31 贄少女と雨の夜
読んでいただきありがとうございます(*´∀`)♪
前回までの事、モルさん知る!の巻き。
「んっ、よいしょっ!!」
モルディーヌは芋虫状態で移動していた。
うら若き乙女としてどうかと思うが致し方ない。
むしろ、格好的に人に見られていない今しかないのだ。
もう!
貴族令嬢相手で部屋に鍵までかけるなら手足縛らないでよね。
やっぱり、襲撃回避したり窓から飛び降りたりしてるから警戒されてる?
でもあれはあの人とニーアがいなければ逃げれなかったから、私ひとりじゃ何もできないのに。
取り敢えず、何とか手足の縄を切って服を着たい!
あわよくば逃げたいところよね。
あの木箱の角とか釘とかで切れないかしら。
こんな事考えている時点で普通の貴族令嬢ではない。捕らえる側にしてみれば用心に越したことはなく正解なのだが、モルディーヌにしてみれば厄介な事であった。
アンが去ってから少し時間がたち、薄暗い部屋に目が慣れてきたモルディーヌはさっそく行動し始めた。
モルディーヌが閉じ込められた部屋は、薄汚くホコリを被ってはいるが、物置部屋らしき場所なので隅の方には木箱やホコリ避けのボロを被った家具か置かれていた。
それらが積まれ、寄せられている方へ這って行く。
絶対に誰も来ないでよ。
今誰か来たら乙女として色々終わる!
ん?これ。転がった方が早いのでは?
「えりゃっ!っっいたっ!?」
巻糸がほどけるようにごろごろ転がったら、木箱の角に肩をぶつけてしまった。うぅ、まぬけ過ぎる。
だが、芋虫より素早く木箱にたどり着けた。
「げぇ、ダストロードができちゃった」
転がった跡がキレイにホコリを回収していた。
シュミューズがホコリまみれになり不衛生なモコモコスタイルのできあがり。
このままではホコリを払う事もできないので、縄を切れそうな物を探す。
ホコリ避けのボロを後ろ手で掴み、身体を回転させながら外す。あくまで、うっかり転んだら引っ張ってしまった体でいこうと、あちこち触った跡が残らない様に気を付けながら家具を探る。
ガラスを割って切るのとか小説で読んだけど。
音が響いて誰か来るかもしれないし、縄より私の手が切れそうで現実的じゃないわよね。まずガラスないけど。
木片も切れるか分からないし、切れるまでが地道過ぎる。
鋭い金属とか、ナイフがあればベストよね!
だが、書き物机やチェストの引き出しは空っぽだった。
引き出しを押し閉め、中身を別でしまっている可能性を考え、ハサミやレターナイフ等の文房具が入っていそうな木箱を見極めようとしたその時。
鍵が回る音がした。
「アンさん?」
アンが戻って来たにしては早すぎないかと、慌てて床に座り込みぐったりしたフリをした。尻を隠さねば!
が、入ってきたのはアンでは無かった。
「ふんっ、お前が儀式の邪魔をした娘か」
入ってきたのは60過ぎぐらいの初老の男であった。
いかにも悪い親玉感が漂っている。
腹の出た、全体的に丸々太った身体を包む紳士服は上質なものであったが、身につけいる服のボタンやカフス、タイピン、ブレスレット等が宝石や金でギラギラしていて、逆に品のない姿に見えた。
消去法で、オッカムが言っていたブロメル伯爵だと推測したモルディーヌは対応に困った。
悪魔の儀式をするならアンを悪霊憑きにしたアルマン・ブロメルが来ると思ったのだが、なぜ父親の方が?モルディーヌを誘拐した主犯は誰だ?
ブロメル伯爵はじろじろとモルディーヌを舐め回す様に見て首を捻った。ダストロードの事かと思ったけど違うようだ。セーフ!
不審げと言うより、モルディーヌの顔や体つきを見て理解できないと言った捻り方な気がした。
ぬぬっ!この人、今失礼な事考えたでしょ!
何か分からないけど馬鹿にされた気がする!
初対面だけど嫌いだわ。
いや、(仮)誘拐犯相手に好きとか無いけど。
「あの小僧をどうやって籠絡した?」
「へ?あの、小僧?」
いきなり質問しだしたブロメル伯爵。
小僧って誰だ?と首を傾げたモルディーヌに、馬鹿にしたように鼻を鳴らしてきた。腹立つじいさんだわ。
「あの夜、殺しの現場に貴様といたであろう?首なし紳士騒ぎの」
「えーと、籠絡とは?」
あの人のことか!?
なんで?ブロメル伯爵に関係ない気がするけど。
あれ?でも、私が喋らなきゃレフ=ルト・マクビウェルがあの場に居たのは知られない筈では?
そうか。キースさんが勘違いして伝えたって言ってたっけ?
