1. 仮面の下
頑張って書きますので、どうぞよろしくお願いします。意見やアドバイス等も歓迎します。
1.
場所は某区の居酒屋。3人の大学生と思しき男らがソワソワして個室にいる。いわゆるアレーー合コンというそれは各人の隠れた目的があったというのは別段言及の必要はない。
「お前、隠すことに気をつけろよ。決めたんだったら、慣れが必要だから。」
尼崎 慎平が静かに言った。しかし、それは他の2人には強く訴えているように聞こえた。
「わかってる。大丈夫。乗り切ってみせる。」答えたのは三木谷 瑛一だった。その何かというのは第三者には皆目検討もつかないが3人にはもはや言わずもがなであった。山下 茂が腕時計を確認した。7:30を指している。腕時計のセンスからして茂のオシャレさが窺える。
「7:30……そろそろだ」
「よし。」瑛一が頬をピシャピシャと叩く。ここからの数分は彼らの息遣い、拍動とそれらが細やかに聞こえた。
2.
ガラガラ
入ると3人は賑やかに出迎えてくれた。全員満面の笑みである。それが少し怖かった。
(だってあんなことが………)
蒼崎 京香は部屋に足を踏み入れた。相手も3人、こちらも3人だ。気後れはしないはず。いつまでたっても慣れない始めは少し息苦しかった。
尼崎、三木谷、山下の3人は総じて、感じのいい好青年であった。尼崎はメガネをかけたいかにも勉強が出来そうなタイプの男だった。白い肌の尼崎とは反対に山下は日に焼けたスポーツタイプの男で、体全体にバランスよくついた筋肉が爽やかな印象を与えた。三木谷は前2人のどちらともつかないはっきりしているようで曖昧な印象であった。人懐っこい笑顔を絶やさず、話の中からは三木谷の知性と柔和な人格が感じられた。顔はなんというんだろうか “ハンサムな豆腐”という言葉がしっくりくると京香はひとりでに納得した。ハンサムな豆腐とは訳のわからない例えかもしれない。でも、仕方がないそうとしか思えなかったんだから。彼は手品も得意らしく次々と技を見せてくれた。
「……空気を掴むと…ほらピン球が1つ。振ると、ほら2つ。1つに戻る。投げると、はいフォークになった。フォークにハンカチをスッとかけると、ピン球2つに。そして、これを振ると1つになった……ところでもう1つは目の前のお椀の中にあったりする。」
言いながら彼は目の前の伏せられていたお椀に手を延ばし取った。
すると、白いピン球が出てくるではないか。やはり彼の腕は相当なものである。
「ええ!!すごーい!」
これを見て興奮しない人はおそらくいないだろう。彼の手品は続々と出された。
「そもそもね。マジックというのは奇術を使って周りの部族を恐れさせたマギ族に由来するものでね……………………」
その間にも彼の手は密閉グラスからコインを抜き出したりとひっきりなしに続いた。
茂は歌が上手かった。京香の友達の1人、円地 麻里と古今東西様々なデュッエットを熱唱した。なかなか2人は楽しそうである。元々誰とでも仲良く出来る彼女のことだ、彼のような陽気な人とはウマが合うのだろう。
京香の麻里ではない方、蒔田 櫻子は京香にとって今回連れて行くのは少々不安があった。というのも、彼女は麻里と全く違う、控えめな性格だった。読書が好きで人見知りで小柄な櫻子は小動物を思わせる。控えめな性格ではあるが別にオドオドしている訳ではなく心の中に芯は持っているがそれを何故か隠したい、そんな女だった。こんなことは嫌いなのではないか、帰りたいのではないか、そんな心配は始まる前から付きまとった。しかし、直接聞けば大丈夫 嫌じゃない、としか答えないのは分かっていた。しかし、そんな心配は杞憂だった。読書が好きな櫻子は同じく読書家らしい三木谷と盛り上がっている。
3.
京香が何か複雑な顔をしているのを認めた慎平は声をかけた。
「あの円地ちゃん、歌すごく上手いんだね。」
声を掛けられた京香は瞬時に思案の顔を巧みに隠した。
「そうなのよ。茂くんもすごいね。」
「だろ、歌とスポーツが得意なんだよ、あいつは。」
慎平の少し皮肉めいた表情に京香は口許を緩めた。
「だって3人ともN大でしょ。勉強も得意じゃない。」
N大とは難関国立大学といわれる1つである。
「さあて、どうだか。………蒔田さんすごいね。瑛一と本の話が出来るんだ。俺読書しないから全然話ついてこれないのよ。」
京香は櫻子の両の肩をホールドし言った。
「ほんと、すごいでしょー。この子ずっと本読んでんの。部屋が本だらけなの。」
瑛一が快活に返した。
「いやぁ、実のところ僕もそうでしてね。床と言う床に埋まりに埋まって大変なんですよ。」
「ほんと瑛一さんの読書量はすさまじいですね。私の言う本をこんな知っていてくれた人はじめてかも。オススメも聞きましたから今度読んでみます。」
櫻子は嬉しそうに言った。笑ったら小柄さがより目立ち可愛さが増す。唐突に瑛一が訊いた。
「そういえば、蒼崎さんは仕事なにしているんですか。」
「ネイリスト。短大を出てからネイリストになったの。今日のネイルは3人とも私がやったのよ。」そこで櫻子は両手を京香は右手をテーブルの上に乗せネイルを見せた。素人目に見ても素晴らしいものだった。なんというか、その人を体現しているデザインのように見え、京香と櫻子の爪も当然違っていた。4人の活発なトークに10曲程歌った2人が入ってきた。
「あぁー歌った歌った。さすがに疲れたな。麻里ちゃん歌上手だね。」
「疲れたねぇ。茂くんのハモりすごくよかったわ。」
4.
