人工モテ期
「ちくしょう、ちくしょう」
深夜の暗がり瀬戸川勝は、パソコンのディスプレイに呪詛を撒き散らす。ディスプレイには某アンダーグラウンド掲示板が映しだされていた。
その中で彼は雑談に割り込んで、暴言をぶち込んでいた。周りからの反応は様々だが、勝は気にしない。
理由は高校の下校時で、女子に嘲笑を受けたのが原因だった。自分は体重120キロを越す、ネット依存症のオタクだから、彼女達とはあまりにも住む世界が違うのだ。しかし、直接的に返す言葉もなく、こうしてネットで憂さを晴らしているわけだった。
勝が一息ついて背もたれに体重をかけると、椅子が悲鳴をあげた。
そういえば帰路につく際に、幼なじみの早苗がゴホゴホと咳込みながら、声をかけてくれたが、ゴメンの一言で切り捨てていってしまった。
早苗だけが自分をわけへだてく振る舞っていたのに。後悔という累積を募らせつ、勝は再び息をつく。
しかし、ネットサーフィンを行っている途中で、勝はある広告に目が止まった。
『これさえあれば人生はモテ期』
そんな広告だった。
確か、こんな都市伝説を聞いたことがある。
ある錠剤を飲めばハリウッドスターもイチコロ。一瞬にしてあなたはゲームのハーレム状態。
誠しやかに語られるネットの噂話。
勝はう〜んと唸る。
一粒1万円のところ、今ならお試し期限でⅠ日分無料。
美味しい話だ。いや本当に美味しすぎる。普段なら騙されるものかと勝は一蹴するが今回は話が違った。
なんとしてでも仕返しがしたい。
勝は気づくとマウスをクリックしていた。
『試供品ありがとうございました』
住所も電話番号も入れる隙もなく、勝手にそんなメッセージがでてきた。やはり詐欺サイトだったか。
勝は不安に襲われたが、支払いの広告が一切でないので放っておくことにした。
そして、その明け方、ドアのチャイムが鳴った。両親は睡眠中で、こんな時間になんだと、勝はドアを開けると、そこには全身黒づくめの男が立っていた。
夜明けまで起きていた勝だったので、自分の見間違いかと思ったが、やはりそうでもなかった。黒づくもの男は荷物を差し出した。どこの配送会社かわからなかったが、勝は荷物を受けとった。
はて? 通販でなにかを頼んだ覚えはないのだが。まさか爆弾とかいうオチはないよな。箱を振ってみるが音がカラカラ鳴るだけだ。
箱の中身を開けてみると、中には錠剤が一錠だけ入っていた。あとは注文票らしき紙だけ。
なんだコレ。
しばらく勝は思考停止した。
そうか、これが噂の錠剤なのか。
……しばらく考えが巡る。ダメで元々だ。そんなに期待していなかったし。
勝は手にとった錠剤を飲んでみる。
酸味がすごかった。まるで、丸ごとレモンにかぶりついているようだった。
「こんなもので本当に効くのかな」
勝は疑問符を浮かべたが、登校の時間が迫っていた。本来ならば朝食を詰め込むところだが、不思議な期待感が、それを邪魔した。
のっしのっしと階段を下りて、両親の朝の挨拶は無視した。扉を開ければ快晴だった。初夏の色づきは十分染まっている。
高校までは徒歩10分までの距離だった。電車を使わなくてもすむというのが魅力だったが、それ以上に偏差値の問題があった。デブで偏差値も低い。二重苦に苦しめられて、モテるわけもない。
それにしても効果があるのか本当に不安だった。遠目におばさんが歩いてくるが、自分に猛烈なアタックを仕掛ける気配は見せなかった。いや、熱烈な抱擁を受ければ、それはそれで困るが、実験としては失敗だ。
しかし、校門に辿りつく前までに変化があった。男子生徒は通学路をひたすら突き進んでいくのみだが、勝の付近にいる女子生徒は、勝をじっと見つめているのだ。
ひょっとして、自分がなにかしらしでかしたのかという錯覚に捕われたが、どうもそうでもなさそうだ。
勝は熱視線を無視して、教室へと向かう。時間帯は遅めの8時50分。ホームルームまであと僅かだ。
教室のドアで一瞬立ち止まる。昨日の女子達に馬鹿にされたのを思いだしたのだ。だが、薬の予兆はあった。イケるはずだと勝は教室に入った。
