32 贄少女と潜む者
またモルディーヌに戻ります!
「まさか、10年前。キースさんのお父様を嵌めて、マクビウェル一家を暗殺した黒幕は貴方なの!?」
昨夜レフとキースの話を聞いて、何て酷い奴がいるものだと思ったが、まさか目の前にいたとは。
思わず呟いたモルディーヌにブロメル伯爵が訝しげな目を向けてきた。
「何だ?貴様は10年前の事を知っているのか?誰から聞いた?」
「あ。えっと・・・」
しまった!
また余分なこと言っちゃった!!
ベラベラ喋ると思ったら通じないと思われてたのね。
キースさんから聞いたなんて言ったらキースさんがヤバいのかな?
アンさんの事もあるし、どうしよう!
「まさか、中区画に現れたマクビウェルを名乗る男か?」
「え?」
「貴様のせいでアルマンが殺られた次の日、貴様の周辺の人間を調べさせた。その中に、丁度貴様の向かいに越してきた男がいた。名前がマクビウェルとあったから、一昨日の昼にイーサンへ調べる様に伝えたが貴様は何か知っているのか?」
ブロメル伯爵の言葉に、モルディーヌは首を傾げた。
まさか、レフ=ルト・マクビウェルとブラットフォード公爵を別の人間だと認識しているのだろうか。何で?
一昨日の昼。今の時刻がアンが言っていた様に深夜過ぎなら、一昨日は現場検証をしてヴォルフォレスト・ハイガーデンに行った日と言うことになる。
キースの話にあったイーサンと繋がる彼の御仁とは、状況的にブロメル伯爵の事だろう。イーサンはその日、昼にブロメル伯爵と会った。
それで、現場検証後のキースにイーサンはその日中にモルディーヌとサムの始末を任せたようだ。
その次の日。つまり、昨日イーサンはレフから手紙で取り引きを持ちかけられた。約1日調べる時間がイーサンにはあったから、イーサンの中ではレフと首なし紳士はキースやアンの情報で一致している。ブラットフォード公爵だとも知られているのだろうか。
だが、幸いにも昨夕はレフとの取り引きがあったからブロメル伯爵には報告をしていないようだ。
つまり、ブロメル伯爵はレフが、ブラットフォード公爵がレフ=ルト・マクビウェルを演じていた事を知らない。
ならば、モルディーヌがうっかり漏らす訳にはいかない。
ブロメル伯爵が激昂してレフに何かしてもモルディーヌには何もできない。それどころか、このままの状態では知ることもできないのだ。
今モルディーヌが漏らす事によりレフ=ルト・マクビウェルまでブラットフォード公爵だと知られて狙われてしまうかもと思うと血の気が失せ、心臓が凍り付く気がした。
「た、偶々。偶々、キースさんがマクビウェル卿って人に10年前の暗殺と関係あるか聞いているのが聴こえたのよ」
声が震え、冷や汗が背筋を伝う。モルディーヌは自分で嘘が上手くないのは分かっている。
この特殊な状況のせいだとブロメル伯爵が勘違いしてくれる事を祈るしかない。
「グレアムの息子キース・ラットゥールだったか?あやつはまだ探っていたのか?」
まずい!キースさんが始末されちゃう!?
