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51 見えない使用人

忘れかけてた彼らです。

 

 コン、コン、コンッ。


 玄関扉に何回目かわからないノック音を鳴らす。

 今日は使用人を暇にでも出しているのだろうか。さっきから誰も出て来ない。

 夕刻にはまだ早い陽の明るい時間の通りの往来で、いつまでも家の前に突っ立っていては目立つ。

 モルディーヌは仕方なく玄関扉を開けて、恐る恐る顔を家の中に突っ込む。


「ごきげんよう。誰か居ますか?」


 通りの明るい喧騒とは違う、うって変わった静かな家の中。


「お邪魔します」


 不法侵入するようで気が引けるが、レフには治療院の手伝いが終わったら知らせると伝えてあるからと、自分にも言い訳しながら勝手にお邪魔する事にした。言伝てしようにも使用人が取り次ぎしてくれないのだから仕方ない。

 本当に誰も居ないのか、シンッと静まりかえった家の中でモルディーヌの動く足音や息遣いが響く。


「レフィハルト?」


 きっと1階には居ないのだろう。

 モルディーヌが寝るように言ったので、善処すべく2階の寝室かもしれない。


 困った。非常に困ったわ。

 流石に寝室に行くのは・・・


 年頃の乙女としてはいただけない。

 今だって家に入るのを誰に見られていたかわからない。

 いくら婚約者になったとはいえ独身男性の家に付き添いもなく長居したら、どんな噂をされるか考えたくない。

 さらには寝室に行ったと知れたら完全にアウトだ。


「誰か居ませんか?」


 なるべく外から見える窓際近くで、1階に誰も居ないのか見て回る。

 本当に誰も居ないのに玄関が開けっぱなしなのであれば、それこそ問題だ。あまり物がないとは言え無用心過ぎる。家の主が2階で寝ているなら尚更だ。

 諦めて誰か人を連れてこようと玄関へ戻ろうとした時、階段の影からヒソヒソと話し声が聞こえた気がした。

 振り返って目を凝らすが誰も居ない。


「誰か、居るの?」


 返事はなく、シンッと静まり返っている。

 もしや、以前来たときも使用人を誰一人見かけなかったのは、このせいだろうか。

 試しに背を向け玄関に向かうと、またヒソヒソと声が聞こえた。


 これは、もしかして・・・

 声の正体が彼等なら使用人が姿を見せないのも納得だわ。


 おおよその見当を付けて、階段に背を向けたまま独り言を呟く。


「困ったわ。誰かレフィハルトを呼んでくれないかしら。私は付添人なしだと2階に上がれないし」


 またヒソヒソと話しているのが聞こえた。今度は少し長く話している様だ。

 そっと、後ろ向きに歩きながら階段へ近付いて行くと、声がハッキリ聞こえてきた。


『我らが居れば娘は上がれるのん?』

『他の人間は家に入れないのん』

『それしかないのん』


 予想外にほんわかした可愛い喋り方だった。ちょっとほのぼのした気持ちで話を盗み聞きしてしまう。


『今の主の部屋は我らじゃ入れないのん』

『ニーア殿がこの娘は奥方だって言ってたのん』

『奥方なら何とかできるかもしれないのん』

『主は何で寝ようとしたのか不思議だのん』

『何とかしてもらわないと主が危ないのん』


 最後の言葉にほのぼのした気持ちが消えた。

 つい、勢いよく振り返ってしまう。


「レフィハルトが危ないって何!?」


 振り返った先には、モジャモジャの眉毛を上げて吃驚と目を見開く茶色い小人達。家人が知らぬ間に家事をしてくれる家妖精(ブラウニー)だ。レフの家の姿が見えない使用人の正体は彼らだったのだ。

 背丈は1メートル弱ぐらいで、茶色のボロ服に茶色いモジャモジャの髪や髭は伸ばし放題。ぺたんこ鼻のしわくちゃな顔でモルディーヌを凝視している。

 目が合い慌てて姿を隠そうとしたひとりを捕まえ、全員逃がさないようにした。


「ねぇ、レフィハルトが危ないってどういう事?」


 焦りで強張りそうな頬を叱咤し、あまり警戒されない様に笑って問うと、モルディーヌに捕まったひとりが口を開く。


『主が寝てしまったから奴等が暴れてるのん』

「奴等?・・・まさか寝ると何かあるの?」


 さっき寝ないとデートしないって言ったから、本当に寝ようとしてくれたのだろうが、寝ると何かあるなら事前に言ってほしい。

 でも、昨日東屋で寝た時は何も無かった筈だ。何がどうなっているのか解らない。


『これ言っていいのん?』

『奥方なら隠すことないのん?』

『奥方に何とかしてもらわないといけないのん』

『そうだのん!主が連れてかれちゃうのん!』

『奥方、主を助けてのん!』

『奴等が暴れてて我らじゃ部屋に入れないのん!』


 ぴょこぴょこ跳ねながら主張してくる家妖精(ブラウニー)達は、こんな時でなければ可愛い光景かもしれない。ただし、今回は内容が緊急性を要したものなので呑気に聞いていられない。


