虐待
彼は、虐待されて育った。
虐待を受けた人、全ての人がそうなるとは言わない。
だけど、彼はそうだった。
愛を両親から貰えなかった。
何故か、母親は、2つ下の弟だけを可愛がった。 彼には、菓子パンや、コーヒー牛乳などを与え、弟には母乳も与えたし、離乳食から始まり、ちゃんとした食事を作る。
だけど、彼には、菓子パンをぽんと渡すだけだった。
父親は、いつも母親に暴力を振るい、酔っ払っては家に帰らず、帰ってきては母親への暴力。それを彼が庇おうとすると、彼までも、殴る蹴るの暴力を受ける。 ほんの小さな手足は、いつも、両親からの暴力でぼろぼろだった。
それでも、彼は、両親を好きだった。
小学校から、問題児になるのに、理由を探す必要がないぐらいだ。
そして、中学校では不良に。
高校は、なんとかお金で入学した。
私達は、彼が高校を卒業してから2年して出会った。 だから、彼が20歳のときだ。
その時の彼は、優しかった。
出会ってから、2年が過ぎた頃に、自分の幼少時代の話をした。
それを聞いて、私がこの人に愛を与えてあげたいと思ったのだ。 それは、紛れもない事実だ。
私もまた、愛を、受け取れるだけの愛をもらえずに育った。
だから、私ならば、わかってあげられると、勘違いしたのだろう。
多分、人の人格は、持って生まれてきたものと、環境によって創られていくものと想像する。
だからと言って、どんなに辛い環境を生き抜いても、本当の優しさを持っている人も沢山いるだろう。
哀しいかな、彼は、そのカテゴリーには入れなかった。
どんなに、酷い暴力を受けても、彼の癒されない心を、見捨てることはできなかったのだ。
私は・・・
きっと、親から、形はいびつで、歪んでいても、愛してもらっていたのだろうと、子供が生まれてから知った気がする。
だから、人に愛を与えたいと思えるのかもしれない。
彼は、歪んだ愛すら、感じることができなかったのだろう。
それを考えるとき、私は、どうしようもなくなる。
彼が哀れで、哀れで、とても一人ぼっちになんてできるだろうか?
だから、どんなに辛くても、離婚を選ばなかったのだろう。