落ち着き、話が進んだ彼等一行は最近行った旅行の話をし始めた。
「俺らはなぁ、今冬にスキーしに行ったのさ、岩手に。そんで、スキーした後わんこ蕎麦して……」
やたら声が大きいのは茂の性分だから仕方がないが、普段からよく聞いている男2人には少々耳が疲れてくる。しかし、その声には抑揚とインパクトがあり、聞きなれない女性方はまじまじと聴き入っている。
「へぇ、すごい。じゃあ、次は私達の旅行の話をしよっか。」
円地麻里がやはり快活に話し始めた。
「私達はね、3ヶ月前に台湾に行ったの。まずは…………」
聞くとなかなか面白い旅行談が繰り広げられた。
「あ!そうだ!その夜店の写真があるから見せてあげるよ。」
そう言って小型のバックから取り出したスマホでその写真を見せてくれた。
よく旅行広告でみる夜店の風景だった。夜店の混雑に3人が立ち、笑顔で写真に写っている。
慎平が言った。
「あれ、蒼崎ちゃん雰囲気違うね。」確かに写真に写っている京香は明るい茶髪だ。しかし、目の前にいる京香は黒髪で、服装も写真より落ち着いている。結構大掛かりなイメチェンである。
その慎平の発言が女性3人を凍りつかせることになってしまった。当の京香はテーブルをジッと虚ろな目で瞬、睨みつけた。麻里の機転でなんとか場は和んだものの、その状況に陥った原因を疑問に抱える男達がいた。
5.
さらに時間は進み、みんなが徐々に酔いだしたとき、話は今までの恋愛トークに発展した。麻里が意外と交際人数が少なかったり、茂の大失敗の暴露があったり、瑛一の哀しい恋愛事情には全員笑いを堪えられなかったりと、一同楽しい時間が流れた。
慎平は京香に質問した。
「京香さんって、どうでした?」
その瞬間、女性3人の凍結が再び起こった。蒔田櫻子は箸を下に落としてしまった。また襲った不可解な現象を慎平は発生の張本人として酔いが回った頭でなんとか理解しようとした。女性陣の酔いはさっきの一言で吹き飛ばされている。そして、次に発せられた言葉が、一同全ての酔いを醒ました。
「2ヶ月前に蒸発。」
6.
「2ヶ月前に蒸発。」
その言葉には皆を破壊する力があった。発したのは、蒼崎京香や尼崎慎平でもない、三木谷瑛一であったのだ。
5人が皆、瑛一の方を見る。彼は今まで温和な笑顔と打って変わり冷静な機械のような表情のない顔つきになっていた。それは仮面を被った、もしくは外したかのように歴然とした違いがあり、それに女性は驚き、男性は苦い顔になった。
瑛一は続ける。
「あ、京香さんは右利きですね。」
意味不明なことを挟みながらも瑛一は口を休めない。
「3ヶ月前から2ヶ月って所だな。彼氏が突如蒸発したのは。おそらく、何か手紙か何かで別離の意を知らされたのだろう、いや、知らされていないかもしれない。そこで君はかなり絶望した。でも、今までの彼との色々をを思い出していくうちに貴方は確信したんだ。彼は帰って来ないって。だから、彼を忘れる為に服装を、髪を、何年もしていた指輪を外した。その点は非常に模範的で賢いですね。確かにそうするのが一番傷が少ない。それに」
「瑛一!」
慎平の意外に大きな声に皆が気を戻した。
「…あ!…..ああ すみませんでした!」
瑛一が慌てたように早口で言った。心なしか前の瑛一に戻っているようである。
「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる。」
彼は部屋から出て行った。
7.
