第五話
◆ ◆ ◆
「ただいま帰りました。」
「まあ。お帰りなさい、孝顕さん」
いつものように玄関で声をかけると、家政婦が笑顔で出迎えた。軽く小話をしながら手元の紙袋を幾つか下ろしたところで、正面にあるリビングの扉が勢いよく開き、芳人と佑介が揃ってホールへでてくる。
「お帰り兄ちゃん、お土産~!」
「お菓子~っ!」
普段は全く仲のよろしくない弟達だが、ここぞとばかりに愛想を振りまいてくる。全く持って現金なものだ。孝顕は軽い苦笑と共に目の前に置いた紙袋を示すことで応えた。
「頼まれた物は一通り買ってきたよ。それと、お菓子はこの袋ね」
お土産の入った大き目の紙袋を手に二人の弟は嬉々として台所へ急ぐ。それを呆れ気味に見送ると、家政婦に声をかける。
「加藤さん、すみませんが後はお願いします。荷物を置いたら着替えてきますので」
「わかりました」
バッグを肩にかけなおすと孝顕は足を階段へ向けた。
加藤も苦笑を漏らしつつ子供達を追って台所へ入って行く。
後もう二人、双子も今日は家に居る筈だが、おそらくまた部屋でネットゲーム三昧なのだろう。部屋へ行くついでに声をかけると案の定、いかにも面倒臭そうな声が返ってきた。
三階まで登りきり階段前のホールに来ると、ちょうど子供が一人こちらへ歩いてくるところだった。玄関扉の開閉音を聞きつけたようだ。目が合うと途端に駆け寄ってくる。
孝顕の状況などお構いなしで、子供は満面の笑みと共に思い切り抱きついてきた。
「お帰りなさい! アキ」
「ただいま、玖音」
勢いに押されてよろけながらもどうにか受け止め、笑顔で返す。少女の頭を撫でると、数日振りに触れる黒髪の柔らかな感触が、どこと無く沈んでいた気持ちを軽くしてくれた。
ひょいと顔を上げた玖音と目が合う。何時にも増してにこやかな笑顔に釣られ、孝顕の顔に自然な微笑が浮かんだ。
「玖……」
「お土産は! お菓子は!」
「…………やっぱりそう来るよな……」
キラキラした目で見上げたと思ったら弟達と同じ事を聞かれ、思わず鼻から息が漏れた。
「今、加藤さんが芳人達と一緒に分けてると思うよ。気になるなら先に行くといい。俺は、着替えてから行くよ」
状況だけ説明してやると、玖音は「分った!」と一言行って階段を走り降りていく。
「おい、走ると危ないぞ」
「大丈夫~!」
注意を促せば、にぎやかな足音に負けない大声が届く。
暫らく耳を澄まして音の行方を追い、改めて孝顕は自室へ向かった。
少女の屈託の無い笑顔を見ると心がざわめく。心の奥深くに沈め、見ないようにしていたその影が囁く度、孝顕は惑う。
深層からの誘惑を振り切るように軽く頭を振ると、部屋のドアを開いた。
望んではいけない。
きっとまた無くす。
だから望まない。
自分は籠の鳥、ただ飼われていればいいのだ。
何も持たず夢も見ず、死ぬまで歌い続ければいい。
けれど。
けれどもし、許されるならば……。
──────【了】──────




