16 こんなはずでは キースside
まだまだキースside次で終わります
今回も重複のためキース視点の
レフとオッカムに興味ない方は
スルーでも大丈夫です(/▽\)
4本も投げられたのに!?嘘だ!!
別の意味で驚くキースに「っ逃げましょう!!」と叫びながら少女が来た道に向かって走り出してしまった。
仕方ないので、共犯者に合図を送って追いかけた。
令嬢にあるまじきスピードで走る少女にやっと追い付いたのは、丁度通りを歩いていた人の胸板へ、走り込んだ勢いのまま少女が盛大にぶつかった時だった。
「わわっ!ご、ごめんなさい!?」
ぶつかった相手は一目で最高級と分かる紳士服に身を包んだ端整な顔立ちの若い男だった。背も高くとてもモテるだろうキレイな男は少女をびくともせず受け止め、整いすぎて冷たい印象を与える顔に微かに笑みを浮かべていた。
何故夕刻のこんな場所に人がいるんだ。
しかも知り合い?
ナイフに狙われた恐怖から少女が今頃になって震えていた。もっと早く怯えて動けなくなって欲しかった。
キレイな男に震える背中を優しく撫でられ深呼吸した少女が、いきなりピタッと固まる。ぎこちなく顔を上げた少女の目が驚きに見開かれている。何だ?
「怪我はないな」
「貴方は・・・な、何故ここに!?」
じゃあ、誰だと思って抱き締められてたんだ!?
このお嬢さんいろいろおかしい!
先程からキレイな男の横で面白そうにふたりの様子を見ていた中区画駐屯兵長のオッカムがニヤニヤしながら説明した。
「やぁ、モルディーヌ嬢!それは、俺らふたり揃って南区画駐屯所に仕事の用があるからだよ。しかし役得ですね、レフ殿。羨ましい限りですが、モルディーヌ嬢を抱き締めてるところをゲオルグ先生のとこの患者達に見られたら大変ですよ」
「では、避ければ良かったか?」
「ははっ!そしたら、俺が抱き留めてましたけどね!役得ですから♪」
ふざけた様子だが割と本気な目で両腕を広げ、俺の胸に飛び込んでこいと言わんばかりのオッカムに、若干引きぎみの笑顔を少女が返した。残念だったな。
レフと呼ばれたキレイな男は、話している間も腕を少女に回したまま威嚇するような視線をオッカムに注いでいた。
このふたりともお嬢さんが好きなのだろうか。
次に始末つける時の邪魔になるかもしれないな。
「オッカムさんは、ずっとこの方といたんですか?」
「ん?まぁ、彼の家からはずっと一緒に来たよ」
オッカムが少女の問いに答えていた。どうやら先程驚いていた様子からも、レフの方を警戒しているようだ。
「ところで、離してやるといい」
「え?」
「そろそろ苦しそうだ」
淡々と告げられた言葉に、怪訝な顔を少女が向けるとレフは腕を少し弛めたが、完全には離さない。オッカムやキースの方に逃げないようにしている。独占欲が強すぎるようだ。好かれない内にそういう事すると嫌われるだろうに。
レフは少女が胸元に抱えているものを見ているようだった。
あれ!?どさくさで抱えたままだったのか!?
それで人に突っ込むとか、潰れても文句いえない!
モゾモゾと動くそれを、少女が持ち上げて手から放すと飛び立ってしまった。
「白い・・・鳩?」
「そのようですね。あの鳩がいなければ、お嬢さんは穴だらけになっていたでしょう。一体どこから来たのか」
忌々しい。あの鳩さえいなければお嬢さんは簡単に殺れてたのに。
只の鳩な訳がない。
まさか、魔術師の使い魔?魔術師がお嬢さんを守ろうとしている?何故?
