29 贄少女と悪霊憑
評価やブックマークありがとうございます!
今回はモルディーヌとアンです。
あまり楽しい話ではないので
次あたり頑張ります!
「うっ」
モルディーヌは酷い状態で目を覚ました。
カビ臭さとホコリっぽさに目と鼻がやられたみたいだ。鼻から呼吸をしても、新鮮な空気が入ってこない。
ならば口からと思ったら猿轡を噛まされていた。道理で口の中が渇いている筈だ。
そこまでするなら、当然の如く手足も縛られているだろう。
冷えきった床にどのくらい転がされていたのか、全身氷のように冷え固まったせいで感覚が鈍い。秋に入り朝晩は冷え込むようになってきたのもあるだろう。
自分の状態を少しずつ確認するのがやっとだった。
これは、絶対に心配されてそう。
特にあの人とかに後で怒られそうだわ。
でもこの事態は不可抗力よね。
まさか屋敷の皆がいる場所で引き込まれたみたいに拐われるなんて、いくらリアンやニーアがいても何ともならないわ。
作戦通りと言えば一応は作戦通りかもしれないけど、ちょっと予想外だったわ。
実際はちょっとどころか、かなり予想外なくらいいきなりだった。
日が沈み始めた頃。
朝に引き続き昼間のレフとのやり取りと、昨日のヴォルフォレスト・ハイガーデンで目撃した兵士の噂を元に、レフが帰った後からずっと従姉妹達に根掘り葉掘り聞かれた。それにリアンまで加わりひとしきり弄られ倒したモルディーヌはさらにぐったりしてしまったのだ。
「まぁ、良かったね。これでモルの嫁ぎ先は決まったね」
「そうよね、ラダ姉様!いいな~!あんな超絶イケメンの旦那様♪」
「え!?タニミアはレフ兄様みたいなのが、好みなの?か、格好いいもんね、分かるよ。・・・僕じゃ遠く及ばないな」
「あ。ち、違うの!私は鑑賞したい派よ?ねぇ、モルも知ってるでしょ?」
「そうね。確かに初めてあの人に会った後に、「お姉様が落としてくれたら最高ね。イケメンお義兄様ゲット!!モルでも可!」みたいな事をタニミアは言ってたわね」
「そうそう!モルは傍観したい派で「期待しないでおこう?私は無理」って言ってたのに、ちゃっかり仲良くなってくれて嬉しいわ♪」
「ぐっ。人の恩を仇で返すなんて!」
とか、わいのわいのやっていた。
モルディーヌは疲れてしまい話の輪から抜け出し、休憩がてら窓際隅の椅子に座ってレフの家の様子や、ニーアの確認をしようと思ったのだ。
作戦通りなら今頃レフの家にイーサンが来ていて、その間オッカムとサムがイーサンの家や職場から彼の御仁との繋がる証拠品を探っている筈だ。
アンが現れるなら、証拠品を探るオッカム達の所か獲物であるモルディーヌの所。リアンとニーアがいるのにモルディーヌの所に来るのだろうか?
「へっ!?」
椅子に座ろうとしたが、お尻は椅子に着かなかった。
運悪く室内に居る誰もモルディーヌの方を見ていなかった。
腰に人の腕らしきものが絡み付き、叫ぶ間も無くそのまま引き込まれる様に目の前が真っ暗になったのだ。
あれはどうにも出来なかった。
モルディーヌはひとり仕方ないと頷く。
ニーアはあの人に知らせてくれたかな?
でも、私何で殺されてないんだろう?
「うぐっ、んぐ、」
モルディーヌは呻きながら、何とか身体を動かした。上半身だけでも床から離したい。このままでは凍え死ぬ。
やはり手足も縛られていた。後ろで手首を縛られているので、手をついて起き上がれない。
モルディーヌが居たのは窓のないホコリを被った狭い物置部屋の様な所らしい。薄暗い部屋でははっきり様子が見えないし時間もわからない。芋虫よろしく床を這って壁際に行き、壁を使って上半身を起こした。
その時、足音が近づいて来た。
鍵の回る音がして開いた扉から、見たことのあるこげ茶色の髪を纏めた美女が入ってきた。ヴォルフォレスト・ハイガーデンでモルディーヌを突き飛ばしたらしい美女と言うことは、キースの妹アン・サットゥルだ。
「ごきげんよう。思ったより元気そうですね?普通の貴族令嬢なら泣き喚くか、悲運を嘆くとか、もう少し脅えないですか?」
「んっんうっ!」
見た目通りの艶っぽくて綺麗な声で聞かれたので、返事がわりに呻いて返しておいた。
「ああ。喋れないですよね。悲鳴を上げても誰も助けてくれませんよ?只、煩くされると私の中の奴が騒ぐので、煩くしないなら外してあげましょうか?」
「んっ」
頷いてみせると、アンがあっさり猿轡を外してくれた。意外と親切!やっとまともに呼吸できる!
