34 脱走少女と悪霊
だらだら書いてましたが
終わりが徐々に見え始めました。
今2/3ぐらいな気がします。
本当は20話完結ぐらいの予定だったのに
設定を増やし過ぎた・・・
「ごめんなさいっ!!」
咄嗟に、此方に手を伸ばすアンの手や肩を蹴りつけて馬車の上に乗り移る。モルディーヌはそのまま扉を急いで閉めた。
心拍数が上がり、冷や汗が伝いゾワゾワと鳥肌が立つ。
続いて何かが扉にぶつかる鈍い音がしたので、モルディーヌは急いで馬車から飛び降りて外を走り出した。恐くて窓から馬車の中など見られなかった。
背後で馬車の窓ガラスが割れる音が聞こえる。
恐い!恐い!!恐い!!!
赤帽子って素早いのよね!?
人を見たら殺戮衝動を抑えず、むしろ悦んで襲うのよね!?
どうか、ブロメル伯爵を先に餌食にして下さい!!
ブロメル伯爵には悪いが、モルディーヌとて死にたくない。
迷いなく逃げさせて頂く。
暫く身動きとれなかったせいか動きが鈍く、ブロメル伯爵に蹴られたお腹や馬車が倒れた時に打ち付けた肩が痛む。
しかし、そんな事は言ってられない。
道から少し外れた場所。馬車の直ぐ側にある森らしき場所に走り込みながらモルディーヌとは逆方向の、馬車から少し離れた場所に見えたものに声をかける。
「ニーア!!」
白鳩姿から美少年の姿に変わったニーアが首なし紳士と対峙していたのだ。
モルディーヌの声が聞こえたのか、ニーアが視線は首なし紳士から外さず口だけを動かす。
『お嬢さん!オイラが足止めするんで、全力で耳を塞いで、そのまま真っ直ぐ森の中を走れるだけ走ってくだせぇ!!主が直ぐに追い付くっすよ!!』
「わかった!ニーアも気を付けてね!!」
モルディーヌは振り返らず森の中に入った。
背後からニーアの返事が聞こえる。
『あい。危なかったら即逃げるんで、それまでお嬢さんは出来るだけ遠くに逃げるっす!!』
ニーアの声が遠ざかり、森の中を突っ切りながら耳を両手で塞ぐと、凄まじい叫び声が響いたのが辺りの木々や地面の震動で伝わってきた。
わお!
これが泣く妖精の泣き声なのね。
確かに、耳を塞がないと鼓膜が破れるかも・・・
この声で首なし紳士やアンを足止めしてくれているのだろう。だが、相手は悪霊ふたり。一応、ブロメル伯爵もいれたら3人もいるので、全員を長く足止め出来ないだろう。
少しでも距離を稼ぐために手足は痛むが構わず走り続けた。
素足が木の枝や石を踏み、切れているかもしれないがどんどん奥へと進む。
しかし、いくらオッカムやキースに以前、アレとか特殊とか言われたモルディーヌといえど令嬢である。当然、普段そんなに走ることなどあるわけがない。
華奢な分、身軽で小回りも利くが体力はそこまでないし、背が低いから手足も短く、歩幅的には誰に追われても不利だ。いや、ブロメル伯爵よりは速く走れると思いたい。
「うっ、もう、無理・・・かも?」
暫く走り続けて息や体力が限界に近くなった時、後ろから馬の蹄の音がした。
嫌な予感がして、走っていてかいたのとは別の種類の汗が背筋を伝う。
バクバクと鳴る心臓の音が耳に響き、馬の蹄の音が聞こえづらい。
馬なんてあの場にアレしかいなかったじゃない!
あの、首なし紳士の馬。
コシュタ・バワーが追って来てるんだわ!!!
馬車ごと?
車輪の音がしないから、単体?
それとも・・・誰かが乗ってる?
ふと、心臓と蹄の音に混じって、ある音が微かに耳に入った。
このままでは追い付かれる。
微かすぎて聞き間違いかもしれないある音に向かって、一か八かモルディーヌは走る向きを変える。
斜めに曲がった瞬間に、視界の後ろに馬が見えた。
その背に乗る者も。
「最悪!よりによって、コシュタ・バワーと、首なし紳士!?」
悪態を吐いてしまう。
これで、さらに足を休める訳にはいかなくなった。
いや、よく考えたらそうよね。
いくらニーアの泣き声が凄くても、奴等には耳が無いじゃない!
それどころか首がないんだけど。
それなのに、こんなに差を空けて逃げられる程の距離まで足止めできたニーアがスゴいわ。
逃げ切らなきゃ!
