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メイクアップ

決まって、暴力を振るわれた翌日は、厚めのファンデーションを塗り、コンシーラーをこれでもかというほど塗りたくる。


元々、メイクが嫌いな私は、メイク道具など、基礎化粧品数品しか持っていなかったのだが、夫の暴力が始まってからは、かなりの品を常備するようになっていた。



『化粧なんて、大嫌いなのに』


心の中で呟きながら、今日も厚くファンデーションを塗る。



家にずっといられたのならば、青あざの顔でもいいのだが、仕事に行かなければいけないし、子供を保育園に連れていくとなると、そうも言っていられない。


壊されてもいいような、安い伊達眼鏡をかけ、出かける。



でも・・・


今の私に、仕事すらなくなってしまったら、どうやってこの状況を乗り越えていいかわからなかっただろう。



夫は、仕事もあまり熱心ではなく、月々の給料はかなり少ない。


15万円で3人が暮らしていくにはかなりキツイ。 だけど、それを口にしたりしたら、また暴力が始まるのを知っている。


だから、子供を1歳までなんとか切り詰めて夫の働きだけで育ててから、働きに出ることにした。




「働きたいんだけど・・・」


「ふざけんな。 お前は、家で子供を育ててればいいんだよ。」


「でも、これからいろいろかかってくるし・・・」


「俺の稼ぎが少ないとでも言いてえのか?え?!」



すぐに、凄んでくる。


「そういうわけじゃないけど、あの子のためにもと思って・・・」


「やりてぇんなら、やればいいだろ? でも、忘れんな。 俺が食わしてんだからな。」



捨て台詞を決めて、納得した。


本当は、私が働いた方がいいことを、夫は承知しているはずだ。


だけど、大義名分が欲しいのだろう。


私は、そんなことはどうでもいいと思っていたけど、それを持ち上げてあげることしかできなかった。


そして、そうすることで、私にほんのちょっとでも、息をつく場所があるのなら、そうしたい、とも。



それから、もう何年経ったのだろう。 3年ぐらい経ったのだろうか。

仕事の再開は、事務員として、小さい会社にパートで入った。 そこで1年ぐらいして、もう少し給料の高いところを探して、今の職場に就職した。


私は、もう、夫よりもかなり多い収入を得ている。


だけど、それを夫には隠し、夫よりも5万円低いぐらいの収入だということを伝えている。


きっと、私の方が稼いでると知ったら、それこそ大変なことになってしまうからだ。



その差額は、子供の名義で貯金している。


いつか、子供に役に立つように。



「おはよう。 今日は、メイクしっかりの日ですね。」


所属する部署の上司が言う。


「おはようございます。 たまには、すっぴんじゃない日があってもいいかな、って。」


笑って答える。 本当はメイクなんてしたくないけど。 


「たまに、メイクをしっかりしてくるときがあるよね。 ずっと思っていたんだけど。」



また、笑ってごまかした。


誰にも知られてはいけないから。


いや、本当は、誰かに知って欲しいのかもしれない。


誰かに知ってもらって、誰かに助けて欲しいのかもしれない。



でも、それすら、怖くてできない自分もいる。


だから、されるがままになっているのだろう。



神様がいるなら、私に羽を付けてくれたらいいのにな、と、毎日願っているのに。


きっと、神様はいないのだろう。



一通りの仕事を終えると、休憩する時間ができる。


その時間ができると、私はまた、海が見える窓から外を眺め、ぼぉっとする。


その時間が、もしかしたら、一番ほっとできる時間なのかもしれない。



「ちょっといい?」


「はい、どうかしましたか? 仕事ですか?」



仕事があればあるだけいい私は、上司に尋ねた。


部署の中で、特殊な仕事を携わっているセクションは、上司と私の二人だけの部屋だ。


お互い、離れて、しかも、90度の角度で、背中を向けてデスクを配置している。


それほど、無駄話をすることもなく、これまで仕事をし、成功を収めてきていたが、ふと、上司が私に声をかけた。



「仕事・・・ばかりじゃ疲れない? 面白い、ゲームみたいなものがあるから、見ないかなと思ってさ。 田上さんは、仕事をしすぎですよ。 そこそこでも大丈夫。」



笑いながら、上司は言った。


「はい・・・でも私、仕事しているほうが楽しいし、気が紛れるというか、仕事がないことが辛いというか・・・」


「そうみたいだね。 でもね、たまにはね。」



そういうと、新たなプログラミングのインストラクトをしてくれた。


私が、そういうことに興味があるのを知っているかのように、自分で新しいプログラミングを出来るように、ということだ。



「でもね、これは仕事と思っちゃだめだよ。 また、抱えてしまうと、休めないでしょう。 これは、遊び。 遊びながら、いろんなことをここで学んでいくといいよ。」



何かを、漠然とした何かを示唆されたような気がした。


見透かされてる?


と、一瞬思うほど。



私は、それから、少しずつその上司に心を開いていった。


多分・・・ほんの数ミリメートルぐらいの単位で。



その、新しい『遊び』は、私に、ちょっとした喜びを与えてくれた。



また、牢獄に帰ることを忘れさせるように。

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