刑事事件に・・・
「こんにちは。」
少し腫れの引いた顔の私の元に、上司の友人である弁護士さんが訪ねてきてくれた。
「お忙しいのに、申し訳ありません。 ありがとうございます。」
ようやく、言葉も唇を少し開ければ発することができるまでになっていた。
「いいんですよ。 無理しないで下さいね。 私でお役に立てれば、本望ですから。」
優しい笑顔をくれた。 それだけで、私の心が「ストン」と、音を立てて落ち着いたような気がした。
「では、早速ですが、今回の件、これまでの件をお辛いかもしれませんが、お話いただけますか?」
「はい・・・」
それから、どのぐらいの時間を要しただろうか。
これまでの経緯を、弁護士さんにお話した。
そして、少しの沈黙の後、
「では、刑事事件にしましょう。」
刑事事件? そんなバカな。 刑事事件にしてしまったら、子供が犯罪者の子になってしまう。 そんなこと、できるわけがない。
薄くしか開かない唇をなんとか開いて、
「それはできません。そんなことをしたら、子供が・・・子供が、犯罪者の子になってしまいます。」
「そうかもしれません。 でも、今このときを逃したら、またあなたは暴力の被害に遭われてしまうかもしれないんですよ?」
「それは・・・」
しばらく、あまり動かない頭で考えてみた。
また、夫が私を執拗なまでに追いかける。
そして、また暴力を振るわれる。 もしかしたら、殺されるかもしれない。
そうなったら、今度は、傷害の犯罪者ではなく、殺人者の子になってしまうかもしれない。
でも、もし、ここでDV法で訴えたとして、すぐに出てくるだろう、外へ。
そうなれば、もっと酷い暴力で応酬するかもしれない。
結局は、一緒のことだ。
私は、今、この時点で、彼の行き先と、子供の行き先を考えてしまう。
自分も辛い思いをもうしたくない。 それも正直な気持ちだ。
だけど、子供は勿論だけれど、夫も、幸せになって欲しいと願うのは、自然なことなのだ。
例え、もう私とは関係のない人になろうとも。
一時は、一緒に生きて行こうと決めたのだから。
そんなことを、考えていたら、
「では・・・、ご両親のところに、退院後いることはできますか?」
「無理です。」
「どうしてですか?」
「無理なんです。」
「考えられません。 普通・・・いや、普通ではなく、多数にしましょう。 多数の親御さんは、娘さんがそういう状況になったら、有無を言わせず親元に戻すでしょう?」
「そうかもしれませんね。 でも、ウチは違うんです。 何度も青あざを作って、別れたいと言っても、それは絶対に許さないと言われ続けてきました。 『お前が選んだんだろう?』と。『子供を哀しませるな』と。 だから、私は、それ以降は親に頼っていません。」
「ありえない・・・・。そんなこと、あっていいんですか?・・・すみません、田上さんのご両親なのに。」
「いいんです。本当のことですから。親は、それなりに、私のことも考えていてはくれているんだろうけど、それよりも、孫・・・私の子供のことを考えているだけだと思いますよ。」
「・・・・・・」
しばらく、弁護士さんは考えていた。そして、
「私が、ご両親にお会いしても宜しいですか?」
「あ、それは、別にいいんですけど・・・弁護士さんが、嫌な思いをされるかもしれません。」
「そんなことは、いいんです。 私は、田上さんを弁護するまでですから。では、早速行ってきます。」
そう言うと、弁護士さんは、さっと席を立ち、病室から出て行ってしまった。