絶望の味
水曜日の観劇からの続きです。
テレビをつけると夜のニュースで特集が組まれていた。過去の未解決事件の特集のようだった。
丁度15年前の事件が出されていた。事件はS県と隣県のF県で起こったもので当時【水曜日の誘拐魔】事件と騒がれていた。
この事件はかなり変な事件で、事件の犯人自体は捕まって居る。
というか当時は捕まった後にすぐ絶命したと報道された。何故?どのように?色々謎だったが、当時この犯人の横で絶命していたS新聞社の記者が関係していたと周りは噂していた。
しかしその死に様や詳しい状況は一切どこのメディアも情報を拾えていない。
S新聞社の記者は【中高生のガツンと意見】のコーナーの担当だったと言う。そして犯人はF県の高校の非常勤教諭。被害者には同じ高校の女生徒も居たそうだ。
S新聞社以外の他報道各位の予測は、恐らく匿名でタレこみがありそれを知った担当者の男性は取材をしている内に犯人にたどり着き揉み合ってる内に相討ちになったのではないかと。
その記者は、人一倍正義感の強い記者だったようで、特に中高生のまっすぐな意見を世にちゃんと伝えたいと言う事でその担当のコーナーを立ち上げていたそうだ。
当時40代前半。一度結婚の経験があり三年で離婚している。妻と別れてからはずっと一人身だったそうだ。これは噂だが一度思い込むと中々考えを曲げることができない面もあり、気骨があると言えば聞こえはいいが、頑固者として疎まれていたとも言えなくはない。癇癪持ちの一面もあったようで、何度か取材対象と揉めた事もあったようだ。それは別の記者がすっぱ抜いていた。
当のS新聞社は一切この件に関しては詳細を述べる事はなかった。担当の男性をヒーロー化する事もなく、淡々と分かっている事を書き、その後は、まるで最初から居なかったかのようにドライな扱いだった。
彼の担当の【中高生のガツンと意見】のコーナーはその後名前を変え【みんなのおしゃべり広場】と称し、そして内容も政治経済でなくもっと優しめの他愛もないお話を乗せるコーナーに変わった。
その対応を怪しんだ他社が本当は記者の方が犯人で、高校教諭はそれを止めに行った時に相討ちになったのでは?っと書きたてる所もあった。
一方、犯人とされている高校の教諭の方は非常勤の講師で担当は音楽、劇中音楽に深い知識があり授業の一環でよく海外のオペラの映像などを生徒に見せていたそうだ。
人当たりも良く生徒からも人気もあり穏やかでまさか誘拐などの事件を起こす様には考えられないと当時関係者は語っていた。独身で20代後半。既婚歴なし。趣味は山登り、音楽鑑賞など至って普通。普通すぎて記者の方が疑われるのは否めなかった。ただ彼が犯人として捜査が進んだのは彼が木曜日がお休みだったという点が挙げられた。水曜はいつも仕事を早めに終わらせ早々に学校を後にしたそうだ。
同僚からの呑みの誘いも水曜は断り、そわそわと車に乗って出かける姿を何人も目撃していた。用事があるからとは言ってはいたが実際その用事が何のかは誰も知らなかった。
遠方に母親が一人で住んでおりその母親に会う為ではないか?とも言われていたが母親も木曜日が非番だとは知らなかったようだ。水曜の誘拐魔の時系列と彼の時系列があまりに合うのでこちらに疑惑がかかったのではないかと思う。
ただ、どこの報道もはっきりこうだと言いきれないのは、実はまだ誘拐された女性は一人も見つかっていない。恐らく…?多分…?そんなはっきりしないもので先に進んで解決済みとされたわけだ。
状況がかなり混乱している為、家宅捜索は高校教諭と記者両方行われた。しかしどちらからも証拠と言えるようなものは一切見つからず、決定打として警察が押してきたのがコンビニの防犯カメラの映像だった。犯行当日の夕方に被害者B【同じ高校の生徒】が教諭の車に乗り込んで居たのがにぼんやり映っていた。
それまで隣県のS県で誘拐されたいたがF県で起こった女子高生行方不明事件は水曜とは言え【水曜の誘拐魔】とは別の事件のように思われた。
もちろんこの時にこの教諭はちゃんと取り調べを受けている。教諭はこの時にこう述べている『うちの高校は寄り道禁止なんです。なので彼女を駅まで強制的に返しただけです』と。
その問題の駅がかなり人気が少ないのでその証言の裏は取れなったと聞いた。警察が彼を怪しみだした時それは起こった。
張り込んでいた捜査員の目を盗んで教諭は行方をくらまし、翌朝F県のとある場所で見つかった。
その場所は、はっきりとは書かれていないが自然の演劇会場のような場所と表現された。
別で調べたら昔大学の利用施設の一環で作られたもので野外公演などを目的としたすり鉢状に作られた会場だ。大学が撤退した後は放置されたままで廃墟と化していたようだ。
そこに絶命した記者と、重傷を負った教諭の発見となった。発見のきっかけも教諭の方から『助けてくれ!!一番残酷なヤツが目覚めたんだ!!』と携帯から電話があったので発見出来たものの、駆けつけた時にはもう虫の息と言うヤツだ。
教諭の携帯は何者かに踏みつぶされて壊されていたようで、詳しい解析は困難となった。
詳しく事情を聴く前に『絶望とはどんな味でしょう?』と言い残して笑って死んでいったそうだ。その詳しい被害状況をどこもリーク出来ていないのがかなり気になる。くしくもそれも水曜日の出来事。衝撃的であり謎も多く、かなりグレーな謎の部分を残したまま人々の記憶から時間を掛け薄れていった。
今になってこんな特集で引っ張りだされては、事件の方も眠りから強引に目を覚ますようで辛いだろうにと思った。
「まだテレビ見てるの?私もう寝るよ?」
「あぁごめん。ちょっと資料まとめて俺も寝るわ。」
「あなたのちょっとは長いのよ。遅くまでパソコンのカタカタ音がうるさいし!!」
寝る前の嫁はちょっと機嫌が悪い。特に妊婦になってから機嫌が悪い日が増えた。色々と我慢があるのだろう。こう言う時はそっとしておくのが一番である。
しかし記者魂がどうしてもうずく。私の専門はゴシップだがどうしても気になるときいてしまうのは職業病だろうか。
「やすこさー。F県の出身じゃん。さっきテレビであってた事件の時、何か大騒ぎになった?」
嫁がじろりと歯を磨きながらにらみ返してきた。
「水曜日の?」
「そうそれ…」
「あなた専門はゴシップでしょ?」
「気になっちゃて…」
「…覚えてない。」
そう一言残して嫁は洗面台から寝室に向かった。ドアの締め方で機嫌が悪いのは充分分かった。
これは取材は難航と見た。なのでパソコンのカタカタ音に気をつけながら独自に過去の事件を調べた。
寝る前にもやっとした状態で寝たくはない。
もし嫁が被害者と同じ高校生なら17か18だ。高校3年ってあたりだろうか?
