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3 殺人鬼との再会

 

 明け方に小雨になった中、城下町が活動を始める。連続殺人鬼のせいか閉店時間が早いところが多い分、朝早くから開店するところが増えている。

 イーサンは、まだ日がのぼる前の白み始めた空の下、貴族街のある屋敷から出てきた。

 イノンド王家に代々騎士として勤める名門ブロメル伯爵家の屋敷は少々古めかしいが、受け継がれた力強く荘厳な造りだ。

 ブロメル伯爵家の現当主は、御年63になる厳めしい初老の男だ。騎士としての職務は引退したが、まだまだ軍部内では力を持つ反魔術師派の筆頭である。

 元々軍では、実力よりも権力や財力が無くては昇進が難しく、賄賂が横行していた。

 そんな中、魔術師は完全に実力、能力重視で上下が構成されている。その為、軍部内でも魔術部隊の上層部は異例なぐらい平民や下級貴族出身者で占められている。

 そうなると、当然のごとく権力主義の騎士と、実力主義の魔術師の仲はよろしくない。

 現在、軍のトップである軍務大臣ブラットフォード公爵のやり方は公爵自身魔術師であることもあり、実力や能力重視での見直し改革というものだ。

 賄賂などの腐った上層部の入れ替えが行われており、民からの評判が上がる一方で、代々騎士として務めていた貴族達からは反発を受けている。一部の実力のない下層騎士や兵士達も、昇進しない限り上がらない給金の中、取り次ぎや優遇の際に貰う賄賂という臨時収入を失うのは痛い為に反魔術師派に付く者もいる。


「では、上手く処理しますので報酬はたっぷりお願いしますよ」


 門まで見送りに出てきた使用人に向かってイーサンは告げると、ブロメル伯爵家の門をくぐり抜けた。







 空が明るみ朝食の時間になった頃、ゲオルグは治療院へと帰ってきた。


「ゲオルグ先生!心配したんですよ!!」

「悪かったな、モル。妊婦の奥さんの症状が収まらなくてな、大事をとって泊まりこんだんだ」


そう言って、モルディーヌが治療院に居座っていた形跡をチラッと見る。

椅子の周りにお茶のカップや本、膝掛けが集められているのを見て顔を顰められてしまった。


「お前は隣に帰らなかったのかい?」

「朝食は食べに帰ったけど、それ以外はここで先生を待っていました。ちゃんと叔母様には許可を貰いましたからね」


 あれから、また首なし紳士(デュラハン)が現れ、モルディーヌを追ってこないか、帰ってくるゲオルグが襲われないかと心配で一睡もできず待っていたのだ。

 看病で徹夜したところに申し訳ないが昨夜の出来事を話した。くたびれた様子のゲオルグだが、モルディーヌが興奮しながら話すのを辛抱強く聴いてくれた。ただし、ゲオルグの顰められた顔の皺がさらに深くなってしまった。

 

「絶対おかしいわ!本当に見たんです」

「でも、遺体も証拠もなかったのだろう?」

「ええ。でも、確かに首なし紳士(デュラハン)に会ったんですよ?」


 ゲオルグは首を傾げ、考え込んでいる。

 頭っから見間違いと疑われてはいないが、何かが気になる様子だ。


「はぁ、何故こんなことに。昨夜の事は見なかった事にした方がいい」

「私の勘違いじゃないのに何故ですか?」

「・・・何かおかしいだろう?」

「何か?」

「今までと違い、遺体が隠された。目撃者であるモルは切られてない。何故だと思う?」


 ゲオルグの言葉は、確かにモルディーヌも疑問に思っていたことだ。

 今までは目撃者らしき人も首を取られていた。


 何故、今回は今までと違う行動をしたの?

 私は何故生かされたの?