「いえ、探ってるのではなく、マクビウェル卿の名前が偶然一致したのが気になって?みたいで」
「わしと同じか。それで?マクビウェルとやらは何と?」
「・・・何も。私が居るので何も話さなかったわ」
本当にモルディーヌは何も知らない。
あの夜後回しにされたレフとマクビウェル一家との関わりは結局分からないままだ。軍の仕事を一般人のモルディーヌに話せないのは解る。
しかし、ここ数日一緒にいてレフ個人の事も何も教えてもらえないのは信用されていないからだろうかと落ち込んでしまう。仮にも結婚の話まで出ていたのに何なのだろうと。
ブロメル伯爵が目をすがめ、項垂れたモルディーヌを見ているのを感じる。
「態度を一貫せん奴だな。貴様はブラットフォードの何だ?」
「・・・さあ?最近ちょっと仲良くなった人?あの人が何考えてるかなんて全く解らないし知らないわ」
自分で言ってさらに落ち込む。
「ブラットフォードの籠絡は演技なのか?恋人ならば儀式後にあやつが貴様の死体と会うのが楽しみなのだが」
「・・・悪趣味」
モルディーヌがうっかり呟いた言葉はブロメル伯爵の耳に届いたらしく、思いっきり腹を蹴りつけられた。
脂肪を蓄えた体からの蹴りは思った以上に体重が乗り重く、胃の中が捩れるようだった。おデブめ。
咳込み呻き声を上げて踞るモルディーヌを、ブロメル伯爵は鼻息荒く見下ろしていた。
「貴様の代わりにアルマンが甦るのが待ち遠しいぞ!夕刻までの命だが、自分の立場を考えてものを言うようにしろ!!」
そう言い捨てて去っていった。ブロメル伯爵が大きな音を立てて扉を閉めて去る音だけが響いた。
「乙女の顔を打ってお腹蹴るなんて最低」
モルディーヌの吐き捨てる様な声が部屋に消えていく。
「そうですね。顔まで打たれたのですか?」
「へ!?」
誰も居ないと思った空間から返事があった事に驚き、薄暗い物置部屋を見回す。
誰もおらずキョロキョロしていたら天井の一部が外れ、モルディーヌの目の前にキースが軽やかに降りてきた。
「え?キ、キースさん?」
「つい先程来たもので、お助けできず申し訳ありませんでした。ああ、頬が腫れてますね。大丈夫ですか?我らが天使様に何て事を。話の流れ的にあの男がブロメル伯爵なのでしょうが、万死に値します」
優雅にお辞儀したキースが跪き、モルディーヌの口許の血をハンカチで拭ってくれた。
「何で、ここに?」
「ブラットフォード公爵の指示を受け昨夕前から潜んでました。まさか天使様が囚われているとは思いませんでしたが、いつから此方に?」
「ブラットフォード公爵?あの人の指示で?私はたぶん夕刻に屋敷から拐われて、さっき目が覚めたらここに閉じ込められていました」
キースがレフをブラットフォード公爵と呼んだ事に胸がチクリとした。きっと、レフの家に捕虜として泊まった際に色々聞いたのだろう。モルディーヌは寝ている間に除け者にされた気分になってしまう。
が、キースが無事で、レフに味方している様子に安堵もした。
「おや?ブラットフォード公爵の正体にお気付きでしたか」
モルディーヌが知っていると思わず話したのだろう。キースが驚いた顔をした事にムッとしてしまう。
「さっきブロメル伯爵が、ブラットフォード公爵が私と一緒にいたのが噂になってるって、あの人以外いないじゃない!!」
「なるほど。しかし、ブロメル伯爵はブラットフォード公爵とマクビウェル卿が一致していない様ですね。お見事です天使様」
「・・・私も知らなかったのは事実ですよ。キースさんには教えるなんてズルい」
その辺りから話を聞いていたらしい。キースはモルディーヌの機転を褒めているつもりだろうが、モルディーヌはレフの口から知りたかったと項垂れた。
恨めしげにキースを見たら、可笑しそうににっこり笑っていた。何で!?
