悪夢の始まり
出会った頃の彼は、優しかった。
私の好みのものは何でも調べて、それこそ、食の好み、映画、洋服、音楽、インテリア・・・・知らないものはないというほど、私を通じて調べていたようだった。
それはふとしたことで。
和食やさんで、
「この生牡蠣、美味しいね。」
という一言を忘れずに、次のデートは、また違った活魚貝類を美味しく食べさせてくれるようなお店をリサーチしている。
そして、私が美味しそうにパクパク食べていると、
「美味そうに食べるよな、お前。 お前が食べてる姿を見てるだけで、俺は幸せだな。」
そう言うと、微笑んで見ている。
優しい人だな、と、何度思ったことだろう。
ときには、一緒に雑貨やさんに行ったときに、
「これ、可愛い。 すごい欲しい。 でも・・・給料が出てから買おう。」
それを憶えていて、次に会うときに、そのランプシェードをプレゼントしてくれる。
どうしたら、そんなに私の些細な言葉を、感情を憶えていられるの?というほどに、私を喜ばせてくれた。
いつしか・・・・・
ふと、それは優しさなのだろうか?
と、思うようにもなっていた。
私は、物質をそれほど望んでいるわけではないし、美味しいものも好きだけど、B級グルメも大好きだ。
お洋服も、ブランドにそれほど拘りもないし、バッグだって、気に入れば、2、3,000円のもので十分だ。
だけど、いつの間にか、私達は付き合いも長くなり、結婚することになっていった。
それまでは離れている時間もそれなりにあったが、結婚して、毎日一緒にいるようになると、段々彼は変わっていった。
私は、結婚を機に、仕事を辞めさせられ、専業主婦になった。
家事を済ませたら、それこそやることもなく、ただ彼の帰りを待つ。
彼は、どんどん帰宅時間が遅くなり、いつも夜明け前ぐらいに帰ってくるようになった。
その頃から、仕事も休みがちになり、昼まで寝て、それからパチンコに出かけるということが多くなっていった。
DVが始まったのは、その頃からだったと思う。
私が、貯金を崩して生活していたのだが、とうとうそれも危なくなってきて、
「お金が、そろそろないんだけど、働きに出てもいい?」
そう聞いたときだった。
「何? 俺の稼ぎが少ねぇとでも言いてぇのか?!」
そう言うと、いきなり平手打ちをしてきた。
何のことか、一瞬だったのでわからなかったが、すぐに叩かれたと気付き、
「何するの? 本当のことを言っただけでしょう? 借金しながら生活はできないわよ。」
そう言うと、もう一発平手打ちを食らった。
でも、引き下がらなかった。
「働きに出れば、それで済むことじゃない。」
「お前が外に出て、いいわけないだろう? すぐに、男をつくって、出て行くんだろう?え?!」
意味がわからないことを言い出したのだ。
何故? 私が、男を? 結婚しているのよ? ただ、足りない分を稼ごうとしているだけなのに。
そのまま、裸足のまま家を飛び出そうとしたが、捉まえられ、引きずられ、強引に犯された。
結婚していて、夫婦なのだから、『犯す』などと言う言葉は、おかしいかもしれないが、その時はまさにそういう状況だった。
そして、その2ヵ月後、妊娠していることがわかった。
もう、働きに行くことは、できなくなってしまった。