14 3度目の襲撃者 暗い一室
今回少し長めです ( ̄∇ ̄*)ゞ
「な、んで?どうして、サムさんと、オッカムさんが首なし紳士に?」
モルディーヌは茫然とした。向かいの席に腰掛けていたレフも驚いたのか目を見張っていた。
報告に来たのは、先程レフに「モルディーヌを襲った馬車と女」について出口で出入りを調べるように言われた兵士だった。
「俺達は2時間程前までオッカムと一緒だった。襲われたのはいつだ?」
「正確にはオッカム氏の意識が戻らないと分かりませんが、発見した兵の報告ではふたりの状態とこちらに知らせが来るまでの時間から1時間と少し前かと思われるそうです!知らせを寄越した兵は急ぎ走った為、今出口ゲートで息を整え次第こちらへ伺います。それと、オッカム氏が意識を失う前に、こちらをレ、失礼しました、マクビウェル卿に渡すように託されたそうです」
兵士はレフに睨まれながらも報告をし、レフに雑に丸まった布の塊を差し出しす。兵士はモルディーヌに見えづらいように渡していたが、布は所々赤黒く血の染みがついているのが見えた。
布の塊を受け取ったレフは、中身がモルディーヌや兵士には見えない様にテーブルの下で開いて確認する。中を確認したレフは変わらず無表情だったが、目が微かに安堵したように緩んで見えた。
「そうか、ご苦労。俺は現場に寄ってからオッカムの元へ行く。知らせはそっちに寄越せ。他には?」
「詳しくはまだ確認が取れていません!あと、先程マクビウェル卿に指示頂いた件は確認継続中であります!また分かり次第報告致します!!」
レフが下がるように合図すると、兵士は敬礼をして去って行った。
回りに会話を聞かれない事を確認したモルディーヌはレフに向き直る。
「オッカムさんは大丈夫そうなんですね?」
確信した言葉にレフが目を向けてきた。
「どうしてそう思った?」
「貴方の目がホッとしたように見えたから」
今度は微かに驚いたように見張り、そして嬉しそうに煌めいた。
「目で語るの止めて欲しいわ。解りにくすぎ!」
「すまない、癖だ。特に困らなかったし、寧ろ役立っていたからな。だが、君に解ってもらえるのは嬉しいな」
口角が上がった柔らかい笑みを向けられて、モルディーヌは鼻を鳴らしながらそっぽを向き、ドキドキする心臓に抵抗した。
「それで?私はオッカムさんに会えるの?」
「いや。俺が様子を見て良さそうなら連れて行くが、それ以外は外出しないでほしい。今回も君の襲撃に失敗した奴らが、次にいつ襲ってくるか分からない」
「答えられるか知らないけど、貴方が犯人じゃないなら何故私は狙われてるの?」
「あの日見てはいけない物を見たから」
これ以上は言えないと突き放されたように感じて、胸がチクリと痛む。
何を見たかも思い出さない方が良いのだろう。あの場に行った事を後悔しても仕方がない。
ふと、新たな疑問が生まれた。
「貴方以外で誰かが困るのよね?・・・貴方は?あの場にいた貴方は狙われないの?」
もしモルディーヌを襲ったのがレフの仲間ですらないなら、見てはいけない物を見たレフも口封じに狙われている筈だ。
狙う者は、(一応は)首なし紳士でないなら、レフの軍仲間か殺された被害者関係。
「心配してくれるのか?問題ない。レフ=ルト・マクビウェルがあの場にいたのを向こうは知らない」
「私が喋らなければ?」
「ああ」
と、言うことは知られたら狙われる?
軍の仲間が知らない筈はないから。
犯人は殺された被害者関連の人?
でも・・・何かが引っ掛かる。
考えても解らないし、聞いても教えてくれなさそうなレフを見て口を曲げる。不満そうなのが露骨に顔に出ているのを見てもレフは無表情のままだ。
「分かってる!今は言えないのよね?」
遂に目を反らされた!
