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報酬を受け取った以上、仕方ないのでアルから延々愚痴を聞かされた。
気がつけば時計の針はかなり進んでいる。下手したらもうすぐお日様がこんにちはしそうだ。
「えーっとつまり、ユーリに春が来たってことでしょ。いいじゃないのそんなの自由じゃん」
「ユーリアス様はこのカルバン王国の第二王子なのですよ!? それに、アイリス様という婚約者もいらっしゃるというのに……!」
「めんどくさ。これだから王族やら貴族はイヤなんだよ。婚約者ったって、本人達は好きで婚約した訳じゃないんだから、春が来たってしかたないでしょ」
階級制度があるこの世界では、婚約するにもお互いの地位がどうしても絡んでくる。
ましてや王族となれば、婚約候補に挙がる令嬢なんて他の貴族令息と比べたら一握りだ。そんな中から本当に恋愛するなんて難しいに決まってる。
歴代の王族だってこれまで色々折り合いつけてやってきたんだ。いざとなったら側室っていう手もあるんだからほっとけばいいのに。
「とにかく、このままではいけません! なんとしてでもユーリアス様には目を覚まして貰わなければ‼︎ そこで、ミレイさんにはサンディル家令嬢の身辺調査を依頼します」
「断る」
「何故ですか!? ユーリアス様の一大事なんですよ⁈」
「私は長旅で疲れてるの。七日は休みを貰うつもりなんだから、仕事はその後ね」
「疲れる? 貴女が?」
アルがすっごい胡散臭げな目で見てくる。
失礼な。私だって疲れることぐらいあってもおかしくないでしょ。
少しの間考える様な仕草をしていたアルは何かを思い出したか口を開く。
「そういえば、先程貴女の部屋に大きな箱が届けられていましたね」
「届いてたの⁉︎ やったー待ってました!」
「……ということは、あの野菜が何か関係あるのですね。たしかナンベラ王国の特産品である南瓜というものでしたか」
「そ! その南瓜を使ったタルトがすーっごく美味しかったの! 特にメラ婆の南瓜タルトは南瓜のまったりした舌触りと優しい甘さの中にピリッと効いた香辛料が効いててね、一口食べたら止まらないの! ナンベラ王国なんて行く機会ほとんどないから作り方だけでもって思って張り込んでたんだけど、結局教えてくれなくってさ。メラ婆を拉致ろうか本気で悩んだよ」
「まさか七日間の休みというのは、そのタルト作りの為だというのですか?」
「他に何の理由があるっていうのよ」
私の返事に何故か項垂れるアル。
アレか、眠いんだなきっと。
私もお腹は満たされたし、ひと眠りしよっかな。
残っていた紅茶を飲み干してから立ち上がり、項垂れるアルの横を通り過ぎようとする。
が、急に腕を掴まれ止まらざるを得なくなった。
「……貴女は報酬があれば依頼を引き受ける。そうですよね?」
「そうだけど?」
「では先程の依頼を受けて貰います。報酬はその南瓜のタルトというのはいかがですか?」
アルが作る南瓜タルト。
その甘美な言葉に思わず喉がなる。
「だ、だけどメラ婆の南瓜タルトは十日間張り込んでも香辛料の種類が分からなかったくらい複雑なのよ。いくらアルでもあれに匹敵するようなタルトはさすがに無理でしょ」
「 南瓜はカルバン王国では栽培されておらず、数に限りがあります。少ない回数、しかもたった七日間でミレイさんが作りあげるよりは可能性はあると思いますが?」
そう言われるとグゥの音も出ない。
各地のお菓子を食べ渡りすっかり肥えてしまった私の舌。
普段全く料理しない私が四苦八苦して作ったとしても、満足できるものを作れるかと問われると……微妙だ。
「…………わかった。引き受ければいいんでしょ。そのかわり、下手なもの出してきたらアルのパンツを城下町に売り捌いてやるんだから」
「私を誰だと思っているのですか。必ずやマダム・メラよりも美味しいタルトを作ってみせます」
朝日が窓から差し込み、元々美丈夫なアルが無駄にキラキラ輝く。
その無駄に整っている顔で自信満々な表情され、反論する気力も失ったのだった。