狙う者 (紅蓮の守護者)
無慈悲なカウントダウンが一つ、また一つと進んでいく。
チッ・・・チッ・・・チッ・・・
それは全人類に等しく平等であり、恐ろしい呪いのような存在である。
「時間がない。時間がないのだ。」
静まり返った礼拝堂、壊された神の像を前に男は眼下に跪く3人の者達に命令を下す。
「それが困難な事は重々承知しているであろう。されどこうして我らは団結し、あの極東の魔女を捕らえようとしている。我らが象徴たるあの方の為に・・・」
男の言葉に3人は無言で心を一つにし男の背後に『飾られている』女性に思いを馳せる。
「凍結魔術を使って病の進行を遅らせごまかしているとはいえ、体力が尽きるのが先か病が蝕むのが先かわからぬ状況である。助けられるのはあの魔女だけだ。しかし、あの魔女は協力を拒んでいる。」
男は過去の写真を3人へ投げ渡す。
「過去の物だがそうは変わっていまい。魔女は若いが油断はするな。魔女の片腕となる忠実なる下僕は我らが敵の魔女狩りと呼ばれる少年だ。あの魔女と敵対する以上、ぶつかるのは必須であろう。各自、全力を持って敵の排除と魔女の確保に努めよ。時間はそうは残されておらぬ。」
『はっ!!』
3人は写真を懐にしまうと立ち上がり飾られた女性に祈りを捧げると部屋を後にする。
3人が出て行った姿を見送ると男は胸の位置に刻まれた紋章を握りしめる。
「すまぬ、皆の者。この方も皆の死の上に生きながらえたとしても喜ばれぬかもしれぬ。けれども、失えぬのだ。我らが当主であるシェリエ様を今失えば・・・我ら紅蓮の守護者に未来はない。」
男は背後を振り返る。
氷漬けになっている親愛なる当主様。
「いかなる犠牲を払おうとも貴女をお救い致します。そして、あの忌まわしき『狂い姫』に今度こそ・・・」
氷漬けになっている女性からの反応は何もない。
「魔女の呪いを解けるのは同じ存在である魔女だけ。狂い姫に劣るベルセフォネの小娘には期待が出来ぬだろう。どこにいるかもわからぬ天災を自称する南海の魔女に頼る事は出来ない。見つけたとしてあの狂い姫に勝るかどうかも問題である。」
あの狂い姫に打ち勝ったとされる噂の東洋人、御影 時葉。彼女だけがこの危機を確実に救える駒である。
狂い姫の目的はこうして極東の魔女を狙わせる事が目的かもしれない。掌の上で転がされている気もするが選択肢がない以上、道化のように踊るしかないだろう。
「予想通りの交渉決裂。忌々しい狂い姫め。」
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「それは本当なのか?」
壊れかけた礼拝堂を出た3人のうちの1人である青年の男が訝しむ。
「事実だ。あの5番が殺された。昨日から連絡がない。」
初老の男が青年の男に事実のみを告げる。
「日本に来て好き放題しているだけではなくてか?あの守護者の恥知らずめが。」
3人の中で唯一女性である中年の者が2人に疑問を投げかける。
「とはいえ、あの者は数字の通り5番であった事も事実だ。我らと当主の補佐であるあの男を除けばトップであった男だぞ?魔女が直接手を下したのか?それとも件の魔女狩りか?」
「そこまではわからん。」
初老の男は首を振る。
「だがいずれにせよこちらに被害があった事は事実だ。どんなに恥知らずな奴であろうと我が守護者のメンバーであった事に違いはない。」
「目には目を歯には歯を魔術師には魔術師による鉄槌を。」
青年は胸に飾られた紋章を握る。
「守護者のね・・・いつから精神は騎士道のようになったのかしら。」
女はくだらないと言うと二人と別れていく。
「まったく、三貴族のうちの一つがあれだと思うとなさけない。過去の魔女狩りの際に騎士と名のる事でごまかし生きながらえた先人たちの知恵と多くの敵を葬った栄誉から与えられたこの紋章とその魂を馬鹿にするとは・・・」
「しかし、我々魔術師は所詮魔術師であります。いくら守護者と騎士団のように名のれども本質は魔女。騙し、惑わしてきた事で疎まれ歴史からも排除されそうになった事実もまた真実であります。」
「ふんっ、若造が・・・一般的な歴史上の結果や伝文だけを信じおって。魔女でありながら剣技を磨き、騎士団に紛れながら戦い栄誉を得た先人たち。国の為に正しく戦い主を守る鉄壁の力として活躍した。そして彼らのいく戦場の跡地には炎があったことからついたのが当時の国王より賜った紅蓮の守護者だという我らが組織の名であろうに。騎士道を宿す魔術師の系譜である事の何が不満なのだ。」
「それはそうでしょう?その手の騙す魔術が多く残されているのです。必要なければ使わないそれらを過去の先代たちは使っていたのでは?ならばという考えに至るのは自然でしょう。騎士道を謳いながらも裏では汚いこともと。」
初老の男は溜息をつく。
「まあよい。今は身内で言い争っている場合ではない。私の代で過去から続く当主様の血脈を途絶えさせるわけにはいかぬからな。」
「ええ、私としても当主様には生きてもらわねばならない事情もありますしね。」
「あの女もそうじゃ。あんな態度をとっていても、誰よりも親しく接していたのは同性のあいつだ。手段を問わずに極東の魔女を連れてこようとするだろう。」
「騎士道を嘆く貴方なら手段を問わぬ彼女を止めるのではないかと思ったのですが。」
「ふん、いい歳した女に今更騎士道精神を説く気はないわい。それに騎士道は男のモノだしな。」
「男女差別になりますよ?」
「ほっとけ。それこそお前さんの持ち出す歴史による事実であろう?」
青年は苦笑いをする。口ではどうやっても年の功である目の前の爺さんに勝てる気はしない。
「では、ここで私も失礼します。ご武運を。」
「お前さんもな。極東の魔女は歴史の魔女達とは考え方も戦う手法も使う魔術も発想が違うと聞く。油断するなよ?」
「ありがとうございます。ご忠告、感謝いたします。」