人の頭を悩ませておいて腹立つわね。
数日して解決したら覚えてなさいよ!
「すまない。君とずっといたいが、そろそろ行かないといけない。先に家まで送らせてくれ。その後は絶対にひとりで外に出ないでくれ」
「ええ。お願いいたします。マクビウェル卿」
腹の虫が治まらないモルディーヌは嫌味っぽく言うのを止められなかった。レフの目が少し寂しそうだったが見なかったふりをした。
「それで?今日はどうであった?」
暗い一室。
執務机から嬉々とした表情の男が、入り口付近から近付いて来ないレフに向かって問いかける。
「・・・嬉しそうですね」
「嫌そうに言うな!さては今機嫌が悪いな。儂を警戒して近付いて来ないところを見るに、件の娘か?ん?」
ニヤニヤと笑いながら両手を擦り合わせる男にレフはため息を吐く。昼間のモルディーヌとのやり取りがある程度知れている反応だ。
「他から聞いているなら俺の報告は要らないのでは?毎日呼び出さないで下さい」
「何の事か分からぬな。早く報告せよ」
しれっと抜かす男を諦めの眼差しで見やりレフは報告をする。
「昼に昨夕の現場検証を行いました。その後、ヴォルフォレスト・ハイガーデンにて件の娘は馬車事故、兵士ふたりは首なし紳士に見せかけて襲われました」
「予定とはちと違うようだが」
「問題ありません」
「ふむ、よかろう。後何日かかる?」
「2日程頂ければ――――――っ何!?」
男の問いに答えていたレフがいきなり声を張り、瞳に怒りを宿す。
ただならぬ様子に男も眉をひそめる。
「何があった?」
「襲撃です。御前失礼します!」
そう言って、レフは扉を使う事なく闇に溶け込む様に姿を消した。
普段は何事にも頓着しないレフの慌てた姿に男から苦笑いがこぼれる。
「頑張れよ。件の娘に会うのを楽しみにしている」
「ニーア?」
慰めを求め、窓を開けて外を見回すが白い鳩は見当たらない。
一昨日の夜と同じ、嫌な予感がする。
レフが家に送り届けてくれて暫くの夕暮れ時から降り始めた雨が食事時には本降りになり、今や通りに面した寝室の窓や屋根を叩く音がいやに響く。
それぞれの窓の上にある小振りな屋根では防ぎきれず、風にのった雨粒がモルディーヌの顔や前身頃を僅かに濡らしていく。視界を遮る雨水越しに、もう宵の23時になり暗く陰鬱とした通りの向かいに建つ家を眺めた。
「まだ、帰らないのかしら」
ヴォルフォレスト・ハイガーデンからモルディーヌを送り届けたレフは、その足で現場やオッカムの元へと向かったまま帰らない。
もう遅い時間だ。モルディーヌは夕飯や湯あみ等の時間以外は小まめに見ていたが、向かいの家に明かりは灯らない。
昼間にサムやオッカムが襲われた事もあり、もしかしたらモルディーヌと昼間一緒にいたレフも?と不安に駆られる。じわじわと浸食するように悪寒が走り、モルディーヌは自分の肩を抱き締めるように擦る。レフに抱き締められた時の、守られている安心感が欲しい。
時間が経つに連れて心細くなり、ニーアに気を紛らわせて欲しかった。
「今日半日ですごい心境の変化ね。昼まではあんなに恐かったのに」
自嘲気味に呟く。
本当に、本当に恐くて、ドキドキしたのよ。
ドキドキし過ぎて呼吸が苦しくて死ぬかと思ったもの。
心拍数が上がって煩いくらいで、顔熱くて、涙が出そうになったし、何度心臓が止まりそうになったか。
本当に心臓に悪すぎる!
悶々と考え、あれ?と固まる。
この表現だとまるで恋する乙女の様ではないか。
「・・・はっ!?まさか吊り橋効果?」
恐怖、驚き、運動時の心拍数上昇のドキドキを、恋愛的なドキドキと錯覚するという。
きっとそうよ!
