49 不眠症の恋人へ レフside
ヤバい理由どうしよう!?からの
そんな理由になってしまった謎。
どんどん人間離れしてしていくモルディーヌ。
先程から機嫌が良さそうに微笑む恋人。
モルディーヌが恋人。さらに陛下のお陰で婚約者に昇格する布令が出る。
彼女に好かれていると実感したくて声を掛ければ美しい笑顔を此方に向けてくれる。
嬉しくて自分の顔がだらしなく緩んでいくのがわかるが、彼女が可愛いらしく笑いながら「なに?」と首を傾げてくれるなら良いかと思う。
「いや、君が自然に笑っていたから」
「ふふっ、そうね。平和を噛み締めていたわ」
「そうか」
「あ、可愛い東屋があるのね!」
先に見える小さな白い東屋を指差しはしゃぐモルディーヌに、親密に絡んだ手を引っ張っられて行く。可愛いのは君だろ。
大人しくされるがままのレフは東屋のベンチに座らされ、モルディーヌはピッタリ肩がくっつく程近い隣に座ってきた。
昨日まで大変だったから、あまり体調が良くないのかもしれない。休むなら肩を貸そうと口を開く。
「少し休むのか?」
「ええ。貴方がね」
「俺?」
思ってもない返事が返ってきた。
「働かない人は嫌だけど、眠れないのも心配だもの!ちょっと目を瞑って休むと良いわ!」
腕を引かれ、肩を貸そうとしているのだと察する。
しかし、どう考えても彼女の華奢な肩がレフの身体を支えられると思えない。この可愛い生き物どうしてくれよう。
少し躊躇ったが、殴られるの覚悟でモルディーヌの太股に寝転んでみた。
普段は上から見ている可愛い顔を見上げ「君が膝枕をしてくれるなら」と言うと、顔を真っ赤にしてあたふたさせた。
「へ!?な、なんっ、あ、誰かに見られたらどうするのよ?」
「ここに入れる人間は限られてる。君が見張って人が来たら起こして、くれ、」
嫌だったら全力で拒否されただろうが、人目を気にしているということは、それさえなければ良いらしい。可愛すぎてヤバいので目を瞑り、柔らかい感触を堪能する。
心地好く幸せ過ぎる。彼女に小さく名前を呼ばれた気がするが自然と微睡み意識を手放していた。
昨日彼女を見付けるまで生きた心地がしなかった。
自分の心に巣食い、じわじわと拡がり、不快な程苦しく酷く痛み蝕む黒いもの。
どんどん拡がり侵されていく。
不安、恐怖、怒り、悲しみ、絶望等の負の感情が増すと、同じく侵食の勢いを増す黒い奴等。
アン・サットゥルが赤帽子にとり憑かれているのを見た彼女はどう思ったのだろう。
浄化する時、何を考えていた?ただ、儀式による犠牲者を救いたい想いだろうか。
俺のはそんな生易しい奴ではない。
モルディーヌはもう気付いただろうか。
微笑む彼女からは何を思い、考えているのか解らない。
妖精女王の孫で妖精王女の息子であるレフの強大な力に惹き寄せられる精霊達。それだけならば自分で何とかできる。
厄介なのは、10年前に死にかけた時。
あの時致命傷に群がった悪霊ども。奴等が体内に取り込まれたせいだ。
宵の刻から活発に騒ぎ蝕む。そうでなくとも、意識を手放し眠る時などに一気に侵食してくる。
だから、10年前からほぼ寝ていない。
一応半分は人間だが、半分は並々ならぬ妖精の血を引いているからか、寝なくともあまり支障はないのが救いだった。
モルディーヌの力に気付いた時、最初から惹かれたのは奴等を抑える力に無意識に反応したのかとも考えた。それでも彼女自身が好きなことに変わりはないと馬鹿な事を思った。
だが、モルディーヌを川から引き揚げた時、好きだと自分にすがって泣く姿を見て、頭を殴られた気持ちになった。
