21 妖精の力と悪霊
前回に続き説明会です
「・・・ブロメルか」
「ご存じでしたか。男の名は現第5部隊3班長アルマン・ブロメル。反魔術師派の筆頭ブロメル伯爵の嫡男です」
キースがレフに頷き返した。オッカムまでレフに目で何かの合図をしていた。
どうやら話に全く付いていけていないのはモルディーヌだけらしい。
「あの、ブロメル伯爵って?」
モルディーヌの問いにオッカムが答えてくれた。
「王家に代々騎士として勤める名門伯爵家だよ。現当主は、63歳の古臭いじいさんでね。騎士の職務は引退したけど軍部内では力を持つ反魔術師派の筆頭。つまり軍務大臣ブラットフォード公爵の反対勢力かな。反魔術師派は分かる?」
「はい。大体は」
モルディーヌが頷くのを確認してオッカムは続ける。
「では簡単に。軍は元々実力よりも権力や財力が大事で昇進の為に賄賂が横行してたんだ。ところが最近増えて地位が確立した魔術師は、完全に実力や能力重視で構成されてる。当然のごとく権力主義の騎士と、実力主義の魔術師の仲悪くてね。現在トップである軍務大臣のやり方は、彼自身魔術師なのもあって実力主義。腐った上層部の入れ替えをしてるから、国民からの評判は上々だけど代々騎士務めするヘボ貴族達は大反発!実力ない下層騎士や兵士達も、賄賂の臨時収入を失うのが嫌で反魔術師派に付く者も多いんだ」
オッカムがため息とともに吐き出しながら肩を竦めた。後をレフが引き継ぐ。
「まさに、イーサン・スクラープやアルマン・ブロメルのような馬鹿で実力を伴わない屑兵士は、昇進の道を断たれるどころか役職を失う危機だ。反魔術師派筆頭の父ブロメル伯爵としては、息子が屑な上に悪い魔女だと知られては恥だな」
縛られた手首から片手のひらを上げて挙手したキースが補足した。
「イーサンは妹が悪霊憑きなのがアルマンによる儀式とは知りません。勿論、わたしも知らない事になっています。知れたらブロメル伯爵家に口を封じられますから」
「だろうな。モルディーヌも今聞いた事は他言するな」
何故かレフが矛先をモルディーヌに向けてきた。信用ないのかと、むっとしたモルディーヌはレフを睨み付けた。
「わかってるわよ。今日さんざん殺されたくないって言ったでしょ!余計な事は知らぬ存ぜぬでしょ?でも、何で私がイーサンに狙われるの?被害者見たからって関係ある?」
睨み付けられようが涼しい顔のレフが淡々と説明をする。
「イーサンとしては、軍務大臣の評判を下げる首なし紳士がモルディーヌの証言で捕まったら困るからだろうな。反魔術師派達にとって、今一番失脚させるに好都合な案件だ」
「そんな理由!?被害者がどこの誰かも分からないのに?」
イーサンの事となると憤慨しやすいモルディーヌをレフが無表情で宥めてくるが、子供じゃないんだからとむくれてしまう。
モルディーヌの疑問にキースが首を振った。
「イーサンは被害者を知っているようです。彼の御仁と呼ばれる人物がこの件で被害者の正体を知られると不味いらしく、天使様の始末と証拠品を盾にイーサンは金を強請ってます。わたしに始末させて楽して金を得ようとするゲス野郎ですが、軍務大臣の失脚と合わせて一石二鳥を狙う狡猾な奴です。しかも、天使様は首なし紳士の正体をご存じですよね?」
「え?ああ、きっき言ってきた話!?・・・ち、違うみたい?なのよね」
キースに聞かれ、モルディーヌはチラッとレフを見るが変わらぬ無反応。反応したのはオッカムだった。
「あれ。レフ殿作戦変えたんですか?ああ、誤解を解いたってこういう事ですか。死亡作戦と囮作戦どっちです?」
「黙れ、オッカム。どちらも許さん。俺が首なし紳士ではないから、モルディーヌを殺すつもりなどないとしか伝えてない」
んん?
何かオッカムさんの方から不穏な言葉が聞こえたけど。死亡作戦と囮作戦とは?
しかも、やっぱりと言うか、このふたりセットで仕事か何かしてる!?
それだと、レフ=ルト・マクビウェルが悪い人だったらオッカムさんも悪い人になっちゃう!?
もやもやとモルディーヌが考えている間に、破顔したオッカムがテンション上がったのか、ソファから立ち上がってガッツポーズしだした。何で!?
「ははっ!マジですか!?それだけですか?それだけでモルディーヌ嬢こんなに受け入れてくれたんですか?良いなぁレフ殿!脈ありですね!!」
「なっ!?ち、違いますっ!!受け入れてませんけど!?何でそうなるんですか!」
すごい誤解を招きそうな言い方をしたので、速攻でレフの肩に掛かっていたタオルをオッカムに投げつけた。が、普通にキャッチされた!ちくしょう!
