僕らの小さな世界観
誰もいない小さな湖の畔。
その日はとても蒼々とした月明りの夜だった。
その周りに散りばめられた星々。
彼女はそれを見て小さく呟く。
「チョコミントみたいな夜だね。」
凡人の僕には思いつく事すら出来なかった表現。
そう言われるとそういう風に見えてしまうから不思議だ。
夏を少し過ぎ、秋に差し掛かった夜。
中秋の名月とは言えないまでも、とても月が綺麗に見える夜。
僕らが住むこの町は、とても小さな町だ。
それこそ顔も名前も知らない人なんて一人もいない位に。
故に目立った行動をするとすぐに噂が立ち、町中に知れ渡る。
だからこうして夜を待ち、人目を忍んでは、月明りを頼りに僕らはここで落ち合う。
特に何をする訳でも、何を話す訳でもない。
二人一緒に居られればそれでよかった。
蒼い月明かりは、彼女の白いワンピースを紫陽花色に染める。
夏色のサンダルを脱いだ彼女は、そっと湖に足をつける。
穏やかな水面に波紋が広がる。
ゆっくりと湖の中を歩き、ワンピースの裾が濡れてしまう位の位置で歩みを止める彼女。
静かに両手で湖の中の水を掬う。
その手の中には夜空に蒼々と灯を放つ月があった。
手の中の透明な水は、やがて隙間から流れ出し、湖の中に落ちてゆく。
それと共に消えてしまう掌の中の月。
少し悲しそうな彼女に失礼だけど、その光景を微笑ましく眺めてしまう僕。
ふと考えてしまう事。
それは、この夜と僕らがたどり着く先。
でも一つだけ僕にもわかってる事がある。
多分、彼女はもっと前から判っていたと思う。
それは、世界は僕らよりも大きいけれど、僕らの世界はここに一つしかない事を。