そんなの関係なく、彼女が生きていた喜びと、彼女への愛しさで一杯だった。自分がそんな馬鹿げた理由を考えたのが信じられない。本当に役に立たない感情たちだ。
偶々惚れ込んだ彼女に力があっただけ、彼女に力など無くとも、自分には彼女しかいない。
だからこそ、俺はモルディーヌを利用しない。浄化してもらわない。
一匹や二匹ではない。いくらメリュジーヌの血が濃くとも妖精女王に対価を求められるかもしれない。
愛しい彼女が自分のせいで何かを失うなど赦せない。
だから、知られない様にしなくては。
妖精の血が強いレフは聞かれたら真実を答えるしかなくなる。
妖精女王とイシュタトン伯爵の対価取引とは別に、孫として言い渡された条件を。
自分さえしっかりしていれば良いのだ。普通の人間と違って死にはしない。
後、モルディーヌに言った方が良さそうなのはこれくらいだ。
これは結婚してふたりに子供ができたらで良いだろう。
そんな事を今朝まで思っていた。
温かい陽の光で暖まった空気の中を、秋の少し冷たい風が吹き抜ける。そよそよと風に揺れる自分の髪に優しく何かが触れているのが微睡みながらも解る。
髪を鋤かれるなど小さな子供になった気分だ。
なかなか覚醒しない頭でぼんやりと考える。
どのくらいか解らないが、こんなに平和な目覚めはここ10年で初めてだ。モルディーヌが家に泊まった時は朝から悲鳴で目覚めるはめになったので数に入れない。
しかし、幸せな気持ちは耳に聞こえた不可解な声で消え失せた。
「・・・私、貴方の子供産めるのかしら」
瞼を開けると、ため息とともに俯いたモルディーヌと目が合った。澄んだ海が暗く滲んでいる。
何があったのかと目を瞬く間に、彼女は顔を手で覆い隠してしまった。
まさか、寝ている間に何か。子供について何か喋ってしまったのだろうか。
「・・・モルディーヌ?」
「い、今の、聞いて、た?」
「・・・」
「聞いた、のね」
「・・・」
震える声で涙を堪える彼女に何も言えなかった。
「ず、ずっと黙ってるつもりじゃなかったの!貴方と婚約する時に、本当ならもう少し親しくなってから、話さなきゃ、って、」
これは、どうしたんだ?
身体を起こしモルディーヌを見るが、顔が隠されているせいで表情が解らない。
どうやらレフが寝ている間に何か喋ってしまった訳ではなさそうだが、後ろめたそうな言葉に頭が熱くなり、様々な疑惑が首をもたげる。
俺との結婚を躊躇う理由はそれか?
何故?化け物との子供がいらないから?いや、以前なら有力候補だが、モルディーヌはそんな事は気にしない。
男女の閨事で考えた時に俺が生理的に無理とか・・・は、無いと思いたい。
じゃあ何だ?ただそう言う事が不安なだけには見えない。
一般的にあり得る話だと、乙女の純潔が失われた場合だが俺の家に泊まる時点で騒いでいたモルディーヌには関係ないだろう。
・・・待て。もしかして、ブロメルに囚われている間に?だからあんな姿で逃げる事に?誰が・・・ブロメルか?首なし紳士か?他の男が?
沸々と怒りに頭が沸き、どうかなりそうだ。気が付いたら彼女の手首を掴み、顔を覆っていた手を退けていた。
「・・・モルディーヌ、どういう意味だ?」
愛しい恋人に手を出した奴は全員生まれた事を後悔させてから八つ裂きにしてやる。かなり低くドスのきいた声になってしまったが仕方ない。
かなり怒り狂う程の殺気が漏れていたが、モルディーヌの瞳を見た瞬間に頭から冷水を浴びせられたように鎮まった。
涙が溢れそうな程怯えた瞳を向けられて、自分の失態に気付く。俺が恐がらせてどうする!?
