10 昼時の現場検証
現場検証!
だが、精神的な平和も長くは続かない。
現場へ着き、3日連続この場所に来ることになるとは思わなかったモルディーヌは、複雑な心境で辺りを見回した。
1日目は殺害現場へ遭遇
2日目はナイフの襲撃
3日目の今日は何が起こるのか。
ただし、今日はあまり心配したり、疑心暗鬼になりすぎないで済んだ。
今朝のニーアとのやり取りがあったお陰だろう。嘘を吐けない妖精であるニーアが、危なければ呼べと言ってくれた。さらに、主人の命令でモルディーヌを助ける為に付けられているようだったから、今も何処かから見ている可能性がある。
「ところで、なかなか聞くタイミングがつかめなかったのですが、何故マクビウェル卿もここへ?」
治療院に3人が来てからモルディーヌもずっと気になるが聞けなかった事をキースが聞いてくれた。
昨夕の襲撃直後に会ったとは言え、中区画駐屯兵長のオッカムはわかるが、レフはどう見ても兵士ではない。むしろ犯罪者サイドの人間だ。表向きの顔も特に職について触れなかったので、どこか爵位貴族の次男以下で、遊び暮らしているのかと思っていた。高位貴族出身か親族が軍のお偉いさんならオッカムが敬語で話していることにも納得だったので深く考える事もなかった。
そうだよね!
何でいるか普通気になるよね!
誰も何も言わないから突っ込めなかったよ
よくぞ聞いてくれた、キースさん!
うんうんと頷いて見ると、ポカンとしたオッカムが瞬きを繰り返した後レフに目をやる。
「・・・レフ殿。きちんと自己紹介してないんですか?」
「重要だったか?いつも面倒だから名前しか言わない」
「いやいや、重要ですよ!?面倒だからって、普通は省きませんよ!え?まさかいつもそうなんですか!?」
「そうか?呼び名が必要なだけかと思った」
「そう言う考えでしたか。レフ殿は身分と言うものを覚えて下さい!世の中には、それらで人を判断する人が多いんですよ。下に侮られてしまい要らぬ揉め事起こしたり、スムーズにいくものがいかなかったりしますからね!」
「そうか。他人にどう思われようと困らんが仕方ない」
天を仰いだオッカムが盛大にため息を吐いた。姿勢を正しモルディーヌとキースに紹介してくれた。
「この方は、まだ若いながら軍務大臣補佐事務次官室の城下を管理する事務員殿です。どうせ書類通す方なんで、昨日居合わせたし暇なら来て頂こうかと。あ、因みにぼんぼんに違いないよ」
「そんな役職だったか。長いな、名前だけでよくないか?」
「俺の話聞いてました!?」
「・・・善処しよう」
意外にも本人が軍関係者だった!
軍上層部の情報に関わるとこに犯罪者いていいのか?
まさか、秘密の影出身とかじゃないよね?
情報操作できるとこに揉み消し要員いたら最強だよ!?
犯罪者で揉み消し要員だったら無敵だな。
誰か正義のヒーロー的な人いないのか!
仕切り直すように、オッカムが手をパーーンッと打つ。
「じゃ、モルディーヌ嬢とライアー氏で、ナイフが飛んできた前後の状況を説明と再現してくれるかな?」
暢気にオッカムが指示を飛ばすので、一先ずモルディーヌは頭を切り替え、昨日の夕刻を順番に思い出しながら振り返る事にした。
「まず、ここに来る前。昨日おふたりに会った、すぐそこの場所でキースさんと待ち合わせをしました」
「ええ。視線を感じたお嬢さんが走って来ましたね」
今考えると、あの視線はニーアだったのだろう。
正体を知らなければ、屋根の上やバルコニー、街灯等からずっと見られていても気付かない。人を探しても見当たらなかったわけだ。
「結局、辺りに不審な人はいないようだったので、私の神経の高ぶりが起こした勘違いだったのかも知れません」
妖精であるニーアの事は言えない。ニーアの主人の正体も解らない段階で下手な事を言うと、モルディーヌが妖精を見たり話したりできる事が知られてしまう。悪い魔女扱いでさらに大変な事態になるのは御免である。
男3人はモルディーヌの言葉に、それぞれの理由から顔を顰めて反応した。
キースは「本当に心当たりはないのですか?」と。まぁ、襲われる直前の事だから不可思議に思っても仕方がない。巻き込んでごめんなさい。
オッカムは「何故そのまま現場へ行っちゃったの?」と。不審に思った時点で中止すべきだったと責められても仕方がない。事の起こる前に注意までしてもらってたのにごめんなさい。
レフは何も言わなかった。モルディーヌを訝しげな目で一瞥して、昼時の青く晴れた空へ視線をさ迷わせた。もしかして、ニーアを探している?と気付いて、ドキリと心臓が鳴る。この人ほんと恐い。
その後キースに促され、現場の捜索を始めた位置に立つ。
「確か、雨で流されたのか駄目ですねって、キースさんに話しかけました」
「はい。わたしも残念ながら痕跡はないと返事をしましたね。お嬢さんががっかりしてたので、慰めようと肩を叩いてこの痕に気付きました」
そう言ってキースが木製の柵を指した。そこには、薄い切り傷が入っていた。何かが引っ掛かったにしては不自然な幅で左上から右下に走った痕跡がある。剣が空ぶった時に付いたようだ。
微かに塀や、道の脇に油が滲んだ線が浮いているのに気付きモルディーヌは首を傾げた。
「そうでしたね。あの時は見られなかったんですよ」
