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35 涙と彼とのキス

評価やブックマークありがとうございます!

 

「私は・・・貴方が好きなんだわ」



 ぽつりと、口から掠れた息が出た。


 微かな呼吸に紛れる様な声が、自分の口から出たことにもモルディーヌは気付かず、レフに聞こえたとも思わなかった。

 ぼうっと滲んでボヤけるレフを見詰めて瞬きを繰り返す。

 瞬く度に頬を温かいものが伝うのを感じる。


「俺もだ」


 そう耳に囁き声が聞こえるのも幻聴かと思った。

 が、瞼に頬に温かく柔らかいものが触れ、次に唇に触れたのを感じて固まる。それでも涙がこぼれるのは止まらない。

 直ぐに触れたものは離れていった。


「・・・え、え?今、」

「もう一度?」

「あっ、」


 今度は、先程よりも長くハッキリ解りやすく唇に触れた。温かく柔らかいレフの唇が合わさり



 ―――――― キスされていた。



「な、何で?」

「何でって、我慢できなかった。今、聞き間違いじゃなければ俺を好きって言ったよな?」

「あっ、私、口に出して・・・聞こえて?」


 溢れる涙がなんで出ているのかも分からなくなる。

 冷えきって震える身体の内側から、ジワジワと熱くなるのものが生まれるのを感じる。


「君の声を聞き漏らしたくないからな」


 レフに耳許で囁かれ、顔が急激に熱く、きっと赤くなってきただろう。

 目頭やら何やらが熱くて堪らない。

 止めどなく涙が溢れ、鼻がつんっとする。

 身体の内側に生まれた熱いものが込み上がり、嗚咽が漏れる。


「うっ、ば、馬鹿!!貴方、ふっ、なんにも、教えてくれないし、捕まって、に、贄で、死んじゃうかと思っで、ぐずっ」


 今、酷い顔をしているに違いない。

 自分でも何を言っているか分からなくなる。


「モルディーヌ、ごめん」


 レフは嬉しそうに、優しくあやす様に謝ってきて、背中をぽんぽんと叩いてくれる。

 地面に座ったレフの膝に乗り、包み込むように抱き締められている状態なので、何だか小さな子供になったみたいだ。


「もう、死んだら、あ、会えないかと思ったの。貴方の、名前もわがらなっ、ぃし、ブラットフォー、っど、とか知らな、ったわ!!」


 死ぬかもって時に、

 もう一度、会いたいと顔が浮かんだのが

 この人(レフ)だなんて・・・


 でも、好き

 好きになってしまったんだわ。


「キース・ライアーに聞いた。君がここまで執着されてるなら、さっさと話せば良かった。ごめん、俺が馬鹿だった」


 少し困った様に眉根を寄せているレフ。

 きっと内心では、もっと様々な感情が動いているのだろう。


「アイツらを捕らえたら、いや、アイツは送るが、そしたら全部話すよ」


 そう言って、レフは鋭い視線で向こう岸を見た。

 モルディーヌもつられて視線を向けると、首なし紳士(デュラハン)とコシュタ・バワーが崩れる様に膝を付き、此方を見ていた。・・・たぶん見ている。顔がないので正確にはわからないが。

 逃げていた時の恐怖が嘘の様に消え失せ、レフに抱き締められているだけで安心する。今なら川越しなのもあり、首なし紳士(デュラハン)を冷静な目で見る事ができた。

 しかし、先程まで派手に水飛沫を上げながら鞭を振るっていた筈なのに、どうして膝を付いて弱ってる感じになったのだろう。


『・・・貴方は、何故平気なんですか?』


 何処から発せられたか分からない不気味な声が聞こえた。


『しかも妖精界を自由に動けるなど、ただの魔術師じゃない。いったい何者です?』


 首なし紳士(デュラハン)が発しているのだろうか?