「げほっ。ぅ、あ゛ありがとぅ?」
「・・・普通お礼なんて言います?お嬢さんは状況解ってますか?」
呆れたような、何とも複雑そうな表情のアンが首を傾げた。近くで見るとさらに美人さんだ!
「こふっ。ん゛んあー。ん、たぶん?」
「変わったお嬢さんですね。でも、貴女が弱ってくれないと困るんです」
「どういうこと?」
「貴女はこれから悪魔の儀式の贄になって頂く事になりました。元気でいられると成功率が下がるらしいですよ?」
アンの顔に人の悪そうな笑みが浮かぶ。
兄妹だからか夜の襲撃時のキースの表情に似ていた。美人さんがすると迫力あるな、なんて考えてたのが顔に出たらしい。
少し眉をひそめたアンに睨まれてしまった。
「言っている意味解ります?私が此処に来たのは、貴女を弱らせる為ですよ?」
「それは、困るかも?」
うん。困るな。
悪魔の儀式の贄にされるとか意味解らないし。
弱らせられたり、動けなくされるとか痛いのも嫌だし、逃げ出すチャンスがあっても逃げられなくなっちゃう!
「・・・成る程、キース兄さんがしくじる訳ですね。調子が狂います。そのせいで兄さんが・・・」
「ご、ごめんなさい?でも、生きて、」
俯いたアンがナイフを取り出したので、モルディーヌは言葉を飲み込んだ。流石にナイフの前でへらへらしていられない。
「今、虫の息で生きていても、イーサンに切られた時点で先はないんです。軍に処罰されるのが先か、イーサンの根回しで始末されるかの差です!」
「あ。あの、」
「お嬢さん?貴女は売られた娼婦が逃げ出さない為に、まず何をされるかご存知ですか?」
「ひゃっ!?」
布を大きく切り裂く音が響く。
アンがナイフでモルディーヌのドレスをスカートの裾から見るも無惨な状態にしていく。後ろ手に縛られ座っている状態なので抵抗する間も無く、ボロ切れと化したドレスを剥ぎ取られた。
家で寛げる簡単な部屋着ドレスだったので、コルセットやペチコートを履いてなかったのも不味かった。
シュミューズとドロワース姿にされ、神経図太い方かもしれないモルディーヌでも流石に焦った。これで動いたら隙間から色々丸見えだし寒い!
逃げる時どうしようと項垂れた。
「この姿で外に逃げられないですよね?捕まったら何されるか解らないし、外に出ても助けて貰えるどころかもっと酷い目に遭うかも。こうやって逃げ道を塞がれていくんです」
自嘲気味に呟かれたアンの言葉はとても辛そうだった。つい、顔を俯けたままで恐る恐るアンに尋ねてしまう。
「アンさんがされたの?」
「・・・同情ですか、余裕ですね。私が女だから?これが男相手なら脅えます?」
「いえ、ちょっと泣けない質でして、こう見えてアンさん相手でもかなり恐いし焦ってます」
羞恥に顔を赤らめ、寒さに震えているのは事実なので、顔を上げて見せると、アンが一応納得したように頷いた。
「それは良かったです。今はもう日付が変わった頃なので、儀式は本日の宵の刻。悪霊どもが活気付く頃です。それまで飲まず食わずで脅えていて下さい。恐怖や寒さで弱って下さるなら、これ以上娼館仕込みの手を使わなくて済みます」
「・・・これ以上」
「知りたいですか?」
「いいえ!!遠慮しておきます!」
「儀式の少し前にはまた様子を見させて頂きます。その時元気があるようでしたら・・・」
アンが言い終わる前に全力で首を横に振る。
とっても続きを知りたくないです。
その時がきたら全力で衰弱しよう。
してなくても、したフリをします!
「そうですか。それでは精々脅え震えて弱って下さい」
そう言ってアンが扉から出ていき、しっかり鍵を閉める音が響いた。
アンの言っている事は恐いし遠慮したいが、何かが気になる。
キースに似ているから?根が悪い人では無いからとか?
脅すにしても、何か違和感があった。
しかし、それよりも問題なのは・・・
この格好、今助けが来ても困る!
何とかしなきゃ!!
次回はオッカムside
彼が一番はっちゃけてますね。