「奴等って何!?」


 モルディーヌの剣幕に『ぴゃっ!?』と悲鳴を上げられたが、ひとりが恐々答えた。


『あ、悪霊(アンシーリーコート)達だのん』


 聞いた瞬間、2階に駆け上がっていた。

 前回一度お邪魔したので知っているレフの寝室。


 扉を開けた瞬間、



 ―――――ぞわっと嫌な寒気が走った。



 しかも、レフが寝てるであろう寝台から黒い靄の様なものが立ち込めている。


「―――何、これ?」


 扉口で固まるモルディーヌに追い付いた家妖精(ブラウニー)達が教えてくれる。


悪霊(アンシーリーコート)の障気だのん』

『これに障ると我らは消えちゃうのん』

『だから部屋に入れないのん』

『主を起こして欲しいのん!』

『奥方にしかできないのん!!』


 随分勝手な事を軽く言ってくれる。

 確かに家妖精(ブラウニー)の様に力の強くない妖精には危険そうだ。しかし、それはモルディーヌとて同じだ。


 明らかに危険だと、全身が警鐘を鳴らしている。


 鳥肌が立ち、嫌な汗が全身の毛穴から吹き出す。身体が凍り付いたように冷えて動かないし、髪の毛先が何かに反応してパチパチと震えを伝える。


 アンの時の赤帽子(レッドキャップ)とは比べ物にならない圧を感じる。あれだって一体でも相当に恐かったのだ。

 こんなのがレフの体内にいつも蠢いているのだろうか。



 ―――――いつから?



 ドクリッと嫌な音が心臓に響く。




 奴等は何故暴れているの?

 ―――彼が寝たから。


 いつから彼は寝られないの?

 ―――10年前から。


 10年前に何があった?

 ―――アルマンによって致命傷を負った。


 致命傷を負った時に何が?

 ―――奴等が集まっていた。


 きっと奴等が、レフの妹を恐がらせ、レフを化け物と思わせた。


悪霊(あなた)達のせいなのね?」


 一歩前に踏み出すと、警鐘が頭にガンガン鳴り響き、心臓から嫌な音が耳を圧迫する。パチパチと身体が弾かれるようだった。


 正直全く気が進まないが、奴等に腹が立つ。


「私は大人しく怯えてあげないわよ?」


 ドカドカと令嬢らしからぬ勢いでベッドの脇に立つ。

 この距離は、流石に皮膚の薄い顔や関節の内側がパチパチと焦げる様に痛い。

 しかし、ベッドの上で苦し気に呻いているレフの方が明らかに辛そうだ。汗びっしょりで眉根をきつく寄せ、呼吸が荒い。はだけたシャツから見える傷痕から赤黒いものが痛々しく、じわじわ侵食するかのように拡がっている。そこから障気とやらが漏れ出ているのだ。普段の余裕の姿から想像できない様子に喉がゴクリと鳴る。


 いくらモルディーヌが寝ろと言っても、こんな状態になるのが解っていて寝たならば馬鹿としか言いようがない。


「レフィハルト!起きなさい!きっちり説明してもらうわよ!!」


 思いきって胸ぐらを掴み揺すぶると、微かに紫の瞳が開いた。

 ぼんやりと瞬く瞳がモルディーヌを認識すると急に見開かれた。


「ごほっ、ぅっ、――――モ、ルディーヌ?」


 咳き込み、痛みに呻きながらもモルディーヌの手を掴んできたので握り返す。レフの手は、氷を掴んだ様に冷たかったが、構わずにしっかり握る。


「こうなるのが解っていてデートの為に善処とやらで寝たなら張り倒すわよ?」

「・・・寝て、いた?」


 弱っていようが文句を言ってやりたくて口にしたが、レフが茫然と呟いたので顔を顰める。


「どういう事?自分で寝たんじゃないの?」

「・・・げほっ、ぅうぐっ、わ、からな、い」


 レフが目覚めたからなのか、黒い靄がレフの傷口に吸い込まれるように消えていくが、その分レフが苦しそうに呻いている。

 どう考えてもレフが目覚めて、今後寝なければ解決する様には見えない。アンの時の様に浄化できないのだろうか。


「ねぇ、それって浄化し、」

「絶対に駄目だ!!くそっ、俺に近付くな!」

「ひゃっ!?」


 いきなり怒鳴り、突き飛ばされた。

 自分から手を掴んで来たくせに勝手に突き飛ばすとは何事だ。

 ベッドの脇に反動で尻餅をついてしまい、モルディーヌはムッとした。


「貴方は私に話すべき大事な事がまだあるのね?」

「・・・」

「ちょっと、また黒い靄みたいなの出てるわよ!?」

「・・・」


 返事がないのは事実だからか。左胸から黒い靄が滲んできている。目覚めたのに何故?

