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38 悪霊と浄化の翼

読んで頂きありがとうございます!

 

「オッカム。モルディーヌとふたりで何している?」


 勢いよくレフが儀式の部屋に入って来た。

 オッカムに追い出された兵士の誰かがモルディーヌの着替えが終わったと伝えてくれたらしい。良い兵士だ。

 オッカムの話に驚愕していたモルディーヌはレフが来てホッとした。

 やっとオッカムのやたら恐い笑みから逃れられる。


「はい!俺の仕事やレフ殿との出会いについて話してました!これで軍事機密を知ったモルディーヌ嬢は簡単にはレフ殿から逃げられませんねー」


 オッカムのネタばれによって、堂々と囲い込まれていたらしい。


 わぉ。そう言う事でしたか!?

 ・・・嵌められた。


 項垂れたモルディーヌの横にレフが歩いてきた。


「大丈夫だ、モルディーヌ。オッカムごとき大した秘密ではない」

「あれ。俺の扱い酷くないですか?」

「そもそも、俺を好きだと聞いて逃がすわけないだろ?全て話したら逃がさないとも言ったが、それ以前の問題だ」


 すごーーーーく良い微笑みで抱き締められた。

 笑顔は素敵だが、言われてる内容が地獄への片道切符でありません様に!

 軍務大臣だとしても、何か他にも隠しているに違いない。そうでなければ、もっと早い段階で正体を話せた筈だ。

 気付くとレフがモルディーヌをじっと見ていた。


「アン・サットゥルのドレスか?」

「似合わないでしょ?」

「・・・駄目だ。何を着ても可愛い」

「へっ?いや、」

「他の男に見せたくない。仕事放り出して連れて帰りたい」


 安定の意味わからなさで呻き出した。

 ぎゅうぎゅう抱き締められ苦しいので視線で助けを求めると、オッカムが何か閃いた様に手を打ちにんまり笑った。次は何だ。


「ははっ、レフ殿?仕事しないとモルディーヌ嬢没収しますよ?」


 オッカムがレフに素早くタックルをかまし、そのままモルディーヌを引き剥がして捕獲した。モルディーヌを盾にレフとじりじり距離を取っていく。

 助かったのか微妙な状況と、本当にものみたいに没収されたモルディーヌは少しムッとする。


「オッカムさん、私の意思は!?」

「レフ殿のサボり癖を治してくれたら聞くよ」


 ニッコリ笑顔を向けられたが、オッカムの性格が解ってきた今、良い様に使われる気がする。


「サボり癖?普段はそんな感じなんですか?」

「基本的に何事にも興味ない方だからね。今回の件は特例で自ら動いてるけど、普段はそつなく最低限の指示出して動かないよ。そして書類仕事も最低限やったら事務次官殿に押し付けて逃げる。なのに、多少やる気出せば仕事めちゃくちゃ速いし間違いもないのが腹立たしいよねー」


 なるほど。

 軍務大臣がふらふらしてるのは、今回が特例らしい。

 何だか事務次官が可哀想な事になっていそうだ。

 軍のトップがそれで良いのだろうか?よく軍務大臣に成れたものだ。


「へぇ。私、仕事きちんとやらない人とは結婚したくないなぁ」


 若干オッカムに利用されているが、レフに限らず仕事にやる気がない人はちょっと嫌だと思い呟く。

 お金や権力の為ではないゲオルグのボランティア精神とまでは言わないが、あまりサボり癖があると将来的に大丈夫かと不安になる。


「最低限はやって、・・・仕方ない。モルディーヌの為に早く終わらせるぞ」


 何か言いかけたレフを、オッカムと一緒にジトッと見ると意見を変えた。

 オッカムが良い笑顔で頷く。


「はい。モルディーヌ嬢の為にしっかり働いて下さい!」


 モルディーヌはレフへとあっさり返却された。人を何だと思っているんだ!