「っ違う!モルディーヌには怒ってないから泣くな!!ただ、君を傷付けた奴がいるなら始末しようと、」
「えっ、私の親戚を?でも、随分と昔の事だからそんなに怒らなくても・・・」
殺気が消えたからか、落ち着いた恋人が潤んだ目で首を傾げていた。その可愛さに癒され少し冷静になった。
「・・・親戚?ちょっと待て、本当にどういう意味か教えてくれ」
「えっと、そ、そのままの意味なのよ」
「そのままって、・・・俺との子供がいらない?産みたくない?」
まぁ、モルディーヌと一緒に居られるなら子供がいなくとも構わない。触るなとか言われたらショックで死ぬかもしれないが。
公爵位だって一代制度の実力継承制だから子供の頑張りしだいだ。継承者がいなくて困るのはどちからと言うとイシュタトン伯爵位だ。
君がその方が良いならと頷こうとしたら、何故か慌てて止められた。
「ち、違うわ!?そうじゃないの、――――――――っ私が、私がおかしいのよ!!」
「ん?」
「・・・貴方を困らせたくないから、本当に結婚を決める前まで黙っていたかったのよ。私が普通でないから」
「普通でないとは?俺だって半分妖精だ。感情が欠落しているから、君からしたら他にも色々と普通でないかもしれない」
さっきから要領を得ない。取り敢えずモルディーヌが自分が悪いと責めている事しか解らない。
「お願い、引かないで・・・たぶん、私には普通に子供を産めないのよ」
「引くことはないからハッキリ言ってくれ。何があっても、君しかいらない」
「――――っわ、私。たぶんだけど、――た、卵産むのよ!!!」
「・・・たまご?」
意を決した恋人の言葉に、一瞬固まってしまった。決して引いた訳ではないが意味が理解できなかった。
しかし、ふと昔聞いたモルディーヌの父イシュタトン伯爵の妖精嫌いの理由を思い出し納得した。
「だって、男の人に、貴方に、こんなの普通言えないじゃない!?でも貴方と結婚するなら隠せないから、せめて本当に引き返せなくなるぎりぎり前までには話そうと思ったのよ?でも、――――」
恥ずかしがりながらも一生懸命、昔親戚に預けられている頃にあった事や貴族出身からの不安を説明してくれる彼女が愛し過ぎる。引くどころか、手離したくなくて引き寄せて華奢な肩に顔を埋める。本当に可愛すぎてどうしてくれようか。
「ああ、それでか。成る程、卵か」
「レフィハルト?」
ひとりで納得して頷くと、モルディーヌが不思議そうに見てきた。思っていた反応と違ったのだろう。
「大丈夫だよモルディーヌ。君が産まれた時もたぶん卵だ」
「へ?でも、お母様は普通の人間だった筈よ?」
「だからだろ。それが原因で先代イシュタトン伯爵は妖精嫌いになったようだから」
おそらくイシュタトン伯爵も力が少し強かった。さらにモルディーヌが特殊なのか解らないが、メリュジーヌの血が強く出てしまい普通の出産ではなかったらしい。
普通の女性の身体には負担だったか、精神的ショックかで大変だったようだ。愛しい妻に負担をかけてしまい妖精の血筋が嫌になったイシュタトン伯爵。
まさか卵とは、そこまでは教えてもらえなかった。まあ、俺も同じ立場なら教えないから仕方ない。
モルディーヌの場合下半身が尾に変化できたから問題はなさそうだ。メリュジーヌの母プレッシナも出産時蛇になっていたらしいし、むしろ生態的にメリュジーヌの伝承では10人も子供がいたから多産なのかもしれない。
彼女に似た子供がたくさんとか可愛い天使達の住まう楽園か?天国じゃないか!と考えていたら、可愛い恋人の表情が曇っていた。調子に乗ってしまった。
「お母様の出産、私のせいで?」
「いや?妖精の血を恨めど君は伯爵に愛されていた。それはもう俺を会わせないぐらい溺愛していた。今、伯爵が生きてたら殺られたかもしれん。後は、妖精族の出産については俺もよく解らないから、詳しくは今度お祖母様にでも聞いた方が早いな。ただ俺は君さえ嫁に来てくれれば後は些末な問題だ。これで多少は不安が減ったか?」
「え、ええ」
ホッとした様に微笑み潤んだ瞳に、自分も覚悟を決めて話した方がいいのかと迷う。だが、まだ彼女は望んでいない。
一気に話し過ぎて混乱させては逃げられてしまうかもしれない。そしたら俺が絶望する。
「・・・その時がきたら相談がある」
「相談?今じゃない方が良いの?」
「ああ、君が決心したらでいい。今は急に情報が詰め込まれて大変だろう?」
「うん。わかったわ」
「・・・さて、そろそろ出ようか?」
「そうね。ちょっと遅めのランチにでも行きましょう」
「俺はそんなに寝ていたのか?」
「ふふっ、不眠症なのか疑わしいぐらいにね。外でのお昼寝が良かったのかしら?」
からかうように笑ってモルディーヌが立ち上がった。
先に東屋を出て行く小さな背中を見て呟く。
「モルディーヌ、君が好きだ。眠れなくても、君に力がなくても・・・この世界にいられなくても」
陽の光を浴びて振り返った恋人が、まだ東屋の中にいるのを不思議そうに見ている。
静かに首を振って、ゆっくりと後を追いかけた。
読んで下さりありがとうございます