思わず胡乱な目を向けてしまった。
「穴だらけ?そういえば、凄い勢いでレフ殿にぶつかってたね。何かあったの?」
「あ。私にもよくわからないんですけど、この先でいきなりナイフが何本も私に飛んできたんです!!今の鳩が助けてくれなければどうなってたか・・・」
表情を険しくしたオッカムは問いながら、キースと少女の走って来た路地へ目を向ける。
「まず、君は誰かな?モルディーヌ嬢とふたり路地裏で何をしていたんだい?」
ここにきてオッカムが急にキースに鋭い視線を向けた。疑われたか?
「失礼しました。わたしはキース・ライアー。記者をやってます。連続殺人鬼首なし紳士のネタを追っていたところ、そちらの可憐なお嬢さんと偶然知り合いになれまして、無理を言って案内して頂きました。いくら親しくなりたくとも、ふたりきりで向かった為に襲撃されるとは・・・残念な結果です」
この男たちは嘘に気付くか?こっちは、わざと襲撃の場所に誘きだして失敗して残念な気持ちでいっぱいだよ。
このお嬢さん絶対普通じゃない。可愛い顔して何者だ。
張り付けたような笑顔でキースは眉をひそめて少女をちらりと見た。
「犯人を見たか?」
「いいえ!いきなりの事に驚いて、逃げるので精一杯でした」
「申し訳ありません。わたしも咄嗟の事でお嬢さんを庇う事もできず、不甲斐ないです」
「・・・そうか」
レフの問いで、少女に共犯者が目撃されて無いことがわかりホッとした。
この日はオッカムの合図で解散。キースはオッカムに送られることになり家がバレたので少女を始末したら速やかに姿を消さねばならなくなった。
失敗した上に面倒な事になった!
「そういやぁ、昨日の夕刻女房がモルディーヌちゃんが恋人らしき紳士と仲良く歩いてるのを見たって言ってたぞ!?」
「おりゃ、昼間に良い男とランチしてるの見たって聞いたぞ?」
昨日の帰りがけオッカムに言われ、今日の昼に現場検証することになっていたので治療院に連れられて来ると、レフが既に入り口辺りにいた。中では騒いでいた患者達が一斉に少女に詰め寄っているところだった。
「違いますよ!彼は昨日引っ越して来たお向かいさんで、親切に送ってくれただけです!恋人どころか仲良くもありません!」
「・・・へぇ。ところで、ランチしたのは誰だ?」
「えっ!?」
力強く否定をした少女に、入り口からレフが不機嫌そうに低く淡々とした声をかける。彼氏でもないのに心狭いな。少女はびくりと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。レフしか目に入っていないようだ。わたし達もいますけど?
現場検証の誘いに来たのに、レフの嫉妬がしつこくランチの男に拘りすぎて話が進まない。
「ランチは俺の事かな?」
「いえ。わたしでは?」
やっと少女がこちらに気付いたがレフに睨まれた。
おっさん患者に煽られたレフが「本気なら問題ないんだろ」宣言してたが、困って頬を染めた少女に海色の潤んだ瞳で見詰められ、返り討ちにあっていた。どんだけ惚れてるんだ?
オッカムが悪のりと見せかけてちょっと本気でアタックしていたので乗っかってみる。
「――――責任持って最期までお付き合いしますよ」
そう、最期までね。
また治療院の医師と揉めて、ふざけたオッカムがレフの左手首を掴みレフが怪我していることが判明した。
何かがキースの中で引っ掛かった。
今、お嬢さんは一日半経過。
つまり一昨夜に負った切り傷と言わなかったか?
お嬢さんはあの夜に首なし紳士を目撃した。
もしや、彼が首なし紳士と言うことか?
だからお嬢さんは彼を警戒してたのか。
だが、それにしては無防備過ぎないか?
