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スタバの南瓜タルトを食べて思いついたものです(笑)
何があったんだ。
目の前の光景を見て、ぼんやりとそう思った。
視線の先では、園庭に置いてあるベンチでイチャイチャする男女がいる。
サラサラ金髪の男は私もよく知っている人物だ。ユーリアス=モルト=フォン=カルバン。このカルバン王国の第二王子であり、私の主だったりする。
その隣にいるドロッドロに甘そうな蜂蜜色の髪の女は、確かサンディル男爵家のミリア嬢だったか。つい最近、サンディル男爵家に養子に入ったとか聞いたな。
そんな二人が何故王城の園庭で、しかも人目も憚らずイチャラブしているのか。
そして、そんな二人の横には直立不動で佇んでいる紺の髪の美丈夫は死んだ魚みたいな目をしている。
騎士服を着ている彼は一応私の知り合いのはずだが、少し見なかった間にえらく変わったな。
あ、目が合った。
と思ったら、すんごい剣幕でこちらを見てくる。
騎士としての誇りのためかその場から動くことはなかったが、主がいなかったら今にも飛びかかって来そうな気がする。
……これは絶対面倒なことになってるな。
これから先何が起こるか容易に想像でき、旅にでも出ようかなとわりと本気で思った。
見回り兵以外が寝静まる頃、バタンとドアが閉まる音が響く。
結局逃亡する隙も与えられず連れてこられたのは、アンティークな家具が揃えられた部屋。後ろには私を逃がさんとばかりにドアを塞ぐ紺の髪の美丈夫。
正直逃げようと思えばいくらでも手段はあるが、それではあまりにもこの必死な様子の知り合いが可哀想なので、ここは大人しくソファーに座ってあげることにした。
私が逃げる気がない事を確認して、彼も向かいのソファーに座った。
「久し振りねアル」
「ええ、本当にお久し振りですねミレイさん。貴女と会うのは二十日ぶりでしょうか」
「私がいなくて寂しかった?」
「そうですね。ユーリアス様が大変な事になっているというのに、私と同じユーリアス様付きの騎士であるミレイさんが二十日もいませんでしたから」
「……言っておくけど、仕事だったからね? はい、コレ報告書」
依頼は、カルバン王国の同盟国であるディジュリドゥ王国が隣国ナンベラ王国に狙われているとかで、その敵国の内部調査。
ディジュリドゥ王国を挟んで更に向こう側に位置する国と往復しなければならないとなると、二十日なんて真っ当な日程だと思うのに、アルはお気に召さないらしい。
「貴女の足なら十五日で十分だったはずです」
「イヤよそんな日程。やろうと思ったら頑張らなきゃいけなくなるじゃない」
「ミレイさん、ユーリアス様のあの御姿を見られても尚そのような事を言いますか。ユーリアス様は以前までは心優しく勤勉でお仕事にも意欲的に取り掛かるほど真面目な本当に非の打ち所がない立派な方だったのにあの方が来てからは……何ですその手は?」
私が差し出した両手と顔を交互に見て怪訝そうに質問するアル。
いつもの事だからどう意味するのか分かっているくせに動かないアルに対しもう一度手を出すと、アルはこめかみを押さえて項垂れた。
「……ミレイさん。貴女、この状況をまず聞いておこうという気はないのですか?」
「アルの苦労話より、私の報酬の方が大事。ほら、早く早く」
「全く貴女という人は……仕方ありませんね。約束は約束です」
何故か渋々な様子のアルが奥に引っ込む。
そして少し時間を空けた後、私が望んでいたブツをテーブルに置いた。
「こ、これは……⁉︎」
「素材は最高級の物を使い丹念に仕上げた物です。貴女もきっとお気に召すでしょう」
艶やかな黒に映えるように散りばめられた黄金の欠片。そのすぐ横には自在に、しかし優雅に描かれた焦げ茶の曲線。色鮮やかではないが、だからこそそのものがいかに美しいかが一目でわかる。
誘惑するように甘い香りを放つソレ……チョコレートケーキが生まれたままの姿(1ホール)で私に食べられるのを今か今かと待っていた。
アルによってその綺麗な曲線美から一切れが取り出され、私とケーキを仲人する銀のフォークが添えられて差し出される。
フォークを手に取り、切り取られてもなお美しいケーキの先端に切っ先をゆっくり入れる。
艶やかにコーティングされたチョコレート中には、とろりとしたきめ細かいチョコクリームがしっとりとしたココアパウンドケーキに挟まれている。
四層のそれらを口に入れた瞬間、甘さの中にナッツの食感が踊るチョコクリームとそれを優しく包み込むラム酒が香るパウンドケーキが口いっぱいに広がった。その甘さに負けじとほろ苦いチョコレートが舌の上でせめぎ合い、カカオ本来の薫りを引き出して行く。
ほぅと幸せの溜め息をつき余韻に浸っていると、横から余計な声が聞こえてきた。
「貴女がここを立ってから三日目のことでした。サンディル家の令嬢はこれまでもユーリアス様に何かと付いて回ることはしておりましたが、ユーリアス様御自身は他の令嬢同様に相手を不快にさせることなく王子として完璧に対応されておりましたのに……あの日から変わってしまわれた…」
あーあーなんか語り出したよ。
うん、無視してこの絶品チョコレートケーキを堪能しよう。
というわけで、全体の四分の一くらいを切り取り食べ進める。
「今では婚約者であるドールディア公爵家のアイリス様よりサンディル家令嬢にばかり御相手をされるものですから、令嬢方はそれはもう御怒りになられています。勿論、ドールディア公爵様やそれぞれの当主の方々の耳にも入られていることはユーリアス様も知っておられるはずですが、サンディル家令嬢と距離を置こうとしません」
はぁー美味しいわー。これを今延々愚痴を垂れ流しているアルが作ったんだっていうんだから、人は見かけによらないよね。
これだけの腕前あるならお店出せばいいのにね。そうなったら毎日色んなお菓子やケーキを食べれるんだけどな。
なんて思いながら更に三分のニを切り取りまた頬張る。
「このままでは、ユーリアス様が長年積み重ねてきた努力や実績が全て無駄になってしまいます。そうならないためにも、今こそユーリアス様の家臣である我々が立ち上がらなければなりません! そこでミレイさんには……って、ミレイさん! 聞いてますか⁉︎」
アルは何故か急に大声を上げると、あろうことか残りのケーキがのった皿を取り上げた。
「ちょっと! 返せ私のチョコレートケーキ‼︎」
「ユーリアス様の一大事なんですよ! こんな時に呑気にケーキなんか食べてないで、真面目に話を聞いて下さい」
「『話を聞く』なんて依頼されてない。よって聞く必要なし。さぁ、ケーキを返せ!」
「……このチョコレートケーキはそのまま食べても美味しいですが、ベリーソースをかけて生クリームを添えると甘酸っぱさと包み込むような滑らかさが加わり更に美味しく…」
「よし、話を聞こうか! ユーリがなんだって?」
「変わり身早すぎです。そしてあれ程ユーリアス様の事をその様な略称で呼ばない様にと言っているのに…」
また何かぶつぶつ言いながらアルは奥に引っ込んで行った。
前もそうだったけど、なんか独り言増えたよな。アレか、コミュ障ってやつか。
コイツ、確か王宮騎士団の中でもそれなりの地位にいたよね。それがコミュ障って大丈夫か王宮騎士団。
なんて思いながら、紅茶が入ったカップに黙々と砂糖を入れていくのだった。