 レフの態度は解りやすいが、無言で歯を食い縛る姿を見せられるのは自分が信用されていないのだと胸が痛い。

 扉口から家妖精(ブラウニー)が『ああ、手遅れだったのん。駄目だのん』『主が奴等に呑み込まれるのん』『あっちに連れてかれるのん』と騒ぐのが聞こえて背筋が凍る。

 パチパチ弾く何かに関節を焦がされながら立ち上がり、レフの傍に寄ると警戒する様に睨まれた。正直かなり傷付く。


「貴方が連れてかれるって何?あっちって何処?」

「・・・」

「私を置いてかないのよね?ひとりにしないのよね?」

「・・・すまないが、今は、恐がってくれ」


 今も睨まれたままだが、レフの困った様な声に少し気合いが入った。レフが否定しなかった。「今は」と言うことは、モルディーヌを黒い靄から遠ざけたいのだろう。「浄化」と口にした時に急に突き飛ばされた。そして、モルディーヌの手を離したら黒い靄がまた出始めた。

 レフの瞳は、何かを恐れている。


「貴方は、私に浄化させたくないのね?」

「・・・」

「何故?確かに赤帽子(レッドキャップ)より明らかにヤバいのは解るわ。でも、だからこそ貴方が、」

「だ、からだ。君では、無理だ」

「・・・もしかして。私が浄化すると、対価が取られるの?でも、だからって、私を置いてくの?」


 やっとレフの行動理由に合点がいった。

 昨日レフが相談したい事があると言っていたのはこれだ。

 何処に、誰に連れていかれるのかは解らないが。たぶん、もっと結婚して暫くぐらいは猶予があったのだろう。だから結婚を急いだのだ。

 しかし、寝るつもりの無かったレフが何故か寝てしまい悪霊(アンシーリーコート)達が暴走した。レフにとって予想外の暴走に驚いたのだろう。モルディーヌが居れば少しは抑えられるのかもしれないが、浄化させたくないから突き飛ばした。それは、モルディーヌが浄化して対価を取られるのが嫌だったから。

 だからと言って、告白の時の約束を破るつもりなのか。


「・・・嘘じゃ、ないんだ。思ったより、ぐっ、時間が」

「時間?あっちに連れていかれるまでの時間?」

「・・・」

「人の事散々引っ掻き回して、置いてくなんて赦さないわよ?」

「・・・すまな、え?」


 ―――――プツッと、


 モルディーヌの中で何かがキレた。


 怒れる目で見据え、タックルする勢いでベッドのレフに抱き付く。


「今更無理よ。こんな傷痕恐くないって言ったじゃない!」

「ぅぐっ、―――なっ!?」


 対価を取られるのは一番大切なものの確率が高い。

 ならば、今取られる対価はレフになりそうで全部を浄化できない。

 だから少しでもレフを楽にして、数を減らそうと思い抱き締めた。焦るレフに引き剥がされそうになりながら、大丈夫だと証明したくて、赤黒く嫌な靄が出る傷痕にキスする。


「えっ、―――むぐっ!?」


 軽く触れただけのキスだったが、黒い靄が一瞬でモルディーヌの口に入り込んだ。


「は?・・・おい、モルディーヌ。今、口の中に、」


 唇から少し漏れた靄がレフの胸に戻ろうとしたので、慌てて口を手で塞ぐ。これはいったい何が?