例え今日の午後もドキドキして恥ずかしくて抱き締められてホッとしたとしても、馬車に轢かれるかと思ったせいね!
まだ何にも解らない謎すぎる人に惚れるなんて馬鹿な事あるわけないわ!
うんうんと頷きながら自分を納得させる。
しかし、向かいの家に明かりが灯る気配がない事にため息が出る。こんな雨の夜は連続殺人鬼首なし紳士の事が無くとも誰も出歩かないだろう。雨で足場も悪い為、馬車が通る事も滅多にない。
案外レフも、何処かで一晩泊まってくるつもりかもしれない。
「向かいに引っ越して来たから気になってるだけ。そうでなければ、心配になんてならなかった筈よ。・・・何で引っ越して来たのよ!」
まず、家がバレたのは駐屯所に控えられたから分かる。にしても、翌日の昼に引っ越して来るのは早すぎる。レフが本当に事務員にしても、報告書類が届くのが夜中はないだろう。と言うことは、殺人現場に居合わせた時にモルディーヌが何処の者か知っていたのだろうか。しかし、あの時雨に濡れた顔以外は外套に覆われて特徴など分からなかった筈だ。
「あ。ゲオルグ先生の外套」
ゲオルグの往診用の外套はローブマントの形をしており、白生地で肩に沿って赤いラインが入っている。縁取りは金の布が使われており、これらの組み合わせが中区画医療関係者を証明するものだ。
あまりに見馴れていたから盲点だった。
2日も寝不足の頭で考えるのも限界だ。考えて分かるものも解らなくなる。
モルディーヌはまた息を吐き、もう寝る事にした。
窓はニーアが来るかもしれないと、ほんの少しだけ開けておく。風で大きく開いたり閉まらない様に布を挟んでおいた。
別の窓際には家妖精用のミルクとビスケットを置いて、ベッドに潜り込む。
微睡みかけた頃に、ドアの近くの床が軋んだ気がした。
また、家妖精かと思い浮かべた時、何かがベッドに乗ったのかスプリングが鳴り、上掛け越しにモルディーヌを押し潰した。
「な、むぐっ!?」
咄嗟に叫ぼうとしたが、口を押さえつけられた。
上半身を起こそうとするが腹の上に馬乗りになられ、両手も挟まれてしまっていてびくともしない。
モルディーヌがもがいた反動で上掛けが胸下までずり落ちたので相手の顔がよく見えた。
「しっ。喋らないで」
モルディーヌの上には、この2日よく見た顔。人好きのする笑顔を浮かべたキース・ライアーがいた。
口はキレイな弧をえがいているが、モルディーヌを見る眼には温度が無くゾッとする程冷たい。左手でモルディーヌの口を押さえ、右手にはナイフが握られていた。
じろじろとモルディーヌを眺め回して、キースは片眉をあげる。
「本当に予想外なお嬢さんですね。普通、もっと恐怖に泣かないかな?襲われるの3回目ですよ?」
モルディーヌは驚きを通り越し、キースを睨み付ける。
今日のヴォルフォレスト・ハイガーデンでの事を知る筈ないキースの「3回目」という言葉に、彼がずっとモルディーヌを狙っていた犯人だと知り、沸々と怒りが込み上げてきた。
こっちが犯人だったなんて!
直接来たのは初めてだけど、疑いもしなかったわ!
彼にしたら、とんだ濡れ衣だったわけね。
「ここで怒るんですか?わたしも元気ではないので、手短にいきましょう」
驚きと暗い室内で気付かなかったが、よく見るとキースの服の隙間から見える首もとや腕には包帯が巻かれており、モルディーヌを見る顔にも痣や細かい傷があった。
まさか!?
オッカムさんやサムさんを襲ったのも?
