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24 夜のお泊まり会

この日1日がとても長い!

ですが、あと少しだけお付き合い下さい

 

「私は帰らないと!」

「駄目だ」


 モルディーヌとレフは客室のベッドやソファをぐるぐる回りながら攻防を繰り広げていた。

 レフが用意してくれた部屋は、レフの寝室、モルディーヌ用客室、キース&オッカム用客室の並びだった。

 キースは捕虜扱いなので、オッカムが一応監視として同室。モルディーヌは何かあった時の為に真ん中の部屋らしい。が、乙女としてはこの部屋並びも、この家に泊まるのも問題あり。むしろ、問題しかない。


「何でよ!?未婚の私が付き添いもなしに貴方の家に一晩泊まったなんて人に知られたら、普通に不味いのよ?私の評判の危機よ?」

「それなら、こんな深夜に俺の家にいる時点で手遅れだろ」


 一般的に、イノンド王国の貴族や良家の令嬢達は、結婚するまでは付き添いもなしに男の人と部屋でふたりっきりになるのを良しとされない。婚約者ですら、扉を開けておくのが普通だ。

 ふたりで人目に触れる場所に出掛けるぐらいなら許容されるが、お泊まりなど論外だ。

 ふたりっきりでなくとも付き添いがなければ、年頃の独身男性の家に入るだけで純潔を疑われ、嫁ぎ先がなくなる可能性があった。

 必死に逃げながら扉を狙うモルディーヌを、軽々追いかけフェイントを入れて捕まえようとしてくるレフ。この人遊んでる!?


「そうだけど!仕方ないじゃない!窓から飛び降りてそのまま流れで貴方に運ばれたんだから!!」


 あれは状況的に仕方ない所があったし、あの時のモルディーヌには正常な判断ができなかった。何せ、寝室に忍び込まれて命か純潔を迫られ、逃げる為に窓から飛び降り、さらにはナイフで狙われた直後にまともな判断ができる娘がそうそういる訳もない。


「当たり前だ。あんな格好で俺の腕から降ろすのは論外だし、キース・ライアーに襲われた様に、あの屋敷にいてはまた寝込みを襲われない保障はない。・・・本当に何もされていないのか?さっき普通にアイツと話していたから大丈夫だとは思ったが」

「大丈夫よ。キースさん、何か躊躇ってたみたい。妹さんの事で思うところがあったのかも?お腹に乗られて苦しかったけど、見て脅すぐらいで身体にはナイフ以外で触らなかったし、実害は肩ヒモ切られたぐらいかしら?」


 急にレフの動きがピタリと止まった。


「は?・・・どこを見られた?ナイフで触られた?」


 ソファの向かい側から寒気が走るくらいの冷気を発し始めた。紫の瞳に剣呑なものが浮かび、声が低くなっている。

 モルディーヌは肩を自分で抱き締め身震いする。何だかモルディーヌとキースが危ない予感がしてきた。


「わ、私が暴れたから、上掛けが捲れて、ちょこっと胸とか脚が見えただけよ?ナイフの背で撫でられたぐらいで怪我もないし。ね?」

「やっぱり奴を殺そう」


 言うなり、くるりと踵を返したレフが扉に向かった。ドアノブを回そうとした所でモルディーヌが追い付き、腕にしがみついて止めようと声を張り上げた。


「わぁ~っ!!ちょっ!ちょっと待って!!待ちなさい!貴方が怒る意味が解らないわよ!!」


 しがみつかれてドアノブに手をかけたまま止まったレフが、チラッとモルディーヌを見て、不服そうに扉を睨む。


「俺の想い人に不埒な目を向ける奴は殺す。と、昼間に兵士にも言ったと思うが?むしろ、止められる理由が解らない」

「違った。怒るじゃなく、殺す意味が解らない!貴方は私の彼氏でも婚約者でも夫でも家族でもないでしょう?」


 此方を見ない事に苛立ち、レフの腕を強く引いてドアノブから手を外させたモルディーヌは、素早く扉の前に滑り込んで立つ。通せんぼするつもりで、背の高いレフを正面から見上げた。


「なりたい気持ちなら誰にも負けない。だから、キース・ライアーの息の根を止める権利もある」


 また訳の解らない事を言い出したレフは、モルディーヌに掴まれた腕を持ち上げ、逆に捕まえる様に持ちかえた。

 距離が思ったより近かったので、モルディーヌは反対の手で然り気無くレフの胸を押すがびくともしない。タックルかまそうが、2階からダイブしようが軽々受けとめていたのだから、当然といえば当然なのだが、モルディーヌは思い至らなかった。


「ないわよ!何堂々と殺人しようとしてるの!?人殺しの貴方が言うとシャレに聞こえないから!もうっ、貴方も馬鹿なの!?」

「ああ。これが噂に聞く、好きな娘の前で男は馬鹿になると言うやつか?モルディーヌ馬鹿的な?」


 モルディーヌが言っている内容も、端から聞いたら大概だか、レフはさらに脱線してきた。


「何情報!?止めて、何か私が馬鹿って聞こえる」

「部下達が騒いでいたのだが、まあいい。君が止めるなら奴の件は後日考えよう」

「後日!?普通に殺人止めなさいよ!?」

「・・・取り敢えず、寝ろ。明日の朝に叔母君には説明して内々に収めよう。人目を避ければ噂にはならないだろ」


 これ以上話し合う気はなさそうなレフに、一先ず殺人が後回しにはなったのでモルディーヌはしぶしぶ頷きかけ、ハッと止まる。泊まる流れになってる!?


