表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖しい瞳  作者: 月猫百歩
37/42

三十六ノ怪


 暗闇に一人取り残される。


 彼女はわたし。わたしは彼女。

 ずっと否定して、拒み続けた自分の常闇。鬼さんの妖気を浴び、常闇に充満する妖気を受け続けて、出来た灰梅の痣。

 そして瞳に移り宿った、鬼さんが好きな梅の花。


 わたしはどうありたかったんだっけ。

 鬼さんと共に、どう生きていきたかったんだっけ。


 その答えは過去何度も見つけてきた。

 でもやっと答えを見つけても、わたしはまた探す。そしてまた見つけて、また迷って、また探す。その繰り返し。


 苦しかった。キリがないこの答え探しに。

 これがこの先も続くのだと思うと、気が狂いそうになった。それは今も同じ。


 陽のある家族や友達との思い出と、退魔の剣が心の拠り所だった。

 闇は、わたしに苦痛と人外へと引き摺り落とそうとする、害悪なものとしか思えなかった。 


 だから拒み続けた。

 闇が自分の中で出てくる度に祓い続けた。


 あの常闇をさ迷う骸骨みたいになりたくない。

 自分は違う。わたしは人間で、妖怪じゃないと。そう思いたくて、知らずに灰梅を傷つけてきた。


『これで良かったんだ』


 ……そんなふうに、わたしはいつから思い込もうとしてきたんだろう。


 絶対に後悔の一つもしてはいけないと、常闇で共存するのではなく、闇に屈せずに生きようと思い始めていたのは、いつからだろう。


 わたしが望んだのはこんな形じゃない。

 確かに今のわたしには常闇の痣も灰梅はないけれど、これが陽のある普通の人間の姿じゃない。


 今ここにいるのは、ただ常闇で闇を拒むことに執着する、陰鬱な人間だ。



 自分の腕を見下ろす。

 蒼白くて細い。不健康そのものだ。けれどもそこには、常闇の痣はなかった。けれども同時に、自分の中に陽の光も感じられない。



 こうじゃない。違うんだ。望んでいた姿はこれじゃない。

 表面だけの話じゃないんだ。

 わたしはただ誰も傷つかずに、笑い合って、穏やかに過ごしたかったんだ。


 鬼さんのお酌をしながら、紅い月を眺めて。鬼さんの皮肉混じりな話を聞きながら、常闇で過ごしたかった。

 例え灰梅を持っていても、常闇の人間になったとしても、人であるわたし自身として生きたかった。



 深く息を吐く。

 長く細く、肺にある酸素を全て時間をかけて吐き出していく。



 家族と離れても、友達と離れても。忘れられても。帰れないとしても。

 例えそれらの事を一時後悔して、泣いてしまったとしても。そう思うこと自体は、別に罪悪感なんて覚えなくても、良いのかもしれない。

 それこそまた泣いたりしてしまっても、それはそれで、きっと良いんだろう。

 

 繰り返されることの何が悪いの。

 わたしは何を、こんなに意固地になっていたんだろうな。

 