 レフのやるべき仕事。

 先ずは捕らえたアンとブロメル伯爵から話を聞く事になっていた。

 モルディーヌも一緒にとの事で、移動の際にまたレフが抱えようとしてきたのを全力で辞退させてもらう。沢山の兵士がいる中で一番偉いブラットフォード公爵に抱えられて移動とか目立ちすぎる。


 どんな公開羞恥プレイ!?

 断固拒否します!!


「体調はどうだ?」

「何とか歩けるくらいには回復したわ」

「そうか、もっと俺に寄りかかれ。疲れたらまた抱えるから直ぐに言うんだ」

「うん。ありがと、大丈夫」


 過保護過ぎやしないかと思うが、疲労困憊なのは確かなので人前でさえなければ有難い。

 素直に礼を言って微笑むと、オッカムが手を叩いて急かしてくる。


「はいはい!ふたりともイチャイチャしてないで働いて下さーい」

「煩いぞオッカム」


 レフに睨まれつつも、オッカムが先導しながらぼやく。


「俺も可愛い彼女が欲しい」








 儀式の部屋は別邸主人用の2階だったらしい。3階は使用人部屋なので、アンやブロメル伯爵は1階の部屋に閉じ込めてられていた。

 悪の親玉ブロメル伯爵の前に、アンから何とかすることになった。悪霊(アンシーリーコート)である赤帽子(レッドキャップ)の侵食により長く放っておくと危ないらしい。


 部屋に入ると縛られ座り込むアンが目に入り、モルディーヌは声をかけながら駆け寄る。


「アンさん!―――――――っわわ!?」


 顔を上げたアンの目はまだ血走り瞳孔が開いたままだった。

 モルディーヌに向かってもがきながら手を伸ばしてきたので、慌ててアンの手前で足を止めた。

 ただ、相手が縛られているせいか妖精界で馬車から逃げた時の様な恐怖は感じなかった。


「わた『あ゛う゛あ゛ぁ』て」


 アンの声と重複して呻き声が混じる。ガラスを引っ掻く様な耳障りな呻き声。死の臭い。


「え、赤帽子(レッドキャップ)!?駄目よ!」


 嫌な予感がして思わず叫んでいた。

 周りの男性陣が目を丸くしてモルディーヌを見ている。

 改めてよく見ると、意識を保てなくなっているのか逃がさない為なのか、赤帽子(レッドキャップ)を抑える用にアンは縛られた姿で十字架に囲われていた。

 そばには兵士の他にキースが付いていた。キースはモルディーヌを見て困った様に微笑むと説明してくれた。


「ニーア殿に引き渡された時は意識がなかったので分かりませんが、先程目覚めてからずっとこの調子です。微かにアンの意識はある様ですが、赤帽子(レッドキャップ)の殺戮衝動の方が勝ってますね」

