22 雨の夜の妖精姫 レフside
やっとヒーロー視点の回です(/▽\)
2話の時、こんな事思ってました的な
まだまだ謎だらけのまま進行します
「あの雨の夜、モルディーヌに会った時。よく感情を失わなかったと思い、一目で――――俺は君の強さに惚れた」
そう言って目を閉じると瞼に浮かぶ。
闇を切り裂く人とは思えぬ断末魔の叫び声。それに続くぬかるみにべしゃりとあの男が倒れた音。
路地からいきおい良く躍り出た人影。足音とカンテラの灯りに振り向いた先にいたのは、白い外套を羽織り、濡れる髪と息を乱した華奢で可憐な少女だった。
目が合うと、泣きそうに顔を歪められた。しかし、殺人現場を見たのに悲鳴を上げたり失神しないあたり強者だ。
此方を見たまま、指一本動かさずに固まる少女。
カンテラの灯りで、少女にはレフのフードからずれた顔が多少見えているだろう。五歩と離れていない距離に居るのだ。
少女は、外套から中区画医療関係者だと分かる。カンテラに照らされた少女のドレスの裾は雨水を吸い込み重く、ブーツに絡み付きそうだった。
まだ16、17歳ぐらいの愛らしい顔立ちで、大きく吸い込まれるような海の瞳。
こんな時だが少女に見惚れた。思わず殺気を引っ込めそうになり慌てて持ち直す。まだ駄目だ。
少女は背が低く、平均より背が高いレフは完全に見下ろす形になる。威圧感を与えているだろう。
走った為か上気し赤く染まる頬、乱れた呼吸で半開きの艶やかな唇、涙が滲むのを堪える少女の瞳に、心臓の鼓動が早くなる。少女の背中に銀色に紺碧の輝きを放つ羽根が散るのが微かに見えた。
妖精?
いや、半妖か血族の人間?俺に魅了の力は通じない。関係なく彼女に惹かれている?
彼女は俺に、困惑と、怒ってる?この力を持って感情が死なずに生きて来られたのか?俺達に知られず、他の誰にも利用されずに?
この瞳、彼女は強いな。・・・俺にはなかった。
ああ、可愛いな。
欲しい。
彼女を俺のものに出来ないかな。
しかし、このまま此処にいては少女が危ない。
急に逃げられない様に少女にゆっくり近づく。
少女は静かに息を吐き、歯を食い縛りレフを見つめている。強くて可愛い少女の表情に、思わず口角が上がる。
「死にたく無いなら、直ぐに立ち去るといい」
そう言って、剣を持っていない掌を少女の目の前にかざした。
咄嗟に少女が瞬きをする間に姿を消す。
少女が逃げる時間を稼ぐ為に。死んだ男の様子を離れた影で見ていた者たちの元へと向かった。
また、瞼に浮かんだものを消して目を開ける。
目の前には愛しい少女。レフの膝に抱き上げられたままで此方を向いているので、オッカムやキースには見えないし、見せたくない。
モルディーヌがこちらを真っ赤な顔で見ていた。可愛い。
思わず手で自分のにやけそうな口許を覆う。
こんなに感情が動くのはモルディーヌにだけだ。
「そんな可愛い顔して、さらに惚れさせる気か?」
「へ?ち、違うわよ!こんな時にふざけて口説くの、や、止めてよ・・・」
消え入りそうな声で瞳を熱で潤ませるモルディーヌのこめかみに、何も考えずにキスしてしまう。ぎゅっと目を瞑る姿が庇護欲をそそる。
何だ。この可愛い生き物。
愛おしさを我慢できない!
よく今まで誰も手を出さなかったものだ。信じられない。
いや、俺以外が出してたら赦せないからいいのか?
「そんな顔他の男に見せるなよ。絶対魅せるな!」
「わ、わかってるわよ。人を公害みたいに言わないでよ」
嫉妬から出た言葉だったが、モルディーヌは妖精の力の事だと思ったらしい。眉を下げて悲しげな表情を浮かべてしまった。違う。いや、違わないのか?
「そうだな。妖精の力が無くても、君の可愛さは公害レベルだな」
「な!?何でそうなるのよ?」
もじもじし出したモルディーヌをぎゅっと抱き締めてオッカムの視線から隠す。柔らかいし良い匂いがする。
見るな!と思って睨み付けるとオッカムが、申し訳なさそうな困り顔で口を開く。
「すみません、モルディーヌ嬢。俺の理解が足りないばかりに失礼な態度をとってしまった事を謝ります」
びくっとモルディーヌの肩が震えた。抱き込んだ小さな背中を撫でながら、オッカムをどうしてやろうかと考える。
「本当にすみません!あの、誤解です!だから、レフ殿からの心臓が破裂しそうな怒れる殺気を止めて!!俺殺られそうだから!」
オッカムの悲鳴にモルディーヌが顔を上げて振り返る。勿体ない。
くりくりした瞳で、不思議そうにオッカムを見てからレフを見上げる姿が小動物みたいだった。殺気が緩む。
モルディーヌは顔を伏せていたから優しく背を撫でるレフの殺気に気付かなかったらしい。
「・・・今も怒ってる?」
こてんっと、小首を傾げる姿に悩殺された。
「怒って、は、いたが。君がオッカムに傷付けられたからで。君が許すなら、怒らない、な?」
「私が怒るからいいのに・・・でも、ありがと」
照れたように微笑まれて頭が真っ白になった。
初めて素で笑いかけてくれた!