 一つひとつ、自分の中で答えを見つけていく。

 どうしていきたかったのか。どうしたいのか。そしてこれから、どうすべきなのか。


 考えること自体、辛かったものが今は感じられない。

 小さな一歩ではあるけれど、むしろ確実なものとして、自分の足元がハッキリと作られていくような気分だ。



 遠い闇の向こう。

 水の音がして、波紋がこちらまで広がり消えていく。そしてまた遠くで火が燃え上がる音がして、白い塵が足元を通って消えていった。



「お願い」


 誰もいなくなった空間で、真上を見上げて、わたしは天井のない暗闇に呼びかける。


「お願い降りてきて」


 彼女を呼ぶ。鬼の雀であるわたしを。


 しばらくして、チラチラと紅い火の粉が、雪のように降ってきた。

 儚げな紅い粒は足元に落ちていく度に、いつか鬼さんとした線香花火の火花のように、音もなく消えていく。


「わたし、やっと分かったの」


 降り注いでくる火の粉に語りかけると、一羽の紅く光る雀が旋回しながら舞い降りてくる。 

 雀が羽ばたき羽を広げると、彼女の真下から見えない地面を割って、一本の木が生えた。そして高く高く伸びていった。


「現実を受け入れる覚悟はあるんですか?」


 チョンと長く細い、垂れた枝に雀が留まる。

 もう木は伸びるのをやめて静かに佇んでいた。大きな骨の手に見える枝はだらりとして、幽霊の手のようだ。花は咲いていないから、より不気味に見える。


「それはまだ、うん、とは言えないけれど」


 俯いて、目を閉じる。

 それからまた彼女を見つめる。


「あなたはわたし。わたしはあなた。あなたの痛みは……わたしの痛み」


 足を動かし彼女へ歩み寄る。

 丸い目をした雀の彼女へと近寄って、見上げた。


「だから……戻ってきて」


 彼女は何も話さなかった。

 しかしその代わりなのだろうか、垂れた枝からするりと降りると、ふわりと形を変えて闇に足をつける。

 今度はいつか見た、ボロボロな姿のわたしが、無表情に見つめ返していた。


「今まで押し付けてごめんなさい」


 苦しみを切り出して、疎ましいと切り捨てたわたしの常闇。わたし自身が捨てた、常闇のわたし。


「もう大丈夫だから」


 そう言って雀を抱きしめた。

 彼女は辛かっただろう。寂しかっただろう。そして悲しかっただろう。

 でも生きる為に、死にたくないと願った自分わたしの為に、犠牲になった。

 捨てたわたしを守る為に。諦めたわたしの代わりに、一人で頑張ってくれた。


「二度と自分あなたを捨てないから。約束だから」


 強く抱きしめると、生ぬるい空気がわたし達を包み込んだ。

 棒立ちになっていた彼女が、とてもゆっくりした仕草で、わたしの背中に腕を回してきた。

 抱き返してきたそれは手ではなく、柔らかな翼だった。


 彼女から感じる気配は、暗いはずなのに温かくて、包む生ぬるい空気は不気味なのに、どこか惹かれる妖しさを感じさせた。



 ポツポツと目の端に紅い大きな光が落ちてきた。

 見上げると、不気味に見えた垂れた枝には、いつの間にか紅い梅の花が咲き誇ってて、わたし達に梅の花を降らせていた。

 

 絶え間なく降り注いでくるのに、枯れることも散ることもなく、紅い花は舞い降りてくる。

 足元には見事なくらい、真っ赤な梅の花が闇を染め上げて広がっていた。


あなたを見捨てないでくれて、ありがとう」 


 彼女の声がした途端に、パッと抱きしめていた体が沢山の雀の羽へと変わって散った。

 雀の羽と梅の花が入り交じり、大きく渦を巻いてわたしの髪を舞い上がらせた。


 

 不気味で、恐ろしく。それでいてどこか惹かれる妖しさ。

 わたしが拒絶した常闇のもの。


「おいで」


 わたしがそれを見上げて両手を広げると、渦はわたしを巻き込んで視界を塞いだ。


 全てが紅く暗く映る。


 視えないものが視えて、様々な声を通すように瞳を灰梅で開ける。

 惹かれてはいけないと見ないようにしていたものを直視して、その妖しさに魅せられる。


 ハラハラと降りしきる梅越しに、常闇の、果てのない闇が見える。 

 そして……わたしの瞳に、灰梅が宿った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 

 意識は唐突に戻った。

 不意にわたしは目を見開くと、鏡に映る自分と目があった。

 少し驚いてやつれた自分の顔がこちらを向いている。呆然としながら辺りを見渡すと、白い籠の中だった。


「わたし……」


 鏡に視線を戻すと、そこには灰梅が瞳に咲いた自分がいた。

 多少視界がぼやけているのは、体調が悪いせいか、寝たきりだったのかも知れない。

 

 それでも以前より、暗闇がよく見える。


 灯篭のおかげで部屋は真っ暗ではないけれど、部屋の隅は暗い。それでも物がよく見える。

 これは確かに、灰梅がわたしに宿った証だ。


『……起きたんだって』


 急に聞こえてきた声。

 自分の耳よりも、心に響く声のほうがより聞こえる。


『そうなの? また起きながら寝ていたのに。今度は本当に、起きたんだ』


『そうみたいだ。あんな不味そうな骨と皮みたいになってきたのに、まだ生きてやがるのか』


『忌々しいアレをやっと手放したんなら、目障りだ。さっさと死ねばいいのに』



 ……これは、鬼さんのお屋敷で働いている妖怪の声。

 子鬼にしては大きい気がするけれど、どこからか見ているのかな。


 さっそく手厳しい声に、思わず視線が下がる。

 そうしている間にも、次から次へと憎悪を含んだ思念が、わたしの中に入り込んでくる。


『今から鬼様の所へ行って、また直訴するか?』


『そうだな。宴に出して貰おうぜ』


『今回は鬼様も手を焼いていたと聞く。……我らも耐えた。今度こそ鬼様も応えてくださるはずだ』



 話の流れからして、わたしを始末してくれと、鬼さんに掛け合うつもりなんだ。

 ここの妖怪たちはかなりの憎悪を含んでいる。

 この会話だけで、灼けるような胸の気分の悪さが、体の内側から染み込み始めてる。 



 でも。


 すっと立ち上がって、背筋を伸ばす。

 それから髪を梳かして肌が荒れている顔を、なんとか脇に置いてあった桶の水と手ぬぐいで、いくらか整える。

 

