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8 私と白い鳩の朝

白い鳩の正体編です

 

「なんなのよ~!!」


 朝。

 起き抜けにモルディーヌは枕に向かってモゴモゴと叫ぶ。

 モルディーヌの叔母がシーズン中借りている屋敷。中でも、2階の左隣。ゲオルグ治療院側の一室であるモルディーヌの寝室の窓からは、通りの向かいに建つ家がよく見える。

 レフ=ルト・マクビウェルの家がよく見えてしまうのだ!

 昨夜も、寝る前にランプを消した暗い室内からならば向こうに見えない事に気付いて、不審な動きはないかとカーテンを開けて様子を窺ってしまった。気付いたら寝落ちし、開いたカーテンからの朝陽に起こされ、また寝不足だ。

 見なければ良いのに気になって見てしまうのは、やはりこの2日の出来事のせいだ。


 う~む。

 まず、昨夜あの人(レフ)から言われた事を整理しよう!

 私に妖精が見えるか。

 妖精首なし紳士(デュラハン)の伝承。

 一昨日私が目撃したのは、本物の妖精でなく、今までの首なし紳士(デュラハン)とも違った事。

 私は殺されていない。

 被害者の死体が消えた。

 死体はどうだったか

 ――――外傷多数。消える前の時点で首があった。

 何でこの事にずっと気付かなかったんだろ!

 誰も死体の状態なんて聞いてこなかった。

 逆を返せば、私ですら忘れていた事を知っていたのだから、あの夜見たのは間違いなくあの人(レフ)だ!

 しかし、あの現場にいたあの人(レフ)首なし紳士(デュラハン)ではないと言う。

 ・・・いやいや、殺人鬼の言うこと信じるの!?

 返り血浴びてたし、タイミング的に殺したのは間違いないから、例え連続殺人鬼の首なし紳士(デュラハン)で無かったとしても、人殺しだよ!

 あぁ~も~。キースさんと現場行った時のナイフの犯人もわかんないからな。


「本当にわけわかんない!」


 八つ当たりに枕をバシバシ叩く。

 ゲオルグやオッカムに勘違いした事にした方がいいと言われたが、どう考えても無理な相談だ。


 キースに証拠探しに誘われ

(事件の話を聞かれたせい)

 ナイフで殺されそうになり

(現場に行ったせい)

 殺人鬼らしきレフにからまれ

(自分からタックルかました)

 レフに首なし紳士(デュラハン)ではないと言われた

(勝手にそう思ってただけ)


 トントン拍子に自分から突っ込んで行ってる事に気付いて、これはもう何をしても悪循環な気がしてきた。


「私が悪いの!?そもそもゲオルグ先生が往診に、いや兵士が妊婦の奥方さんの為に来て、―――もう!連続殺人鬼首なし紳士(デュラハン)が悪いのよ!」


 言い出したら切りがない事にため息を吐く。これはもう、事件が全て解決しない事にはスッキリしないだろう。


 気持ちを切り替える為に、通りへ射し込む朝陽を窓から見ると白い鳩がいた。


「あら?ごきげんよう鳩さん。貴方は昨日助けてくれた子?」


 人に馴れているのか、窓を開けるとモルディーヌの差し出した掌に乗ってきた。

 そのまま胸に抱き、羽根を撫でてもされるがままの鳩は寛いでいるようだ。ほんのりと、どこかで嗅いだような胸高鳴る香りがしたので、やはり誰かに飼われているようだ。


「貴方はどうして私を助けてくれたの?ご主人様はだあれ?」


 モルディーヌの呟いた問いに、当然答える声はない。


「助けてくれてありがとう」


 感謝の気持ちを込めて頭のてっぺんに触れるだけのキスをすると、白い鳩は目を細めてモルディーヌの胸元にすり寄って来た。

 朝食用であろうパンの焼きたての匂いが漂って来たのに気付き、白い鳩を窓枠に止まらせる。


「ちょっと待ってて。昨日のお礼にもならないけど、朝ごはんをあげる」


 手早く、寝間着からひとりで身に付けられるコルセットと若草色のドレスへ着替える。その間、白い鳩は窓枠で大人しく羽根の手入れをしていた。この分だと大人しく待っているだろうと、急いで食べ物を取りに行って戻る。