可愛すぎる。
本当に天使じゃないか。
いや、妖精の血族だけど。人外の可憐さだ!
脳内が翔んでる間に、するりとモルディーヌが腕から抜け出してしまう。
オッカムの座るソファの前に立つと、腰を浮かしたオッカムの肩を左手で押し止め、右手をひらひらさせたモルディーヌはにっこり笑った。
「では、オッカムさん。傷付いた私の怒りの一発ぐらい受けてくれますよね?手当てはします」
「ははっ。はい、どうぞ――――っっい!?」
思いっきり怪我してる方の顔をひっぱたいた。
「ごめんなさい?私もそのくらい痛かったんです。これでおあいこですね?」
モルディーヌは冷ややかな笑みで告げると、何事も無かったかの様にレフの横に腰かけた。
まさか、ご令嬢に傷を抉られると思わず呆気に取られるオッカム。目を瞬き驚くレフの向かいで、キースが「それで済ませて手当てまで、さすが天使様」と目を恍惚と輝かせた。俺も大概だが、アイツやばい気がする。
「さあ、脱線した話を戻しましょう?もう夜も遅いし、話が終わったらふたりの手当てをして寝ましょう!」
元のペースに戻ったモルディーヌに少し残念な気持ちになるが、可愛い様子を愛でるのは他に男がいない時にしよう。
「はい。天使様!」
「ははっ。ありがとう、モルディーヌ嬢」
異様に生き生きとしたキースとオッカムが頷き、キースの妹の話に戻る。モルディーヌは何か奴等の変なスイッチを押したのか?
「レフ殿。ヤバい力なのは解りましたが、モルディーヌ嬢の力が上手く使えれば悪霊とやらを祓うのは楽な気がするんですけど、やっぱり制御が難しいんですか?」
オッカムの言葉に、恐らくレフ以外の人間は悪霊の存在自体あまり知らないのだろうと、ため息を吐いた。それが普通である事をたまに忘れてしまう。
「・・・まぁ、俺が悪霊が逃げ出すギリギリまで痛めつけるよりは、女にとって安全かつ簡単だろうな。だが、それでも賛成しかねる」
「貴方のやり方物騒すぎない!?出来るか分からない私が言うのも変だけど、何で反対なの?」
キースの妹が心配なのだろう、優しいモルディーヌが眉をひそめていた。可愛い眉間を撫でたい衝動に駆られる。
「悪霊とは、殺戮しか考えない、狂暴な妖精ばかりだからだ。悪魔の儀式で取り憑かれた人間は、契約者以外の人間を狙う殺戮衝動に襲われる。ある程度、殺戮衝動を制御出来るのは契約者と取り憑かれた人間の強い意思だけだ。痛めつけなければ、こっちが殺られる」
驚いたモルディーヌが難しい顔をして考え込む。オッカムは「想像以上にヤバい」とか呟いていた。
「キース・ライアー。お前の妹は自分である程度は殺戮衝動を制御できるのか?」
状態が分からないと判断しようが無いのでキースに話を向ける。
「依頼をこなす時以外は会えないので、詳しくは分かりません。ただ、日に日に危うくなっている様です。獲物を狙う時以外にも時々アンの目が人のものでは無くなってます」
「時々で済んでいるなら頑張っている方だな。何の悪霊憑きか分かるか?姿を見た事は?」
意識がはっきりしている時なら、ある程度楽に片付けられるかもしれない。妖精の正体が分かれば弱点を狙える。
「わたしには妖精が見えないので分かりません。ですが、アンが力を抑える時に呟く声は、よく『赤』とか『帽子』と言って呼びかけていました」
レフは思わず顔をしかめてしまう。よりによって、いや、だから人に憑けたのだろうと、アルマン・ブロメルの屑さがよく分かった。
「最悪だ。赤帽子か」
「赤帽子?」
吐き捨てる様にレフの出した名前をモルディーヌが復唱する。モルディーヌの口から出る言葉だと可愛く聞こえるが、あの妖精は可愛さなんて欠片もない。
「赤帽子は極めて危険な妖精だ。ヤツは人を惨殺して帽子を血染めにする事を至上の喜びとする悪鬼だ。動きも素早いから意思が乗っ取られていたら普通の人間は瞬殺されるな。とてもじゃないがモルディーヌに対峙させられない。せめて縛り上げてからでないと」
「そんなのがアンに取り憑いているんですか!?マクビウェル卿、わたしはどうすればいいですか?」
「弱点は、ロザリオ等の十字架。捕まえたら聖書の文句を二言三言口にすれば姿を消すというが、まず捕まえるのが大変だな。後、気になっていたが、何故投げナイフを使う?赤帽子は斧を使う妖精の筈だ」
レフはキースの話を聞きながら作戦を考える。これで、ほぼ全ての情報が揃ってきた。
「それは、アンが考えた抵抗手段です。直接傷つける感触や血を見てしまうと殺戮衝動を抑えられない様ですから」
「そうか。では、斧を持ち出したら正気は見込めないな」
狙われる愛しいモルディーヌと仕事には信頼のあるオッカム、新たに追加した役のキースを見やり、作戦を決定する。
「――――作戦は以上だ。反対意見がなければ、明日から動く」
次でやっとソファから動きます
話長くてすみません(T^T)