ゆられる
始発に飛び込み会社へ向かう。
(俺の人生は、こんなにも忙しなく後数十年続いていくのか?)
席は空いているのに、何故か吊り革を掴み立っている自分。車窓に映りこんだその姿は、あまりにも惨めだった。
(あと三分後には次の駅に着く。そこでもし、俺好みの女性がこの車両に乗り込んで来たら、俺はその女性に告白しよう。突拍子もない行動だが、何かドラマが生まれる可能性があるとしたら、そういったことをするしかない。できなければ、いつも通りがいつも通り過ぎていくだけだ)
電車は速度を落とし、停車する準備に入る。次の駅の名前は「来井煩」。その昔、とある文学青年が師事した先生の娘さんに惚れてしまい、筆を折ってしまったことに由来する駅名だ。もちろんウソだ。自分でもびっくりするくらいに緊張している。
(落ち着け。俺好みの女性が、始発の電車に乗り込んでくる可能性なんて宝くじで一等当てるようなもんだ)
電車は完全に停車。扉が開き、ヒールの音が耳に入ってくる。
(女性!?)
おそるおそる振り返る。
(どうか俺好みじゃありませんように!)
「あれ? 田倉くんじゃない」
「あっ、岩崎課長。おはようございます」
「おはよ。昨日仕事残して帰っちゃったの?」
「いえ、まぁ、そんなところで」
「夜遅くを取るか朝早くをとるか、わたしは美容のために朝早くを取ってるんだけどね」
「ははは」
「あっ、あからさまな愛想笑い。てい! 教育的指導」
「痛ててて」
岩崎課長のチョップが、俺の今いる場所が、十分ドラマに満ちている場所であることを教えてくれた。
「岩崎課長」
「ん?」
「今度の拡販月でトップ賞取ったら自分と―」