当時は俺もまだ記者ではなくただの大学生だったので詳しくなかったが、今だとかなり情報は整理されていて、高校名までばっちり出ている。今は高校名は統合により変わっているが場所は同じ場所にあるようだ。
そしてやはり嫁の実家の近くだ。
アイツ!!
しかも区画的に通っていてもおかしくない位置。そんなにレベルの高い高校ではないようだし、嫁は商業高校と言っていたがこの高校にも商業コースがあるじゃないか。そして周りの高校に商業高校がない。商業高校ならかなり遠くの学校に行かなくてならない。もしかして同じ高校?
もし嫁がここの学校の卒業生なら最後の被害者とされている女子高生と同級生になる。というか覚えてないわけがない。当時かなりの事件だった。
アイツ!!
これは明日から嫁にじわじわと質問攻めですな。っとパソコンの電源を落とす前にもう一つ気になった事を検索に掛けた。
『絶望の味』
絶望的にまずいとか美味しさのあまり絶望するなど検索にひっかかり過ぎてぴんと来るものがなかった。
絶望の味ね…。検索を変えた。
『絶望とはどんな味でしょう?』
すると、事件の犯人のタグとは別に回収になった本のタグも現れた。
クリックすると【幸福な食卓】というタイトルの本が現れた。タイトルとは裏腹にかなりグロテスクな食人を犯す女の話だった。その女が作中に『絶望とはどのような味かしら?』と妊娠した腹をさすりながら言い残すらしい。
回収になったきっかけはやはり水曜日の誘拐魔がその言葉を残したせいだ。元々発行数が少なく作者死亡の遺作の為書籍マニアの間では今でも高値で取引されているらしい。
ここに繋がるのかと…。
一旦タブに戻ると、本に関するブラックトーク的な掲示板を見つけた。
本当かどうか定かではないが…記者宅にも教諭宅にもその本はなかったらしい。掲示板に書かれているあくまで噂なので疑わしい所だ。だいたいどこ情報だよ。
そこにはこうも書かれていた
『犯人は教諭の方だけど、教諭と記者を殺害したのは第三者!!』
『その第三者が愛読していたのが【幸福な食卓】ではないか』
『犯人は教諭だけではない。記者も共犯』
『食人の話だからもしかしたら被害者を食べていたのではないかだから警察は報道を規制したのではないか?』
『被害者が見つからないのは食べたから。』
『サイコパスの愛読書は異常』
気になるがこれ以上調べても私の仕事はゴシップだ。芸能人の誰と誰が出来てるとかの記事しかかかない。
こんな時、報道が本当に羨ましく思う。うちは…ゴシップがメインの安い雑誌ですからねっと心で悪態を吐きながら寝室へ向かった。
音を立てぬようにベットにもぐりこんだのに、嫁にすぐ舌打ちされた。こういうときダブルベットというのは相手に迷惑をかけるなと思う。
「起こした?」
「カタカタうるさくて寝れない…」
起きてたのね。
「ごめんなさい。」
「何調べてたの?」
「えー?大した事じゃないよ。」
「…」
急に嫁が無視をする。大した事じゃなければ早く寝ろよと言いたいのだろう拒否するように寝がえりをうち背をこっちに向けた。
「なぁ、幸福な食卓って知ってる?」
まだ寝てはないだろう、しかし返事はなかった。
もう寝たいんですね。大変失礼しましたと心で詫びながら目を閉じると、嫁が起き上った気配を感じた。
ん?薄ら目をあけると間接照明に照らされた嫁が上半身を起こしてこっちを見ていた。
「え?何?起こした?ホントごめん。」
嫁はゆっくりと手のひらでお腹をさすりながら一言。
「絶望とはどのような味かしら?」
全身が一気に硬直した。何で嫁が知って居るのだろう?
ふざけてやってるようには見えなかった。
「何やってんだよ。もう寝よう。ね。」
寝る事を促したのに、嫁はそのまま立ち上がりドアの前まで来ると左手を胸に当て優しく微笑むと優雅に頭を下げた。
そして寝室を出て行った。それからずっとキッチンからガチャガチャ金属音がするんだが…。私のパソコンカタカタ音に対しての仕返しなのだろうか?
何だろう…何かが始まるような気がして寝れない。
【絶望の味】→【幸福な食卓】
最後おまけ程度ですが、もう一部続きます。