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雲一つない晴天の下、人気のない芝生でゆったり日向ぼっこ。
昼寝をしたら最高に気持ちいいだろうが、寝る気分にならないくらいの問題が頭の中をぐるぐる回る。
アルに依頼されてサンディル家のミリア=カリエス=サンディルを調べていたが、闇は想像以上に深かった。
どうやらミリアはユーリだけじゃなく、宰相の息子や公爵家の次男坊、王宮騎士団の期待株から医師まで幅広く親しくしているようだ。
ユーリの時も周りにお花畑があるのかっていうくらいにラブラブしていたが、他の者に対しても似たような感じだった。うん、親しくしてるって言っても、限度は既に超えてるくらいには。
しかも、そのどれもが将来有望な者ばかりだというのだから、王宮内ではミリアの評判はすこぶる悪い。
特にお嬢様方にとっては是が非でも得たい婚約者候補を次々と落とされているのだから、ミリアに対する態度は見ているこちらが寒気するくらい恐い。
王宮内で有名になるくらいなので当然周りの人間は本人達に諭そうとはするのだけど、誰一人としてミリアは俺だけのものだと言って聞かないんだとか。
婚約者がいる者は婚約破棄してでもミリアと一緒になりたいそうで、婚約者達は怒り心頭か嘆き悲しんでいるらしい。
ちなみにユーリの婚約者であるアイリス様は諦め気味なのだとか。まぁ、もともと騎士団長(47歳妻子持ち)にお熱だし、そこまで興味がないのかな。
で、不思議なことに男どもがミリアに入れ込む様になったのが同時期だということ。もともと接触はしていたみたいだけど、例外を除いてほぼ全員が急に惚れ込み始めたのだとか。
最近ではみんな仕事が手につかないくらいの体たらく。そいつらの評価もだだ下がりらしい。ま、当然だけど。
将来有望なイケメンを同時期に次々と落とす元平民の令嬢。
たった二日でこれだけ次々とやらかした情報が出てくるのもびっくりだし、なによりものすごく胡散臭い。
「これは相当面倒な事に関わっちゃったなー」
「それってどんな事?」
「?」
聞きなれない声がする方を見上げると、面倒くさい元凶のミリアがにっこり笑いながら見下ろしていた。
耳に髪をかけながら中腰で相手を見下ろす。うん、胸とか身体の丸みとかが引き立ち、かつ日の光という天然スポットライトで輝いて見えるというどう考えても狙ってるだろとしか思えないこのあざとさ。
素なのか計算なのかは知らないが、令嬢達が嫌うのもわかる気がする。
「あなた、ユーリアス様とよく一緒にいる騎士ね。お名前教えて?」
うわぁ…と、心の中で思わずため息をついた。
階級制度がある国では、当然名前を聞く時も下の者が先に名乗るのが常識だ。私は騎士ということになっておりかつ一応王子側近なので、どちらかと言えば男爵家令嬢のミリアよりは上になる。 つまり、礼儀としては完全にアウト。
ミリアはこれを誰彼構わずやってのけているという話は聞いていたが、まさか本当にやったいたとは。これは礼儀に煩いアルが辟易するはずだ。
「私はミレイと申します」
「わたしはミリア。名前が似ているなんて、すごい偶然ね! わたし、女の騎士なんて見たことなかったからあなたの事気になってたの!」
「はぁ、そりゃどうも」
「しかもユーリアス様の側近でしょう? ずっとユーリアス様といられるなんて羨ましいわぁ。でも…」
ガツッと耳元で音が鳴る。
顔すれすれで振り下ろされたヒールは地面に深く沈んでいた。
「あの男はわたしの獲物よ。横取りなんて許さないんだから」
普段の甘ったるい声と真逆の低い声でそう言い残し、ミリアはどこかに去って行った。
「部屋は見事に真っ白だったなー。パンツはどピンクだったけど」
男の前では清純気取ってるから白。でも、本当はどぎついピンクが好きなんだろうなきっと。
なんて考えながら城内を歩く。
ミリアからの宣戦布告宣言?でクロだと判明してしまった以上、やはり同時期に次々と男を落としていった原因を探れとか絶対言われる。
てことを予測して、気分が変わらない内に手っ取り早くミリアの家に行くことにした。
さすがに騎士服では無理があるので適当な服に着替えて行ってみると、あっさりサンディル男爵家に潜入できた。
目が痛くなるくらい真っ白レースがいっぱいのミリアの部屋を探ると、予想通りのモノが出てきたのでさっさと帰ってきたのだ。
「まさかとは思ったけど、本当にコレを持っているとはねー」
懐から可愛く彫刻された小瓶を取り出し、中に入っているピンク色の液体を眺める。
この中身は俗にいう『媚薬』というやつだ。
飲まされた者は一番最初に目にした者に恋をする。どう聞いても胡散臭い効能だが、効くものは本当に効くのだ。
産出国はナンベラ王国。香辛料が豊かな国のため、薬系の効能も他の国に比べると別格で本当に効く。
とはいえ、媚薬は今現在生産停止状態になっているので、この小瓶だけでも50年は遊んで暮らせるくらいの額になるはずだが、それを男爵家令嬢が持っているとは。
カルバン王国ではそういうヤバイ系の薬はあまり知られていないため、ミリアがそれを男達に盛っているとは考えつかなかったらしい。
「証拠としてはバッチリ。でも、これ売ったら超高級お菓子が食べ放題……ううん、迷うなぁ」
「そんなことで迷わないで下さい」
ぶらぶら揺らしていた小瓶を一瞬で盗られる。
振り返ると、相変わらず難しい顔したアルが小瓶を握りしめて此方を見ていた。
「あ、私のお菓子引き換えブツが」
「私にタルトを作るよう言っておいてまだ足りないのですか。それに、証拠ということはこれは相当重要なものとお見受けしますが」
「やだなー冗談よ冗談。仮にも依頼主が欲しがりそうなモノを勝手に売ったりしないよ」
「……! ということは、それは例の令嬢の……! わかりました、丁度タルトが出来上がっていますしお茶でもしませんか?」
「タルトできたの⁉︎ やった! 待ってました!」