「馬車で自分とブロメル伯爵の血を見てしまったから、殺戮衝動が抑えられなくなってしまったんですね」


 アンは前側に両手首、腕と胴体が一纏め、足首も縛られた状態だ。

 暴れるせいか縛られた掌からだらだらと血が滴っている。これでは血に反応する赤帽子(レッドキャップ)が収まる事がない。

 一応手当てを試みたのだろう残骸が床に散らばっている。暴れられて上手くできなかった様だ。


「今は十字架で抑えているのでマシなのでしょう。あっ。天使様、あまり近付くと危ないですよ!?」


 キースに止められたが構わずアンに近付く。過保護なレフが何も言わないという事は、ある程度は安全だと思っているか、モルディーヌなら大丈夫だと判断したのだろう。


「おね『ぁぐ、あ゛ぁ、う゛あ』て」

「アンさん、手の怪我を手当てさせて下さい。私が逃げる時に蹴ったせいで酷くなってませんか?」


 此方を掴もうと手を伸ばすアンの腕を逆にそっと取って掴む。優しく、でもしっかりと握り締める。

 途端に、荒れ狂う様にもがくアンの様子が変わった。力が少し抜け、震え始めた身体でアンが顔を上げる。


 瞳に浮かぶのは悲嘆。絶望。殺意。

 ・・・心配と不安。


「あ『ぅう゛、あ゛ぃ』の?」

「はい。アンさんのお陰で無事です」


 アンの血走った目に浮かぶ色で判断して返事を返す。レフの無表情を読むのと似ているのかもしれない。

 モルディーヌの返事にアンの目に安堵が浮かんだのを見逃さなかった。



「え?モルディーヌ嬢アレと会話できてんの!?」

「あぁ、天使様が素晴らし過ぎて眩しい」

「・・・聞く相手間違えたわー」


 後ろでオッカムとキースが何か言っているが無視する。



 周りに散らばった医療品を集め、アンの手を掴みながら洗浄消毒と手当てをしていく。ゲオルグ治療院仕込みの手早さでアンがいつ暴れても対応できるようにしたい。


「大丈夫です!私が手当てすると直ぐに治るみたいですよ?」

「む『ぃあ゛あ゛、う゛ぅが』わ」

「大丈夫、大丈夫です。私、アンさんと仲良くなれる気がするんです。仲良くしてくれますか?」


 赤帽子(レッドキャップ)に飲み込まれそうなのだろう。

 とても辛そうなアンの表情が、震える身体が痛々しい。

 モルディーヌは励ますつもりで殊更明るい声でアンに尋ねた。


「な『あ゛ぅう゛あぃい゛』い」

「大丈夫です。ほら、手当て終わりましたよ」



 ふと、流れを感じた。



 モルディーヌが目を向けると、諦めた眼差しのアンがピタリと固まる。

 暫くしてから、ボソッと微かな囁きが耳障りな音に混じって聞こえた気がした。


「・・・『ぎぃあ゛い゛い゛あ゛ぁ』い」

「アンさん」


 生気の。希望の光りと願い。


 モルディーヌが微笑みかけるとアンの顔がくしゃりと歪んだ。

 アンの血のように赤く血走った瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出す。


「た『あ゛あ゛ぁう゛』て」

「はい」


 大丈夫。大丈夫だ。


 そう念じて、震えるアンを抱き締めた。


 視界の両端に、

 銀色に紺碧を散りばめた煌めきが入る。

 メリュジーヌの翼。

 治癒、浄化の力が働いているのを感じる。


 さっき、アンの口から確かに聞こえた

「助けて」と。


 じわじわと広がり蔓延るものを溶かしていく。

 アンから黒いものを追い出す。



 ――――――赤帽子(レッドキャップ)を浄化してゆく。




 力が落ち着いたのに気が付くと、モルディーヌの胸にアンがぐったりと倒れ込んできた。

 疲労困憊から続いた緊張の最中に浄化の力を使った為か、脱力感に襲われてしまう。加えてモルディーヌより背丈のあるアンの重みによろけてしまった。が、後ろから支えられた。

 シダーウッドの香りが漂い、上を向いて背後にいるレフを見る。

 達成感から紫の瞳に微笑み掛けたら、不安と希望が入り混じった銀糸が安堵したのか緩んだ。


「これでアンさんは大丈夫なの?私ちゃんとできてた?」

「ああ。君は最高だ」

「ふふっ、良かった!」


 額に落とされたキスがくすぐったくて目を瞑ったモルディーヌは、一瞬レフの目に過った暗い翳りを見逃してしまった。


「お疲れ。ここの処理を先にするから少し休むと良い。ブロメルからはその後話を聞こうと思う」


 もう陽が落ちかけていた。

 この後もレフ達はここの処理をして王城に報告しなければならないらしい。

 アルマンの別邸からは続々と悪事の証拠や、被害者のものが発見されているらしく、まだ直ぐには出られない。

 取り敢えず、気を失い倒れたアンをベッドに寝かせ、念の為に閉じ込めると言う。ブロメル伯爵も額を打ったせいか意識が曖昧なので、先に別邸の処理をする事にしたらしい。

 それまでの間、モルディーヌはありがたく休ませて貰うことにした。






モルディーヌ目線のみだと

解らないかと思いますので

次回はアン目線です。

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