19 可憐な天使の噂
お気づきですか。
この話まだ始まって3日目。
時間的には
50時間程しか経ってません!!(゜ロ゜ノ)ノ
ひとりになったモルディーヌは遠慮なく、ベッド脇にある大きなスリッパを拝借して衝立に向かうと、沸かされたばかりの湯が張った桶とふわふわなタオルが置かれていた。とても準備がいい。
そこで、違和感を感じた。
んん?何だろう。
あ!使用人を見てないんだ!
家に入る少し前まで明かりひとつ灯されていなかった筈なのに、玄関どころか階段や寝室も明るくなっていた。まるでレフが帰宅すると共に使用人が灯したように。
なのに、誰の姿も見ていなかったのだ。
見ていないからといって、誰もいない訳ではないと思う。レフが待っているであろう扉の前を通る小さな足音がし、時折レフに何かの確認をとっている様だった。
不思議に思いつつも、レフの寝室を占拠して待たせるのも気が引けるので、手早く温かいタオルを使い、乾いた服に着替える。
レフの物であろう寝着のシャツは大きくブカブカで肩が落ちるので上から厚手のローブの前をしっかり合わせて紐をきつく縛っておく。それでも裾が引きずりそうに長かった。脚の長さか!?
濡れそぼった髪と相まって、だいぶみっともない姿だが仕方ない。せめてと、寝るのに解かれていた髪を一本に編んで肩に垂らす。
「お待たせ、しました?」
声をかけながら扉を開けると、廊下の壁に寄りかかって待つレフがいた。濡れた外套と上着等は脱いでおり、楽なシャツとズボン姿で頭からタオルを被って拭いている。
水も滴る良い男状態に、正直少しだけドキッとした。顔が良いと不恰好にならなくてズルい。
レフはモルディーヌに気付くと顔を上げて、ローブ姿を繁々と眺める。
「まぁ、いいだろう」
「何が?」
「オッカムやキース・ライアーの話を聞きたいんだろ?その格好ならギリギリセーフとしよう」
「え?一緒に聞いて良いの?」
きっと、後から知られて困らない事だけ答えてくれると思っていたモルディーヌは目を丸くした。
レフは苦々しげに息を吐く。
「全ては駄目だが。今日のあの女とか、また狙われるかもしれない以上はある程度把握した方がいいだろう」
「・・・そうね。あ、よ、夜着は、使用人にお願いすればいいの?」
まさかレフに渡すわけにはいかないので、赤らめた顔を誤魔化すように使用人の姿をキョロキョロ探す。やはり姿は見えない。
「ああ、部屋にそのまま置いとけば下で話をしている間にやってくれる。もう大丈夫そうなら降りよう」
「ええ。ありが、ひゃあ!?」
引きずりそうな裾を大きなスリッパで踏まない様に苦戦していたら、また抱き上げられて荷物よろしく運ばれた。自分で歩けると主張しても、遅いし裾を捲るなと却下をくらった。そのまま下に降りて応接間らしき部屋に運ばれる。
応接間に入ると、その様子を面白そうに眺めるオッカムが出迎えてくれた。
「モルディーヌ嬢はどこか怪我を?足を痛めたとか?」
「・・・いいえ。歩かせてもらえなかっただけです」
よく分からないレフの過保護によるオッカムの勘違いに憮然と答える。呆れた視線をレフに向けてもすべて無視された。
オッカムはモルディーヌの返答にニヤニヤ笑って、また痛みに顔をしかめている。懲りない人である。
そして3人揃って視線を応接ソファに向ける。
そこには、乾いた丈の合わないズボン(仲間意識がちょっとだけ芽生える)に履き替え、包帯を巻いた肩にシャツを掛けただけの姿のキースが手を縛られた状態でぐったり座っていた。今となっては胡散臭い笑顔の張り付いていない顔は別人の様だった。
「さて、座って歓談といきましょうか?」
オッカムが無駄に明るく楽しそうに話を進める。
ふたりがけソファにキースがひとりで座っていたので、対面ソファにモルディーヌとレフ、間のひとりがけにオッカムが着いた。
「まず何から話します?ライアー氏が何処まで知ってるか確認します?」
「そうだな。話す気はあるか?」
キースは憔悴した顔をモルディーヌに向け、瞳を恍惚したように輝かせた。何故!?
前で手を縛られた状態で指を組まれて神に祈りを捧げるように頭を垂れるからより意味が分からない。
「・・・天使様。今までの事はすみませんでした。わたしは許されるとは思いませんが、話す代わりに貴女の力で妹を助けてくれませんか?」
「え、妹さん?と言うか、天使様って私ですか?私じゃ何もできないと思いますけど」
「貴女が治療院の天使って呼ばれてるのは知ってましたけど、おっさん達が騒いで気に入った娘に愛称を付けたんだと思ってました。まさか、本当に天使様だったなんて思わなかったんです!」
顔を上げたキースはモルディーヌに恍惚とした笑みを向ける。
えぇーっ?
正直目が気持ちワル、ごほんっ。
何やら絶賛勘違いをされている?
