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妖しい瞳  作者: 月猫百歩
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七ノ怪


 夜が来た。外で虫が鳴いている。

 布団に潜ってじっとしていたら、気づけば外は真っ暗になっていた。


 眠っていたわけじゃない。眠れるわけがない。雑誌も読む気になんてなれなかった。怖くて不安で、仕方なかった。

 

 あの雀はなんなの? 幽霊? 妖怪?

 いきなり現れて血の涙を流して、突然消えてしまった。しかもここで生まれて住んでいたって言っていた。


 完全に油断していた。

 襲われなかったから良かったものの、どうしてわたしはあの時すぐに逃げ出さなかったんだろう。無意識にあの可愛らしい姿に害はないと、思い込んでしまったのかもしれない。


 あの時、抑揚のない口調と血の涙に怖いと思った。

 でもどこか今までとは違う怖さと、不思議な、罪悪感に似たようなものを覚えた。


 ――鬼に食べられなくて良かったですね、あなたは幸せですね。


 その言葉が胸に突き刺さる。

 それが言いようのない罪悪感の原因? なんであの雀はあんな事を言ったんだろう。それに、わたしはそのことを言われる前から変な感覚があった。


 わたしはあの雀を知っている?

 ……いやでも、雀の妖怪なんて知らない。強いて言えば紫さんに化かされた時くらいだ。


 頭に思い浮かぶ着物姿の雀。

 今のわたしには灰梅の力はないから、彼女から何かを感じることは無い。


 でもどうしてだろう。既視感がある。それに違和感もずっと感じている。違和感の正体が何なのかは分からないけれど、あの雀はやっぱりどこかで……


 

「なんだ。寝ているのか?」


 考えに耽っていると布団の上から声がした。

 そっと顔を出せば、人に化けた鬼さんの訝しむ顔が見えた。


「具合悪いのか?」


 黒い半袖のシャツに落ち着いた赤の短パンを履いて、わたしのそばにしゃがんでいた。今日も現世に合わせた格好しているんだ。


 過去鬼さんの人間姿を見たことはあるけれど、現世の格好はこれで覚えている限りでだいたい二回目。

 人の姿をしているせいか、そんなに違和感もなくよく似合っている。


「いえ、ちょっと」


 歯切れ悪くそう答えると、鬼さんはわたしの額やら首やらに手を添えるが、唸って首を傾げた。


「風邪じゃないみたいだが」


「違うんです。気分が、少しだけ落ち込んでいるだけです」


 あんな不気味な体験をした後じゃ、元気な顔なんてとても出来なかった。

 わたしは体を起こすと、布団を抜け出してしゃがんでいる鬼さんに目を向けた。


「鬼さん。ここは過去に誰か住んでいたんですか?」


 硬い表情をしている自分が鬼さんの目に映っている気がした。鬼さんもわたしの顔を見て眉間に皺を少し寄せると、一瞬考え込んでからひたとわたしを見た。


「あぁそういやこの元の家は、住んでいたと言やぁ住んでいたかな。美味そうな鳥共が」


「美味そうな?」


 その一言で愕然となった。

 まさかあの雀が死んだ原因って、目の前の人に化けた鬼のせいじゃ……


「あぁ。だがそいつら他の奴に襲われてな。生き残った奴は皆出て行ったんだ。空家になって勿体ないから俺が戴いたんだ」


 あ、鬼さんが食べたんじゃないんだ。よかった。

 えーっと、だとしたら他の鬼に襲われてあの雀は死んでしまったのかも。

 そうだとしたら、あの雀は他の鬼に襲われて食べられてしまった雀の幽霊? 妖怪って死んだら人間と同じように幽霊になるの?


「その襲った妖怪はもうここにはいないんですか?」


「ん~……というより、この世にいないな」


 それ以上は聞くのをやめた。聞かなくたって今の言葉で分かった。

 安心していいのか微妙ではあるけれど、一応もう安全な家ではあるのね。



「あぁそうだ鈴音。花火を持ってきてやったぞ」


「花火、ですか?」


 鬼も花火なんてやるんだ。妖怪の世界にも花火を娯楽とするなんてなんだか意外。

 鬼さんは畳の上に置いていた木箱を取り上げると、蓋を開けて中身を見せてきた。

 

 中には何十本と横たわる線香花火があった。

 ……うん。というか、線香花火しかない。線香花火オンリーだ。他のバリエーションの花火らしきものはない。


「そこから下りてちょいと楽しまないか?」


 鬼さんが二カッと歯を見せて笑い、外を親指で指さした。

 この姿だけ見るなら格好いいんだけれどなぁ。本来の性格と乱暴さがなければなぁ……その他モラル諸々備わっていればなぁ……


 まぁそんなことは置いておくとして、花火をするなんて久しぶりだ。

 花火大会で大きな花火をを見ることはあっても、自分でするのはもう随分前の話だ。


 あ! 呑気に花火なんてする場合じゃなかった。鬼さんにあの雀のことを言わないと!