「無理、帰る!お嫁にいけなくなるじゃない!!」

「俺の嫁になればいい」


 しれっと言いのけ、レフはモルディーヌが固まった隙に抱き上げてベッドに運んだ。


「・・・は?何言ってるの!?冗談は止めてよ!貴方みたいに正体不明な人の嫁に誰がなるのよ!!」


 ベッドに落とされて硬直が解けたモルディーヌが喚くと、レフが深々とため息を吐き出した。


「はぁああ。――――くそっ、数日後だ。全て話したら逃がさないからな。俺は本気だ」

「こわっ!?地獄への片道切符は要りません!!」


 レフは真面目に、熱を込めた瞳でモルディーヌを見ていたが、モルディーヌとしては真面目に受け取れない。


 本当の名もわからない。

 本当の姓もわからない。

 家族もわからない。

 あの一家との繋がりもわからない。

 この件の仕事もわからない。

 本当に事務員かもわからない。

 何故人を殺したのかもわからない。

 妖精に詳しい理由もわからない。

 父を知っている事もわからない。

 わからない事ばかりで何故本気だと思うのよ!!


 モルディーヌの返事に顔をしかめたレフがやや狼狽える。


「何で地獄なんだ!?まさか、俺が、そんなに・・・嫌、なのか?」

「ちがっ・・・あ、え?・・・今のなーし!!保留!黙秘権を行使します!」


 自分で言って、しゅんっと落ち込むレフに思わず否定しかけたモルディーヌが逆に狼狽えた。


 良くない!この流れは良くなーい!!

 咄嗟に否定しては駄目よ私!

 正体不明男を真に受けるな!

 考えたら敗けだ!全てを知るまで傾くな!

 いや、知ったら逃げられないなら、知った時点でアウト?


「な、この期に及んで黙秘はないだろ」

「嫌か嫌じゃないかなんて知らない!知りたくない!」


 モルディーヌの中途半端な返事に不満げなレフに迫られ、ベッドの上を後退りつつ耳を塞いで抵抗したが、両手を掴まれ外された。


「・・・分かった。今からおやすみのキスをする。本当に嫌なら全力で拒め」

「へっ!?な、ふきゃっ!?」


 不意に端整な顔が近づき、咄嗟に目を瞑って乙女らしからぬ変な声を出してしまった。


 が、暫くしてもキスされる事はなく。


 モルディーヌがそっと目を開けると、男のくせに麗しいレフの硬直した顔があった。目の前に。


「・・・え?」


 ぱちくりと瞬きをしてモルディーヌが見返しても、息のかかる距離が変わる事もなく、レフは固まっていた。


「ね、ねぇ?どうしたの?」

「―――――か?」


 掠れた吐息で聞き取れない。


「なに?」

「避けない、のか?」

「あ」


 モルディーヌがハッとすると、レフが口許に笑みを浮かべた。


「それなら、今はこれで我慢する」

「っ・・・ほっぺ?」


 口角すれすれの頬にキスされた。

 顔を真っ赤にしてもがくと、やっと手を離してもらえたので、レフと距離をとる。


「全力で拒否されたら既成事実を作ろうかとも考えたが、思っていたより好かれているから待つ事にする」

「す、好きなんて言ってないわよ!?」


 前半に不穏な言葉が混ざっていたが、詳しく聞いたら恐いので聞かなかったフリをし、後半に反論した。


「君は好きでも無い男に襲われたら逃げるだろ?」


 が、しれっと答えられた。

 まさに、数刻前にキースから逃げた。キスとアレでは意味は違うが、ベッドの上であるし、乙女の危機には変わりなかった筈だ。


「・・・」


 モルディーヌが黙ったのに満足したらしく、レフがモルディーヌの頬を撫でてからベッドを降りた。


「おやすみ、モルディーヌ。何かあってもなくても俺の部屋に来て良いからな」


 そう言ってレフはさっさと部屋を出ていった。

 扉が閉まり、廊下を歩く音、隣の部屋の扉が開いて閉まる音を聞いてもモルディーヌは茫然としていた。


 まさか、私・・・本当に?


 正体不明なのに

 嘘でしょ!?







モルさんアウト!な話でした

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