「天使様、抱き締められたままでは説得力がないかと。しかし、マクビウェル卿は首なし紳士ではないのですか?怪我のタイミングや天使様の警戒からそうだと思ったのですが。違うとなると、不味いですね」
「何が不味い?」
顔をしかめて呟いたキースに、レフがモルディーヌの手を繋ぐように捕獲し直しながら尋ねた。あれ?何か後ろから抱っこされてるみたいになった!?
「妹に、アンには貴方が首なし紳士らしいと伝えたので、イーサンや彼の御仁に伝わり、接触があるかも知れません」
「それなら、問題ない。わざとお前に疑わせ、誘き寄せるつもりだった。むしろ、お前が今夜モルディーヌを襲うのが予想外だった。しかも、怪我して捕まるヘマしたから作戦が失敗したかと思っていた。好都合だ」
「そうでしたか。今夜殺らなければわたしがイーサンに殺られてたので。怪我はアンの事もありますが。本当に貴方は何者・・・後で、でしたね」
もがくモルディーヌの頭の上でやり取りを続けるキースとレフ。草臥れてきたモルディーヌを一瞥したレフがキースに話を促す。
「話が反れるからな、先にお前の妹の件を聞く。モルディーヌにどうしろと?」
途端にキースがキラッキラに茶色い瞳を輝かせてモルディーヌを見る。止めてほしい。
「天使様の力は穢れを祓う力があるのでは!?天使様の翼を見た瞬間驚いたのもありますが、頭が真っ白になり心が洗われた気がしました!!荒み腐った汚い仕事もし、穢れきったわたしが可笑しなものです。貴女が涙を流した時は安堵と安心感を受けました!まさに天使様の恩恵!!!」
崇め奉る勢いのキースにモルディーヌは引いた。
「はぁ~。キースさん魅てしまったのね・・・」
「ちっ、お前も魅ていたか。俺の涙なのに」
項垂れるモルディーヌを抱え込み、キースから隠すようにして舌打ちしたレフが、また意味の解らない事を言い出した。
「何言ってるの!?貴方の涙じゃないわ!あれは、私の不可抗力よ」
「俺に会えて安堵と安心感を抱いたんだろ?涙が出るくらいに。アイツにも伝わってるから誤魔化させない」
紫の瞳を煌めかせたレフに嬉しそうに微笑まれ、モルディーヌは耳まで赤いだろう顔を膝を抱えて隠した。
「もうっ!何で涙の事まで知ってるのよ!!」
「メリュジーヌの涙に関しては知らない。昔イシュタトン伯爵に聞いただけだ。君の涙は感情が伝染するから普段は泣かないように我慢すると」
そう言ってレフがモルディーヌの顔を無理矢理上げさせ、澄んだ海の色をしたモルディーヌの瞳を覗き込む。レフの目に浮かぶ切ないものにモルディーヌはドキリとした。
「感情が伝わると何か不味いんですか?俺もあの時影から見てて、軽く安堵したのはモルディーヌ嬢が助かったからだけじゃなかったんですね」
「わたしにも特に害はありませんし、むしろ素晴らしい力では?」
オッカムとキースが不思議そうに首を捻っていた。
「確かに、モルディーヌには悪霊ですらはね除ける力はあるだろうな」
呑気なふたりをレフがジロッと睨み付ける。
「だが今回は、結果的に安心感に油断して妹の攻撃があったろ?まだ、安堵と安心感だったから良かったが、これが痛みや悲しみに恐怖、怒りや絶望だったら?涙がすぐ止まったからキース・ライアーは軽く済んだ様だが、安心感だってモルディーヌの感情が心の底から支配してしまえば、何があっても能天気な腑抜けになる」
「あ!成る程。モルディーヌ嬢が泣き続けたら、喜びや幸福、希望なら教祖様レベルで信者が大量発生!逆に絶望や死なら、衰弱、殺人、自殺者をわんさか出す死神って事ですか?ヤバくないですか!?」
レフの言葉に、オッカムが段々青くなる顔をモルディーヌに向け、得たいの知れないものを見るような目をした。
「・・・そんな目で、見ないで下さい。だから、泣かないし。この力については人に知られると、不味いんです」
オッカムの目に傷ついたモルディーヌが、感情を殺そうと努力して顔を俯けると、レフが抱き締め直しながら頭に触れるだけのキスをしてくれた。
「オッカム、後で覚悟しろ。お前に、7歳の時に母を、11歳の時に父を亡くしても、人が近くにいたら泣けない子供の気持ちが解るか?」
「え?あ・・・」
静かに怒る淡々としたレフの声に、オッカムが口ごもる。
「悪魔の儀式や魔術の様に、自分で欲しくて手に入れた力でもなく。生まれた時からだぞ?」
レフの声には鋭い冷気がこもっているのに、モルディーヌを抱き締める腕はとても優しかった。
「あの雨の夜、モルディーヌに会った時。よく感情を失わなかったと思い、一目で――――俺は君の強さに惚れた」
わちゃわちゃ書きすぎて
解りにくかったらすみません!