12 一時休戦しよう
ひとセリフが短いためズルズル書いてます。
レフが立ち上がりモルディーヌにも手を差し出してくれたので、ありがたく掴まらせてもらい立ち上がる。
身長差のせいで、しゃがんでいた時より顔が遠くなる。
「さて、他に聞きたいことは?まぁ、現時点で答えられない事ばかりだが」
「でしょうね」
「君が今知ると、下っぱより上がすぐ動きそうでさらに危ないからな」
「知らない方が良いのね。因みに、誰が私を殺そうとしたかは知ってるの?」
「一応知ってる」
「一応?貴方が本物の首なし紳士でないなら、誰か別に連続殺人鬼がいるのよね。もしかして、本物が私を殺そうとしてるの?」
ありえる話だ。
例えば、レフは被害者と知り合いで一緒に居たときに切られそうになり、奇跡的に首なし紳士を追い返した時に偶々私があの場に現れたから、近くにいる首なし紳士に気付かれないように逃がしてくれたのに、私が駐屯兵をつれて戻ってしまったから狙われたとか。
もしくは、首なし紳士に全く関係なく、軍務大臣事務次官室の仕事で事務員でも一応軍人であるレフがあの夜の被害者を殺さなければいけなくて、あの被害者側もしくは、軍の仲間が目撃者である私が余計なことを喋って事が露見しないように私の口封じに狙ってるとか。
後者で、狙う側が軍であれば私が知らぬ存ぜぬを通していればレフの協力で上手くかわしきれるかもしれない。
「一応は違う、かな?死ぬかもしれない囮になる覚悟なら話すが」
「・・・正直すでに狙われてる今とどう違うかは解らないけど、もう聞かない方が良さそうね」
一時休戦しよう。と、よく晴れた空を見てため息を吐いた。
高台にあるので空気が澄んでいておいしく、花から立ち上る薫りを吸い込みまた吐き出す。視線をレフに向けると、腕を掴まれた。
「話が終わったら帰るのか?」
「へ?」
モルディーヌはきょとんとレフを見上げる。相変わらず顔は無表情だが、長いまつげに縁取られた紫の瞳が不安げに揺れていた。
「俺は君とまだ一緒にいたい。だが、君は話をする為だけにヴォルフォレスト・ハイガーデンに誘っただろ?好意が欠片も通じてないのはわかったから、変に期待はしないが」
「帰らないわ」
苦々しく眉根を寄せて息を吐くレフに、意外に思いながら即答を返した。が、余程モルディーヌに帰られると思っていたのだろう。
「そうだよな。わかった、帰ろう」
「ちょっと、人の返事を聞いてた?帰らないわよ!」
「は?何故?」
丸くした目を瞬いてモルディーヌを見てきた。普通の人より表情が動かないが、それでも読み取れるようになってきた。
「何故って、来たことないから行きたいって私が言ったじゃない!帰った方が良いの?話す必要に迫られて言い出したけど、来たかったのは本当よ」
「いや、俺とふたりで良いのか?昼は俺に殺されるかもしれないから渋ったんだろ?今は自暴自棄で行動を起こしたんだろうし」
「否定はしないけど、貴方に殺されないなら良いわ。むしろ、来たことあるならオススメを案内してね」
「・・・以前に来るには来たが、あまり興味が無かったから覚えてない」
花園を抜けて、賑やかな楽団や大道芸をやっている広場に出るための舗装された煉瓦道を進む。
淡々とした声で首を傾げられてしまい、モルディーヌは眉を寄せてレフの顔を見上げる。
「そうなの?夜会やお茶会ではここの話で持ちきりだと聞いたわ。だから私は楽しそうで気になってたのよ。貴方がつまらないなら無理に一緒に来なくていいのよ」
「いや、以前は君がいなかったから。今日は君が一緒にいるだけで楽しいだろう」
しれっと告げられたレフの言葉に、モルディーヌは耳の付け根からじわじわ熱が広がるのを感じて顔を顰めて堪える。
「そういうのしれっと言うの止めてもらえる?」
「言わないと通じないのは実証済みだろ。どうしろと?」
不思議そうに顔を覗き込まれ、モルディーヌは絶対に赤くなっているであろう顔を拗ねたように反らすしかできなかった。
「貴方がややこし過ぎるのよ!人殺しさん!」
「否定はしない」
「・・・これも、事情があるの?」
「ああ」
やはり後者の仕事で殺人をしたのかもしれない。歩きながらソッと顔色を窺っても何も読み取れない。
改めてレフを見ても、一昨夜にあの場で出会わなければ彼が人を殺したと信じられなかっただろう。普通に出会っていたら、話していて恐怖や不安を感じることなど無かった筈だ。
私を騙していなければ良いのに、と思ってしまい苦い気持ちになる。
いくら好意を寄せてるアピールして来たのがイケメンだからって私チョロすぎないかしら。
タニミアじゃないんだから。
出来る限りの返事はしてくれてる感じが疑いづらいのかもしれないけど。
まだ、とてもじゃないけど嘘か誠か判断できるはずないわ!