何かややこしいな。取り敢えず私がはっきり明言するのは止めておこう。
しかし、籠絡なんてしてませんが?
「知らんと思ったか?王太子閣下の庭園で逢い引きしておったろう!兵の噂がわしのところまできたぞ!」
「え!?あ、逢い引き!?」
ヴォルフォレスト・ハイガーデンの事!?
誰だ!こんな悪そうな奴にまで噂流した人!
ブロメル伯爵って偉いんだよね?こんな情報いる!?
リアンが聞いたような噂聞いたら、逢い引きとか籠絡とか言われるわ!!
「あやつが今まで特定の女を連れるなど無かった。どんな罠にも引っ掛からなかった。貴様のような顔つきの女。似たような体つきの女。それ以上の上玉でもだ!」
「罠?ハニートラップ的な?」
ブロメル伯爵はイライラしながら吐き出す様に言っているが、モルディーヌは何故か嬉しい気持ちになった。
レフは今までどんな美女にも見向きもしなかった様なのにモルディーヌだけ違った。その事に自分だけ特別な気がして心が浮き立ちそわそわしてしまう。
この事でブロメル伯爵が嘘を吐く意味がない。本当に好かれている?嘘ではなく?
「そうだ。あやつは女の色に見向きもせん。金も権力にも動かん。完璧な実力主義を曲げず目障りな小僧だ」
「ん?」
何処かで聞いたフレーズに違和感を抱いた。
最近何回か聞いたフレーズ。
しかし、レフに対してはよく解らないから誰の事?と思ってしまった。もしかしてレフ以外にあの場に誰か居たのかもと思い、記憶を探るが心当たりなどない。
「あの。誰の事を言ってるんですか?」
「娘。貴様は馬鹿なのか?」
ムカつくわね。
馬鹿ですって?
そっちがはっきり言わないからじゃない!
と、言うか、私、あの人の事何にも知らないからわかるわけないでしょ!!
もう、この事態はあの人のせいだ!
絶対に私は知っといた方が良かったんじゃない?
「いえ。私、たぶん名前知らなくて」
「だぶんだと?ふざけるな!」
「本当に教えてもらえなかったのよ!!」
「知らぬわけない。軍務大臣ブラットフォード公爵の事に決まっているだろう!!」
ああ、そうそう。
マクビウェル班長とかブラットフォード公爵の話でよく出たフレーズ!って、
「へっ!!?ブラットフォード公爵!?」
「大した演技だな、その演技力であやつを籠絡したか。目障りなブラットフォードと結託してあの夜、儀式の邪魔までしおって」
ブロメル伯爵に馬鹿にしたように嗤われているが、モルディーヌはそれどころではない。
嘘でしょ!?
ブラットフォードって、あの軍務大臣の?
事務次官でも、事務員でもなく?
魔術師の?あぅ、あの人も魔術師だった!!
え?ブラットフォード公爵って、もっとオジサンかと思ってたわよ!
ブロメル伯爵と対立してる筆頭だから同じくらいかとばっかり・・・
いや、まず軍務大臣って、すっごく偉い人よね?
若すぎない?どう見ても20代前半よね?
5年前から就任してたら、10代後半で既に?確かにブロメル伯爵は小僧って呼んでたけど。
本気であの人が?軍のトップ?・・・ないない!
騙されてるのよ!それか私が勘違いしてるのよ!
たぶん、頭に浮かんだのが別人に違いないわ!
「いえいえ。そんな馬鹿な!本当に誰かと勘違いしてません?儀式とか知らないし、人殺しとか軍務大臣がする意味が解らないし!」
「ぬかせ!あやつは色が変わる明るい銀髪に紫の瞳に上背のある美丈夫だぞ!?他にあんな目立つ容姿の奴があるか!!」
あ。本当ですね。
あんなんそうそういないです。
・・・っ嘘よーーーーーー!!!!!
何でそんな人が私にあんなガンガンくるのよ!
おかしいでしょ!!作戦か何かなの!?
茫然とするモルディーヌなど気にもせず、ブロメル伯爵は勝手にベラベラ喋り出す。
むしろ、さっきからずっと喋り続けている。
完全に(仮)誘拐犯が情報提供者になっていた。
「わしの息子、アルマン・ブロメルが連続殺人鬼首なし紳士として贄の首を集める魔女だと知っていたろ!最後の、13人目の贄にあのブラットフォードが囮になってわざわざ魔法陣に入り、仕止められた筈だったのだ!!貴様の邪魔がなければな!!」
「え?魔法陣?」
「貴様は余程惚けるのが上手いようだな!精霊や妖精を見る事のできる人間だけを捉え、動けぬ様にする魔法陣だ!!雨の中、貴様に陣を崩されたせいでブラットフォードが動ける様になり、油断したアルマンは殺られた!全て貴様のせいだ!!」
「ほぉわっ!?私が崩したなんて間違いですって!」
あの時死んでいたのがアルマン・ブロメルであったなど、モルディーヌに分かる筈もない。
レフが人殺しをした理由は、アルマンの儀式を止める為。連続殺人鬼首なし紳士を始末する為だったのだ!