 慌てていた為、扉が少し開いたままだったらしい。寝室のドアノブを回そうとした時に話し声が聞こえた。


『バレてもいーんすか?・・・男の嫉妬は醜いっすよ』


『主だってちゃっかり見てたくせに』


『オイラのせいじゃないっす!』


『でも、最高っすよ!主も頑張ってくだせぇ♪』


 話し相手の声は聞こえないが、誰かと会話している少年のような声だ。


「・・・誰かいるの?」


 モルディーヌが恐る恐る声をかけながら扉を開くと、窓枠に止まっている白い鳩が、外に向けていた顔を此方に向けた。

 それ以外に動くものはなく、出たときと何も変わらぬ静かな室内だった。


「鳩さん。誰が喋っていたの?」


 室内にそっと入り扉を閉め、キョロキョロと見回しながら問う。

 白い鳩はまた窓の外を見て、また此方に顔を向けた。当然何も答えはない。

 モルディーヌは窓枠横のミニデスクに食べ物の乗ったトレイを置き、白い鳩に「外から聞こえたのかしら」と呟きながら食べ物を与える為に手を伸ばす。



 餌に釣られた白い鳩が、掌に飛び乗った瞬間。



 指に巻き付く足を指で挟んでひっくり返し、羽根の付け根を押さえる。体を強張らせた白い鳩と目を合わせ、

 モルディーヌはにっこり微笑んだ。


「つーかまーえたっ!ねぇ、貴方が喋ったの?」


 白い鳩は固まったまま動かない。

 いや、動けないだけだが。


「貴方、妖精さんなんでしょ?」


 ビクッと反応した白い鳩は、首を窓の外と往復させるように振って、観念したのか口を開いた。


『・・・本当に見て見ぬふりできないんすね』

「やっぱり貴方だったのね。乱暴してごめんね」


 喋ってくれたので、コウモリよろしく逆さ吊りにしたのだけ元に戻してあげる。念のため足はまだ挟んでおく。


『はぁ、迂闊っす~。オイラの声が聞こえてるってことは、お嬢さんは見える人だったんすね』

「ん~、面と向かってお話するのは初めてよ?普段は、たま~に部屋の隅とかでこそこそしてる子達(ブラウニー)がチラッと見えるぐらい」


 昨夜レフと踊っている時に、妖精を見る事ができるのかと聞かれて驚いたのはこのためだ。普通はっきり見ることのできない者達の話を振られる事などない。

 魔術師ではないモルディーヌが自ら口外する事などあり得ない。

 所謂、魔術師になる素質はあるが修行していないため魔術師ではない状態なのだが、この状態を他人に知られると悪霊の見える悪い魔女と疑われてしまうのだ。

 まぁ、ひとりで暗がりに向かってぶつぶつ呟いていたり、不審な動きをしていたら、妖精の見えない人達からしたら、頭のおかしな奴に見えるだろう。

 素質のある者は早い内から魔術師になる為に師を仰ぎ、修行して魔術師の身分を得る。職に就く必要のない良家の令嬢や貧しくて学びに出る事のできなかった者がモルディーヌのような状態となる。

 なので、モルディーヌのような者達は悪い魔女と疑われないように、ひっそりと暮らしている。


『しかも、お嬢さん。部屋出る前にオイラが妖精だって気付いてたんすね?』


 そう言ってパンや果物の他、トレイに乗っているミルクとビスケットを見ていた。普段から家妖精(ブラウニー)用に窓際に置いていたので用意してみたのだ。


「なんとなく?」

『勘っすか!?まぁ、意識した方が見やすくなるらしいっすね』


 本当に勘だったので苦笑いで答えると、白い鳩は餌をつついて食べ始めた。


「ところで、貴方の名前は?私はモルディーヌ・イシュタトン」

あい(イエス)。イシュタトン伯爵のお嬢さんっすよね。主に聞いてるっす。オイラはニーアっす』

「ニーアは父を知ってるの?」

ない(ノー)。主の恩人って聞いただけっす』


 少し訛った言葉で喋るニーアの意外な返事に目を剥く。

 まさかここで6年前に亡くなった父の名前が出るとは思わなかった。


「そう。改めて助けてくれてありがとう、ニーアのご主人様が助けるよう言ってくれたの?私が恩人の娘だから?」

『ない。後付けは多少あるかもっすけど、お嬢さんの家知る前に気に入ったからオイラを付けたみたいっす』

「そうなの?私に会ったことがあるの?」

『ナイショっす!オイラは主の名を言えないんで聞かないでくだせぇ』


 もぐもぐと食べながらも律儀に答えてくれるニーアは、お腹一杯になると『また危なかったら呼んでくだせぇ』と言って運動がてら外に飛んで行った。

 妖精は人間と違い嘘を吐けないので、疑う事のない会話ができた。久しぶりにほっとできた気がしたモルディーヌは、トレイを持ち自分の朝食をとりに階下に降りる。

 気が緩んでいたので、向かいの2階窓が開いている事も、影から此方を窺う目があることにも気付かなかった。


 その後は、今日もまた治療院を手伝いに行く事にした。






主との会話は別の時書く予定ですが、ろくなこと喋ってません。

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