 次に着るもの。衣紋掛けにかけてある着物に手を伸ばす。

 裾に広がる紅葉と一羽の雀。ギュッと赤い帯で締めて襟を整える。


 わたしだって覚悟は出来た。

 自分自身との約束だもの。わたしは絶対に常闇で生きてみせる。

 

 この先泣き言を言っても、辛いと感じても、わたしは自分としてこの闇の中を生き抜いてみせる。 

 


 部屋の暗さがより明るく見えた。

 決して光が強まったわかではなくて、物の影や部屋の中が鮮明に浮かび上がる。

 

 自分の灰梅が瞳に煌く。

 鏡を見たわけでもないのに、キラリと玉の様に、輝くのが分かった。



「いるんでしょ。出てきてもらえませんか?」


 天井に向かって声をかける。

 言い終わらない内から、ガタンといくつかの音が上から聞こえた。


「無理なら、出てきて貰えなくてもいいです。ただ鬼さんを呼んで貰えませんか。話があるので」


 声が掠れている。喉がムズ痒い。

 それでも清々しいくらいに、自分から出る声は通っていた。


『……なんの真似だ。寝言か』


『馬鹿か! 起きてるの見たろ! そんで、俺らに言っているんだろ』


『どうする? 鬼様の所へ行くか?』


『この大馬鹿野郎! 今さっき他の連中が鬼様の所へ行ったばかりだろ! 下手したら巻き込まれるぞ!』


 ……子鬼たちは他の妖怪に比べて弱いのかな。

 それとも鬼さんに直談判しに行った妖怪たちが強いのか。でも、巻き込まれるって、どういう意味なんだろ。


「あの、無理ならわたしが直接行ってもいいんだけれど、ここを出してもらえない?」


 子鬼が鍵を持っているとは思えないけれど、一応可能ならわたしが行くと伝えてみたけど……やっぱりこれは望み薄かな。


「えーっと、それか手紙を書くから渡してもらえないですか?」


 そう天井を見上げて言えば、しんと静まり返る。

 それからしばらくしてゴソゴソと動く音が聞こえてきた。


『もう例のヤツは持っていないんだろ。お前いけ』


『はあああ!? 嫌なこった! 俺は御免だ! お前こそ行け』


『俺も御免だぞ』


『おいおい人間の小娘ごときでビビってるのか?』


『じゃあお前いけ』


 上から複数のキーキーと喚く声が響いてくる。 

 最初は声を殺したヒソヒソ声だったのに、徐々に白熱して、今ではほぼ怒鳴っているような声が天井から漏れてきている。


 灯篭の灯りを見ると、今は音無の時間ではない。

 それなのに子鬼の声がこれだけハッキリ分かるってことは、やっぱり灰梅の力のせいなのかな。以前はここまで強くなかったのに。

 もしかして、常闇の力である灰梅を受け入れたから、ここまで子鬼の声が聞こえるようになったのかも。


 今は退魔の光も浴びていない。

 わたしの中に退魔の光は感じられない。だからより、常闇に馴染んでいるのかも。



 相変わらず子鬼たちの喧嘩の他に、他の妖怪たちの憎悪が感じられる。逆にわたしから伝えることは出来ないのかな。


 灰梅で部屋と籠を見回す。

 籠の入口に、紅くぼんやりとした気配を纏った鍵が見える。


 これは鬼さんのかけた術だ。

 鍵に何かしら衝撃を与えれば、もしかしたら術が反応して、鬼さんに伝わるかも知れない。


 息苦しさに深く息を吐いて、ゆっくり籠の出入り口へ近づく。

 これをどうにかすれば、何か起きるかもしれない。


 わたしが手を伸ばしたその時、上から小さな影が降ってきた。

 ちょうど自分が伸ばした手の先の、白い格子の向こう。そこに緑の肌が見えた。



「あ……」



 しかめっ面な顔を、さらにまた小難しい顔にして、わたしを見上げる緑の子鬼がいた。

 その小生意気な顔は、自分が初めてこの常闇に来た時に見た、あの顔そっくりだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