あの人が言っていたじゃない。
あの伝承が確かなら・・・
思い出したのは、ダンスを踊っている時のレフの言葉。
『首のない男の姿をした妖精。コシュタ・バワー(首無し馬が引く馬車)に乗って、――――――――だが、コシュタ・バワーは水の上を渡る事が出来ないので、川を渡れば逃げきれる』
そして、最初に聞こえた時は微かだった音がはっきり聞こえる様になってきた。
サラサラと流れる水の音が。
やっぱり!
さっきから聞こえているのは川の音!!!
たぶんだけど、あと、少し!
森の木々のせいで見にくいが、隙間から陽の光りを反射するものがチラチラと見えた。
空気の流れが水分を含んだものに変わるのを感じる。
木々を突き抜け川縁に出た―――――瞬間。
モルディーヌは川の幅や深さなど考えずに真っ直ぐ飛び込んだ。
盛大な水飛沫を上げ水音をたてながら、モルディーヌは身体が川に流されない様に水面へ浮上する。
川はモルディーヌの胸より深く、馬が飛び越えられない程の幅が優にあった。この川さえ渡れれば首なし紳士は追ってこられない筈だ。
しかし、秋口の川は凍える様に冷たかった。
急激に体温を奪われた手足はかじかみ、心臓が止まるかと思うほどだ。ガチガチと歯が鳴り、上手く泳げる気がしない。
さらに、体力の限界をとっくに超えて走り続けたモルディーヌに川を渡る力など残っていなかった。
そして、モルディーヌが川を進めぬうち。最悪な事に首なし紳士が川縁に着いたのがコシュタ・バワーの蹄の音でわかってしまった。
うぐっ、ど、どうしよう。
潜るとか?駄目だ。そのまま凍えて溺死する気しかしない。
でも、このままじゃ逃げられない。
捕まったら儀式で殺されるのよ?
それどころか、生け捕らずに今すぐ殺して死体を贄にするかも!?
ああ。せめて首なし紳士の腕、いや、鞭が届かない距離まで泳いで行かないと!
ニーアが言ってたじゃない。絶対近くに来てる筈よ。
渡り切れば助かるのよ。
・・・会いたい。
会って、また抱き締めて欲しい。
私を見て微笑む顔が見たい。
――――――その時。
川の流れがモルディーヌの周りだけ変わった。
背中を押される様に向こう岸の方へ進み出したのだ。
かじかんだせいなのか、自分の足が無くなったかと思うほど水の抵抗を感じない。不思議な感覚だ。
間一髪で、首なし紳士の鞭から逃れたのか、突然背後で水飛沫が上がる。
「ひゃっ!?」
モルディーヌの焦りや脅えにどんどん進みが速くなり、次々と打たれているのだろう鞭と水飛沫から逃れていく。
恐くて目を瞑ってしまったモルディーヌは直ぐに気付かなかったが、ついには鞭の届かない距離まで進んだらしい。次第に鞭の水飛沫が遠くなり、止んだ。
鞭と飛沫の音に気を取られていたので、そっと目を開けて前を見た時には向こう岸まで後少しだった。
「――――やっと見つけた、モルディーヌ!」
岸の向こうから走って来る姿が、声が聞こえた。
もう駄目かと思った。
会えないかと思った人の姿が見える。
此方に駆け寄って手を伸ばしてくれている。
「掴まれ!」
川岸から伸ばされた腕に何とか手を伸ばし掴もうとするが、思うように腕が上がらない。
それでも何とか上向いたモルディーヌの腕を、力強く掴み返してくれた逞しい腕に引き上げられる。
「もう大丈夫だ。首なし紳士は来られない。・・・もう絶対に君を離さないから」
そう囁く息がモルディーヌの前髪を優しく撫でる。
温かいシダーウッドの香りが近くなり、モルディーヌの身体を支える腕に痛いくらい力が入った。
ガチガチと震える身体が徐々に温まってくる。
モルディーヌはかじかむ手を伸ばし、自分を抱き締めてくれる腕に、逞しく安心できる胸にすがり付いた。
本当は背中に腕を回し、痛いくらいに抱き締め返したいが腕に力が入らない。
安堵の息がモルディーヌの頭頂部にかかるのを感じた。
寒さで軋む首を動かして顔を上げたら、彼はモルディーヌの瞳を覗き込み、紫の瞳を愛おしげに緩ませた。
見たかった微笑みが此方に向けられている。
「モルディーヌ?」
視界に映るレフの姿が滲んでいく。
顔を見たいのに、瞬きしてもどんどんボヤけてしまう。
ああ。
会いたかった。
私はとっくに・・・
正体など関係なく、
どうしようもなく、この人の事が・・・
「私は・・・貴方が好きなんだわ」
好き?
え?知ってるよ?
って言うのは無しでお願いします。
読んで頂きありがとうございます(/▽\)♪