一睡もできなかった頭で考えてもわからない。思考を打ち切るように治療院の扉が開いた。


「おはよう!先生にモルちゃん。さっき南区画の記者が号外出してたけど、モルちゃん首なし紳士(デュラハン)を見たんだって?」


 そう言って、いつも腰痛治療で通っている患者さんを皮切りに、朝の診察が始まった。


「以前も、見間違い騒ぎがあったらしいからな」

「前月だったか?いつまでも捕まらないから皆ビビッて幻も見ちまうさ。雨で視界が悪かったなら尚更な!」

「そもそも、先生がモルちゃんに心配かけるからー」

「俺らの天使の気をもませたゲオルグ先生が悪いね」

「しっかし、首なし紳士(デュラハン)の野郎も可愛い子には弱いのかもな!俺が殺人鬼ならモルちゃん切れねぇしな!」

「確かに、俺らの天使の可愛さは悪魔も切れないさ」

「じゃ、あたしも平気だね」

「あぁ!?お前は鏡みて出直せ!」

「なんだって?あんたこそモルちゃんにデレデレしてないで鏡見な!!」

「はぁ!?目見えてんのか?俺が殺人鬼ならお前は一目でばっさりだぞ!」

「あたしが殺人鬼ならあんたも首なしだね!」


 患者同士の楽しげなケンカを眺めながら、午前の診療時間は終わりをむかえる。

 モルディーヌはため息をついた。

 寝不足の頭は、暇さえあればすぐに昨夜カンテラに照らされた姿を思い出す。その度に心臓がドクドクと心拍数を上げる。

 治療院を手伝っている為、普通の令嬢と違いそれなりに血生臭いことも慣れているが、あんな殺気を向けられた事などない。

 ましてや、殺人鬼の殺害現場を目撃する機会など普通はない。望んで目撃したのではないから是非とも見なかったフリをしたい。

 だが、ゲオルグの言う通り見なかったフリをするのも釈然としない。果たして本当に見逃してもらえたのだろうか。殺人鬼だってモルディーヌの顔を見ているのだ。


 あれだけ目立つ背丈で中々お目にかかれない端整な顔。

 何故、今まで窓からとかでも、チラリとも目撃されなかったのかしら?


 考えに耽っていると、治療院の扉が勢いよく開いた。


「やっほー、モル!ランチしましょ♪」


 モルディーヌと同じ金茶色の髪を艶やかに巻き、ハーフアップでまとめた少女が飛び込んできた。

 ややつり目がちの蒼い瞳の少女は、鼻の頭にそばかすの散った可愛らしい顔立ちに笑顔を浮かべている。淡い桃色のドレスを揺らしながら院内をずかずかと進み、楽しそうにモルディーヌの手を引く。


「タニミア待って。まだ午後の準備が途中なの。これが終わったらお昼休憩にするわ」

「わかったわ。手伝ってあげるからパパっと終わらせましょ!」


 タニミアは従姉妹達の末っ子で、モルディーヌと同じ年の為、他の従姉よりも仲が良い。

 彼女自身明るく、細かいところを気にしないおおらかな性格でとても接しやすいと近所でも評判の令嬢だ。普段から明るいが、今日はいつもにまして楽しそうだ。


「それで?タニミアは、今日は何を張り切っているの」

「んふふふふ。やっぱり分かった?」

「何年一緒に暮らしてると思ってるのよ」


 この幼なじみでもある少女は少々ミーハーな所がある。


「今度はどこのイケメン?」

「モル!何でそんなにテンションが低いの!?今回は、ほんっと~に、かなりのイケメンなのよ!背も高いし財産もある超優良物件♪同じ人間かしらって疑うぐらい綺麗で素敵なのよ!!」


 と、まぁ。イケメン大好きの女の子らしいと言えばらしいご趣味です。

 あくまで、憧れ的な好きらしく、

 ちょっと仲良くなってキャッキャできれば満足みたい。

 因みに、私は別に面食いではありません。

 が、生理的に受け付けない顔もありますよ。はい。


「あ。窓見て!あの人よ。この向かいの家、ずっと空き家だったでしょ?今日引っ越して来たらしいの!」


 向かいの家の前で、背の高い白っぽい髪の紳士が此方に背を向け立っていた。向こうから治療院の中は陰って見辛いだろうが、此方からは外の太陽光に照らされた通りがハッキリ見える。

 偶々、家の管理人から引き継ぎをしている所のようだ。


「あの白髪の人?」

「その人だけど、白髪じゃないのよ。明るい銀髪で光加減で色々な色に変わる神秘的な髪なの!さらに、すっごくキレイな顔の紳士なのよ。最高じゃない?」


 うっとりした眼差しをおくるタニミアに冷めた目線をおくってあげよう。

 じとー。


「でも、もうすぐシーズン終わるし、あんまり関わらないで領地に戻るんじゃない?」


どうでも良いのでそう言って流そうとしたら、タニミアがにやりと笑った。正直ろくでもない予感がする。


「ふっふっふ。なんと!」

「・・・なんと?」

「さっきお向かいさん特権で、今日のディナーに誘っちゃいました!これでお近づきになるわよ!」

 

 ・・・忘れてた。

 この子テンションが高いとき行動力が半端なかった。

 引っ越し当日ディナーとか。

 絶対迷惑だから普通はさそわないわよ!?


「・・・もしかして、叔母様達と一緒にディナー?」

「当たり前よ!お姉様が落としてくれたら最高ね。イケメンお義兄様ゲット!!モルでも可!」

「まさかの他力本願!?・・・期待しないでおこう?私は無理」


 自分が頑張ろーよ!

 タニミアはたまに姉様達の為にお節介するけど、こういう時はだいたい失敗するのよね。

 むしろ、高確率で失敗してるからそろそろ懲りてほしい。

そして然り気無く私を入れないでほしい。


「えー。私は観賞したい派です」

「私はタニミアと違って興味薄の為、傍観したい派です」

「じゃ、やっぱりお姉様に託すわ!」

「うん。もう期待しなければ良いんじゃないかな・・・」


 窓を眺めながら会話をしていたら、件の紳士が丁度此方を振り向いた。

 余り広い通りではないので、話しながらも白い後頭部を見ていたモルディーヌと、ばっちり目が合った。

 澄んだ紫色の瞳が煌めく。




  そこには、昨夜の――――首なし紳士(デュラハン)がいた!





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