いやいや、このお嬢さんを普通で考えたらまた失敗する。
首なし紳士と仮定して様子を見よう。
お嬢さんにこれだけ惚れてるから、あの夜目撃されても殺さなかったのかもしれない。
もしくは、わたしのように全て演技で、あの夜何らかの事情で殺せなかったお嬢さんを殺すタイミングを窺っているか。
キースが様子を見ている間に、少女に腕を捕獲されたレフが狼狽えていた。
弱すぎる。
これで演技なら相当な役者だ。
しかし、12人。いや、お嬢さんが目撃したの含め13人殺して捕まってない男だ。
侮ってはいけない。油断はできないな。
「え?そんなにガーゼ剥がしたとき痛がってたの?気付かなくてごめんなさい」
「いや、痛くはないが、その、―――が、当たってたから」
ぼそぼそとした返事で濁してるけど、がっつり少女の胸が当たってるからでしょうよ。
全体的に華奢な割りに豊満なようだ。役得で良かったな。
彼はむっつりスケベか?
因みにオッカムは、ものすごーく肩を震わせ腹を押さえながら笑いを堪えてた。
レフの手当てが終わった後、4人で軽くランチしてから昨日襲われた場所に向かった。
「ところで、なかなか聞くタイミングがつかめなかったのですが、何故マクビウェル卿もここへ?」
ずっと気になるが聞けなかった事をキースは聞いた。
昨夕の襲撃直後に会ったとは言え、レフはどう見ても兵士ではない。職について触れなかったので、どこか爵位貴族の次男以下で、普段は遊び暮らしているのかと思っていた。それに、キースにとってマクビウェルと言う名は気にかかるものだった。
首なし紳士として、自分が狙っている獲物が横取りされそうになったのが気に食わないのか、惚れた少女が心配なのかは謎だ。
うんうんと頷く少女の横で、ポカンとしたオッカムが瞬きを繰り返した後レフに目をやる。
「・・・レフ殿。きちんと自己紹介してないんですか?」
「重要だったか?いつも面倒だから名前しか言わない」とか抜かすレフの返答に驚きつつもオッカムが正論で説教を始めた。こっちの仕事に支障が出るだろ!
「そうか。他人にどう思われようと困らんが仕方ない」
あれだけ言われても納得せず、オッカムに言われたからと渋々頷くレフに、天を仰いだオッカムが盛大にため息を吐いた。
気を取り直してからモルディーヌとキースに紹介してくれた。
「この方は、まだ若いながら軍務大臣補佐事務次官室の城下を管理する事務員殿です。どうせ書類通す方なんで、昨日居合わせたし暇なら来て頂こうかと」
軍務大臣ブラットフォードの事務次官室!?
そんな所に首なし紳士は居たのか!!
いつまでたっても捕まらない訳だ。
情報が少しでも町方から上がっても、城下管理の事務員なら簡単に握り潰せる。
この男を彼の御仁と引き合わせた方が軍務大臣を失脚させるのに好都合じゃないか?
本物の首なし紳士だと確認できたら依頼人に提案して報酬を増やしてもらおうか。
仕切り直すように、オッカムが手を打つ。ナイフが飛んできた前後の状況を説明と再現する事になり、思い出しながら動いた。
「慰めようと肩を叩いてこの痕に気付きました」
そう言ってキースは昨日少女の気を引くために指した木製の柵を示す。そこには、薄い切り傷が入っていた。何かが引っ掛かったにしては不自然な幅で左上から右下に走った痕跡がある。剣が空ぶった時に付いたようだ。
チラッとレフの様子を窺うが無表情はピクリとも動かない。本物なら名役者だ。
「そうでしたね!あの時は見られなかったんですよ」
「この時いきなり白いものがお嬢さんの方に飛び込んで来たんです。後に白い鳩だとわかりましたが」
「白いのにぶつかった光が頭の上を通ったなと思ったら、そこの壁に尖ったナイフが突き刺さりました」
少女は向かいの壁に開いた3センチぐらいの細長い穴を指す。その後穴をオッカムが繁々と見る。
「よく避けられたなぁ。ご令嬢としてはアレだけど、モルディーヌ嬢が俊敏で良かったよ!」
「アレって何ですか!?」
「ええ。わたしもお嬢さんの人間離れした素早さに、ナイフと同じくらい驚きました」
「えぇ!?キースさんもそんな目で・・・」
あんな俊敏に動いておいて、どんな目で見ると?