「あの昼間になんですけれど、雀の幽霊が出たんです」


「はぁあ?」


「変な顔しないでください。本当に出たんです! 血の涙を流して、あなたは鬼に食べられなくて幸せですねって、わたしに言ったんです」


 強い口調で鬼さんに訴えれば、鬼さんは眉を寄せてしばらく考え込んだ。一瞬鬼の時にするような、目をきょろりとさせる動作をする。

 でもすぐに肩を竦めて、ポンポンと軽くわたしの頭を叩いた。


「まぁその話は後で調べるさ。それより花火するぞ。俺がいればその雀の化け幽霊が出たって大丈夫だろ?」


「それは……そうかもしれないですけど……」


「さ、こっち来いこっち来い」


 結構切羽詰まった話なのに。呑気に花火なんてして良いのかな。

 悶々とするわたしを手招きする鬼さんに、わたしは考え込んだ末、渋々と縁側の方へと歩いた。




 鬼さんが持ってきてくれた草履を履いて、線香花火の弾けるさまを見つめる。

 きれいだなぁ……


 やっぱり妖怪の線香花火は少し変わっていて、火花が散る時に一瞬魚の形や花びらのような火花が走るのだ。

 色も様々あって、よく知っているオレンジだけじゃなく、青かったり真っ赤だったり、黄色や緑、水色や白、紫もあった。


「鈴音知ってるか? こいつの燃え方に名前がそれぞれあるんだ」


「へぇそうなんですか」


「最初ちっこい玉が出来るだろ? そいつは見ての通り蕾と言うんだ。んで、火花が出始めて火元が雫みたいになったら牡丹かな」


「へぇ……鬼さん物知りですね。じゃあわたしの線香花火は今牡丹ですね」


「いや。一番今激しくなっているだろ? そりゃ松葉っていうんだ」


 バチバチと大きく火花が散って、確かに松の葉っぱみたいに針のような閃光が飛び散っている。時折小さな蝶がヒラリと舞っては火花と共に消える。


「鬼さん結構ロマンチストですね」


「は? なんだそりゃ」


「んーっと……なんて言うんだろう。情熱的? 情緒のある? 雅な? ……あ、ごめんなさい分かりません。でも悪口じゃないですよ」


 わたしがフォローをしている間に、花火が勢いをなくして静かになっていく。さっきまでの激しさが消えていった。


「もうそいつは終わりがけの柳だな。で、最後は」


 ポトンと涙のように火の玉が落ちる。


「散り菊かな」


 わたしの足元が暗くなる。

 鬼さんは数本いっぺんに持っているようで、熱くないのか火花が膝の上で弾けて明るい。

 何本もの線香花火を見ていると、ふと昔を思い出す。


「いつもそうですけれど、線香花火って終わりは悲しいですね。わたしのおばあちゃんが言っていたんですけれど、線香花火を見ていると人の一生に見えるんですって」


 小さく生まれて、次第に大きくなって、精一杯生きて。それから徐々に静かに、最期は生まれた時の一瞬と同じ大きさになって生涯を終える。


「それならお前はずっと散らずの松葉だな」


 こちらを見ることもなく鬼さんが呟く。

 思わずわたしは小さく苦笑いした。


「いいえ。それすらなら無い、わたしはやっぱり牡丹です」


 牡丹どころか散り菊寸前の柳かも知れない。人の寿命を持たないわたしは細々と火花を散らして、松葉のような輝く時期は一生来ない。

 なのに終わる時は一瞬だ。


 遠くで小鳥が羽ばたくが聞こえた気がした。

 こんな真夜中に迷ったのか、それとも空耳だったのか。一度聞こえた羽音はもう耳には聞こえてこなかった。



「俺のも終わっちまったかな」


 鬼さんの手元を見れば持ち手だけが残って全て消えていた。あれだけあった線香花火は無く、箱の中身は空っぽだ。


 わたしは一本一本すぐに球が落ちないように注意しながら楽しんでいたのだけれど、鬼さんは毎回毎回数本をいっぺんに点けては直ぐに落とすを繰り返して楽しんでいた。すぐ無くなるわけだ。