視線に気付いたのか、キースは薄ら笑いを浮かべた。
「援護があったとはいえ、流石に現役兵士ふたりの相手は骨が折れました」
「んんっ、んぐ!!」
「しっ。静かにして下さい。叔母君や従姉妹たちが駆け付けたら殺しちゃいますよ?」
「んっ!?」
「ふふっ。兵士ふたりを始末して怒ってるんですか?自分の身を心配されたらどうです?」
先程もがいたために乱れた夜着姿のモルディーヌの胸元と、膝上まで曝された脚を不躾な程眺めたキースがニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「マクビウェル卿が一昨夜見た首なし紳士なんですよね?ああ、誤魔化さなくて結構です。貴女方のやり取りで気付いたので」
「・・・」
「マクビウェル卿はお嬢さんに随分御執心のようですね。引っ越してまで見張り、自分が殺す機会を窺っているのか、本気で惚れてるのか。今日はわたしの共犯者の邪魔をされてしまいました。今は何処にいるのか」
そう言いながら、ナイフの背でモルディーヌの頬から首筋をたどり、胸の膨らみで止まる。
会話の流れからレフがまだ無事である事が解る。
レフが首なし紳士だと言われた瞬間の強張りを解き、モルディーヌは安堵してしまった。
それが分かったのか、キースの目付きが面白くなさそうに鋭くなる。
「本当に思い通りにならないお嬢さんですね。まぁ、いい。事情が多少変わりまして、首なし紳士を彼の御仁に引き会わす必要が出ましてね、お嬢さんには餌になって頂きます」
餌って何!?
なんか目が気持ち悪い!
やらしい目で見ないでほしいんだけど。
困惑と嫌悪の目を向けると、キースはナイフの刃で夜着の左の肩ヒモを切り、また嫌な笑みを向けてきた。
「魅力的な身体のお嬢さんには2つ選択肢をあげます。今から無惨な死体となり彼へメッセージを伝える餌となる。もしくは、彼を騙して誘き出してから、わたしがお嬢さんとの楽しみを飽きるまでは生き永らえる。どちらが良いですか?」
モルディーヌはキースの言葉にぷるぷる身を震わせながら、目をギュッと瞑る。
―――――プツリとキレた音がした。
キースは気付かずに楽しそうに笑いながらモルディーヌを見ていた。
「ふふっ。恐怖で怯えて泣いて懇願して下さい。獲物が泣いてすがる姿を見たくてよく依頼を引き受けるんですから」
怯えた様に震えるモルディーヌに油断したのか、口を押さえるキースの手が少し弛んだ。
「どっちもお断り!!」
そう叫んだモルディーヌは、上半身をキースがナイフを持っていない方に捻り、キースの背中を膝に入る精一杯の力で蹴りつけた。
キースの顔が枕に突っぷするのを避ける為に手をつく。その隙にモルディーヌは少し浮いたキースの股下から腰を捩って引き抜こうともがく。
「―――クソッ!待て!」
「きゃっ!?」
ッドン!バタンッ!!
左肩を掴まれながらもベッドから這いずると、窓が勢いよく開いた。
白いものがキースに襲いかかりモルディーヌを押さえつける邪魔をしてくれた。
「ニーア!!」
白い鳩ニーアがキースを嘴で突き、爪で引っ張ったり羽ばたいて視界を遮る。それでも、大の男であるキースの力には勝てない。
キースはモルディーヌを逃がすまいと扉から遠ざけるように、窓の方へ揉み合いながらも押しやる。
「――――モルディーヌ来いっ!」
窓の下から雨音に混じり、声が聞こえた気がする。
モルディーヌは咄嗟に確認もせず、揉み合いながらキースもろとも窓から身を投げ出した。
落下するモルディーヌを包む様に一陣の風が吹いたと思ったら、2階から落ちた衝撃を殆ど感じさせず抱き止められた。
「はぁ。怪我はないか?」
「・・・3回目ね」
顔を上げると安堵の色を浮かべたレフが滲んだ視界に映った。
襲撃~の part3
あれ?レフがキャッチ係と化してきた。
次回はキースside挟む予定です