確かに、軍の仕事としてなら後でモルディーヌが言い触らして知られても困らないだろう。
そして、姿を消すから?と聞いた時の曖昧な返事。
逃げる訳ではなく、レフ=ルト・マクビウェルの役が必要無くなり、レフは存在しなかった事になる。そのまま、レフはブラットフォード公爵に戻るからだろう。
「嘘を吐くな!なぜ気付いた?アルマンの話では、とても大きな陣だから主要な線がわからず、12人集める間ブラットフォードですら気付かなかった筈だ!」
陣の線?
雨と暗闇で前が見えなかったんだから、どうやって消すのよ。
絶対濡れ衣じゃない!!
雨のせいで歩きづらかった記憶しかないわよ!
何度転びかけた事か
やたら地面は滑りやすかったし。
ん?
そうよね。やたら滑ったのよ。
あら?まさか。
翌々日に現場検証した時。
キースさんが木製の柵を指した時、剣の薄い切り跡以外に何か引っ掛かったアレ。
道の脇に油が滲んだ線が浮いて・・・
「・・・油で描かれた魔法陣?」
「やはり、貴様は気付いていたのではないか!普通の人間には消せぬが、貴様はイシュタトン家の、妖精の血族!!貴様には消せた!アルマンは貴様のせいで・・・」
どうやら、本当に油で描かれた魔法陣だったらしい。雨の夜は勿論、昼間であっても目立たないだろう。そりゃ、見えないよ!
あの時、雨のせいで滑るのだと思っていたが、油で滑ったのもあったのだろう。南区画に入った何処かで滑った時に足で陣の線を乱した様だ。
しかし、ブロメル伯爵はそれがなければレフは動けなかったと言う。モルディーヌが音で駆け付けた時、倒れていたのはレフだったかもしれなかったのだ。
そう思って身震いした。
レフが死んでいたかもしれない。
モルディーヌと出会う事なく、初対面はアルマンがそうであった様に物言わぬ死体であったかもしれない。モルディーヌをあの紫の瞳に映す事なく、微笑みかけてくれたり、触れるだけのキスや、不思議と安心できる腕と胸に抱き締めてくれる事もなく!!
レフが死んでいた場合、目撃者のモルディーヌもアルマンに殺されていたのだろうが、レフの事で頭がいっぱいになったモルディーヌはそこまで考える事などできなかった。
ただただ、自分の起こした偶然でレフが動け、アルマンに対抗できる確率を上げた事に、レフが無事生きていた事に安堵した。
「・・・良かった」
ぽつりと呟いて、表情が緩んでしまった。
当然、アルマン伯爵に聞き咎められ、射殺さんばかりの目を向けられた。
「娘、赦さんぞ!貴様のせいでアルマンは死んだ。だから、貴様を最後の贄にして儀式を行い、禁忌の儀式でアルマンを甦らせるのだ!!!!精々その時までは生きて恐怖するがいい!!!」
「そんな!?」
それで、レフの作戦を乱す程モルディーヌに執着し、何度も狙ってきたのだろうか。
息子を殺された父親としての怨みかもしれないが、どう考えても悪いのはブロメル家側だ。
「そもそも、貴方の息子さんが殺人なんてしなければ、悪魔の儀式なんてしようとしなければ、あの人に討たれる事はなかった筈よ?完全に逆怨みじゃない!!」
モルディーヌは、カッとなり言い返してしまった。
今の状況で下手な事を言うと不味いと思い、苦々しい顔で唇を噛み締めたがもう遅い。
気付いたらブロメル伯爵に頬を平手打ちにされていた。一発では済まず何発も。
唇が切れたのか、口内に血の味が広がる。
「本性を現したな!ブラットフォードに与した貴様は絶対に赦さん!!ユリフィス・マクビウェルと同じように軍を実力主義に改革しようとするなど、代々受け継がれる伝統と誇りを何だと思っておる!?偶々アルマンの実力が少し足りぬからと、いつまでも昇進させんなど有り得ん!!・・・あの一家を始末した様に、ブラットフォードも引きずり下ろし、消してやる!!」
モルディーヌなど宵の刻には殺すからか、ベラベラ喋り、怒鳴り付けてくる。
しかし、ブロメル伯爵の怒声の最後の方にモルディーヌは愕然とした。
「まさか、10年前。キースさんのお父様を嵌めて、マクビウェル一家を暗殺した黒幕は貴方なの!?」
モルさんまだまだ芋虫状態。
普通にしんどいと思います。