まず普通の令嬢には見られない。
動きやすいドレスとはいえ、大の男が追い付けないスピードで走る令嬢がいてたまるか!
「コホンッ!続いて2本目ですが、白い鳩が胸に突っ込んで来たので、屈んだ体勢からそのまま尻餅をつき、鼻先すれすれを通過して向こうに飛びました」
少女が地面に座り込み再現をする。
「明らかに私の顔を狙うような軌道で飛んでくるので、一昨日の夜の事もあって、あの時は首なし紳士デュラハンの仕業かと思いました」
「ん?過去形?襲って来た人を見てないんだよね?」
「見てないです。えっと、でも違うと思います。詳しくは説明できないので黙秘でお願いします!」
「黙秘って・・・」
少女がチラッとレフを見た。しかし、レフは無表情のままだ。違うのか?少女にしても本物だと自信がないか証拠が足りないのか。
「3本目はお嬢さんの後頭部と、後ろに立つわたしの間を抜けました。ここまで数秒の事でしたから、わたしは全く動けませんでした」
「うん。まぁ、普通の人はそうだろうね。避けられたモルディーヌ嬢がアレだよ、特殊?」
オッカムがアレの表現をオブートに包んで特殊にした。間違いない。普通でないなら特殊だ!
全てのナイフが刺さった後を確認したオッカムが口を開いた。
「なるほど。怪我なく逃げられて良かったよ。モルディーヌ嬢が普通の令嬢だったら逃げられなかっただろうね。ナイフの通った位置から、犯人はあそこらへんに潜んでたみたいだね。丁度、塀と木の影に隠れて狙える。ちょっと離れてて」
言いながらオッカムが歩いていく。塀と木の影で立ち止まると、先程までモルディーヌがいた位置に向かって4連続で何かを投げてきた。刺さった物を確認すると、杭みたいに細長いナイフ。
こんなに直ぐに狙撃場所がバレるとは。
この兵士、本当にただの兵士か?
わたし達の様に諜報や暗殺活動の方がむいてる。
まさか、現役の秘密の影か?
現場検証が終わり、大きい通りに出たところで南区画駐屯兵のサムに会った。どうやら、オッカムに用があったらしい。
「失礼します。昨夜お話した件について報告がありますが、後の方がいいですかね?」
サムは部外者である少女やキースをチラッと見て、オッカムから指示を待つ。
「ああ、お疲れさん。ふたりとも関わってるから多少はいいよ。何かわかった?」
「そうなんですか?」
少女が聞くとオッカムがウィンクを返す。ちょっと引いた。
「わかりました。他言無用でお願いします。例の件ですが、やはり一昨日の首なし紳士デュラハン騒ぎの際に繋がりとなる物を得た者がいる可能性があります。直後に例の家に接触を図った者がいたそうです」
例の件、例の家?依頼人が回収したものか?
馬鹿な依頼人だ。彼の御仁との接触が知られるとは。
然り気無く少女の様子を窺う。何の事か解っていない様だった。レフも無表情で通りの先を見ているので、話を聞いているのかいないのか解らない。少女が絡まないと手強いな。
「そっか~。やっかいな事になったな。軍務大臣様からの指示らしいから俺たち下っぱで調べあげるか」
「確証はないですが、心当たりがあるので俺に一旦任せて頂けませんか?」
「わかった。南区画の兵長には俺が言っとくから調べてみろ。只し、明日の夕刻までだ」
「ありがとうございます」
軍務大臣ブラットフォードからの指示?
依頼人はサムに正体が知れたら完全に目をつけられるな。
明日の夕刻まで・・・
一礼してサムが去って行ったのを合図に解散して、またオッカムに送られた。
キースから見たレフとオッカムが残念な子