自分を陥れた女子生徒達はすでに登校ずみだった。
勝は内心ドキドキしながら、彼女達の傍らを通りすぎた。すると驚きの一言が漏れた。
「超カッコイイんですけど」
勝はガッツポーズを取った。すると近くの女子達が勝に集まり始めた。
「ねぇねぇ、好きなタイプとかいるの?」 「彼女とかいないよね。私立候補しまーす」
突然の切り替わりに勝は戸惑った。今まで女子とまともに喋ったりしたのは早苗のみだったので、話の切り返しに困ったのだ。それにクラスの女子全員に効いてるわけではないらしい。廊下から見える女子はポカンとしていたし、どうやら有効範囲があるらしい。
おおよそ三メートルが、勝の敷地内か。たぶんフェロモンがでていて、それが彼女達を興奮させているのだろう。
「ハッハッハッ」
もはや笑いが止まらない勝だった。彼女たちは両腕を絡めてきて、胸の感触が嬉しい。
これが夢にまで見たハーレム。ゲームやアニメでしか見たことがないことが、今や現実に。
授業が始まっても、僕に対する視線は変わらなかった。お昼時間は取り巻きができていて、一種の台風の目だった。以前なら単なる汗くさいデブだったのに、フェロモンのお陰で、それもすっかり変わってしまった。一度吸ったら、持続力もあるらしい。
「はい、あ〜ん」
「おいおいこれ以上、俺を太らせてどうするんだ」
「そしたらますます好きになっちゃう」
女子生徒達が次々と箸で挟んだ卵焼きやら、ウィンナーを差し出してくる。
こんな幸せでいいのか。
それほど人生に雷が落ちたような衝撃だった。
そこへ、早苗が割って入ってきた。
昨日は大丈夫だった? と、勝にしがみついた。早苗は新鮮味に欠けるし、普通のショートカットが似合う女の子だったのでそこまでドギマギしなかった。やはり慣れというのは恐ろしい。
帰り道ももちろん早苗含める彼女達とも一緒だった。いや、それ以外に女性から逆ナンされることも数回あった。
家につくと、全員がそのまま部屋に押し入ろうとしたがそれは無理だった。部屋が膨れあがるだろうし、なにより両親になにを説明すればいいのか。
手を振って約束したのは明日、一緒に学校に行こうということだった。
堪らない充足感に包まれながら、勝は部屋に戻る。行う作業は一つだ。
ネットを接続してあの薬を買うことだ。値段の高さはキツイものがあるが、勝は今日決意した。今日は尻込みしたが、この次はエロいことをしてやろうと。決して高くない童貞喪失だ。
しかし、どんなに探してもあの広告は見つからなかった。
「どうしてだ……これじゃ」
絶望感だけがただ漂った。確かにこれでは都市伝説だ。なんせ、送り元も会社もまったくわからず、突如として広告がでるのだから。勝はもう元に戻るのは嫌だった。単なる汗くさいデブだと罵られるのも疲れていた。
涙がでてくる。自分の人生そんなものかと諦めるとより一層に。
その日は早くに眠った。どうせ、全て無駄なら、あがいたって無駄だ。一瞬、自殺を考えたが、勝にそんな度胸もない。
ただ元に戻るだけだ。頂きから底辺に。
気付かぬうちに勝は眠ってしまったようだ。雀の泣き声で目を覚ます。
今日も学校へかと思うと気が滅入る。
朝食をいつもの二倍近く食べて、勝は玄関の扉を開ける。
すると、見知った顔が一つあった。
「どうしてだ」
勝は驚きを隠せなかった。
「昨日約束したじゃん。朝迎えに来るって」
「でも、それは薬のフェロモンのせいで」
「あっ、私風邪引いてて鼻聞かないから、フェロモンとか言われても」
そうかどんなに匂いがあっても吸い込まなければ意味がないのか。
「じゃあ約束守って来てくれたってこと」
早苗は頷く。
「だって、放って置いたら嫌じゃん。……き……なんだから」
ちょうど車が通って、早苗の声を遮る。
「へっもう一回言って」
勝は懇願するが早苗は困ったような顔をして、そして、顔を赤くする。
「言わないよーだ」
そう言って学校へと歩きだした。
初夏の青空は実に清々しいものだった。
閲覧ありがとうございました。そして疲れました(笑)




