絶望の中の光
誰が言ったか忘れたが、絶体絶命の状況にこそチャンスはあるという。
一発逆転、窮鼠猫を噛む等々、これらの言葉を生み出した過去の偉人たちに是非とも今の現実らしからぬ現実にあっても同じことが言えるのか試してもらいたいと本気で少女は思う。
「フハハハハハッ!どこに言った子猫ちゃん!大声出しても外には残念ながら聞こえはしないぞ。諦めて出てきな!」
声が段々と近づいて来る。
冗談ではない。
ただでさえ、世間一般の普通と呼ばれる高校生からこの見た目だけでドロップアウトさせられつつあるというのに命の終わりという人生のドロップアウトまでを17歳の高校二年生の身で受け入れなければならないなんて冗談ではない。
とはいえ、窮鼠猫を噛むように自力であんな理不尽が歩いているような人間に対して反撃と思われる何か一手を打つことが出来るとは思えない。
誰かに助けを求めるか、隙をつき後は運に任せて逃げるという選択しを取るしかないだろう。
しかし、こんな潰れた立体駐車場に誰かが助けに現れるなんて都合のいいことは起こるとは思えない。来たとしてもこんな夜に潰れた駐車場に入ってくるような人間なんぞ不良か追ってきている人間のようなろくでもない連中に違いない。
(なんでこんな不幸な目に私が合わなきゃいけないのよ!)
ピンク色の空気漂う腐った連中しかいないカラオケボックスにいるくらいならと外に出た。
新鮮な空気とは言い難い都会の空気だが、誰も来ない一人で落ち着けるような場所でドラマのように少し涼みたいと思って立ち入った隣の立体駐車場。涼んだしそろそろ戻るか帰ろうかとした時にあんなモノを目撃してしまうなんて誰が思うだろう。
段々と近づいてくる足跡に怯えながらも、息を殺しながらジッと物陰に隠れてやり過ごそうとする。
「チッ、上にでも逃げたのか?」
カッ、カッ・・カッ・・・・カッ・・・・・・カッ・・・・・・。
足音が段々と遠くなっていく。
ドカッ!!
大きな音が聞こえてビクリッと身体を震わせるがここで声を出したらせっかくやり過ごせそうなのが無駄になる。このドカッ!という音はあんなモノを使用した結果に違いない。こんな何かを破壊するかのような音を素手の男が出せるわけがない。
携帯を開ける。画面には無情にも電波が一つも立っていない。警察を呼ぶことは出来ないらしい。助かる為にはやはり自力でこの場を何とかするしかないようだ。
(もうここから出ても大丈夫かな?・・・・もうちょっと・・・いえ、あと一分・・・・・・。)
足音は聞こえない。時間も経った。男は上の階を見に行ったのだろうか。もう大丈夫だろうか。
(・・・一分。声も聞こえない・・・・急いでここから逃げ去ろう。)
少女は車の影から表に飛び出す。
「く、くくくくくっ。」
ビクリッと少女は身体を震わせる。
「くくくく・・・あーっはっはっは!どうしてこう弱い者はこらえ性が無いのだろうな!」
周りを見渡すが誰もいない。
(ど、どこ!もういやっ!誰か助けてよ!)