「可愛らしい天使様。今のはブラットフォード公爵に言ってあげて下さい。彼は今、天使様を想って半狂乱でしょうね」
「半狂乱はないですよ。まぁ、責任者としては多少心配して欲しいですけど。でも、知らなくてもこんな目に遭うなら知っておきたかったです」
モルディーヌにはあの無表情が半狂乱で崩れるところが想像できない。
だが、一応モルディーヌがレフの心配をするように心配してくれていると嬉しいな。と思ってはいる。
実際はキースの言うように、オッカムが必死で止めなければイーサンが死ぬ程の暴走なのだが、レフの本当の考えや気持ちなど知らず、まだ信じられないモルディーヌには知る筈もない話だ。
「ブロメル伯爵がここまで天使様に執着してるとは予想できなかったんですよ。しかも、アルマン復活の贄でしたか。取り敢えず今のわたしでは天使様をバレずにお連れできませんので、夕刻まで殺されないのなら一度ブラットフォード公爵に報告してきます」
「どこから天井に入って来たんですか?」
確かに天井に上がれる気がしない。
そして、いかに普通の令嬢より動けるモルディーヌと言えど、慣れない命がかかった場所で忍んで動ける気もしない。
キースはモルディーヌの質問を曖昧な笑みで返してきた。
「わたしは元秘密の影ですから。隠密諜報活動は得意なんです」
「キースさんも教えてくれないんですね」
モルディーヌは腫れた頬をさらに膨れっ面にさせていじけた。
最悪の場合の逃走知識ぐらい教えて欲しいものだが、キースが連れて動けないと言うことはモルディーヌにはどうにもならないのだろう。
膨れるモルディーヌをキースは困った様に笑って流した。
「すみません。天使様が知ると危険な事が多いのは事実ですから。さて、いざと言う時の為に縄だけ偽装して結び直しますね」
「お願いします」
キースに縄を一度解いてもらい、凝り固まった身体を伸ばし動かす。伸ばした時にブロメル伯爵に蹴られたお腹に痛みが走り、モルディーヌは顔をしかめてしまう。くそぅ、あのデブめ。
沸々とブロメル伯爵への怒りが湧いてきた。
「っ痛・・・あの伯爵、儀式なんて絶対邪魔してやる」
「ええ、儀式などさせません。それにしても、凄い格好ですね」
キースの言葉にハッとして自分の姿を見下ろす。
おわぁ。しまった。
ブロメル伯爵が来たせいですっかり忘れてた。
キースさんに見られた・・・
いや、もう夜着とか見られてるけど。
さらに乙女としてアウトだわ。
「うっ。これは、アンさんに逃げ出せない様にドレスを切られました。後は、移動するときにダストロードからモコモコ拾いました」
アンの名前が出たせいか、キースがとても微妙な顔になった。
妹のせいでと思う気持ちと、実際に娼館で行われる娼婦を逃がさない方法に心当たりがあるからかもしれない。
「・・・なるほど。アンの浄化に関しては、制御が効かないのでなければ焦らず様子を見てで大丈夫です。あと、わたしが天使様の今のお姿を見た事は、まだブラットフォード公爵には伏せておきますね。助けに来る時に案内係が死んでると時間かかりますから」
「へ?」
悪霊の浄化の件は確実に行きたいからモルディーヌも無理はしないつもりだった。でなければ、ブロメル伯爵が来る前に試していた。
キースに言われてから、キースに襲われた夜のレフを思い出した。確かにモルディーヌの夜着姿を見た事で訳わからない事を言っていた。だが、流石に味方陣営に付いたキースを殺すとか言わないだろう。
まず本当にモルディーヌを好きかも、レフから全部聞くまで判断したくない。正直今そう言う話にどう反応していいかわからない。
モルディーヌが悶々と悩んでいる間にキースは縄を結び直していた。手際が良く、痛くないが弛く見えない結び方だった。
「これで、力を入れたら縄が外れます。また直ぐに助けに来ますが、それまでに何かあるかもですので最悪の場合は上手く隙を狙って下さい」
「はい。ありがとうございます」
来たときの様に、身軽に天井に入り込んだキースが顔だけ覗かせた。
「くれぐれも、ブロメル伯爵を怒らせて殺されないで下さいね」
「が、頑張ります」
モルディーヌの返事に「ふふっ」と軽く笑ってキースは去っていった様だった。
また床に座ったモルディーヌは、周りの音に変化がないか確認して息を吐いた。誰も近くにいないようだ。
何気なく周りを見て、そこでボロのホコリ避けが視界に入りハッとした。
しまった!
助ける時に服持ってきてっていい忘れてた!!
読んでいただきありがとうございます!