苦しい沈黙が流れた。数分のうちやっと口を開いたのは京香だった。
「ちょっと、ごめんなさい。……言うつもりなかったのに。みんなが気を使っちゃうから。でも、瑛一くんの言っていたことは本当。急に彼氏がいなくなったの。それで、今日だって、麻里が私を立て直すためにセッティングしてくれたの。忘れたくて。ごめんなさい。」
ポツリポツリと彼女が言った。
茂が彼には似合わない落ち着いた声で言った。
「いや、京香ちゃんのせいじゃないよ。瑛一だ。あいつは、人の裏側を知るのが癖なんだ。出会った頃からずっと。俺らには到底敵わないその種の頭脳をあいつは持っているんだ。異常で高度な思考回路だ。でも、訳があってあいつはそれを封印することにしたんだ。今日、君達が知った彼の雰囲気はあいつの努力したものだ。俺らが知り合った頃のあいつとは全く違う。今日はその慣れの一環として、未経験だった合コンに来させたのさ。俺らもサポートするっていって。ごめんな。嫌なこと思い出したな。すまん。」
言い終わったあと少しして当人が帰ってきた。顔を冷やしたのか少し濡れている。彼は部屋に入るなり言った。
「皆さん、申し訳ありませんでした。」
彼が座っても気まずく重たい沈黙は依然と拭われない。もはや一層暗くなったようにも思える。
「聞いたと思います。僕のことは。」
瑛一はグラスに入ったアルコールを一気に喉に通し、たどたどしく喋った。
「全くです。分かってるとは思いますが、こういう時にわざわざ人の暗い過去を明かすものではないですよ。」
櫻子は目の前の男を見据え、はっきりとした口調で言った。それには外見に似合わない力強い気迫が感じられた。
「言い過ぎよ。」
麻里が口を挟んだ。
「でも、こうなったらもう他の話は無理。瑛一くん、話して。私達は京香に起きたことを知っている。でも、何も知らないはずのあなたがそれを知ったことに恐怖すら感じるの。話して。京香、そうしていい?」
「ぁ、うん、大丈夫。」
そう返す京香の顔は蒼白で、動揺と畏怖の類いを感じているのは誰が見ても明らかだった。
「そうだな。話した方がいい。」
慎平の後押しがあり、瑛一は承諾した。
「分かった。」
間がややあってから彼は語り始めた。
「さて……」
8.
「まずは観察から得たことからお話します。」
落ち着きを持った優しい口調だった。それは彼なりの精一杯の心遣いだったのかもしれない。
「ネイリストだと言ったとき、京香さんは右手しか見せなかった。自分で塗ったのなら普通はより上手く出来ている利き手で塗ったものつまり、左手を見せるはずです。両手もありえますが。それは何故か。また、右手には指輪の跡がかなりくっきりとついているので、最近長らくつけていた指輪を外したのだろうと思いました。その後、出さなかった左手を観察して見ますと人差し指が欠けています。欠けてはいますが長さを揃えようとした形ですので、だいぶ2カ月程前に爪が大きく欠けたと考えるのが妥当でした。そして、爪が欠けたのを時同じくして、台湾以降ですね、大掛かりなイメチェンをした。この時点でこう仮定すれば筋が通るんです。イメチェンの前に恋愛関係が破綻した。恋愛の破綻てのは色々原因が考えられますよね。やれ浮気だの、なんだの。でも浮気、自分がしようと相手がしようとあんな大掛かりなイメチェンをする動機にはなりませんよね。相手に怒ったのであれば、人は決して自分を変えません。自分がしても何を変えたいのかがよくわかりません。指輪は交際がなくなったから外すってのは考えられますが。死別もありえましたがそうしたら、指輪ぐらい形見に、ってことになりそうです。また、長らくそれほど型がつくほどはめていた指輪を仕事上大事な爪を欠けさせるにまで至るほど感情があった。楽に指輪を取る方法はいくらでもありますしね。でも、あなたはしなかった。強く負の感情がつきまとっていて考えられなかったのかもしれません。イメチェンというのは過去の自分と一線を引くの事に目的があります。ドラマでよくありますよね。ストーカーから逃れる為に印象を変えるとか。見つからないようにするのが一番の目的ですが、またストーカーに追われた恐怖と隔絶する事も意味しています。京香さんの場合、ストーカー対策に大切な名前を変えたりすることもしませんでしたね。だって、お友達とイメチェン前に台湾旅行に行ってますし、その友達方も名前を間違える事もなかったですしね。よって、考え得るのはストーカーではなく、しかし過去を思い出すのは避けたい、長くつけていた思い出の指輪までも夢中で外した、恋愛関係についてという事です。」
そこまで一気に言い終えた彼は水を一杯飲み干した。
「忘れたかったんですね。それを僕は。
マスクをしなきゃならなかったのに。」
9.
唖然とした女性達は呟く彼の自虐を聞いていなかったかもしれない。さっきまでの韜晦する彼を思い出し、本性の一片を出した彼を彼女らはどう見ていたのかは分からない。今、この場で、何をし、何を言ったらいいのかはこの世で一番の難問だったのかもしれない。
いつの間にか泣いていた京香は袖で拭い、言った。
「瑛一くん。」
「……はい。」
「敏樹はどこにいるの?」
「わかりません。」
この敏樹というのは蒸発した京香の彼氏であった事などはすぐに皆気づいた。
「あなたがもし、……あるなら敏樹を探して下さい。」
「……僕は僕の事情で仮面を持つ事にしました。理由としては人間関係を築きにくく、暴く事によって人を傷つけるということが大人になってやっとわかったからなんです。でも、今日は京香さんを気づいかせてしまった。元より仮面は僕と人とのクッションなんです。それは外す事は出来ないわけではありません。僕の能力を必要としているなら。」
「僕は僕の能力を使って正しい解決に導く事を望みます。毒ではなくて薬として扱いたい。」