「じゃあ後片付けして部屋に入りましょう」


 使い終わった花火をまとめていると、鬼さんがそれを回収し、両手でまとめると鬼火が燃え上がった。 

 一瞬残った火薬に引火しないか心配したけれど、そんな事は無く全て燃え尽きていった。


「鬼さんそんな事したら危ないですよ。一応花火なんですし」


「大丈夫だったろ」


 パンパンと手を叩いて鬼さんは縁側へ上がった。

 わたしも追いかけるように後へ続いた。


「あの鬼さん」 


 部屋の中央へ座った鬼さんの前に立ち、わたしは目を伏せて口を開いた。


「わたしやっぱりさっき言った雀が気になるんです。なんだか怖くて」


「あぁー、雀の幽霊だっけか?」


「はい。いきなり目の前に現れて、意味の分からないことを言ったと思ったら、血みたいな赤い涙を流して消えたんです」


 思い出すと胸がざわつく。また冷たくなった指先を握り合わせると、温めるように擦った。

 なんだろう。何か大事なことを忘れている気がするんだけれど、思い出せない。

 雀が現れてそこから何か引っかかってるものがあって、出かかっているんだけれど後少しで出てこない。


「ちょいと座れ」


 言われて目を開くと、わたしはその場に正座した。

 鬼さんは背中をやや後ろに倒したような格好で、片足を立ててわたしを見ていた。


「ここには幽霊云々はいない。有り得ないと言い切れるかな」


「有り得ないって……それは絶対ですか?」


「あぁ」


「じゃあわたしが見たのって、何なんですか?」


「寝呆けたんじゃないか?」


 さらりと言われてしまい口を開けたまま固まってしまう。

 あれが寝ぼけてみた夢? あの時一人でお茶を飲んでいて、知らないうちに眠ってしまった? あんな気持ちの悪い夢を?


「そんな顔をするな。俺がいるだろう? 大丈夫だ」 


 鬼さんに言われても正直気持ちが晴れない。問題の解決になっていない。

 それにやっぱりモヤモヤする。何か引っかかる。


 あの雀? この場所? あと何だろう?


 

 ブルブルと体が震えてくる。

 何だろう。何か思い出せそうなんだけれど、なかなか思い出せない。引っ張り出そうとするんだけれど、指に引っかからない。

 

 ……それとも思い出すのを拒否してる……?



「おい」


 コツンと額を叩かれた。

 我に返って顔を上げると、いつになく真剣な顔をした鬼さんがいた。


「俺がここにお前を連れてきたのはお前が不安定だからというのを忘れたか? いちいちお前の寝呆けて見た悪夢に、お前が青褪めていたらきりがないというものかな。ちったぁ、しっかりしろ」


「え? あ……はい……」


 悪夢、なのかな。ただの。

 鬼さんが言うみたいにわたしが気にしすぎているだけなのかな。

 言われてみれば紫さんが言っていた「鬼の雀」という言葉が頭の片隅に常に居座っている。その影響であの夢を見たのだろうか。


「いいか鈴音。ここでお前は普通に暮らすことに専念しろ。前にも言ったが、お前が正気を保てるのなら……その、気は進まないが出来る事なら用意するかな」


 最後の方は本当に不服そうに言って、本心ではないのだと丸分かりだった。それでもここまでしてくれるだなんて、本当にびっくりだ。

 鬼さんも、わたしのようにここ最近で何かしら心境の変化があったのかもしれない。

 

「分かりました。できる限り忘れます」


 目を伏せて釈然としないながらも鬼さんにそう告げた。

 鬼さんがここまでしてくれるのなら、わたしも言われた通りしっかりとしないといけない。


 灰梅もなくなり常闇に生きる者からほんの少しだとしても遠ざかったのだから、せっかく光を保ちやすい環境を整えてもらった場所を無駄にしてはいけない。


 鬼さんはわたしの答えに満足したのか、くしゃりとわたしの頭を撫でた。そして嬉しそうに笑ったのだ。




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