羽根のせいか?涙を見られたのか?
祈るようにキラキラした眼差しが、
襲われた時との差が、なんか急変してて恐いんですけど!!
「天使。まぁ、そう見えても仕方ないな」
「モルディーヌ嬢キラッキラの翼生えてたからね。俺も噂では聞いてたから天使ってこう言う事かーって思った!レフ殿は知ってたんですか?」
「ああ。存在は知ってたが実物で翼を見た事なくてな。だから、一昨夜初めて会ったときは驚いた」
レフとオッカムは何故か納得したように頷いた。そして聞き捨てならない事を色々言っている。
「え?噂って?私も只の愛称だと思ってましたけど?一昨夜に実物って!?」
困惑した顔のモルディーヌを見たオッカムは首を傾げて眉根を寄せる。
「あれ?モルディーヌ嬢本当に知らなかった?まぁ、無理もないか。薄々気付いてるって知られたらモルディーヌ嬢が消えちゃうと思う人も多いしね。え、まさか消えないよね?」
「私がですか?消える予定ありませんけど」
そして、よく分からない事を言って狼狽え出した。そんな予定もなく理由が解らないモルディーヌがストップをかけたら、オッカムは安堵のため息を吐き出した。
「良かった~。話したせいで消えられたら俺が殺されちゃうとこだったよ!――――じゃあ、ぶっちゃけます。誰も言い触らしたりしないから俺も怪我で治療院に世話にならなきゃ知らなかったけど、ゲオルグ先生の患者さん達の間でモルディーヌ嬢はマジの天使か妖精だと思われてるんだ。実際に壁や窓ガラスに映る翼が生えてる影を見たとか、雨の日にキラキラ輝くものが雨粒弾いたり、水溜まりに映ったとか」
「うそ!!そんなの見られてたなんて・・・全然知らなかった」
「みんなモルディーヌ嬢大好きだから愛称にして誤魔化してたみたいだね。さっきの見るまで俺も見間違いか冗談だと思ってた。ここ3年地上に舞い降りた可憐な天使が手当てしてくれると、痛みが和らぐとか、傷がすぐ直るって噂だよ?」
「そんなでたらめな噂が・・・」
それで天使なんて呼ばれてたのね!
正直恥ずかしかったけど。
悪い魔女とか、そっちのヤバい噂じゃ無くてよかった。
普通は妖精が見えるだけでも疑われるのに。
羽根まで見えたら悪霊憑きだと思われたり、魔術師に捕縛されたり、罪を問われたり大変だもの!
患者さん達の勘違いがありがたいかも。
レフはモルディーヌをまじまじと眺めると微かに頬を緩めた。
「治癒力のある可憐な天使。まぁ、概ね真実だな」
「どの辺が!?その表現恥ずかしいから止めてよ!」
思わず赤面したモルディーヌはレフの顔を手で隠すが、そのまま左手で掴まれ下ろされた。
そのまま自分の手首の袖をまくり、包帯を器用に解いてモルディーヌに見せてくる。
「治癒力については、昼に手当てしてもらった俺の手を見ろ」
そこには昼までは確かにあった傷が、1日や2日では塞がらなかった開いた傷が、うっすらとした痕しか残っていなかった。半日しか経っていないのに。
「え?嘘っ・・・」
「うわっ!?モルディーヌ嬢マジだ!」
「すごい!やはり天使様!」
モルディーヌの驚きに、傷痕を覗き込んだオッカムとキースが同調してきた。テンション高く驚いているが、どこか納得した様子なのが解せない。
包帯を直しながらレフは何でもないことの様に続ける。
「後、モルディーヌが可憐なのは分かりきっている」
「見た目だけならあどけなくて守ったり助けてあげたい華奢で可愛いご令嬢だからなー」
「そうですね。見た目だけは可憐です。実際は有り得ない俊敏さと、強靭なメンタルを持ち合わせていますが天使様ならば納得です」
レフの後に、またも何か違う同調をしたオッカムとキース。見た目だけを協調されても嬉しくない。
「・・・素直に喜べない!」
また、アレか?特殊とかの話の続きか!!と憤慨するモルディーヌなど気にせず、レフはさらに勝手に重要な話を進めた。
「天使に関してはメリュジーヌの翼がそう見えるな。メリュジーヌは水の精霊の娘だから、雨の日等に力が増して一般人にも少し見えたんだろうな」
メリュジーヌ。部屋から飛び降りた後にもレフは翼を見て言っていた。モルディーヌはレフを食い入るように見て口を開く。
「それ、さっきも言ってたわよね?・・・貴方はメリュジーヌを知っているの?父がその名を出したけど教えてくれなくて、私は自分に関する事の筈なのに詳しくは知らないのよ」
父が時折呟いた名に関するモルディーヌの長年の悩みを、レフはあっさり答えた。
「先代イシュタトン伯爵はメリュジーヌの家系だからこその妖精嫌いだったからな、教えたく無かったんだろ」
巻き散らかしたものを
せっせと回収中です。
話の進みが遅くてすみません(T^T)