キースに肩を掴まれたまま顔を上げる。
「この時いきなり白いものがお嬢さんの方に飛び込んで来たんです。後に白い鳩だとわかりましたが」
苦々しげな顔でキースが鳩の軌道を示す。モルディーヌは顔を背けながら屈みこむ動きを記憶にある限りで再現した。
「白いのにぶつかった光が頭の上を通ったなと思ったら、そこの壁に尖ったナイフが突き刺さりました」
モルディーヌは向かいの壁に開いた3センチぐらいの細長い穴を指す。その後穴をオッカムが繁々と見る。
「よく避けられたなぁ。ご令嬢としてはアレだけど、モルディーヌ嬢が俊敏で良かったよ!」
「アレって何ですか!?」
「ええ。わたしもお嬢さんの人間離れした素早さに、ナイフと同じくらい驚きました」
「えぇ!?キースさんもそんな目で・・・」
からから笑うオッカムと染々頷くキース。散々な言われようだ。うら若き乙女として違うスキルが身に付いているようだ。
しかし、このスキルがなければ穴だらけだった筈!とモルディーヌは自分を慰めた。
「コホンッ!続いて2本目ですが、白い鳩が胸に突っ込んで来たので、屈んだ体勢からそのまま尻餅をつき、鼻先すれすれを通過して向こうに飛びました」
地面に座り込み再現をする。
「明らかに私の顔を狙うような軌道で飛んでくるので、一昨日の夜の事もあって、あの時は首なし紳士の仕業かと思いました」
「ん?過去形?襲って来た人を見てないんだよね?」
「見てないです。えっと、でも違うと思います。詳しくは説明できないので黙秘でお願いします!」
「黙秘って・・・」
まさかレフを指して、首なし紳士だと思ってた彼に襲撃直後会ったからなんて言えない!しかも、彼のアリバイはオッカムが証言できるというややこしさ。
レフをチラッと見るが無表情。こわっ!黙秘するのでばっさりいかないで下さい。
「3本目はお嬢さんの後頭部と、後ろに立つわたしの間を抜けました。ここまで数秒の事でしたから、わたしは全く動けませんでした」
「うん。まぁ、普通の人はそうだろうね。避けられたモルディーヌ嬢がアレだよ、特殊?」
オッカムがアレの表現をオブートに包んで特殊にした。疑問形なことから、包まなかったら何かは知りたくない。とりあえずオッカムは軽く睨んでおく。
「此処で、やっと逃げ出しました。立ち上がったタイミングでこの場所に4本目が刺さったのがチラッと見えて、逃げ切った先にふたりがいました」
「なるほど。怪我なく逃げられて良かったよ。モルディーヌ嬢が普通の令嬢だったら逃げられなかっただろうね。ナイフの通った位置から、犯人はあそこらへんに潜んでたみたいだね。丁度、塀と木の影に隠れて狙える。ちょっと離れてて」
言いながらオッカムが歩いていく。塀と木の影で立ち止まると、先程までモルディーヌがいた位置に向かって4連続で何かを投げてきた。
刺さった物を確認すると、杭みたいに細長いナイフだった。
4発とも、モルディーヌやキースが示したナイフが飛んできた場所に刺さっていたので、本当にあの場から狙われていたのだろう。
それにしてもコントロール力すごい。これ兵士でなく暗殺者に必要なスキルでは?オッカムも大概モルディーヌの事を言えない気がした。
現場検証が終わり、大きい通りに出たところで南区画駐屯兵のサムに会った。どうやら、オッカムに用があったらしい。
「失礼します。昨夜お話した件について報告がありますが、後の方がいいですかね?」
サムは部外者であるモルディーヌやキースをチラッと見て、オッカムから指示を待つ。
「ああ、お疲れさん。ふたりとも関わってるから多少はいいよ。何かわかった?」
「そうなんですか?」
モルディーヌが聞くとオッカムがウィンクを返してきた。言語で説明してください。
「わかりました。他言無用でお願いします。例の件ですが、やはり一昨日の首なし紳士騒ぎの際に繋がりとなる物を得た者がいる可能性があります。直後に例の家に接触を図った者がいたそうです」
例の件、例の家とは?
きっと、何だかんだわかるように話さないのだろう。
軍の情報大公開でも問題有るよね
私の知らないところで、いろんな人が動いてて当たり前。
早く解決してくれるなら良いけど、
この話を私より聞いたら不味い人がいるのでは?
然り気無くレフの様子を窺う。無表情で通りの先を見ているので、話を聞いているのかいないのか解らない。
「そっか~。やっかいな事になったな。軍務大臣様からの指示らしいから俺たち下っぱで調べあげるか」
「確証はないですが、心当たりがあるので俺に一旦任せて頂けませんか?」
「わかった。南区画の兵長には俺が言っとくから調べてみろ。只し、明日の夕刻までだ」
「ありがとうございます」
一礼してサムが去って行った。
「さて、おふたりさん。本日はご協力感謝する。何かわかったとしても、今後は自ら動いて関わらないように。特にモルディーヌ嬢!何か異変があったら勝手に動く前に俺かレフ殿に相談する事!いいかな?」
笑顔なのに目が笑っていないオッカムがモルディーヌに念押ししてきた。
前科があるからね。
ごめんなさい。
でも、何かあってもレフには相談できません。
むしろ殺られます。
この場合はどうすれば!?
これ恋愛項目あるか?ってならない為に
そろそろ、モルさんに恋愛してもらおうと思います