 モルディーヌは首なし紳士(デュラハン)が喋っているところを初めて見た。

 不気味な声に驚き一瞬思考が停止したが、内容が徐々に頭に入ってきてハッとする。


「あ、私、泣いて、」


 首なし紳士(デュラハン)達へ、モルディーヌの涙が影響を与えたのだろう。首がないが、本当に見えているのだろうか。

 慌てて目の下や頬を掌で拭うが、モルディーヌ自身がびしょ濡れなので意味があったのかは分からない。

 こんなに死にそうな目に遭うことなど今まで無かったのもあるが、何故かレフの前だと涙腺が緩くなってしまうようだ。

 もう涙の事を知られているのと、レフは()せられないからかもしれない。


 周りを見るが影響範囲が分からない。


「ど、どうしよう」

「大丈夫。ここは妖精界だ。近くにはアイツらしかいない」


 レフが小声で耳打ちしてきた。

 だから一昨日キースに襲われた夜と違い、モルディーヌが泣くのを止めなかったのだろうか。

 モルディーヌの背中をぽんぽんと叩いてから、レフは首なし紳士(デュラハン)に向かって口を開いた。


「俺のは、血筋だ。・・・お前にはお祖母様の所に行っててもらう」


 レフは片手を翳し、力を使おうとしている様だった。

 モルディーヌは魔術師が力を使うところを見た事は無いが、詠唱や術式無しで使えるものだったろうか?と首を捻る。


 向こう岸から少し狼狽えたような不気味な声が返って来た。


『血筋?貴方のお祖母様とは?』

「ああ。妖精なら誰もが知っているだろう。人に関与し過ぎるとお怒りになるぞ」


 また、レフに聞かなければいけない謎が増えていく。


『まさか、貴方はマクビウェル家の・・・』

「黙れ。俺の口から説明する前に話したら消滅させるぞ」

『お待ちください。わたしはメリュジーヌの力が欲しいのです。その為に伯爵が儀式を行う時までその娘を生かす様に仕向けたのですよ』


 首なし紳士(デュラハン)の言葉にゾッとした。

 どういうつもりかは解らないが、不気味な声のせいで良い意味や理由に取れない。


 首なし紳士(デュラハン)が何で?

 メリュジーヌの力?

 私もこの人(レフ)も知らない力とかがあるのかしら?

 それが私にあるかも分からないけど・・・


 モルディーヌの動揺や警戒を察したのか、レフの抱き締めてくれる腕に力がこもる。

 首なし紳士(デュラハン)へ向ける眼差しや声に氷の様な冷々としたものが混じるのがわかる。

 レフは問答無用で手を翳して振った。


「メリュジーヌなど知るか、モルディーヌは俺のだ。ブロメルが片付いたらお前の所に行く。その時に話だけは聞こう」

『・・・承知しました。おう―――』

 

 レフに両耳を塞がれて声は最後まで聞こえなかった。

 そのまま首なし紳士(デュラハン)の姿がコシュタ・バワーと共に消えたので、レフのお祖母様の所へ送られたのだろう。


「・・・後で?」

「ああ。順番に説明させてくれ」

「わかった。約束だものね?」

「ああ」


 しっかり頷いているので、本当にもう話してくれるのだろう。

 確かに数日内だ。

 しかし、先程ちょっと引っ掛かったので訂正を入れたい。


「それと、私は貴方のものじゃないわよ」

「ああ。俺の恋人?婚約者?嫁?家族?」


 無表情でしれっと何か言い出した。


「ち、違うわよ!?何でそうなるのよ!!」

「俺以外を選ぶ気か?誰にも、君を渡したくない。・・・もう離さないと言っただろ」

「っ!?」


 また、唇を塞がれた。

 さらに長く深く呼吸が苦しい。


 やっぱり好きになってしまったらしい。

 全然嫌じゃない。

 むしろ、―――――――


 脳が溶けそうになった時、

 いきなり後ろから声がかけられた。


『主。そろそろ良いっすか?』


 ニーアの呑気な声に、モルディーヌは慌ててレフを引き剥がす。

 キスを止めようとしないレフに、口を手で覆って隠すともの凄く不服そうな目をされた。


 無理!見られてるとか恥ずかしすぎる!!


 さっきの首なし紳士(デュラハン)には目が無かったし、それどころじゃなかったから考えない事にする。


「邪魔するな。俺のモルディーヌを見るな」


 レフがニーアには目もくれずモルディーヌの手を外しにかかるので、間抜けな悲鳴を上げてニーアを振り向こうともがく。


「っわぁーーーーーっ!?いい、いいから!ニーア!何!?」

「駄目だ!自分の今の姿が分かっているのか!?」


 と、あっさり引き戻された。

 駄目だ、疲れすぎて力が入らない。


 モルディーヌは、レフの慌てた顔とキツい物言いに目を丸くして、抱き締められたままで視界に入る自分の足元を見た。


 可愛らしい花たちが咲き誇る川岸。

 座り込むレフの脚の上に座るモルディーヌの腰から下。


 そこに見慣れた2本の脚はなく、

 銀色に紺碧の光を帯びた鱗で覆われた魚の尾の様なものが生えていた。

 魚にしては硬い鱗、蛇にはない鋭いヒレ。

 まるで半人半竜。メリュジーヌの尾。


「へっ!?脚が、でも、これのお陰で川を渡れたのね!!」


 あの不思議な川の流れの変化や、モルディーヌの焦りや恐怖で進む速さが変わったのも納得だ。


 感覚が変わりすぎて全然気付かなかったわ!!

 さっきから立てない訳だわ!