「・・・いいわ。数日は貴方を信じてみようかと思わせるように、今日は一緒に遊んで仲良くなることね!」
「善処しよう」
チラッと目をやるとレフの端整な美しい顔に初めてはっきりと柔らかい笑顔が浮かんだ。口が歪んだ皮肉げだったり不敵な笑みと違う。心臓まで温かくなる笑みにモルディーヌは暫くレフを見られなかった。
煉瓦道を抜け広場が見えたので、そちらを見るのに忙しい事にする。
実際初めてみるヴォルフォレスト・ハイガーデンの催し物は圧巻だった。魔術が組み込まれた道具を使っているのか、ジャグリングや綱渡り曲芸、他にも大掛かりな舞台の大道芸に火や水等を上手く組み合わせたパフォーマンスで観客を賑わせていた。
さらに奥の楽団は屋根付きの舞台で設置されたふかふかなソファ席だけでなく周りにはパラソル付きガーデンテーブルにベンチがたくさんあり、お茶やお菓子を食べながらゆったり寛いだ観客が座っている。
「そう言えば、ヴォルフォレスト・ハイガーデンには首なし紳士が出たことないわよね?夕刻や夜中に今ぐらいの人が溢れる環境は中々ないから絶好のチャンスよね」
ふと疑問に思いモルディーヌが呟くとレフがあっさり否定した。
「無理だろう。ここは王太子殿下が兵士を派遣して管理してるし、夜は貴族が多いから特に警備が厳重だ。入るのにそこそこの額を払うから懐に余裕がない庶民は入りづらいし、受付で名前が控えられる。そんな中、ただ殺すだけならまだしも、首を持ち出すのは難しいだろう。帰りは別出口で馬車の手配をしてくれるから乗るならまた名を告げるし、そうでなく怪しい荷物が増えた者がいたらチェックされるか記録が残される」
「そうなの?私達受付してないわよね!?」
確かに、公園の入口に人だかりのようなのがあったけど
まさか受付待ちだったの!?
帰りの馬車待ちかと思った!
「受付横を通った時、受付の奴が俺の顔を見ていたから大丈夫だ。君も俺の連れなら面倒な受付などなしで通される」
慌てるモルディーヌなど気にせず、何でもない事の様に淡々と説明された。
まさかの顔パス!?
この人本当に何者なんだ。
やっぱり良いところのお貴族様だから事務員でも軍内で顔が広いとか?
広場に来るまで気にもしていなかったが、きょろきょろ見ていたモルディーヌは歩くうちに気付いてしまった。
女性陣からの視線が痛い!!