泣き崩れそうな震える身体を無理矢理動かし逃げようとする。
「平面を見ていても居るわけがなかろう?お前の頭上にいるのだからな。」
耳元から男の声が聞こえ思わず振り返り腰を抜かしてしまう。
声の方向を見た瞬間に、その男の口が目の前にあり、目が口元から上に見上げるようにしてギョロリと見上げられていたのだ。
「ん?この匂い・・これはこれは・・・・」
男は女が腰を抜かした場所を見てニヤリと笑う。
「失神する寸前でもちこたえたようだが、こらえられなかったものもあるようだな。」
下卑た笑みを浮かべた男は反転し地面に降り立つと少女の元へとゆっくりと歩いてくる。
(逃げなきゃ・・・でも、動けない!なんで?足が・・・震えて・・・・)
少女は自身の身体が思うように動かない事にパニックを起こしていた。
そんな様子を楽しむかのように男はワザとらしく踵を鳴らしながらゆっくりと恐怖を煽るようにし少女の元へと近づく。恐怖で怯えている少女の目の前に座り込むとゆっくりと取り出したそれを少女の首に当てる。
チクリとした痛みを感じると何かが首筋をゆっくりと垂れていくのを感じ血の気が引いていくのを少女は感じる。
「残念ですが普通の人間に魔術を見られてしまいましたからね・・・5・・・4・・・3・・・2・・・・」
何のカウントダウンが始まっているのか恐怖の中で目を瞑りその時が来ない事を祈る。ひんやりとしたモノがさらに首筋に沈み、感じる痛みと垂れる滴の感触をより感じるようになり彼女はもう無理だと諦め始める。けれども諦める気持ちが強くなるほど、反発するかのように助けてくれる誰かを求める気持ちも強くなる。
(今、誰かに命を救われたらその人の為に何でもする!それに見た目はこうだけど私は白馬の王子様に恋するような女です!例え相手が20歳以上離れている人だったとしてもどんな体系の人だろうがその助けてくれた人に惚れる!例えチョロインと言われようが相手が女性であろうがアタシは・・・だから・・・だから・・・・誰か・・・誰か・・・・)
「1・・・・」
首の感触が消え男が右手が挙げるのを感じる。
「誰か・・・」
「バイバイお嬢ちゃん。ゼロだ!」
女はやってくる痛みに耐えるべく身体を硬直させ覚悟を決める。短い人生だった。次は幸せな人生を・・・・。
(・・・・・・?)
「やれやれ、こんな可愛い女を泣かせるなんてな。その罪は彼女の代わりの死で贖え。悪趣味なクソ野郎。」
聞き覚えの無い声がする。
(いき・・・てる?)
「グボワッ!!カハッ!!」
聞き覚えのある声が苦し気に何かを吐き出している。
生暖かい液体が顔につくのを感じる。
(私・・・死んでない?)
その直後、目の前にいる男が固い物にぶつかり吹き飛んでいくのを感じる。
緊張を緩め恐る恐る目を開けようとし・・・・
「目を開けるな!閉じていろ!」
「よくも・・・ガハッ」
あの男とは違う若い男の声が聞こえる。
いつの間にか少女を殺そうとしていた声と位置が入れ替わっている。
若い声の男に開けるなと言われたが自分が本当にまだ生きているのかを確認しようと少し目を開けてしまう。目に映った手は赤い液体で染められていた。
(何・・・これ?血?こんなにたくさん・・・私の?それとも・・・息が苦しい。心臓が・・・・)
ひょっ!こひゅっ!
自分の意志に逆らうように呼吸が乱され喉と肺を締め付けられる。
「だから開けるなと言っただろうに!過呼吸にでもなったか。」
赤い手を隠すようにコンビニのビニール袋が現れ少女の口を覆うように被せられる。中に何かが入っているビニール袋が膨らんでは潰れまた膨らむを繰り返す。
「ゆっくり息をするんだ。自分で持てるな?」
男の手が震える少女の手を掴みビニールを持たせる。
「き、貴様!どうやってここまで入ってきた!そ、それに下にも・・・お前も魔術師か!?」
「俺が魔術師だって?ははっ、その冗談は笑えないな。普通の人間だよ。お前と違ってな。」
「馬鹿な!ゴボッ!・・・け、ゲホッ!けっか・・」
「結界か。あんなもの力づくで壊してやったさ。」
「普通の人間が結界に気づくわけが・・ガハッ・・・貴様は・・」
