをされかねない。
素直に頷くモルディーヌに納得したのか、レフに追求する気はない様だ。
「お祖母様の所には首なし紳士もいるのだから、うっかり拐われたら困る」
「うっ、そうだったわね」
もう、本当に一気に色々ありすぎて困る。
本当だったら今頃レフとデートしていて、その後レフの父方の祖父であるエイルズベリー辺境伯とディナーする予定だったのだ。
それが、まさかのレフの憑いた悪霊達の暴走により、よく解らないがレフが何処かに連れてかれてしまいそうになり、モルディーヌが悪霊達を呑み込んでしまい、何故こんな事になったのかと、レフの母方の祖母である妖精女王に会いに行く事になってしまった。
しかも、妖精女王の元には先送りにしていた問題がある。
ブロメル伯爵親子を唆して悪魔の儀式を行わせようとした上に、モルディーヌの持つメリュジーヌの力を狙う首なし紳士。モルディーヌの父イシュタトン伯爵が過去に妖精女王と対価を払う取り引きした理由。妖精女王の孫であるレフとお付き合いの挨拶が婚約報告になった事。
孫であるレフは兎も角、モルディーヌは嫌われたらもう二度と会ってもらえないかもしれない。
「緊張してきたわ」
『そうか?』
「だって、普通は妖精女王に会う機会なんてないのよ?二度はないかもしれないし」
『おや。妾を結婚式には呼んでくれなんだか?』
ハタッと止まる。
今、誰と会話をしていたのだろう。
レフを見上げたら片眉を上げて右斜め前方を見ていた。
モルディーヌも同じ場所に目を向けると、背の高い樹木の太い根本にぼんやりとした光が集まって、根本に腰掛ける人の形をした神々しいまでの美貌が現れた。
光の加減で何色にも見える銀の星が煌めく淡く長い髪。それは足下まで編まれており、瑞々しい草花で飾られている。何色でもない不思議な瞳が愉しげに此方を見ており、透けるような真っ白な肌に薄い衣を纏った姿は、宗教画から抜け出した美しい女神の様だ。
その人外の美しさに呼吸を忘れて見惚れてしまうが、やはり何処と無く似ている。
さっきの美しい声が発した内容からも納得してしまう。と言うか、他にこんなのがごろごろ居たら怖すぎる。
「お祖母様、態々出迎えとは珍しいですね」
「・・・や、やっぱり」
妖精女王に比べたら、人外めいた美貌のレフですら遥かに普通の人間に見える。血の半分って大事だ。
『あい。愛しい孫のレフルトが嫁を決めたとなれば知らぬわけにはいかぬ。先程は面白い事になったの?』
ころころと鈴が鳴る様に笑う姿はとてつもなく魅力的で、仕草ひとつで全てを魅了して操ることができそうだ。いや、実際に出来るのだろう。
モルディーヌの涙や、レフの感情による影響の光源を見た気分だ。
レフは祖母相手だからか、女神のような美しき魅力に見慣れているのだろう。
緊張感など無縁で雑に紹介してくれる。
「モルディーヌ。俺の祖母、妖精女王ティタニアだ」
『ようこそ、人間の言うところの丘の向こうへ。随分と久しいの、モディ』
妖精女王が気軽に手を振ってくれたが、発した言葉に困惑する。何故かモルディーヌを旧友かのようにモディと呼んだ。
「へ?あ、あの・・・モディ?」
『あぁ、忘れておった。そちには人間で言う10年だったかの?それより前の記憶は消したから無いであろうが、何度も妾と会っておるぞ?初めて会った時は幼児の頃だったから、上手く自分の名も言えぬそちをモディと呼ぶことにした』
「私の、記憶を消した?何度も会っていた?」
流石レフのお祖母様。予想以上のビックリ箱だった。全然意味がわからない。
「どういう事です?お祖母様からモルディーヌの話など聞いた事ないが」
『レフルト、そちらが自ら出会わねば意味があるまい?』
「・・・」
モルディーヌの父イシュタトン伯爵との約束で、モルディーヌから会いに行くまで話しかけては駄目だったレフが知ったところでどうするのかと、妖精女王は愉しそうに笑っていた。
『しかし、記憶がないとは言え、友であった妾とはもう会わぬのか?曾孫も見たいのだが、駄目か?』
「ひ、曾孫・・・私産めるんですか?さっき悪霊達ものんじゃったし、」
『あれはモディの身体には悪さできぬ。だが、産まぬのか?何ぞレフルトが気にいらぬか?しかし、それだと条件がなぁ』
「え、そう言う訳では、・・・って、条件?」
躊躇うように考えた妖精女王に色々突っ込みたいが、最後の言葉が引っ掛かった。今すぐどうこうでないなら全て聞きたいが。
レフが横でピクリと反応した。これがまだ話してなかったやつなのか、嫌な胸騒ぎがした。
「お祖母様。モルディーヌにはまだ言っていないのです」
『ない?不甲斐ない孫だの、モディは此れで良いのか?此れの為に記憶がないのだぞ?』
「「え?」」
『おや、仲が良い。あい、そうだの、順を追って話すか―――モディ、聞きたいか?』
妖精女王の言葉に、もう今更後戻りする事はできなさそうだし、する気もない自分がいるのも認めざるをえない。
「はい。お願いします!」
女は度胸。
欲しいものがあるなら飛び込むしかない。