 まぁ、立つ体力もないけど・・・


「・・・それもだが。その、何から突っ込めばいいか」


 頭を抱えるレフに怪訝な目を向けていたら、そっと上半身が離されて隙間を開けられた。ずっとレフと密着していたので、川の水で濡れた身体から温まった空気が無くなり、冷えるシュミューズに身震いする。

 そして視線を下ろして、


「っひゃあっ!?――――うぅ。それどころじゃなくて、ずっと忘れてたわ」


 慌ててレフにくっつき直して隠した。

 アンがかけてくれたショールは見当たらず、シュミューズは濡れてべとべとになったホコリと水草を貼り付け透けた状態。ダストロードの産物汚っ!と思うが、無かったら別の意味でもっとヤバかった。ドロワースは脚が尾に変わったせいか裂けて布切れと化していた。

 今、人の脚に戻ったらさらに大変な事になる。


 しかし、ドレスを着ていたら速く走れなかっただろうし、川を渡る際に水を吸って重くまとわり付き、脚がメリュジーヌの尾に変わる前に溺れて死んでいたかもしれなかった。

 モルディーヌは羞恥と死の恐怖で何とも複雑な気持ちになる。


『今さらっすね』


 背後で、ニーアがカラカラと呑気に笑っている。


「ベン・ニーア。後ろを向いていろ」

あい(イエス)。主』


 レフの指示で、ニーアが動いた気配がした。

 すると、レフがモルディーヌから離れて上着とシャツを手早く脱ぎ始めた。


「へっ!?」


 年頃の娘が男の肌を見ることなど普通は無いが、モルディーヌは治療院を手伝うので多少見慣れている。だが、普段はあくまで治療の為だ。

 レフの上半身裸の姿にドキドキしてしまう。

 上背もあり、服越しにも中々逞しいとは思っていたが素肌の破壊力は抜群だった。魔術師とは言え軍人だからか、力強くしなやかな筋肉の動きにときめく。

 今まで見ることなく気付かなかったが、レフの左胸から肩、肩から背中にかけて不思議な形の大きな傷痕があった。キレイな傷痕だが、まるで肩から心臓まで引き裂かれた痕にも見える。

 いや、もしそうなら普通に死ぬ程の大怪我なので違うのだろう。今、何の支障もなく左手を動かせる筈もない。何だかウズウズする。


「モルディーヌ?」

「な、何!?」


 脱ぎ終わるなり此方を見たレフが不思議そうに目を瞬かせた。

 ガン見していたのがバレたかと思い慌てて目を逸らしたが違った。ウズウズしたモルディーヌの手がレフの傷痕に伸ばされ、なぞるように触っていた。


 おぅ、私変態か!?


 慌てて手を離すが、顔を真っ赤にして挙動不審になってしまう。

 慣れない下半身な上に力尽きた状態で挙動不審過ぎた。バランスを崩して後ろに倒れかけ、レフが左腕を掴んで支えてくれた。

 何度もすがり付いた筋肉質な胸が近すぎて心臓が痛い。


「ご、ごめんなさ、」

「下着を脱げ」

「ふぇっ!?」


 混乱した頭が沸いたのかと思った。

 レフに言われた言葉の意味が解らない。


 下着を脱げ?

 そしたら素っ裸になるわよ?

 いや、こんな透けたボロきれあっても無くても変わらないかもしれないけど。

 どういう意味?

 あ。もしかして、魔術師だから半人半竜の身体がどうなってるか気になるとか?

 そうかも。言われてみれば私も境目が気になるわ。


 混乱を極め沸いた頭で考え、顔から火を噴きそうになりながら空いている右手で下着を脱ごうと引っ張り上げる。

 たぶん涙目になっていると思う。

 チラッと見上げたらレフが全力で目を逸らし、モルディーヌの右手を掴んで止めた。無表情の顔が、耳が赤い。


「・・・ち、違う!!俺も後ろを向くから、それを脱いで俺の服を着ろ!このままだと君が風邪を引く」

「え、うん。わ、わかってるわよ!・・・ありがとう」


 嘘です。何もわかってませんでした。


 やはり、沸いた頭では使い物にならないなと、ギクシャクしながらレフの服を受け取り、ありがたく着させてもらう。

 草臥れすぎて苦戦したが何とかボロきれから服に着替えた。

 たぶん太もも半分までは隠れてくれるが、脚を戻すかどうしようとレフに着替え終わったので見てもらう。

「仕方ない。ベン・ニーアのマントを借りよう」と、レフがとても不服そうにニーアから借りた灰色のマントをモルディーヌの腰に巻き付けてくれた。

 メリュジーヌの尾から人の脚に戻すと裸足なので、傷だらけの足をレフに見られ、また謝られる。逃げる為には仕方なかった。

 クラヴァットで簡単に止血してもらい、後できちんと手当てしようと移動する事になった。

 そして当然の如くレフに抱き上げられて運ばれる。逞しい身体が近すぎて思考が停止するが、自分で歩くどころか立つ体力があるかも怪しいのでされるがままだ。


「一旦、馬車のある所まで戻るぞ」


 妖精界の入り組んだ道をどう通ったのか。モルディーヌがあれだけ走ったのに、レフの脚では直ぐ馬車の所に着いた。






次回から謎が解けてゆく予定です(^-^ゞ

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