「気にするなよおっさん。この剣でお前を貫いて終わりだ。見えるかい?お前にこの剣が。」
「剣・・・だと?なっ、いつから貴様は剣を持っていた?」
「さあね・・・いつからかな!」
手を伸ばし何かを呟きだした男の心臓をいつの間にか少年は貫いていた。
「なん・・・だと・・・?」
男は自信を貫いた剣を持ち抜こうとするがその手は空を仰ぎそのまま前によろめき倒れ込む。
ドスンという音とともに風が微かに流れてくる。
「・・・・~~~!!」
少女は声にならない悲鳴をあげる。多分だが、助けてくれた誰かは私を殺そうとした誰かを殺したのだ。
空いてしまった目はすぐに閉じられそうにない為、呼吸を落ち着かせながらただ自分の足だけを見る事で他に目がいかないようにする。
「やれやれ・・・下の奴らにコイツとこの街で何をしようとしているんだこの外人魔術師達は。」
ふぁさりっと服が頭にかけられる。
「これを頭から被ってろ。このままじゃーなと言いたい所だが・・・ロクに歩けもしないだろうし全身血だらけの女をここに放置しておくわけにもいかないからな・・・。」
仕方がなくだぞと言うと男は目の前にしゃがみこみ背中を見せる。
「乗りな。このままここにいるとコイツ達の仲間が来るかもしれない。それに結界がなくなったようだからな、誰かが中に入って警察を呼びかねない。警察に捕まりたくはないだろう?逃げるから俺の背中に乗りな。」
少女は動けない。男に殺されかけた事で身体がまだこわばっており足に力が入らないのだ。
「あー・・・しかたがない。先に言っとく。色々と触る事になるだろうが許してくれ。」
右手が背中から脇へと入り、左手が足の下に入ってくると少女はもちあげられる。
いわゆるお姫様抱っこをされる形となったのだ。
触られた事で相手の左手の事を思うと少女は顔を赤らめ死にたいくらい恥ずかしくなるがそれ以上に男に触られた事で恐怖で震えてしまう。
(私を助けてくれた人なのに・・・ごめんなさ・・・)
ごめんなさいと言いかけた時、身体の一部を何故か感触を確かめるように数回触られるのを感じる。
「おっと悪い・・・ふむ。Bはあるか?」
ふみっ・・ふにゅっ・・・・
「な・・・な・・・あ・・なにを!!」
恐怖とは別の怒りとも羞恥心とも言えぬ感情が急にフッと湧き上がり自然と右手が何かを叩いた。
「っつー・・・効いたな今のは!」
つい手が出た右手に触れる少年の顔、ようやくしっかりと見た助けてくれたセクハラ男の顔は声の通りにとても若く同い年くらいの少年であった。
「あ・・・私・・・」
「それだけ元気に叩けるんだもう大丈夫だな?こんな無抵抗に叩かれる男でもまだ怖いかい?」
痛そうに顔の左を歪ませながら少年が涙目になりながら無理に微笑む。
「色々と気にするな。恥ずかしさを感じるのも触られて感情的になるのもまだ生きてるっていう証拠だ。文句は後で色々と聞いてやる。少し身体から力が抜けたな。持ちやすくなった所で、じゃあいくぞ!走るからな、舌を噛むなよ?」
そういうと少年は短くふっと息を吐くと真面目な顔をし少女を持ったまま走り出した。
(もしかして、ワザと気が紛れるように?)
ドクンッ・・・・ドクンッ・・・
止まりかけていた心臓が鼓動を取り戻したかのようにその存在を少女の耳に伝える。
(私・・・助かったんだ。)
ドクンッ・・・ドクンッ・・
少女は自身の顔をつねってみる。
(痛い・・・痛いよね?・・・生きてるんだ私。)
抱えながら走っている少年の顔をチラリと見るとその顔は真っ直ぐ前を見ていて逞しく見える。
(彼が私を助けてくれたんだ・・・)
彼の腕の温かみを感じ、生きていた事を自覚し顔が自然とニヤケていくのを感じる。そして心臓の鼓動が段々と早くなるのを感じると顔を中心に段々と身体が熱くなっていくのを感じる。
ドキンッ・・ドクンッ・・ドキ・・ドキ・・
そんな少女の視線や気持ちを知らない少年は冷静にここを発見されるまでは半刻はかかるだろうと分析しまずは彼女の身体についた物を取る事を第一に考える事にする。
そして、少年少女は人の目から隠れるようにしながら近くのホテルへと消えて行ったのだった・・・。
適宜文章、誤字は修正していきたいと思います。