 口の中にあるのは間違いなくさっきまでレフを苦しめていた悪霊(アンシーリーコート)達だろう。

 レフがいつにはなく必死の形相で、馬乗りになっていたモルディーヌごと寝ていた身体を起こした。


「出せ、早く吐き出すんだ」

「んーんっ!」


 口から手を剥がされそうになるので丸まって防ぐ。チラッとレフの肩から胸の傷痕に目を走らせると、黒い靄や、赤黒く拡がっていたものは消えている。苦しくなさそうな様子にホッとしたのがレフにも伝わったのか、顔を顰められた。


「良いから、俺は良いから出せっ!」


 肩を掴まれ無理矢理横に回転させられる。何故か押し倒される体勢になっていた。上から口を抉じ開けられそうになり、焦りから喉を鳴らした時。


「――――っんぐ」


 ふたりで目を丸くして固まった。


「は?まさか・・・」

「えへ、ご、ごめん―――――呑んじゃった」


 自分でも吃驚したが、レフの顔が青ざめるのを見て段々と事の重大さを察し、不味いかな?と自分の身体に変化がないか確かめる。不思議な事に、特に痛くも気持ち悪くもない。何故だろう。


「嘘だろ。だ、大丈夫なのか?」

「たぶん?」

「・・・いや、駄目だ。出すぞ」

「っん!?」


 口が熱いものに塞がれた。

 否、レフに押し倒された体勢のまま、喰われるかと思うようなキスをされていた。

 レフの舌が入り込み、貪るように口内を探られ唾液ごと吸われるが、苦しいだけで悪霊(アンシーリーコート)は出てきそうにない。

 そんなこと、レフにもすぐ解りそうなものだが中々離してもらえず、それどころか更に変な感じになり酸欠で頭がくらくらしてきた。ぼうっとしてきた頭で何故か身体がまさぐられていることに気付く。何で!?


「んっ、ちょっ、やあっ!!」

「っ、ぐっ!?」


 レフの腹に膝蹴りを入れた。酸欠と体勢が下からだから威力は弱くなってしまい、流石にレフの下から逃げ出せなかったが、何とか唇と手は退けさせた。


「変態!どさくさに紛れて何すんのよ!!」

「・・・つい」

「ついって何よ!?レフィハルトのスケベ!!」


 手でドレスの胸元や裾を守りながらレフを睨むと、たじろいだ後にしょんぼりされた。さっきまでの切迫感どこ行ったの!?


『ひゃ~、奥方強いのん。今のは主が悪いのん』

『主と奥方ラブラブだのん。チューしてたのん』

『しかも奥方が奴等を呑み込んじゃったのん。凄いのん』

『もう駄目かと思ったのん。主が無事で良かったのん』

『奥方も大丈夫そうだのん。とっても不思議だのん』


 気が付いたら、ベッドの周りを家妖精(ブラウニー)達が囲うようにいて悲鳴を上げそうになった。

 まさか、いや、ずっと見られていたのだろう。恥ずかし過ぎる!


「レフィハルトのえっち!ばかぁ!」


 下から全力でレフの腹や胸を殴るが、如何せん近距離の為力が弱い。いつも大したダメージを与えられない。くっ、狙ってこの距離なのかもしれない。策士め。


「すまない、っぃて、本当に心配で、痛っ、待て、殴る前に話を聞け」

「じゃあ、何で胸とかお尻触るのよ!!」

「最初は呑み込んだ皮膚の上から食道や胃の辺りを触って感知できないかと思ったんだが、中々感知できないし、その、つい」

「つい?」

『主。素直に胸に手が当たってムラムラしたって認めるのん』

『奥方も照れずにイチャイチャしたら良いのん』


「「なっ!?」」


 さっきから家妖精(ブラウニー)達が不思議そうに此方をジッと見ているので、流石にレフも気が逸れたのか身体を起こし、モルディーヌも引き上げてベッドの上に座らせた。

 横からひとりの家妖精(ブラウニー)が両手を振り上げ主張してくる。


『まだイチャイチャしたら駄目だのん。先に妖精女王に確認した方が良いのん。奥方に何かあったら大変だのん!』

『そうだったのん。主、急ぐのん!』

「そうだな。モルディーヌに何かあったら俺が赦せん」

「よく言うわ。大事な事話してくれなかったの怒ってるのよ」

「君の勝手な行動に俺が怒る権利もあると思うが」

「貴方が無理矢理迫るから呑んじゃったのよ!?」

「吐き出さないからだろ?」


 色々あったせいか、初めてムッとしたレフと言い合っている気がする。いつも意味不明な事を言ってしれっとされるから新鮮だ。

 いつまでも動かないレフとモルディーヌに焦れたのか、家妖精(ブラウニー)が騒ぎ出して言い合いは中断された。


『うるさいのん!!ふたりとも喧嘩は後だのん!』

『早くするのん!奥方が心配だのん!』

「・・・ああ。行くか」

「そうね」


 ふたりで頷き合い、レフの家の中にある妖精界に繋がる場所に連れて行かれた。



モルさんは自分が寝室にいること忘れて文句を言ってます。

思い出す前にレッツ妖精界!



レフ家の

ちっさいモジャモジャおじさん達。


『お掃除するのん!』

『お洗濯するのん!』

『お料理するのん!』


リアルに欲しい!

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