昨夜ディナーやダンスをしている時も思ったが、レフ=ルト・マクビウェルという見映えが良すぎる青年紳士は年頃の令嬢以外にも、その母親や未亡人からまで視線を集めている。
当然その横を仲良さげにエスコートされるモルディーヌも見られてしまう。嫉妬や、何故こんな冴えないちんちくりんが?って目で見られるのが辛い。特に今日は治療院の手伝い終わりから着替えずにそのまま来たので、昨夜のダンス用の華やかなドレスと違って着古した簡素なドレスはさぞやみすぼらしく見えるだろう。
今は一時休戦中だが、先程まで殺す殺される関係だと思っていたモルディーヌとしては、仲良くないです!と声を大にして言いたい。だが、レフが嘘を吐いてなく本当に万が一にもモルディーヌに好意を寄せていた場合もあるので居たたまれない。
正装時と違ってふたつに垂らしたおさげを摘まみ、せめてシニヨンに纏めておけば良かったと思ってしまう。
「どうした?」
広場を楽しげに見つめていたモルディーヌの様子が変わった事に気付いたらしく、レフが此方を見ていた。
「出掛けるなら髪を纏めれば良かったと思って」
「昨夜みたいに?」
「そうね」
モルディーヌがため息を吐いておさげの毛先をいじるのを不思議そうに見て、レフがモルディーヌの手ごとおさげを持ち上げて毛先にキスを落とした。
「俺はこっちも好きだな」
「ふへっ!?」
「昨夜は綺麗にし過ぎて男達が君を視すぎていた。あまり注目を集めて欲しくない」
嫉妬している様な熱のこもった紫の瞳がモルディーヌを見詰めていた。
モルディーヌはレフの顔が見られなくなり、顔の間に掴まれていない方の自分の手を挟んで隠しながら小さく叫ぶ。
「口説いてるみたいだから止めて!」
「そのつもりだ。口説けているならいい」
隠す手も掴んで脇に避けられた。
微かに口角が上がっているレフの麗しい顔が見えてしまう。心拍数がグッと上がって顔が真っ赤だろうモルディーヌは必死に顔を背けた。周りで此方を遠巻きに眺めていた人達が見えてしまう。
ひいぃっ!?
恐い目でお嬢様方や未亡人っぽい人がこっち見てる!
絶対に何でアンタみたいなのが!って思ってる顔だよ。お嬢様らしい顔取り繕ってよ!
お母様方は自分の娘と私を見比べるの止めて!この格好が貴族令嬢に見えなくて、冴えないちんちくりんに見えるの分かってるから!
あと、遠くの方で警備中の兵士がこっちを驚愕の顔でみてるの何で?口開きすぎじゃない?
「あ。あの店は旨いし女性うけが良いとヴォルディが言っていたな。もう3時になるからお茶でもしよう」
よそ見をしていたモルディーヌや周りからの熱い視線など構わずレフが懐中時計を見てから広場の一角にあるカフェを指差した。女性陣の視線から逃れる為に、モルディーヌは即座に同意して可愛らしく洒落たカフェに向かった。
人の出入りが多い時だったらしく、少し入口付近の列で足を止めた。
「ヴォルディって?」
「8年ぐらいの付き合いになる弟の様な友じ「きゃあっ!」んだ」
レフが話している途中で、ひとりのご令嬢がぶつかった。
モルディーヌを見ていてご令嬢の方を見向きもせずにいたのに、レフは片手でご令嬢の肩を受け止めていた。
ご令嬢は20代半ばぐらいのこげ茶色のウェーブがかった髪を綺麗に結った、大人の色香を放つ美女だった。
頬を赤く染め、蕩けるようなチョコレート色の瞳でレフを見詰めていた。
因みにこれで3人目だ。モルディーヌになら勝てると判断し、何とかレフと接触を図ろうとしているらしい。
「も、申し訳ありません。人に押されてしまいまして、あ」
「いえ、お気になさらず」
美女を一瞥しただけで無かった事にするレフ。無表情のせいで凄く素っ気ない対応だ。そして美女に睨まれるのは、レフのエスコートを受けているモルディーヌの役目だ。
理不尽!
こっちのとばっちりが酷い!
美女にデレデレしろとは言わないけど、私の平和の為にもうちょっと愛想良くしなさいよね。
本当に紳士か!?
モルディーヌはレフをじろりと睨みつけ、腰に握った手をあてながら怒って注意をする。
「そこは紳士として、怪我はありませんか?とか、貴女に怪我がなくて良かったぐらい言った方が良くない?」
「社交の場以外では面倒だ。君に怪我がなければいい」
バッサリ切り捨てられた。さらに横からの僻みの視線がプスプスとモルディーヌの顔に刺さる。
あれ!?何でこうなった?
私のせいなのか!?
「え?っきゃあっーーー!」
何かに気付いた美女から悲鳴があがった。
振り向こうとした瞬間、ドンッと横から何かに弾かれる。
バランスを崩したモルディーヌが転んだ時、馬の蹄の音と、ガラガラと車輪の音が響く。
茫然としていたモルディーヌの腕が力強く掴まれたと思ったら、
―――――目の前を馬車が突っ込んで来た。
トーキングTIME修了!
やっと次の展開です。